2.episode A-篠崎由莉の場合-
夏休みが明けたあの日、私を取り巻く環境は大いに変わった。
思春期の団結力は凄まじく固くて、一人になりたくないからと簡単に他人を一人にする。
その理由なんて、些細なもので構わないのだ。
否、理由なんて何だったいいんだ。例え真実じゃなくても、皆がそれを本当のことだと思えばそれが事実になってしまう。
「男好きとすれ違った~~! まじきっしょ~~!」
自分がこの立場になるなんて、想像したこともなかった。輪の中に居た時は誰かが一人ぼっちでところをみてもなにも思わなかったのに。
アプリを開いて、タイムラインを眺める。
「はぁ……」
前は登録だけして、アプリを開くことなんて全然しなかったのに。
見なくていいと分かっていても、ついつい開いてしまうようになった。誰かが、自分のことを書いているような気がして確認しないと落ち着かないのだ。
あの日からやはり私は孤立した。
他人の目が常に気になるようになった。学校に行くのが、人に会うのが怖い。
誰かが話しているところを見たら、自分のことを話されているんじゃないかと思うし。学校外で学生とすれ違うだけで冷や汗がでる。
これからずっと死ぬまで、私はこうして他人の目を気にして怯えながら影に潜んで生きて行くのだろうか。
――その時、ふと一つの呟きが目に止まる。
明日、この学校に転校生が来るらしい。それもどうやら、うちのクラスらしい。
「……」
浮いた存在になってしまった私には、クラスに人が増えようが関係のないことのはず。でも一体どんな子が来るのか、少し気になってしまう。
その人も、私を軽蔑するのだろうか。こんなことにならなければ、皆と同じように楽しみに出来たのだろうか。
この学校という狭い水槽のような世界で、私はこれからずっと一人で溺れたままなのだろうか。
「どうして、こんなことになっちゃったんだろ……っ」
泣かないようにしていても、ふとした時に涙がこぼれてくる。
他人の気持ちなんて分からないし、友達の悩みを聞いても分かったフリしてどこか自分には関係がないだなんてそんなことを思っていた。
結局私は、自分のことしか見えていなかったのだ。周りの目を気にして、周りに合わせることで、自分は平和でいられると高をくくっていた。
そんなの、勘違いなのに。
私は結局のところ、分かったような気になっていただけで何も分かってなんていなかったのだ。
人の気持ちなんて、私を取り巻く環境なんて必死に取り繕ったところでいつ変わってしまうかなんて誰にも分からないのに。
他人の問題なんて見ないフリして、空気を読んだフリをして、自分さえ平和ならそれでいいと思っていた。
「バチが当たったんだ……」
自分には関係ないなんて、そんなはずなかったのに。だって私は今、こんなにも誰かの助けを求めているのだから。
不安な気持ちで押しつぶされてしまいそうで、しばらくの間溢れてくる涙を止めることができなかった。
分かっていても、大人は分からないフリをする。
「おーい、席つけー! チャイムなってるぞー」
学校の間、私はずっと下を向いて座っているだけだ。
先生を目が合う。少し気まずそうに逸らし何事もなかったようにいつも通り進行し始めた。
大人なんて、所詮そんなものだ。期待するだけ無駄なんだ。
「今日は転校生を紹介するぞー」
この空間が怖くて今にも逃げ出したい。
扉が開いて、転校生が足を踏み入れた瞬間、ザワつく教室。
くりっとした大きな瞳に、ピンク色の唇、栗色のふわふわとした髪。
……かわいい子、だなぁ。素直にそう思った。
目が離せなくて、思わずじっと見つめてしまった。
「其原鞠ですっ! 鞠って呼んでください!」
ふんわりと可愛らしい声で、挨拶をする彼女。表情は生き生きとしていて、きっと人から悪意を向けられたことなんてないんだろうな、なんてそんなことを考えてしまった。
ふと、目が合った。微笑む彼女。
あの夏休み明けから、他人に悪意以外を向けられたのは初めてだった。私が見ていたから、笑ってくれただけなのに嬉しいって思ってしまう。
彼女が笑いかけてくれるのは今だけなのに、そう思うと嬉しいはずなのにどこか悲しくなった。
「鞠ちゃん、可愛い子だったなぁ……」
帰宅後、今日の学校での出来事を思い出していた。
クラスメイトに囲まれて、質問攻めにあっていた彼女の姿を思い浮かべる。
「私も、仲良くしたいな……」
そんなのは無理なことだって理解している。理解していても、こんな風になっていなかったらって考えてしまう。この立場だからこそ、仲良くしたいなんてことを思うのかもしれないけれど。
彼女と私の教室内の立ち位置は確実に違う。こんなことになっていなくても、きっと大きな差があると思ってしまうほどに、既に彼女は教室の中心にいるような大きな存在なのだ。
明日からきっと彼女が加わった狭い教室で、同じような毎日が繰り返されるのだろう。
彼女が来たことにより、私の今後が大きく変わっていくのを、この時はまだ知らなかった――。