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96話 柔らかい何か  —花音Side※


「すっごい! さすが鳳凰家の別荘!!」

「た、確かに……いいんですか、本当に?」

「気にしなくて大丈夫よ。存分に寛ぎなさい?」

「おい……なんで東海林が偉そうなんだよ」

「まあまあ、翼。桜沢が気兼ねしないように言ってるんだから、大目に見てあげなよ」


 目の前には大きな一軒家。これ本当に別荘なの? と思うぐらい立派な建物だった。

 ここで、今日から2泊3日お世話になることになっている。


 それにしてもよかった、葉月が途中で帰らなくて。

 途中休憩で寄ったパーキングエリアに、葉月たちも休憩で寄ったみたい。如月(きさらぎ)さんと、前に助けてくれた皐月さんも一緒だった。


 前に如月さん(お母さんの方)に連れ出されたことを葉月が知って、一気に機嫌悪くなっちゃったんだよね。でも結局帰らなくて、そのまま車に乗ってくれたけど。ここまで来たら、一緒に楽しみたいものね。


 それでさっき会長の別荘に到着。もう目の前はすぐに海。砂浜は歩いてすぐに行ける距離にある。ちなみに、如月さんたちの別荘もここから近くにあるらしい。


 中に入ると、1人の年配の女性と数人の使用人さんらしき人達が出迎えてくれた。どうやら年配の女性が鴻城のお屋敷で会ったメイド長さんと同じ立場みたいな人らしい。

 会長のことを「坊ちゃま」と呼んで、会長が不機嫌そうにしていた。というより照れてる。坊ちゃまって呼ばれてるんですね、会長。


 部屋は私と舞が一緒。東海林先輩は1人で部屋を与えられていた。というより慣れている。前にも来てるって言ってたからかな。


 そういえば、食事もその年配の女性が作ってくれることになっているって。後で手伝いにいこう。それに何を作るか興味もあるし。


「ほら花音! 早く行くよ!」


 舞、着替えるの早くない? テンションが高くなっている舞はもう水着を下に着ていた。車の中でも楽しみにしていたものね。


 苦笑して私も着替え、荷物を持って浜辺に向かう。葉月と一花ちゃんはもう来ていたみたい。あ、如月さんと皐月さんも一緒。


 会長たちは改めて如月さんに挨拶しに行っていた。前から知り合いだって言ってたものね。意外にも東海林先輩が皐月さんと楽しそうに話していた。どこか嬉しそうに見える。前からの知り合いだったのかな?


 葉月は砂浜に座り込んで何かをしていた。半袖のTシャツ着てるけど、下は水着だよね? 一花ちゃんが説教みたいなことを言っている。ここでも2人は通常運転だなぁ。


「葉月、一花ちゃん」


 声を掛けたら2人とも振り返ってくれた。どうしたの、葉月? きょとんとしちゃって。


「花音~水着似合ってるね~。かっわい~」

「かわっ――もう葉月、からかわないで……」


 だから、どうしてそういうことハッキリ言うかな。照れるから。恥ずかしくなるでしょ。そんなストレートに褒められると胸の奥が熱くなるから。そうやって笑う葉月の方が可愛いからね。


 あれ? その手に持っているのミミズ?

 舞がそれに気づいて、素早く下がっていった。あ、一花ちゃんも。葉月がそれを近づけたり離したりして、2人の事からかってる。面白がってるだけだね、これは。


 頭にポンと手を置いてやめさせたら、何故かまた目を丸くしてたけど。礼音がしょっちゅうミミズで遊んでたから私は別に平気なんだよね。


 それからは会長たちとビーチバレーやったり、海を泳いだり。

 葉月は1人で魚を釣りに行っちゃった。一花ちゃんがしっかり見張ってたけどね。どうやら一花ちゃんの目の届く範囲で釣りをすることになったらしい。ここもいつもどおりかな。


 たまに葉月のところに様子見にいったけど、楽しそうにお魚釣ってたね。それにしても、こんなに釣ったの? 1人で? バケツから溢れんばかりの魚を見て驚くと、「普通だよ?」と何ともない事のように返された。……この量をこの短時間で、しかも1人で釣り上げるのは普通じゃないと思うけどなぁ。葉月がこんな釣りが得意だなんて思ってなかったよ。


「花音、これ食べる~」


 お昼にそのお魚さんたちを葉月に渡された。仕方ないなぁ。折角釣ってくれたしね。「皆にもいいんだよね?」と確認したら快く頷いてくれた。じゃあ、皆でおいしく頂こうね。全部捌いて網に掛けて焼いてみる。あんまり大したことは出来なかったけど。外だし。簡単な塩焼き。


「桜沢さん、魚も捌けたのね……」

「え? はい、一応」

「花音、もう一匹~」

「ちょっと待ってね、葉月。もう少しで焼けるから」


 東海林先輩が何故か驚いてたけど、誰でも出来ますよ? ああ、葉月。あんまり塩かけすぎちゃだめだよ。


 皐月さんも何故か興味を示して色々聞いてきたけど、料理に興味あるのかな? 料理の話をしたら、お菓子作りも好きらしい。お昼はそれで皐月さんと盛り上がってしまった。



 午後はみんなでシュノーケリング。

 わっ、綺麗。小さな魚もいるし、サンゴ礁も綺麗。一回海の上に出てみる。あ、舞も出てきた。


「これ楽し~!!」

「ふふ、うん、そうだね」

「お、一花たち発見! ね、花音! 一花と葉月っちも誘おうよ!」


 本当だ。少し離れた所で一花ちゃんと葉月がプカプカと浮き輪の上で浮かんでいるのが、小さく見える。折角だから、2人とも一緒に楽しみたい。


「東海林先輩、少し葉月たちのところ行ってきますね」

「ええ、でも途中で流れが速いところあるから気をつけるのよ」


 流れが速いところ? まあ、海の中は何が起こるか分からないしね。舞が待ちきれないと言った感じで先に泳ぎだした。そんな急がなくても、葉月たちは逃げはしないよ?


 慌てて舞を追いかける。あれ、葉月たちって結構水深が深いところにいたんだ。


 1回海の上に顔を出す。舞も顔を出した。


「結構深いね、ここ」

「うん。さっき東海林先輩も気を付けてって言ってたから、舞も気をつけてね?」

「もっちろん!」


 ザパッと舞は勢いよく潜って泳ぎ始める。楽しそう。ふふ、来れて良かったね。


 さて、じゃあ私も舞を――



 グイっといきなり足を引っ張られて、海の中に引き込まれた。



 え、え?


 訳が分からず、だけど、どんどん海の中に引き込まれる。

 体が何かに引っ張られる。


 なんで!? 何がっ!?


 慌てて、原因の何かを見つけるために足の方に目を向けた。え、さ、魚!? しかも網!?


 少し大きめのお魚さんが何故か網を持っていて、それに私の足が絡まっていた。縦横無尽にそのお魚さんはグイグイ引っ張っていく。力が強い!


 息もだんだん苦しくなってくる。あ、あの! お魚さん! 止まってほしいんだけど!!


 といっても為すすべなく引っ張られる。しかも中の流れも速い。東海林先輩が言ってた場所!? その流れにお魚さんも乗っている!?


 まずいって思ったけど、抵抗虚しく引き摺り込まれる。


 くる……しい……!!


 息が出来なくて思わず口を開いてしまったら、ゴパッと大量の海水が流れ込んでくる。ますます苦しい!


 まずい、まずいまずい。

 早く、上に上がらなきゃ!


 願いが叶ったのか、引っ張られる体が止まった。

 足の方に視線を向けると、網が外れている。でも大分海底に近い。もう足が底につきそう。


 それに苦しい。息が吸いたい。


 上に上がろうとしたら、また体が何かに引っ張られた。今度は何!? とまた視線を向けると、海藻が足に絡まっている。


 ついてなさすぎる。


 それに、


 もう……。



 力が入らなくて、どんどん意識が遠くなる。



 だれ……か……。




 苦しくて、どんどん目が霞んで、


 完全に意識が閉じていった。



 □ □ □



 な……に……?


 柔らかい……感触……。



 その感触と同時に何かが口の中に吹き込まれたと思ったら、どんどん体の中から込み上げてくるものを感じた。



「うっ――げほっ! げほっ!」



 水を吐き出すと、少し息が楽になる。

 咳き込んでいると、暖かい何かが顔に触れてきた気がした。


 目が霞んで、何も見えない。ボーっとする。


 ここ……どこ……?


 その暖かい何かは離れていった。


 確か私……そう、お魚さんに引っ張られて……。


 必死に考えようとするけど、だめ。考えられない。

 ケホっとまだ咳き込んでいた時、「桜沢!?」と聞きなれた声が聞こえた。


 肩を掴まれ、揺らされる。

 だんだん視界もハッキリしてきた。


「おい! しっかりしろ!」


 覗き込んでいるのは、心配そうな顔をしている会長。


「ケホっ……かい……ちょう……?」

「……大丈夫か?」

「は……い……」


 ホッと息を吐いて、安心した顔をしてくれる。


「良かった……」


 どうしてそんな心配してくれたんだろう? だって私、誰にも気付かれないで、お魚さんに引っ張られて……それで溺れたはず、なのに……あれ、会長がここにいるってことは……?


「会長が……助けてくれたんですか……?」

「あ?」


 え、どうしてそんな目を丸くさせているんだろう? でもここに会長がいるってことは……会長が助けてくれたってことだよね?


「花音!!!?」


 ザパッと舞たちが海から続々と出てきて、2人でそっちに視線を向けた。え、ええ!? 舞!? どうしてそんな勢いよく抱きついてくるの!?


「ま、舞?」

「良かった、良かったよぉぉ!! 無事じゃん! 無事で良かったよぉ!」


 え、え、ええ? 泣き出しちゃった? 一花ちゃんも生徒会のメンバーも、それに如月さんと皐月さんも安心したような顔をしている。


 これは、心配かけちゃったかな? 如月さんが膝をついて、目線を合わせてくれた。


「大丈夫かい? いきなりいなくなったって聞いて、皆で探してたんだよ」

「す……すいません。溺れてしまったみたいで……」

「翼が見つけたんだ?」

「え、いや……まあ、そうだが……」


 月見里(やまなし)先輩の問いかけに、何故か会長がしどろもどろになって答えていた。え、ここにいるから助けてくれたの、会長ですよね? 如月さんは皐月さんに顔を向けている。


「一応医者に診てもらった方がいいな。車の用意してくるよ」

「えっ!? あ、あの大丈夫ですから!」

「でも花音ちゃん? 溺れたんでしょう?」

「ほ、本当に大丈夫です。すいません心配かけて」


 う、うん。もう平気! 息も出来るし! 特に体捻ったってわけでもないし! それに折角の海で楽しんでいるところに水を差すようで申し訳ないもの!


 結局会長のお抱えのお医者さんが別荘に来てくれることになってしまった。ふわっと東海林先輩が私の上着を持ってきてくれて肩にかけてくれる。そのまま皆で別荘に戻ることになっちゃった。皆、ごめんなさい。


 あれ?


 見送ってくれる一花ちゃんたちに視線をチラッと向ける。


 葉月は……?


「どうしたの、花音? やっぱどこか怪我してるとか?」

「え? ううん。大丈夫だよ、舞。平気だから」


 心配そうにしている舞にニッコリ笑いかける。またレクリエーションの時みたいに責任感じているみたいだから。舞のせいじゃないからね。


 葉月がそこにいないのが、少し気になっただけだから。



 別荘に戻ってすぐお医者さんは診てくれた。大丈夫って言われたよ。だから舞、そんな心配そうにしなくていいってば。でも、心配してくれてありがとう。先輩たちもありがとうございます。


 夕飯の準備を手伝うって言ったら、全員に止められた。休んでいろということらしい。心配かけちゃったからね。


 部屋で1人ベッドの上で体育座り。うう……知りたかったのに……どんな調理方法か知りたかったのに。


 膝の上に腕を置いて顔を埋める。お風呂ももう入っちゃったしなぁ。それにしても大分体冷えてたな。あったまったって感じ。


 あ、そうだ、葉月。


 顔を上げて、携帯を取り出す。

 きっと一花ちゃんから聞いて心配かけちゃってる。大丈夫だよって伝えないと。出るかな?


 電話をかけて耳に当てた。コール音が響いてる。


『もっしも~し?』


 あ、出た。葉月の声が聞こえて、すごく安心しちゃった。


「ごめんね、葉月。今大丈夫?」

『平気だよ~。花音こそ大丈夫~?』


 やっぱり一花ちゃんから聞いて、心配かけちゃったかな。


「平気だよ。一花ちゃんから聞いたの?」

『うん? まあ、そう~』


 あれ、歯切れ悪いな? まあいいか。


「ごめんね、葉月。何も言わないで先に戻っちゃって」

『別にいいよ~。お医者さん診てもらったの~?』

「うん、大丈夫だって」

『そっか、なら良かった~』


 ふふって向こうから葉月の笑った声が聞こえてくる。安心したのかな?


「そういえば、葉月はどこにいたの? あの時皆いたのに、葉月だけいなかったから」

『ん~? んー……泳いでた~』


 あ、あれ? もしかして私のこと探してた、とか? 舞から聞いたら、皆で探してくれてたって言ってたし。


「葉月、私のことずっと探してくれてたの?」

『ん~? まあ、そうかな~』


 そ、それは申し訳ない。


「ご、ごめんね。心配かけちゃって」

『いいよ~。さっきから謝ってばっかだね~花音』

「だって申し訳なくて……」

『花音が無事だったんだからいいんだよ~。海藻は仕方ないよ~』


 ――あれ? 海藻に足が絡まったこと、一花ちゃんに言ってたっけ? それを葉月が聞いたのかな?


『今日はゆっくり休みなよ~花音』

「え、う、うん。そうするね」

『じゃあ明日ね~』

「うん、おやすみ、葉月」

『おやすみ、花音~』


 電話が切れて、ハアと溜め息をついた。だめだなぁ。皆にも葉月にも心配かけてばっかり。後で会長にもちゃんとお礼言わないと。


 ボフっとベッドに横たわる。本当、お魚さん力強かったなぁ。うう、ついてなさすぎる。まさか網で足を引っ張られるなんて。しかもお魚さんの力に負けるとは。さらにどうして海藻にまで絡まっちゃうかな。


 そういえば。

 あの柔らかいの……なんだったんだろう?

 意識が戻った時に唇に感じた、あの感触。


 会長、何をし――


 ――――あ、れ?

 何をしたって……溺れてたんだから……


 普通に考えたら、人工呼吸じゃない?


 思いついて、バッと身体を起こしてしまった。


 だだだだって……人工呼吸ってことは……え、ええ? じゃじゃじゃあ、あの時の柔らかいのって……唇?


 い……いやいや……し、仕方ない。仕方ないよね。人助けのために会長がしてくれた訳だし、助けられた私が文句を言うのは間違っているし。



 ――ショック受けるの、おかしいし。



 ハアとまたゆっくり身を沈めた。

 ま、まあ。ほとんど覚えてないしね。人工呼吸はファーストキスにカウントされないよ。会長に悪いし、会長だってキスとかは好きな人とやりたいだろうしね。なし。なしなし。



 好きな人……好きな人、かぁ。



 一瞬、葉月の顔が思い出されて、慌てて首を振った。


 いやいやいや、だから葉月は女の子だから。恋愛じゃないから、友情だから。だから、気のせい。この心臓がうるさいのも気のせい。きっと気のせい。



 さっきの電話で声が聞けて嬉しいのも、


 友だちだから、だし……。




 さっきの葉月の声を反芻しているのを無視して、必死に自分の心臓に手を置いて落ち着かせた。


お読み下さり、ありがとうございます。

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