95話 海にて
「じゃあ、いっちゃん! 今日の目標はサメ一匹! 確実にいこうね!」
「いきなり何の話だ!? まだ諦めてなかったのか!?」
「食べてみたい! いっちゃんもでしょ?」
「何でお前はそう何でもかんでも食べたがるんだ!? そしてあたしは食べたいとは一言も言ってないぞ!?」
え、何言ってるの、いっちゃん? 折角来たんだから食べようよ。サメいるといいね。
別荘に着いて、叔母さんに説教してからさっさと逃げ出してきた。といっても、カイお兄ちゃんと皐月お姉ちゃんも一緒だけど。2人も一緒に、ここ、会長のプライベートビーチに来てる。
会長たちは明日、生徒会の仕事するんだって。だから今日は目一杯遊ぶことになっているのだ。
「葉月、船は出さないからな」
パラソルとか用意してるお兄ちゃんまで私を止めてきた。
は~……というか付いてこなくてもいいのに。お姉ちゃんと一緒にイチャイチャしてればいいのに。お姉ちゃんもクスクス笑いながら、お兄ちゃんの近くで手伝っていた。
でもいいもんね~。勝手にやるもんね~。もしかしたらサメじゃない何かも釣れるかもしれないし~。
いそいそといっちゃんに妨害されながら準備していたら、会長たちもやってきた。歩いてきたみたい。そうだよね、ここから会長の別荘見えるもん。というか目の前だもんね。
生徒会メンバーが改めてお兄ちゃんたちに挨拶してる。ちょっと楽しそうだ。
「葉月、一花ちゃん」
あ、花音だ。舞もいる。
お~花音さん水着似合ってるね。元々スタイルはいいからね。胸も小さいというよりは大きい方だしね。白のフリルのワンショルダータイプ。かっわい~。
舞と私は上がビキニの下はショートパンツだからね。今はTシャツ着てるけど。もう舞は泳ぐ気満々って感じ。上着は脱いでるもん。
ちなみにいっちゃんはワンピースタイプ。あと、寮長は凄かった。面積が小さめのビキニ。これ確かブラジリアンビキニっていうタイプだ。めちゃくちゃセクシー。
「花音~水着似合ってるね~。かっわい~」
「かわっ――もう葉月、からかわないで……」
相変わらず可愛いっていうとすぐ照れるんだよね。そこも可愛いけど。
「葉月っち、それ何? って――それミミズじゃん!?」
「ん~? 釣りの準備~」
「いい加減諦めろ、葉月! どっからそんなに出てくるんだ! 寄越せ! いや、寄越すな! ミミズを向けるな!」
「いっちゃん。このミミズはね。ちゃんとした餌なんだよ~?」
「やめろ! 近付けるな!」
「葉月っち! 来ないでぇ!」
何をそんなに怯えてるのかな? ウニョウニョして可愛いのに。だが今から君たちは魚さんたちのお腹に入るのだよ。南無阿弥陀仏。
でもいっちゃんたちの反応が面白いから、近づけたり離したりして遊んでたら、花音に頭をポンってやられて「それぐらいにね」って止められた。花音は平気なんだね?
そういえば、前に寮で蜘蛛が出た時はさすがに怯えてたな。蜘蛛がだめみたい。私は平気だけど。そういえばタランチュラ君、元気かな?
それから私は、いっちゃんとお兄ちゃんの目の届くところで釣りをした。いや、大量大量。他のメンバーはビーチバレーやらスイカ割りやらやってたけど。時々花音が様子見に来て、「これ、全部釣れたの?」って驚いてたよ。
お昼はビーチでバーベキュー。花音に釣った魚渡したら捌いてくれた。それを見て、皆びっくりしてたけど。花音はホントに何でも出来るね。ちょっと塩かけて焼いて食べたら、めちゃくちゃおいしかったよ。
午後は折角海に来たので、ぷっかぷっかと浮き輪の上で浮いてみた。ちょっと浜から離れてるけど、お兄ちゃんたちが小さく見える。
あ~……今日晴れてよかった~。空が綺麗ですね。
会長たちの姿は見えないけど、ちょっと離れた所でシュノーケリングしてる。
「いっちゃん」
「ん? なんだ?」
隣で一緒にグータラしてたいっちゃんに話しかける。
「なんか面白い事ないかな~?」
「……やめろ。嫌な予感しかしないわ」
「ぶはっ! 2人ともこんなとこにいた!」
いきなり舞が出てきたよ。どしたの?
「2人もやろうよ! これ、面白いよ!」
「え~、めんど~」
「お前……さっき面白い事探してただろうが」
「それはね、いっちゃん。こういう面白さじゃないんだよ。もっとこう、サメとか釣り上げるとかね」
「お前はいい加減にサメから離れろ!?」
「サメは嫌だけど、でもこれも面白いよ、葉月っち!」
ふと、いっちゃんが辺りを見渡した。
「舞、花音はどうした? 会長たちのところか?」
「え? あれ、一緒に来てたんだけど……かの~ん?!」
花音は現れない。会長たちのところに戻ったのかな?
「え、あれ? なんで? さっきまで後ろにいたんだけど」
舞が困惑してる。
一回潜って、すぐに出てきた。
「いない。ま、まさか……溺れてたり……してないよね?」
「まさか。花音は泳げるじゃないか」
「そう……そうだよね、一花」
溺れた? 花音が?
不安が過る。
まさか……でも万が一……。
ここは海だ。
浜からも離れた場所だ。
そして、海は何が起こるか分からない。
「いっちゃん……一応行ってみる」
「大丈夫じゃないか?」
「念の為。舞、会長たちのところからきたの?」
「うん。向こう側から」
舞が会長たちのいる方を指差す。うん、けっこう離れてるね。うっすらそこに何人かいるのかしか分からない。
いっちゃんと舞に会長たちとお兄ちゃんに伝言を頼んで、海に潜った。
方向的にはこっち。
はーもう、花音……。
レクリエーションの時にも思ったけどさ。
いきなりいなくなるとかやめてよ。
ただの杞憂で終わるなら、それに越したことはない。
息が苦しくなって、一回上に上がる。ハアハアと息をしながら、浜と会長たちの方を見てみる。どうやら連絡を受けたみたいだ。それぞれで探し始めてる。つまり、あそこにも花音はいない。
何かが、花音にあった。
ふうと息をつく。
花音は舞の後ろをついてきてはず。
会長たちのところから、私たちのところまでの間に必ずいる。
思いっきり息を吸い込んで、海に潜る。
目を凝らしながら泳いでいく。ほら、こうなると方向とかすぐ分からなくなる。私は山の方がやりやすいんだけどな。
大丈夫ならいいんだけど。
首を動かしながら泳いでいく。
そして、視界の先で沈んでいる、見つけたくなかった何かを見つける。
……なんでこんなところで、海藻に引っかかるかな。
花音が意識を失って、そこにいた。
□ □ □
ザバッっと花音を抱き上げて、浜辺に立つ。
ゲホッゲホッと咳き込みながら、グッタリしてる花音を見た。
まだ、大丈夫なはず。舞が気づいてから、それほど時間は経っていない。すぐ見つかって良かったよ。
浜辺を見たら、お兄ちゃんもお姉ちゃんもいっちゃんもいなかった。まだ花音を探してるのだろう。もしくは入れ違いになったか。
花音を浜辺に降ろして、状態を見る。自分でもなったことある状態だ。
だめだよ、花音。
これはね、私の専門なんだから。
気道を確保して花音の口を塞ぎ、一気に空気を送り込んだ。
「うっ――げほっ! げほっ!」
水を吐き出した花音を見てホッとする。
もう多分、大丈夫だ。
だけど、このまま体を冷やすのもまずい。
そういえば、お兄ちゃんの車に大きいバスタオルも置いてたはず。
一旦まだ意識が定まらない花音をその場に置いて、車までタオルを取りにいった。
一応いっちゃんに言って、病院に運んだ方がいいかな? どうしようか考えながら戻ると、
「桜沢!?」
会長の声が聞こえた。
どうやら一旦戻ってきたらしい。
「おい! しっかりしろ!」
ちょっと~……そんな揺らすな。
「ケホっ……かい……ちょう……?」
「……大丈夫か?」
「は……い……」
花音の意識もどうやら回復したみたい。会長が心底ホッとした表情をしている。
なんか出て行き辛いな。思わず、近くの岩場に影に隠れた。
「良かった……」
まあ、私も安心したけどね。花音は訳が分からなそうな顔をしている。でも、溺れたことは覚えてたみたい。
「会長が……助けてくれたんですか?」
あれま。勘違いしちゃってる。まあいいや。花音が無事ならそれで。
「あ?」
会長が何かを答えようとしたときに、他の皆も戻ってきた。
舞なんか泣いてたし。お兄ちゃんが病院に連れて行こうとしてたけど、花音が大丈夫だからって断ってた。一応、会長の家のお抱えの医者に診てもらうことになって、会長たちは先に別荘に戻っていっちゃった。
「そういえば、葉月ちゃんはまだ戻ってきてないわね?」
おっと、お姉ちゃんにバレちゃった。戻るとしますか。
「大丈夫だよ~。ここにいるよ~」
「……? お前、何でそんなとこにいたんだ?」
「ん~……何となくかな、いっちゃん」
「そうか? よく分からないが……」
「花音は無事だった。それでいいんだよ」
「?」
いっちゃんが首を傾げてたけど、いっちゃん、それでいいんだよ。
ちょっとまた、モヤモヤしちゃったけど、これよく分からないや。
私たちもすぐその場を後にした。
お読み下さり、ありがとうございます。




