93話 ふてくされるルームメイト —花音Side※
「あづい……いっっちゃぁん……」
「だらけるな」
それは暑いと思うよ、葉月。目の前には真夏なのに冬用のコートを着ている葉月の姿。一応クーラーつけているんだけどね。
その姿に舞がツッコんで脱がせている。ああ、なるほど。舞をからかうために着てたんだね。舞と一花ちゃんが来る前に、そのコートを出して着始めたからびっくりしたんだよ?
「じゃあ、葉月? 暑いならアイス食べようか?」
冷蔵庫から午前に作っておいたアイスを持ってきたら、目をキラキラさせていた。
初めて作ってみたんだけど、どうだろう? あ、皆して大満足な顔してる。良かった、成功。その様子を見て私も一口。うん、我ながら上手くいった。今度はイチゴ味に挑戦してみようか。舞はイチゴ味好きだしね。
葉月が口の端にアイスをつけてたから、ついハンカチで拭っていると一花ちゃんに注意されちゃった。確かに何も出来なくなるかも――って、葉月? まだ取り終わってないからね? 動いちゃだめだよ。
「は~おいしかった~。というか生き返った~。あ~でも、こうやって花音の手作り食べる毎日はいいんだけどさ、夏らしいことしたいな!」
食べ終わった舞が嬉しい事言ってくれる。でも夏らしいことかぁ。「たとえば~?」と葉月が興味を持ったのか聞いていた。
「海とか!」
確かに、夏らしいことだね。
「ああ、今度、生徒会の合宿で海いくよ?」
そうそう、明後日から会長の別荘に生徒会メンバーで行くことになっている。文化祭の打ち合わせも兼ねているけど。息抜きで色々予定しているって東海林先輩が言っていた。
それを伝えたら、舞が羨ましそうな目を向けてきた。葉月は「ふ~ん」と呟いている。
「花音~、合宿って何するの~?」
「休み明けのテストの日程や、行事とかの打ち合わせするって言ってた。文化祭とかも入ってくるからね。星ノ天の文化祭は規模が違うんでしょ?」
私は初めてだけど、有名な歌手の人呼んでコンサート開いたり、あと劇もやったり、それに生徒会は来賓の方々へのおもてなしをするらしい。星ノ天の生徒のご家族も多く来るから。それに政財界の有名な人たちが多いからね、星ノ天の生徒のご家族は。一種の社交場みたいになると聞いているけど。
「え~でもいいな! あたしも行きたいよ、海! 海といえば恋の定番だよね!」
「相手いないのに~?」
「葉月っち……そんなにあたしをいじめて楽しいのかな?」
「うん」
「ふえ~ん。花音~……」
「あはは、よしよし」
舞がショックなのか抱きついてくるから、頭をよしよしと撫でてあげる。
葉月、あんまりからかっちゃ駄目だよ? ただでさえ地元の友達に恋人出来て、相手にされなくてショック受けてるのに。
でも海、かぁ。恋の定番かは分からないけど、折角だから葉月たちとも遊びたいよね。楽しい思い出欲しいというか。舞たちもくれば楽しいんじゃないかな。
「会長たちに聞いてみよっか?」
ポロっと軽い気持ちで言葉に出したら、皆がきょとんと顔を向けてきた。
「舞たちも一緒に行ってもいいか、聞いてみるよ」
生徒会の打ち合わせ時には3人とは遊べないけど、でも大勢の方が楽しいんじゃないかな。阿比留先輩はまだ葉月のこと怖がっているけど、変なことしたら玉ねぎ出せばいいし。
乗り気になった舞が「聞いて聞いて!」と言ってきたので、東海林先輩に電話してみる。すると軽く「別にいいわよ?」と言われてしまった。意外。葉月のことでもっと渋るかなと思ったんだけど。でも、東海林先輩も同じのようで、大勢の方が楽しいでしょうとのこと。さすが東海林先輩。分かってくれる。
舞に伝えたら大喜び。良かったと思ったのも束の間だった。一花ちゃんが途端に気まずそうに考えこんじゃったから。
「いっちゃん? どうしたの~?」
「ああ、いや……沙羅さんになんて言おうか……と……」
そんな一花ちゃんに葉月が聞いたら、口を滑らしたかのように、一花ちゃんがしまったという顔をした。えっと沙羅さんって如月さんのこと?
葉月にもしっかり聞こえていたようで、途端に一花ちゃんに詰め寄っていた。一花ちゃんの頬を両手で挟み込んで、言い逃れ出来ないようにしている。そして明らかに不機嫌そう。
「あのな、葉月。落ち着いて聞けよ?」
「……話によるかな~」
「ゴホン。沙羅さんがな、別荘に遊びにこいと言っててな」
「へえ……?」
「魁人さんも会いたがっててな……」
「へええ……?」
「お前を連れてくるように……言われてたんだ」
「へええええ……?」
ものすごく機嫌悪くなっている。会いたくないのがヒシヒシと伝わってきたよ。
でもそっか、如月さんたちが。じゃあ、葉月たちは一緒に来れないよね。
「あの……一花ちゃん? もしかして、余計なことしちゃったかな?」
「あ~……大丈夫だ、花音。如月の別荘は会長の別荘の近くでな。舞だけ連れてってもらえるか? あたしとこいつは沙羅さんが用意してる別荘に行くから。ちょうど花音たちが行く日と重なってると思うから大丈夫だ。ホントは舞も連れてくつもりだったが、舞はそっちの方がいいだろ? それとも、こいつと沙羅さんたちのバトル見たいか?」
え、そうだったの? じゃあ、向こうで合流できるってことかな? 舞、そんなあからさまに嫌がらなくても。た、確かに、如月さんたちを相手にしている葉月は機嫌悪いけど。
「いっちゃん? 私行かないよ?」
「大丈夫だ。お前の意見は聞いていない」
「いっちゃん! 私行かないよ!」
むぎゅーっと一花ちゃんの頬を挟んで必死の抵抗をしている。一花ちゃん、無理やり連れていく気なんだね。でもどうして?
「……兄さんも来る。お前、また行ってないだろ?」
一花ちゃんのその一言で、葉月がピタっと止まった気がした。
一花ちゃんのお兄さん? お姉さんだけじゃなくてお兄さんもいるんだ。そういえば初めて会った頃そんなこと言っていたかも。……葉月と関係しているのかな?
「お前の方が約束破ってるんだぞ、葉月?」
約束?
「……やだ」
「だめだ。悪いがこれは強制だ」
「……めんどい」
「はぁ……安心しろ。それ以上は干渉してこないはずだ。これは沙羅さんに約束させた。だから一緒に行くぞ、いいな?」
思いっきり頬を膨らませ、一花ちゃんから離れた葉月は、不機嫌Maxで自分のベッドの上に登り、タオルケットで体を包んで縮こまってしまった。しっかりとこっちには背中を向けて。
つまり、行くことを了承したってことなのかな? 嫌だけど、行かざるを得ないみたいな。会わなきゃいけない理由があるんだろうな。
ハアと呆れた溜め息を一花ちゃんが吐いている。「放っておけ、拗ねているだけだ」ってつまらなそうに話しているけど……確かに明らかにいじけている感じ。
一花ちゃんと舞に次々悪口というか、八つ当たりみたいに話しているものね。ますます縮こまっている。そんなに行きたくないのかぁ。
どうやったら、機嫌直るかな?
ああ、そうだ。
ベッドに座って葉月の背中をゆっくり撫でてあげたら、気になったのか顔だけ少しこっちに振り返ってくれた。子供みたいにむすっとしながら。
「おいで、葉月。膝枕してあげるから」
あ、驚いている。ポンポンと自分の膝を叩いて「おいで?」とまた促してみた。
前に車の中で膝枕してあげたら、機嫌悪かったけど、気持ち良さそうに寝てくれたからなんだけどね。
むーってまだ頬を膨らませながらだけど、ゆっくり体を起こして、ノソノソと頭を膝の上に置いてくる。
機嫌悪いけど私に気を遣って頭を乗せてくれるなんて、こういうとこ葉月は可愛いよね。太ももの上にいる葉月の髪をゆっくり梳くように撫でていく。少し目元緩んだ。気持ちいいのかな。
せっかくの海だよ、葉月。葉月も楽しめないかな?
一花ちゃんに視線を向けたら、何故か目を丸くしていた。あの、一花ちゃん?
「……ねえ一花ちゃん。ちょっとは向こうで合流できる?」
「……もちろんだ。荷物だけ置いて、会長の別荘に行ってもいいしな」
「そっか。東海林先輩もね、ずっと生徒会の仕事だけやるつもりないみたいだから、バーベキューとかも計画してるんだって」
ずっと、葉月が会いたくない如月さんたちと一緒にいなきゃいけない訳じゃないんだね。
「だから舞や葉月、一花ちゃんも一緒だったら、楽しいだろうなって思ったの」
ゆっくり撫でてあげる。気持ちよさそうに目を細めていた。
それを見ると嬉しくなる。
「ねえ、葉月? 向こうでは一緒に遊ぼう? きっと楽しいよ」
会長たちもいるし、きっと大勢で楽しいよ?
「私は葉月たちとの楽しい思い出ほしいな」
せっかくの夏休みだもの。仲のいい友達との楽しい思い出ほしいよ?
興味が惹かれたのか、横向きだった葉月が私の顔を見上げてきた。
「……どんなの~?」
少しは行く気になってくれたかな?
嬉しくなってクスっと笑った。でもどんなのかぁ、うーん……。
「そうだな。スイカ食べたり、海で泳いだり。色々あるんじゃないかな。ね、舞?」
「そうだよ、葉月っち! 花音の言うとおり! もしくはビーチでイケメンにナンパされたりするかもよ!」
「会長の別荘にあるビーチはプライベートビーチだから、他の観光客はいないぞ?」
「ちょっと一花! そういうツッコミいらないから! せっかく葉月っちがちょっと興味もったのに!」
「儚い希望を持つのはやめろ。見ていて哀れだぞ」
「酷くない!? さすがに酷くない!?」
一花ちゃんの容赦のない舞への返しに、おかしくなって笑ってしまう。きっと海でもこういう風ににぎやかに楽しくできると思うんだ。
「ね、葉月? きっと楽しいよ? だから、そんな不機嫌にならないで?」
嫌かもしれないけど、きっとそれ以上に楽しい事もあるはずだから。
ゆっくりゆっくり葉月の柔らかくて細い髪を撫でてあげる。こっちを見上げるのをやめて、また横向きになってしまった。うーん、やっぱり直らないかな?
「……今日オムライスがいい」
どうしようかと思ってたら、ポツンと呟くように葉月が言ってくれる。それは……つまり行くってことでいいんだよね? つい、笑みが零れた。
「ふふ、いいよ」
「甘くしてね?」
「うん、わかった」
「舞のは辛くして?」
「ちょっと、葉月っち?! 嫌だから! 花音、普通の! 普通のでお願いします!」
「いっちゃんのはわさび入れて?」
「誰が食べるか!?」
「いっちゃん、これは譲歩だよ?」
「ただのお前の憂さ晴らしだ!」
「花音……頭撫でて」
「ふふ。はいはい」
少しは機嫌良くなったかな。それに頭撫でてあげるの気に入ってくれたのかな? 気持ちよさそうに葉月が目を閉じた。
しばらく撫でてあげていると、いつかみたいに眠ってしまう。
その寝顔を見れただけで満足だよ。
「また寝た……?」
一花ちゃんが立ち上がって、近くに寄ってきた。葉月の顔を覗き込んでいる。何でそんなに驚いているんだろう? 前も車でそうだったよね?
「一花ちゃん?」
「寝てる……な」
恐る恐るといった感じで、一花ちゃんも葉月のおでこを触っていた。舞も首を傾げて覗き込んでくる。
「一花、何か変なの?」
「いや、そうじゃないが……」
葉月の気持ちよさそうに寝ているのを見て、一花ちゃんはそれきり黙ってしまった。何かを考え込んでいるかのようにも見えたけど、しばらくして少し出てくると言って、部屋から出て行ってしまう。
「一花ちゃん、どうしたんだろう?」
「さあ?……でも、さ」
舞? 少し寂しそうに、舞も葉月の頭をそっと撫でた。
「一花と葉月っち、たまに入れない時あるじゃん。話してくれれば、何か力になれるかもしれないのに」
「……そうだね」
「いつか、話してくれればいいんだけどさ」
舞は前にも同じこと言ってたものね。
でもそうだね、舞。
いつか、話してくれればいいな。
気持ちよさそうに寝る葉月の頭をそっと撫でる。
鴻城さんと何があったのか、
レイラちゃんと何があったのか、
何を、隠しているのか。
いつか、話してくれれば。
その日は約束通りオムライスを作ってあげた。卵は甘くしてあげたから嬉しそうに食べてくれたよ。でもだめだよ、葉月。舞のオムライスにそんなタバスコかけちゃ可哀そうでしょ? 仕方ないから普通のオムライスを舞に作ってあげたよ。
おいしそうに食べる葉月を見て、胸がギュッと締め付けられたのに、また気づかないフリをした。
お読み下さり、ありがとうございます。