92話 海に行く前に
海編です。
「あづい……いっっちゃぁん……」
「だらけるな」
「だって~……あづいんだも~ん」
「分かるよ、葉月っち……それは分かるけどね……」
「なに~舞~?」
「暑いんだったらコートやめて!? 見てる方が暑いんだけど!?」
え~? これはね、舞。吸水性に優れているんだよ? 汗を吸ってくれるんだよ?
「ほら! 脱いで! 半袖かノースリーブにしなよ?」
「何言ってるの、舞? それじゃ、意味がないんだよ」
「どういうことかな……?」
「それじゃ、舞が暑くならないじゃん。見てる方が暑いんでしょ?」
「嫌がらせだったの!?」
「うん」
「タチ悪い!? ちょっと、一花! こういうツッコミは本来一花の仕事でしょ!?」
「あたしの仕事じゃないわ!?」
そっちの方が面白いかなって思ったからこの服にしたのに~。舞で遊んでると、クスクス笑いながら花音が何かを持ってきてくれた。何それ~?
「じゃあ、葉月? 暑いならアイス食べようか?」
え? 食べる。花音、アイスも作れたの? わ~お。おいしそ~。いっただっきま~す。ん~んまし~。オレンジ味~。
「花音は本当に何でも作れるんだな」
「そんなことないよ、これは今回初めて作ったし。どうかな?」
「めっちゃおいし~よ! もう花音、将来こっちの道に行きな! あたしが出資するから!」
「そこまでの自信はないなぁ……」
えー大丈夫だと思うけどな~。いっぱい売れそう。
「葉月、口の端についてるよ? ちょっと黙っててね」
「ん~」
「花音、あまり甘やかすな。そのうちこいつ、何も出来なくなるぞ」
確かに! 今じゃ花音のご飯とかないと無理ですね! 「あはは……気を付けるよ」って言いながら、花音が私の口を拭いてくれる。これ、完全に母親ですね! 子供のお世話ですね!
「は~おいしかった~。というか生き返った~。あ~でもこうやって花音の手作り食べる毎日はいいんだけどさ、夏らしいことしたいな!」
食べ終わった舞がなんかぼやいている。夏らしいこと? 何かある? 毎年、こんなもんだけどな。
「たとえば~?」
「海とか!」
「ああ、今度、生徒会の合宿で海いくよ?」
「えっ!? 花音、いなくなっちゃうの!?」
「明後日から2泊3日ね。会長の家の別荘だって聞いたけど」
あれ? これって前にいっちゃんが言ってた海のイベント?
いっちゃんを見てみると――うん、間違いなさそうだね。だって口が僅かに笑ってるもん。気色悪いよ、いっちゃん。でも生徒会って合宿あったんだ~。知らなかった~。
「花音~合宿って何するの~?」
「休み明けのテストの日程や、行事とかの打ち合わせするって言ってたよ。文化祭とかも入ってくるからね。星ノ天の文化祭は規模が違うんでしょ?」
あ~そうだった。文化祭。そうなんだよ。中等部でもあったな~そういや。有名人とか呼んでコンサート開いたり、模擬店とかも本格的なんだよね。どんな料理人に来てもらうとかで騒いでたな。私が食材全部ひっくり返して、皆が嘆いてたけど。事故だよ? いっちゃんから逃げてたら、机とかにぶつかっちゃっただけだよ?
「え~でもいいな! あたしも行きたいよ、海! 海といえば恋の定番だよね!」
「相手いないのに~?」
「葉月っち……そんなにあたしをいじめて楽しいのかな?」
「うん」
「ふえ~ん。花音~……」
「あはは、よしよし」
舞が花音に抱きついて慰めてもらってるけど、でも事実だよね、舞? いっちゃんなんか、ほら呆れかえってるよ?
そういえばいっちゃんは、今回の海イベントをどうやって見るつもりなんだろ? 会長の別荘に行くの?
ん、どうしたの、花音? 考えこんじゃって?
「会長たちに聞いてみよっか?」
ん?
「舞たちも一緒に行ってもいいか、聞いてみるよ」
何で?
花音の言葉を聞いて、ガバッと顔をあげてる舞の目がキラキラしてる。
「聞いて聞いて! あたし行きたい!」
「わかった。ちょっと聞いてみるね」
そう言って花音が立ちあがって、電話するために部屋の外に出て行っちゃった。でも別に、私は海に興味ないんだけどな。いっちゃんも目をパチパチさせて驚いているよ。
「やった! これでオーケー出れば海じゃん! しかも会長の別荘! クラスのみんなに自慢できる!」
あれ舞、恋は?
「舞~? 恋はいいの~?」
「ふふん! 葉月っち! 恋より会長の別荘行く方が、あいつらの鼻を明かしてやれるね! 悔しがる姿が目に浮かぶわ! あっはっはっ!」
そうなんだ。そっちの方が重要なんだね。あ、花音が帰ってきた。
「東海林先輩がいいって。ただ、邪魔はしないようにって言ってたよ」
「ホント!? やった~!!」
「そ、そうか……しまったな……」
「一花ちゃん?」
いっちゃんが考え込んでしまった。もしかして、いっちゃんは海イベントを見るために何か方法を考えてたのかな。
「いっちゃん、どうしたの~?」
「ああ、いや……沙羅さんになんて言おうか……と……」
……いっちゃん? 何で叔母さんが出てくるの……? なんでちょっと、しまったというような顔をしているの? おーい。こっち向こうか~?
「……いっちゃ~~~ん?」
「……何でもないぞ?」
「いっちゃ~~~~~~ん?」
いっちゃんに顔を近づけてジト目で見続ける。それでも目を逸らし続けるから、ガッと顔を両手で掴んであげたよ。むぎゅうっとしてジーっと見続ける。
しばらく目を泳がせてたけど、観念したかのように「仕方ない」って言ってガックリしていた。
「あのな、葉月、落ち着いて聞けよ?」
「……話によるかな~」
「ゴホン。沙羅さんがな、別荘に遊びにこいと言っててだな」
「へえ……?」
「魁人さんも会いたがっててな……」
「へええ……?」
「お前を連れてくるように……言われてたんだ」
「へええええ……?」
……な~るほど、読めたよ~? 確か如月の別荘は会長の別荘の近くだもんね~……? そうだよね~……? いっちゃんはイベント日が分かるもんね~……? 日程を合わせていけば、いっちゃんはイベント見れるし? 私をあの人たちに会わせることができるし? 一石二鳥という訳だ。
「行かない」
「そう来ると思ったから、言わなかったんだよ……」
当たり前でしょ? あの人たちは、なんなのかな? こうも最近、約束破られると困るんだけど?
舞は舞で空気を察したのか黙っちゃうし、花音は困惑した様子で私といっちゃんを見てる。
「あの……一花ちゃん? もしかして、余計なことしちゃったかな?」
「あ~……大丈夫だ、花音。如月の別荘は会長の別荘の近くでな。舞だけ連れてってもらえるか? あたしとこいつは沙羅さんが用意してる別荘に行くから。ちょうど花音たちが行く日と重なってると思うから大丈夫だ。ホントは舞も連れてくつもりだったが、舞はそっちの方がいいだろ? それとも、こいつと沙羅さんたちのバトル見たいか?」
「え!? 遠慮……しよっかな~?」
「そうしろ」
「いっちゃん? 私行かないよ?」
「大丈夫だ。お前の意見は聞いていない」
「いっちゃん! 私行かないよ!」
行かないよ! なんで行くことが決定してるのさ! ムギュっといっちゃんの頬を両手で挟んでやる!
「……兄さんも来る。お前、また行ってないだろ?」
ピクッといっちゃんの顔を押さえつけてた手が固まった。いっちゃんが私の手を取って剝がしていく。
「お前の方が約束破ってるんだぞ、葉月?」
「……やだ」
「だめだ。悪いがこれは強制だ」
「……めんどい」
「はぁ……安心しろ。それ以上は干渉してこないはずだ。これは沙羅さんに約束させた。だから一緒に行くぞ、いいな?」
先生も来るの……? え~めんどい……ホントやだ。
むーっとして、いっちゃんから離れる。
のそのそと自分のベッドに戻って、皆に背を向けてタオルケットで体を包んだ。
「一花、こんなんで大丈夫なの?」
「放っておけ。ただ拗ねてるだけだ」
「いっちゃんのバカ」
「あーそうだな。あたしがバカだな」
「いっちゃんのチビ」
「ほう……?」
「舞なんて恋人一生できない」
「ちょっとっ!? あたしにまで飛び火してない!? そして不吉なコト言わないで!?」
「知らないもん」
皆が呆れてるのが背中に伝わってくる。縮こまって、むーっとする。
だって、行きたくないもん。会いたくないもん。
キシっとベッドが鳴って、背中を誰かの手が撫でてきた。ん?
顔だけちょっと振り返ると、花音だった。
「おいで、葉月。膝枕してあげるから」
……はい? なんで今?
いやそんな、ポンポンと膝叩かれても。
「おいで?」
……むー……しょうがないなぁ。
のそのそと起き上がって、花音の太ももに頭を乗せる。相変わらず柔らかくて心地がいいですね。
満足そうな花音が、髪を梳くように頭を撫でてきた。
「……ねえ、一花ちゃん。ちょっとは向こうで合流できる?」
「……もちろんだ。荷物だけ置いて、会長の別荘に行ってもいいしな」
「そっか。東海林先輩もね、ずっと生徒会の仕事だけやるつもりないみたいだから、バーベキューとかも計画してるんだって」
ふーん。随分と楽しそうですね。こっちはあの先生と面倒臭い面会しなきゃいけないのに。
「だから舞や葉月、一花ちゃんも一緒だったら楽しいだろうなって思ったの」
花音が柔らかく微笑んでる。
優しい手で頭をゆっくり撫でてくる。
あーこれだめ……きもちいい……。
「ねえ、葉月? 向こうでは一緒に遊ぼう? きっと楽しいよ」
どうだか……もう会うだけでも嫌なのに……。
「私は葉月たちとの楽しい思い出ほしいな」
楽しい思い出?
「……どんなの~?」
私が聞くと、花音が嬉しそうに笑って、ちょっと考え込む。
「そうだな。スイカ食べたり、海で泳いだり。色々あるんじゃないかな。ね、舞?」
「そうだよ、葉月っち! 花音の言うとおり! もしくはビーチでイケメンにナンパされたりするかもよ!」
「会長の別荘にあるビーチはプライベートビーチだから、他の観光客はいないぞ?」
「ちょっと一花! そういうツッコミいらないから! せっかく葉月っちがちょっと興味持ったのに!」
「儚い希望を持つのはやめろ。見ていて哀れだぞ」
「酷くない!? さすがに酷くない!?」
舞が騒いでるのを見ながら、花音はクスクス笑ってる。でも、いっちゃんのツッコミは正しいと思うよ、舞?
「ね、葉月? きっと楽しいよ? だから、そんな不機嫌にならないで?」
……仕方ないなぁ。
「……今日オムライスがいい」
「ふふ、いいよ」
「甘くしてね?」
「うん、わかった」
「舞のは辛くして?」
「ちょっと、葉月っち?! 嫌だから! 花音、普通の! 普通のでお願いします!」
「いっちゃんのはわさび入れて?」
「誰が食べるか!?」
「いっちゃん、これは譲歩だよ?」
「ただのお前の憂さ晴らしだ!」
「花音……頭撫でて」
「ふふ。はいはい」
わめく舞といっちゃんを無視して、花音の手の感触を感じながら目を閉じる。
仕方ないから、今回はちゃんと会ってあげるよ。
あ~でもホント、これ気持ちいい……。
結局、そのまま私はまた寝ちゃってた。オムライスは私のが甘めで、舞といっちゃんのは普通のだったから、舞のにタバスコめちゃくちゃかけてあげた。めちゃくちゃ怒られた。
こうして、皆で海に行くことが決定しましたとさ。
お読み下さり、ありがとうございます。