91話 重なる —花音Side※
「この迷路ですか?」
「ええ、有名なのよ」
お昼も食べ終わって葉月たちとはまた別行動。……阿比留先輩がまだ葉月を怖がっているからだけど。
一回ジェットコースターに皆で乗ってから、東海林先輩が楽しそうにこの迷路に案内してくれた。入ったら出られないって有名らしい。「折角だから」とペアを組んで挑むことになった。
東海林先輩、ここの迷路やってみたかったんだって。クジまで用意して準備いいなぁ。クジを引いた結果、私は会長とペア。先に阿比留先輩と九十九先輩、次に東海林先輩と月見里先輩が順番に迷路に入っていく。
「本格的ですね」
「どうせ大したことないに決まっている」
会長、そう言って迷ったらどうするんですか。入口で地図とスタンプを押す紙、それにギブアップ用のスイッチを渡された。なるほど、リタイアしたくなった時に、このスイッチを押せば係りの人が来てくれるんだ。
私たちの番になったので迷路に入った。って会長? どうして地図見ないんですか?!
「ちょ、会長?! ちゃんと地図確認しながら行かないと!」
「あーいいから黙ってついてこい」
どんどん進む会長。なんでそっちが正解だって自信満々なんだろう。でも置いてかれるわけにいかないから、ついてかなきゃね。
溜め息つきながら会長の背中を追う。地図を見ながら歩いていたら、会長が別の道を進んでいった。あ、あれ? ここ右じゃないかな? 一応会長に言ったけど、聞いてもらえなかった。
しばらく進んでピタっと会長の足が止まる。あーやっぱり。キョロキョロ辺りを見渡す会長。
「会長。さっきのところやっぱり右だったんじゃないですか?」
「……大丈夫だから、ついてこい」
「はぁ……一回あの場所まで戻ることを勧めます」
「大丈夫だって言ってるだろ。言う事聞け。俺を誰だと思ってる」
「今はただの方向音痴の人ですよ。何でそこで意地を張るんですか。戻りましょう」
全く、素直に認めてほしい。迷ったんですよ、私たち。
会長の腕の服を引っ張って、元に来た道を戻ろうとし――たんだけど。あ、あれ? どっちから来たんだっけ? 思わずそう口に出したら、何故か会長が呆れたように息をついてた。
「はー……ほら見ろ。お前だって迷ってるじゃねえか」
「会長には言われたくありませんよ」
会長が闇雲に歩くせいじゃないですか。
「そもそも方向音痴だとはお前に言われたくないな。入学式の時に迷ってたのはどこのどいつだ」
「あれは!……その……確かに迷ってましたけど……」
それは確かにそうですけど……言葉を詰まらせてしまう。あの時確かに迷ってたから、人の事とやかく言えないのも事実だし……。
「あ、あー……その……言い過ぎた……か……?」
はい? 何でいきなり会長はオロオロしているんだろう? それにいきなり気を遣ってくるなんて。さっきと違って、素直になってる。
「……何だ?」
「いえ……いきなりどうしたんですか?」
「は?」
「だって、ちょっと素直になってるから……」
「……何なんだ、お前は。落ち込んだり怒ったり驚いたり……」
「はい?」
「……調子が狂う」
「はあ……」
そう言われてもなぁ。こっちの方が調子が狂ってしまうんだけども。さっきまでは自信満々でついてこいって言ってたのに、いきなり気を遣い始めるんだから。
ハアと不機嫌そうに会長は目を逸らしている。
「どうしたらいいのか分からん。小鳥遊より、お前のほうが厄介だ」
「そう言われても……」
「お前にとっての正しい俺が分からない。面倒だ……本当に……」
「すいませんが、意味がちょっと……?」
正しい俺? 私にとっての? どういう意味だろう?
分からなくて首を傾げたら、今度はこっちを複雑そうに見てきた。
なんで、そんな傷ついているような感じに……。
「お前……俺にどういう風にしてほしいんだ……?」
辛そうに、分からないように聞いてくる会長。
傷ついている目で、見てくる会長。
あの時の葉月と、
如月さんに、鴻城さんに会った時の葉月と、
重なる。
何かを怖がっているような、
そしてとても傷ついているような、
目元を歪めて、今にも泣きそうに見える。
どういう風に、か。
「私がこうしてほしいと言ったら、会長はそうするんですか……?」
そう聞いたら、会長は口を閉じてしまった。
そんなの違うと思う。
誰かに言われて、そう振る舞うのは違うと思う。
それで自分を殺すのは違うと思う。
ずっと、そうしてきたんですか? 図書館の時にも言ってましたよね、他の人たちが自分に求めているのは完璧な会長だって。
だからそうしてきたんですか? 自信たっぷりな姿。かっこつけの姿。偉そうな姿。勉強も運動も陰で努力してるのに、あたかも自分は天才だから、努力をしなくても出来るように見せる姿。
周りが求める姿じゃないと、まるで自分がそこにいちゃいけないかのよう。
そんなの、違うと思いますよ?
「私は別に会長にこういう風になってほしいとか、要求するものはありませんよ?」
「……」
「まあ……自信過剰なところは直してほしいですけどね?」
直してほしいところはちゃんとありますけどね。
でも、今の怯えているような会長に思わず苦笑してしまう。
だって、あの時の震えている葉月と重なって。
「何をそんなに恐れているのか分かりませんけど……」
会長に近付くと、逃げたそうに体を震わせていた。
「どんな会長でも会長であることに変わりありません」
例え情けない姿でも、頑張っている姿でも、どんな姿でも会長は会長ですから。
それでも会長は怯えて、目元を歪ませている。
そんな会長が、ますます葉月の姿と重なって、
思わず手を頬に伸ばしていた。
葉月に伝えたい言葉を、そのまま重なる会長に言ってしまう。
「だから、そんな辛そうにしなくて大丈夫ですよ?」
そんな辛そうにしなくて大丈夫。
怖がらなくて大丈夫。
「会長が不器用だってことはもう知っていますから」
会長と葉月が重なる。
不器用なところも、優しいところも。
そして、何かに傷ついているところも。
何かに怖がっているところも。
全部、重なる。
ジッと会長が見てきたと思ったら、気まずそうに視線を逸らしていた。
「……誰が不器用だ」
え、不器用ですよ? 自分の気持ちの伝え方とか、周りを気遣って、でもそれを表に出しませんよね? 葉月もそういうところがあるからなぁ。
「ふん……」と言って、会長の頬に添えていた手をいきなり握られた。え、ええ? そしていきなり背中を向けられてそのままグイグイと引っ張られる。って、なんでそっちの方向なんですか?!
「ちょっ……会長?! そっちは……!」
「黙ってついてこい。さっさと脱出するぞ」
「いや、ちゃんと地図確認しましょう!? それと手! 離してください!」
「うるさい。さっさと歩け」
「だからっ! そういうところを直してほしいんですってば!」
全然聞かないで、そのまま会長はどんどん進む。いや、あの!? 手を離してくださいよ!? それより引っ張らないで! 転びそうになりますから!
慌てて隣に並んだら、少し歩くスピードを緩めてくれたみたい。
「ハア、ちゃんとついていきますから。とりあえずこの手を離してください」
「……迷子になるんだから、こっちの方が都合がいい」
「あの、会長? 会長も今迷子の状態なんですからね?」
どうして私だけが迷子の扱いなんですか。呆れたように隣の会長を見上げたら、何故か若干耳が赤くなっている気がした。なんでだろう?
それにしても、
会長の手は大きいな。
ゴツゴツしてやっぱり男の人だから? お父さんを思い出す。昔はよく手を繋いでたよね。
結局会長は地図を全然確認しなくて、迷いに迷ってしまった。だから仕方なくリタイアのスイッチを押したよ。そんな不服そうな顔しないでくださいよ。
係員さんに出口に案内してもらって、東海林先輩たちとも合流。会長が慌てて手を離してきた。でもしっかり見られてますからね? あと、月見里先輩たちも誤解しないでくださいね? これは迷子防止ですから。……私のらしいですけど。何で会長がものすごく照れているんですか。恥ずかしいのは私なんですけども。
その後も遊園地で楽しく過ごして、寮に帰ったら葉月たちは先に帰ってきていた。
あの、葉月? 何でそんな目を逸らしているのかな? 何かやったの? だけど葉月は特に遊園地で何もしなかったらしい。
ふと、会長のことを思い出す。
何かに傷ついて、怖がっている姿を思い出す。
クスっと笑いが零れて、葉月の隣に座って、頭を撫でてあげたら目を丸くしていた。
「な~に?」
「何でもないよ」
怖がらなくて大丈夫。
辛そうにしなくて大丈夫。
その時が来たら、また抱きしめてあげるからね。
それが落ち着くって言ってたから。
私に頭を撫でられながら、葉月は分からなそうにコテンと首を傾けていた。
しばらく頭を撫でてあげていたら、葉月のお腹がク~っと鳴る。「お腹空いた」って言うから、じゃあ作らなきゃね。今日は何もしてないっていうから玉ねぎは出さないであげたら、すごく喜んでいた。本当、おいしそうに食べるなぁ。この時間、この満足そうな顔を見れて嬉しくなるから、結構好きなんだよね。
一花ちゃんと舞もおいしそうに食べてたから、その日は大満足で眠りにつきました。
お読み下さり、ありがとうございます。