8話 え、ルームメイト解消? —花音Side※
自己紹介も終わって「喉乾いた」って小鳥遊さんが言ったから、買ってきておいたペットボトルのお茶を渡してあげた。東雲さんにも渡してあげたら、何故か感動してたけど。良かった、多く買っておいて。
それにしても、さっきの東雲さん素早かったな。小鳥遊さんの持ってきた段ボールの中から、さっき言ってたカレー味のサイダーを取り上げてた。本当にそんな飲み物があった事に驚いてしまったけど。
東雲さんの話し方に今度は小鳥遊さんがツッコんでいた。確かに男の子みたいな話し方……いや、独特の話し方だとは思うけど、気にならないけどなぁ。
と思ってたら敬語の方を指摘してたみたい。それからまたさっきみたいなポンポンと言い合いを2人で始めて、また笑ってしまった。本当、仲いいんだなぁ。
「そんな風に気兼ねなく言い合えるの少し羨ましいかも」ってつい本音を言ってしまったら、東雲さんが戸惑っていた。茜と蛍相手でも、私、ここまではっきり言うのは難しいかもしれない。
小鳥遊さんは関係なしに東雲さんにズバズバ言って、結局東雲さんは悔しそうに敬語を止めてくれた。けど、そんな悔しそうな顔を見てしまうと、申し訳ない気持ちになってしまう。
「花音。こうやって悔しがるいっちゃんを見るのが面白いんだよ。花音もそのうちハマると思うけど」
面白いって、東雲さんが怒って立ち上がっちゃったよ? 小鳥遊さんは東雲さんを弄るのが好きみたい。
小鳥遊さんの方に一歩足を動かしたときに、奥のドアの方でコンコンとノックの音が聞こえてきた。誰か来たみたいだね。
「いっちゃん、誰か来たよ?」
「いや、なんであたしが行くんだよ!? お前の部屋だろうが!」
確かに。でも私の部屋でもあるから「私が行ってくるね」って立ち上がろうとしたら、東雲さんが気を遣ってくれたのか、誰かを確認しに行ってくれちゃった。申し訳ない。
小鳥遊さんは我関せずといった感じで、ペットボトルのお茶を口につけている。あ、今の内に昨日の事、改めてお礼言っておこう。
「あの……」
「ん?」
「昨日は本当にありがとう。小鳥遊さんのおかげで、無事に帰れた。けど、そのあなたの方は大丈夫だったの?」
「あはは~それなら良かった。見ての通り私は元気だよ~。というより葉月でいいよ?」
屈託のない無邪気な笑顔で小鳥遊さんは言ってくれる。本当にフレンドリーだなぁ。思わずこっちもつられて口元が緩んでしまう。その好意に甘えてしまおう。
「……うん。わかった、葉月」
少しドキドキしながら名前で呼ぶと、目を丸くしてから、フフって彼女は微笑んだ。
「花音ってめちゃくちゃ可愛いね~」
思いもよらないこと言われて「かわっ……!?」って言葉を詰まらせてしまう。そんな直球で言われると照れてしまうんだけど。カアアって頬が熱くなってくる。きっと赤くなってるの間違いなし。さっきの美少女とかもサラっと平然と言ってくるし。それに私なんか普通だよ。
「別に普通の顔だよ……葉月の方こそ可愛いと思うよ?」
「私~? それこそ、普通だと思うよ~。でもありがと~。花音みたいな美少女にそう言われると嬉しいな~」
「もう……美少女じゃないってば……」
また言ってきた。葉月の方が綺麗で可愛いのに。そんな無邪気な顔で言われると余計照れる。あと、全然普通じゃないから。葉月みたいな綺麗な顔立ちの人は中々いないと思うよ? しかも笑うと途端に可愛くなるし。そんな人に褒められたら、さすがに照れるよ。あー顔熱い。
パタパタと手で煽って火照りを冷ます。そんな私をクスクスと葉月は笑って見ていた。これはからかっているのもあるかもしれない。
顔の火照りが治まらないまま、ガチャッと東雲さんが戻ってきた。あれ、後ろの人は?
葉月は知っているみたいで「久しぶり~」って話していた。その人はいきなり、何故か葉月を見て一気に膝から崩れ落ちてしまう。え、え? と戸惑って、立ち上がって近づいて、その人に「大丈夫ですか!?」って私と葉月が声をかけると、その人はポツリポツリと悲壮感を漂わせながら、呟いていた。そんなその人に、東雲さんは同情するように肩に手を置いて、2人で会話していた。
「あ、あの……葉月……?」
「いや、私もよく分からない」
思わず葉月にこれはどういう状況かを聞いてみたら、本人も首を傾げていた。ど、どうすればいいんだろう。それにこの人は誰?
訳が分からずオロオロしていたら、その人が立ち上がって、コホンと咳払いしてから私の方に向き直ってくれる。
わ、この人も美人さん。背も高いしモデルみたい。長い黒髪をポニーテールにして、顔立ちはキリっとしている。葉月といい、東雲さんといい、この人といい、星ノ天ってこんな人たちばかりなんだろうか? 微笑む姿も綺麗。
「ごめんなさい。取り乱してしまったわ。あなたが、桜沢花音さんね? 私は寮長をしている3年の東海林椿よ。分からない事があったら何でも聞いて頂戴」
寮長さんだったんだ。あ、さっき葉月が久しぶりって言う前に言ってたね。手を差し出してきたので、私も手を出して握手した。
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
「聞いているわ。今回の外部受験での首席合格。特待生にも選ばれたみたいね」
「いえそんな……私なんかまだまだです」
「フフ、謙遜しなくていいわよ。この学園の高等部の外部受験はレベル高いんだから」
優しそうに話す寮長さん。首席合格と特待生の話も知っているんだ。「先生たちもあなたには凄く期待しているみたいなの。だから桜沢さんも遠慮なく頼って頂戴?」って言ってくれる。頼りになりそうなのは分かる。
だって、葉月が遠慮なしに寮長さんの胸を下から揉み上げているのを、平然と無視して会話しているんだもの。
はは葉月? さすがにそれはどうだろう? 東雲さんもなんかノッて葉月に返しているし。何で寮長さん平然としているの? 凄い光景にポカンとしてしまう。あ、でも寮長さん少し震えて……。
ゴンッ!!
痺れを切らしたのか、寮長さんが葉月と東雲さんの頭を掴まえて、そのまま床に打ち付けてしまった。……さすがに痛そう。大丈夫かな。
「小鳥遊さん……? あなた全然変わっていないわねぇ……? というか変わらな過ぎて悲しいわ。それと東雲さん……? あなたまで何やってるのかしら……? 影響されすぎじゃない……?」
「す、すまない。ついそのバカに乗せられて……」
「寮長? これは再会の感動を表現しただけだよ? 怒るのは当然だとしてもさすがにこの体勢はキツいなぁ」
凄く冷たい声で2人に叱責している寮長さん。どこか3人とも手馴れているような感じがするのは気のせいかな。私はどうすればいいか分からないから、オロオロするしか出来なかった。
ハアとため息を吐いて、寮長さんは2人から手を放していた。東雲さんは痛そうに打ったところを擦っていたけど、葉月はケロッとした表情で痛そうな素振りも見せずに打ったところを擦っている。結構な音がしたけど、2人とも大丈夫?
でも、オロオロしてたら葉月が「通常運転だから」って言ってきた。そんな葉月に東雲さんの拳が飛んでいたけど。そ、そうなの? これが?
寮長さんまで「2人は無視していいわ。中等部の頃からこんな感じだから大丈夫よ」って何でもないことのように話していた。こ、これが日常なんだ。星ノ天学園の生徒ってこういう人たちが多いのかな、と変な想像をしてしまった。
「それよりも、実はあなたに提案があって今日は来たのよ」
え、提案? でも東雲さんが寮長さんに「一緒にされるのは……」と異論を唱えている。寮長さんは全く聞いていない。無視して「これを実は持ってきたのよ」と私に紙を渡してくれた。葉月は寮長さんのスルースキルが上がっていると感心していた。そこ、感心するところ? 戸惑ってたら寮長さんに「無視しなさい」って言われてしまう。
渡された紙は半分に折られていて、名前を書く場所があった。な、何の紙だろう? 分からなくて首を傾げてたら、寮長さんが力強く肩に手を置いてきた。え、え、何?
「桜沢さん。あなたには将来があるわ。未来があるの」
「え? は……はあ……」
「いっちゃん。寮長が未来を語っているよ?」
「そうだな。というより、ここにいる全員に未来は平等にあるんだが」
「真っ当なツッコミは弾かれるよ、いっちゃん」
「なら手を加えろと?」
余計なことを言ったみたいで、また寮長さんの拳が2人の頭に落ちていった。痛そう……ああ、そうじゃなくて。どうして寮長さんは、いきなり未来と将来を語りだしたのだろうか。結局この紙は?
「それで、この紙は……?」
「部屋替え希望の紙よ」
寮長さんは何てことのないように言ったけど、理解するのに時間がかかってしまった。部屋替え……? 部屋替え!? 口に出して聞いてしまったよ。だって、まだここに来て数時間も経っていないのに!?
東雲さんは何故か納得して頷いていた。寮長さんは「名前書いて荷物まとめなさい」って勧めてくる。え、え、え? なななんで? 何でいきなり部屋替え? 私、何かしたのかな? どうなっているのかさっぱり分からずに、ついていけなくて混乱してたら、私たちをキョロキョロと見ていた葉月が口を開いた。
「ねえ、寮長。まずは落ち着こう?」
「っ……!? た……小鳥遊さん……? 今……何て言ったの……?」
驚きいっぱいで目を見開いた寮長さんが、やっと肩から手を離してくれて、葉月を見下ろしている。そ、そんな驚くことなのかな?
「落ち着こう? 花音も凄い困っちゃってるし」
葉月の一言で寮長さんはまたガクッと膝から落ちて、床に手をついていた。でも、助かった。ありがとう、葉月。
ホッと息をついたら、寮長さんが大層ショックを受けている様子で、東雲さんにまた慰められていた。まずどうしてか聞かなきゃ。ショックを受けているところ申し訳ないけども。でもどうして、そんなショック受けているんだろう? まぁ、それは後にしよう。
「えっと……寮長さん? あの何か問題があるんでしょうか?」
「え? ああ……桜沢さんが問題なんじゃないのよ……あなたは何も悪くないの、ただね……」
「ただ?」
「問題なのはこっちなのよ」
問題は私じゃなくてこっち?
寮長さんが指差した方を見ると、葉月が一瞬きょとんとして、ニコニコと笑い出した。葉月が問題? どこも問題そうには見えないけど。でも寮長さんはそんな葉月を見て、心底疲れたような表情をしている。
「そこでヘラヘラ笑っている一見無害そうだけど、実は触ったら危険な人物がね……あなたにどんな影響を与えるか分からないの……だから飼育係の東雲さんと部屋を替えることをおススメするわ」
「寮長、あたしはこいつの飼育係じゃないんだが」
「ああ、失礼。お守りね」
「お守りでもないんだが!?」
東雲さんが懸命に抗議しているけど、えっと……危険な人物? 私に影響? 葉月が?
様々な疑問が頭に浮かんだけど、葉月をチラッと見てもそういう風には見えないけどな。中等部って言ってたから、その時に何かやったのかな?
「えっと、葉月? 何をやったの?」
「ん~、色々~? だから寮長やいっちゃんが心配する気持ちは少し分かるけど。でも人様に迷惑はかけてないよ~?」
葉月の言葉に寮長さんがすぐ反論していた。でも聞いても意味が分からない。生首って何? それで寮生が怖がったってどういうことだろう? 本人は土に埋まってみただけだって言ってるけど、そもそも何でそんなことをしたかは分からない。
とにかくそういうことをやっていたから、寮長さんは葉月との同室を止めた方がいいと言っているみたい。今も葉月の意見は無視して勧めてくるし、本人は東雲さんにツッコまれている。葉月は肩を竦めて、私を見上げてきた。
「花音? 花音がいやなら、別に寮長が言っているように部屋替えしても大丈夫だよ?」
「え……う~ん……」
葉月まで勧めてきちゃった。確かに私は葉月のことは知らない。
でも、昨日の親切で優しい葉月は知っている。
それに今も気を遣ってくれている。
私は、葉月は優しい人だと思う。
とてもじゃないが、自分が濡れてまで知らない人に物をあげるのは出来ない。
そんな人が優しくないはずがない。
自分の目で見たことを信じよう。
すんなりと自分の中で答えが出た。
「寮長さん。私は葉月と一緒の部屋で大丈夫ですよ」
東雲さんと寮長さんはぎょっとしたように驚いていた。葉月まで少しポカンと私を見てくる。そんなに意外なことなのかな?
けど、昨日の葉月を知っているから、大丈夫だと思ったの。
ふふって葉月に笑いかけると、意外そうに眼をパチパチと瞬かせていた。寮長さんはかなりショックを受けている感じだったけど。な、何だろう。断ってしまって凄く申し訳ない気もするけど……。
「いや、桜沢さん?! あのね、あなたは知らないからだけど、この小鳥遊さんはね、この学園の全生徒、全教師が手を焼いている子なのよ! とてもじゃないけど、小鳥遊さんを知らないあなたには手に負えないと思うの!」
「寮長も手に負えてないもんね~」
「あなたは黙っていなさい。とにかく、こう言っちゃあれだけど。小鳥遊さんは頭のネジがちょっと飛んじゃっている子なのよ。悪いことは言わないわ。考え直して?」
「寮長、大丈夫だよ~? 私、ちゃんと頭おかしいの自覚しているよ~? ついでに言うと、多分、頭のネジは3本ぐらい飛んでると思う」
「だから黙っていな……いや自覚してるなら行動を改めなさい! というより、東雲さん! あなた、なに黙ってるのよ! この子言ってることもおかしくなってるわよ? この2年何していたの!?」
「いや、すまない。昨日実は今の寮長と同じツッコミをいれたと思い返していたんだ。全く効果がなくてな」
「諦めないでちょうだい!?」
凄い言われ方。葉月は一体どれだけのことをやってきたんだろう。そしてそれを葉月はいとも簡単に肯定しているけども。
でもどうしよう。葉月が寮長さんをからかっているようにしか見えない。困ったように笑うことしかできないよ。
「じゃあ、花音。これからよろしくね~」
「あはは……うん。こちらこそよろしくね、葉月」
またガックリと肩を落とした寮長さんを、東雲さんが慰めていた。
お読み下さりありがとうございます。次話、葉月視点です。