87話 遊園地イベント前に
いっちゃんの言う通り、花音は生徒会の皆で遊園地に行くことになったみたい。私たちも一緒の日に行くことにしたから、現地で合流するとは思うけど。
舞は「葉月っちが何かやった時は報告するから、玉ねぎ用意しておいて」って花音に頼んでた。苦笑しながら「仕方ないなぁ」って言ってたけど、なんか嬉しそうだった気がする。気のせいだよね?
ちなみにレイラは今、取り巻き達と一緒に海外旅行中。夏休みいっぱい使うから、休み中は花音のご飯取られないで済むね。
「ねえ、舞~」
「ん? 何かな、葉月っち?」
「なんでそんなヒラヒラ着てるの~?」
遊園地に似合わないヒラッヒラの淡いグリーンのワンピース着てる。耳や首にはいつものアクセサリーだから。ギャルなのか清楚なのか分からない。
「ふっふっふっ、これはね、作戦なんだよ。葉月っち」
「作戦~?」
「そう! 声だけでも掛けてみようかって思わせる作戦! 目指せ! 恋人!」
「お前、まだ諦めてなかったのか?」
「あったりまえじゃん! この夏にかけるの!!」
「ガンバ」
「その哀れみの目を向けないでくれるかな!?」
頑張りどころがなんか違う気がするけど。
花音はもう先に生徒会メンバーと一緒に回ってる。でもお弁当作ってくれた。一緒に食べれるか分からないからだって。相変わらず優しいんだよね。でも、あんまり今日勝手やっちゃうと、玉ねぎが待ってるんだよね~。本当はもっと色々やりたいんだけどな~。
「さて、せっかくだから、あたしたちも楽しむか」
「おっ! 何だ、一花も楽しみにしてたんじゃん! 何から乗る?」
「ジェットコースターがいい!!!」
「葉月……ベルト外すなよ?」
「分かってるよ、いっちゃん! バレないようにやるからね!」
「花音に早速報告だな」
「嘘です! つけます!」
やだな~いっちゃん? 冗談だよ、冗談。だから、花音に言わないで? 報告一つで玉ねぎ一個ってハードル高いよ!
ジェットコースターにコーヒーカップ、お化け屋敷と色々回る。舞が絶叫系のアトラクションが苦手だったらしく、ちょっとグッタリしてたけど。ふふ~ん♪ 結構、何かしなくても楽しめるもんだね!
ふと、大きいタワーが目に入った。
胸がざわついた。
トクントクンと鼓動が鳴ってる。
タワーの上から落下するアトラクションだ。
結構高い。学園にある時計塔ぐらいだ。
これ……乗りたい……。
「いっちゃん!」
「うおっ! 何だ、急に?」
「いっちゃん! あれ! あれ乗りたい!」
「あれ?」
タワーを指差す。舞がそれを見て、げんなりしていた。
「あたしパス……」
「乗りたい! あれ! いい!?」
「別に構わないが、舞は待ってるか?」
「そうするよ~……ちょっとさっきのジェットコースターが効いてて……」
「……休んでろ」
「いっちゃん! 早く!」
「わかったから、落ち着け! うおっ!? 引っ張るな!?」
いっちゃんを引っ張ってタワーに向かう。
あれ……あれ、試したい。
まさか試せると思ってなかった。
早くっ……早く早く! 「落ち着けっ!」って言ういっちゃんの声もちょっと遠い。
トクントクンと鼓動が早くなってくるのが分かる。
順番が回ってきてグングン登っていく。空が近くなる。「足をブラブラさせるな」って隣からいっちゃんが注意してきた。
でも、私は空をずっと見てた。
一番上まで来て、グンッと一気に下降していく。
落ちていく。
でも、空を見てた。
空が、見える。
あは……あはは! あははは!
これだ。
これだ!
これだ!!
やっぱりこれだ!!!
順番が終わって、機械から降ろされる。私は見上げた。
「結構きついな……」
「いっちゃん……」
「ん?」
「もう一回!」
いっちゃんに笑顔で言った。
「もう一回! これ!」
「はあ?」
「これ! 楽しい! もう一回! いっちゃん!」
「はっ?! ちょっ、待て!! 引っ張るな!? 止まれ!!」
いっちゃんを引っ張って、列に並び直してまた乗る。終わったらまた並び直して乗る。
楽しい! これ! 楽しい!
「いっちゃん! もう1回!」
「いや、ちょっと待てっ……!? さすがにあたしもきつ――聞け!?」
6回ぐらい乗ってから、いっちゃんに力尽くでストップかけられた。予備のロープでグルグル巻きにされちゃった。
でも、巻かれててもタワーを見上げる。
「やっと落ち着いたか? 何でそんな気に入ったんだ?」
「いっちゃん! もう一回!」
「まだ乗る気か!?」
「もう一回!」
「はぁ……勘弁してくれ……」
「えっと……何してるの、2人とも?」
見ると、花音と舞がこっちに近寄ってきた。あれ? 花音だ。でも、いいや。もう一回!
「一花たちが全然戻って来ないからさ。もしかして、あれからずっとこれに乗ってたの?」
「いや、そうなんだ……何故かこいつがこれをいやに気に入ってな……」
「いっちゃん! これもう一回!」
「やかましい! 少し休ませろ!」
「葉月っち。花音がお昼一緒に食べようって。生徒会メンバーの人たちも待ってくれてるんだってさ。だから一旦休憩ね」
休憩? 何言ってるの、舞?
「いらない。あれ乗る」
「えっ? 葉月っちが花音のご飯を断った?」
ご飯より、こっちがいいもん。
タワーを見上げる。
花音が頭を撫でてきた。
「葉月? ご飯は食べなきゃだめだよ」
「後でいい。もう一回乗る」
花音がきょとんとしてる。でもそうだもん。ご飯は後で食べれるもん。
「そんなにこれが楽しかったの?」
「うん! 花音、これね! 楽しい!」
「だからって、もう6回乗ったんだぞ。さすがにあたしも疲れた。休ませろ」
「いっちゃん、じゃあ1人で乗る!」
「そんな興奮状態のお前を1人に出来るか!?」
「私、今日これだけでいいよ! いっちゃん!」
「……お前……何がそんなに気に入ったんだ?」
何が?
決まってる!
「空がね! 見えるんだよ!」
「「はっ?」」
屋上バンジーじゃ見れなかった! あれは見える前に地面が見えた。
「落ちてる時にね! 空が見えるんだよ!」
「ごめん、一花……さっぱり分からないんだけど」
「すまん、舞。こいつとは付き合いが長いが、あたしもさっぱりだ」
何で分からないの? これってすごいことなのに!
花音がクスっと笑って、頭を撫でてくる。
「そっか。空が見えたんだ」
「そうだよ? だからね、もう一回!」
「でもね、葉月。ご飯は食べなきゃだめ。一緒に食べよ、ね?」
「花音、ご飯は後で食べるよ? ちゃんと食べるよ? けど、それより今はこっちがいい」
「だーめ。ちゃんと食べないと倒れちゃうよ。食べ終わったら、また乗ればいいよね?」
「いらない。あとで食べる」
「葉月が食べないと、皆も食べないでお腹空かせちゃうよ?」
「皆は食べればいい。私はあれに乗る」
目を逸らさない。あれは私が求めてたものだから。
「余程気に入ったんだね。ちょっと私には無理かな、一花ちゃん。多分玉ねぎも効果ないと思う」
「はぁ……おい、葉月。言う事聞け」
「やだ、もう一回乗る」
「頑固だねぇ、葉月っち」
「仕方ない。力尽くだ」
いっちゃんが私の体を巻いているロープを引っ張って、ズルズルと引き摺り始めた。
やだよ! もう一回乗るの! 必死の抵抗でビタンビタンっと魚の様に跳ねるが効果なし!
「いっちゃん! もう一回乗る!」
「黙れ。これ結構疲れるんだぞ。諦めて自分で歩け!」
ズルズル引き摺られて、どんどんタワーが遠ざかる。
いっちゃん! やだよ! もう一回! もう一回だけ!
「花音……あたしらも行こっか」
「そうだね、舞。葉月もご飯食べれば落ち着くんじゃないかな?」
「そうだといいけどね~」
結局、その状態のまま会長たちのとこまで連れられていった。通り過ぎる人たちに奇異な目で見られながらだけど。
寮長が呆れた目で見てきたことは言うまでもない。
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