86話 恋ってどんなの? —花音Side
夏休み。今は実家に帰ってきている。
それでもって、
「お姉ちゃん! 早く!」
「ねえちゃんも!」
「お~お~。相変わらず、詩音も礼音も花音が大好きだこと!」
「本当ぅ~。元気ありすぎぃ~」
「礼音、詩音! 走り回ったら危ないってば!」
茜と蛍、それに礼音と詩音と一緒にプールに来ている。
水着に着替えた詩音と礼音が、プールサイドを走り回って、危ない事この上ない。
2人を呼び戻して念入りに準備体操させてから、茜がとりあえず2人を連れて行ってくれた。3人を見送ってから空いているテーブルに荷物を置いて、ハアと椅子に腰掛けると、ポンポンと蛍が頭に手を置いてくる。
「お疲れだねぇ」
「もう礼音も詩音もはしゃぎっぱなしで……」
この2日間、礼音も詩音もべったりなんだもの。しかも暑いのに引っ付いてくるんだから。可愛いけども。
周りを見渡すと、意外と人で混雑している。子供連れの家族も多いし、それにカップルも多いみたい。蛍がジュースを買ってきてくれたみたいで、私の前のテーブルの上に置いてくれた。
「ありがとう」
「どういたしましてぇ」
自分のジュースもテーブルに置いて、蛍も最初にそれを飲むみたい。ゴクゴクと買ってきてくれたジュースで喉を潤すと、ホッと一息吐けた。
あ、そういえば寮の冷蔵庫のジュースが空だった。葉月、大丈夫だよね? 一応連絡しておこうと携帯でメッセージを飛ばすとすぐ返事がきた。大丈夫だって。良かった。
「花音ぅ~誰に連絡ぅ~?」
「ん? ルームメイトだよ」
「な~んだぁ。てっきり彼氏でも出来たのかと思ったのにぃ」
そんなつまらなそうにしなくても。
「そういう蛍は? 高校でいい人見つかったの?」
「私はぁ、見る専門なのぉ」
中学から変わらないなぁ。思わず苦笑したら、身を乗り出してきた。
「ねぇ、花音ぅ~。そういう人いないのぉ?」
「残念だけど、いないかな」
「星ノ天なのにぃ? イケメンいっぱいいるんでしょ~?」
「あの、蛍? そういうのは関係ないんじゃないかな?」
「関係あるってぇ」
そうなのかなぁ。よく分からないけど。
カラカラと氷をストローでかき混ぜていると、蛍は頬杖をついて、ジトっと見てきた。
「花音、モテるのにねぇ」
「そんなことないよ?」
「よく言うよぉ。中学の時に何人の男子泣かせたのさぁ」
「うーん、あれは本気じゃなかったと思うんだけどなぁ」
「……ちょっと可哀そうかもねぇ、あの男子たちぃ」
「ちゃんと丁寧にお断りしたよ?」
うん、気持ちは素直に嬉しかったから。でもあの時はそんなこと考えてる余裕なかったなぁ。礼音がまだ小さかったし。今もまだ小さいけどね。
「花音ってぇ、彼氏とか欲しいと思わないのぉ?」
「今日は随分突っ込むね、蛍。何かあったの?」
「純粋に興味ぃ。星ノ天に入って、気になる人とか出来ないのかなぁってぇ」
蛍にとっては星ノ天学園が出会いの場になっているんだね。あの、蛍? 勉強する場所だからね? まあ、出会いもあるにはあるんだろうけど。
「恋したいって思わないのぉ? 私ら、華の女子高生だよぉ?」
「蛍は誰か好きになったことあるの?」
「私ぃ~? まぁ、あの人いいなぁとか思った事はあるけどねぇ。けどその人、彼女持ちだったしぃ」
「へー、初めて聞いた」
「そりゃそうだよぉ。中学の時は花音、忙しそうだったからねぇ。礼音と詩音のお世話でぇ」
確かに。中学の時は礼音と詩音が生活の中心だったからね。まさか身近の蛍に好きな人がいただなんて。そういう話は茜とも蛍とも積極的にしなかったからなぁ。
恋かぁ。
「そうなんだ。うーん、私は恋ってよく分からないな」
「えっ!?」
え、そんな驚くことかな?
「花音ぅ!? 初恋もまだとか言わないよねぇ!?」
「えっ!? あー……そう言われると、そうなのかもね」
だからそんな驚かなくても。そ、そんなにおかしいの?
逆に驚いていると、蛍が呆れたようにハアと溜め息ついている。そんな反応だと少しショックなんだけどなぁ。
「まあ、花音だもんねぇ」
「蛍、それどういう意味かな?」
「ずっと詩音と礼音のお世話ばっかりで、恋愛とかに興味持ってなかったってことぉ」
それを言われると、そうなんだけども。こうあからさまに言われるとショックだからね? じゃあ蛍はそういうの経験済みってことだよね?
「じゃあ蛍、恋ってどういうのか説明してみて?」
「花音ぅ。初恋まだだったこと、ショック受けてるでしょう~?」
バレてる。さすがに付き合い長いからバレてる。でも蛍はハアとまた溜め息ついていた。だからそんな呆れないで?
「仕方ないなぁ。そうだねぇ、例えばその人のことずっと考えているとかぁ」
「ずっと?」
「つい視線がいっちゃうとかぁ」
――つい?
「その人といてドキドキするとかぁ、もっとその人の事知りたくなるとかぁ、一緒にいたいなぁ、そばにいたいなぁとかかなぁ」
……ドキドキする?
知りたくなる?
そばに、いたい?
「まあ、あくまで私の経験だけどさぁ。私が好きな人出来た時はそんな感じかなぁ。ああ、笑った顔とか嬉しかったかなぁ。逆に辛そうな時は何とかしてあげたくなっちゃったやぁ。喜んでほしいなぁとか思ったよぉ」
うんうんと蛍は懐かしそうに語っている。
でも何故か、蛍の言葉が突き刺さってきた。
笑った顔が嬉しい?
辛そうな時は何とかしてあげたくなる?
…………なんで、葉月を思い出すの?
混乱して目をパチパチとさせてしまう。そんな様子の私に気づいたのか、蛍が何故か目をキラキラと輝かせてきた。
「もしかしてぇ……該当する人いるとかぁ?」
え、え? いや、そんなまさか。
いやいやあり得ないよ。
だって葉月、女の子だよ?
そ、そうだよ。だって特にドキドキとかしてないし。たまにそうなるのは、葉月の顔が綺麗なせいだし。
友情。葉月に感じるのは友情だよ。
うん、あり得ない。
少し動揺している心を整えて、蛍ににっこりと微笑んだ。
「該当しないかな」
「……花音ってぇ、怒る時と誤魔化す時に笑うよねぇ?」
別に誤魔化してないんだけどな?
だって思い出したの、葉月だし。女の子だし。
普通、異性を思い出すんじゃないの?
「まあ、仕方ないからぁ、誤魔化されてあげるよぉ。自覚したら教えてねぇ?」
「だから、該当してないってば」
「はいはい~、そういうことにしといてあげるぅ」
全く信じてない蛍がジュースを飲み終えた時に、茜と詩音と礼音が戻ってきたからこの話は終わりになってしまったけど。本当、該当しないんだってば。
該当、しないよね?
葉月に、恋してるとか……ないよね?
少しの疑問の火が、胸の中についた気がした。
帰省が終わって寮に帰ると、いつものように葉月が「お帰り~」と言ってくれる。
その笑顔を見ると安心する。
ホッとする。
同時に、この前みたいに傷ついた葉月を見たくないとも思う。
……ううん、これは恋じゃない。
だって、葉月じゃなくても、誰だって何とかしてあげたくなるよ。
悲しそうな顔見たくないと思うよ。
秘密を抱えてたら、なんだろうって思ってしまうよ。
だから気のせい。
葉月の顔を見て、
笑顔を見て、
少し胸がドキドキするのは、
きっと気のせい。
気づかないふりをして、私も葉月に笑顔で返す。
「ただいま、葉月」
お読み下さり、ありがとうございます。




