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82話 境界線

 


 あれ……?


 何してるんだろう?



 何してたんだろう?



「葉月っ!」



 いっちゃん……?



「落ち着けっ……!」


 はーっはーっと自分の息が聞こえる。


 いっちゃんが私を押さえつけてる。さっきの寮の時みたいに押さえつけてる。


 メイド長も一緒に押さえつけてる。


「葉月……」


 おじいちゃんが悲しそうな顔をしている。叔母さんが泣いている。


 周辺には転がっている机があって、壊れている花瓶から水が流れ、絨毯に染みを作っている。


 ソファの方で、舞とレイラと花音が心配そうな顔をしている。


 暴れた?


 記憶にない。


 自分の息がやけに耳に響く。


「葉月お嬢様……どうか落ち着いてください」


 ググッと力を込める。押さえつけられて動けない。


「葉月……落ち着け……頼む……」


 ハッハッと息が短くなる。


 ちがう……ちがう……。

 ここは現実だ。

 いっちゃんがいる。


 ここは()()()()じゃない。


 ここは()()()()だ。


 ハア……ハア……ハア……。



 ゆっくり息をする。

 段々落ち着いてくる。


「……いっちゃん……」

「葉月……」

「お嬢様……」


 ゆっくり呼吸する。現実を自覚する。


 ああ……大丈夫……ちゃんと分かる……。



 頭がおかしいことが分かるよ。



「……もう……平気」

「本当か……?」

「平気……」


 ゆっくりいっちゃんが手を離す。それと一緒にメイド長も手を離す。


 まだちょっと息が荒い。

 でも大丈夫。


 フラつきながら立ち上がる。いっちゃんが支えてくれた。

 おじいちゃんを見る。


 ほらね。

 だから約束破んないでほしかったのに。


「葉月……」


 そんな目で見ないでよ。


「おじいちゃん」


 おじいちゃんが私を大事に思ってくれてることは知ってるよ?

 でもね。



「もう……会わないよ……」



 苦しそうに表情を歪める。



()()にも会わないよ……」



 辛そうに私を見てくる。



「ごめんね?」



 もう無理なんだよ。


 私はね。



 もう頭がおかしいんだよ。



 ちょっとした瞬間に分からなくなるんだよ。


 境界線をあの時渡っちゃったんだよ。



 背中を向ける。扉に向かった。

 帰ろう。

 だけど、私の背中に声が掛かる。



「それでも……ずっと待ってるよ。葉月」



 待たないで?



 私は扉を開けた。誰も追ってこない。

 好都合だ。



 長い廊下を歩いていく。


 大分歩いて、壁に寄り掛かった。



 こんな本格的にいったのは久しぶりだ。


 それこそ3年ぶりじゃないだろうか。


 ちゃんと自覚する。

 まだ息が荒い。どれぐらい暴れたのかな。

 いっちゃんに後で聞かなきゃ。

 でも見た感じ、ちょっとしか暴れてないと思うけど。


 自覚していくならまだしもな……こういう不意打ちの時は記憶がないから困ってしまう。


「葉月?! 大丈夫!?」


 ……花音?


「どこか怪我したの? 一花ちゃん呼んでくる?」


 花音が追ってきちゃった。私の顔を覗き込んでくる。


「……大丈夫だよ~、花音」

「……本当に?」

「ホント~」


 ヘラヘラ笑う。花音にも舞にも心配かけさせちゃったかな。

 あ~でも……私が暴れたことで花音たちは怪我してないや~。良かった~。

 でも多分、怖かったよね?


「花音~……ごめんね」

「……え?」

「怖かったよね~……? ごめんね?」


 花音がブンブンと首を振った。

 いや~怖かったはずだよ? レイラはちょっと震えてたっぽかったもん。


 花音の頭に手を置いて、優しく撫でる。


 やっぱり、付いてこさせなきゃ良かったな~……。


「葉月?」

「本当にごめんね……?」

「気にしてないよ……?」


 ホント、

 花音は優しいね。


 頭をナデナデする。


 花音はね。

 知らなくていいんだよ。

 花音にはこれから会長との未来があるはずだから。


 だからね。


 そんな不安そうにしないで。


 笑って。



 ギュッと花音が腕を掴んでくる。



 そして、そっと背中に腕を回されて、



 抱き寄せられた。



「……葉月」


 花音の声が耳元で響いた。



「怖かったのは……あなたじゃないの?」



 ………………何でそう思ったの?



 大丈夫だよ。



 私は大丈夫だよ。



 でも私は花音に応えられなかった。


 何も答えられなかった。




 花音もそれきり黙って、私をちょっとの間、抱きしめていた。



お読み下さって、ありがとうございます。

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