79話 メイド長
「葉月、起きて?」
軽く体を揺すられる。
瞼をゆっくりと上げると、花音の顔が見えた。
あれ? どうしたんだっけ?
ぼーっとしながら、静かに体を起こしていく。
「もうすぐ着くって。大丈夫?」
花音が微笑みながら、顔を覗き込んできた。
目を擦りながら周りを見ると、叔母さんやいっちゃん、レイラ、舞がこっちを見ている。
私、寝てた……?
花音の膝枕……威力ありすぎ……。
「いっちゃん……寝てた……?」
「熟睡だ」
「そっか……」
「気持ちよさそうに寝てたよ、葉月っち」
叔母さんがなんか泣きそうな顔でまた見てきた。その顔やめてほしい。あと、レイラはなんでそんな不機嫌そうなの?
舞が窓の外を見ながら、いっちゃんに口を開いた。
「ね~一花? その……さっきからずっと塀が続いてるんだけどさ……これって……」
「ああ、舞が思ってる通りだ。相変わらず広いな」
いっちゃんの言う通り、ここは無駄に広いんだよ。そして無駄に大きい。
門が見える。車が近付くと勝手に開いていった。しばらく走ると宮殿みたいに大きい屋敷が見えてくる。
「……ねえ……ここが葉月っちの実家……?」
「そうだ」
花音も予想外みたいで、喉をゴクッと鳴らしていた。
あ~あ。もう戻ってくるつもりはなかったのに。
入口に着いて、車から降りる。
「すっごい豪邸……こんなとこ、この国にあったんだね」
舞、私もそう思う。無駄に大きいんだよ。子供の時は遊び場で困ることなかったけど。
大きい扉が開かれると、メイドさんたちがズラッと並んでお出迎え。
「ま、漫画みたいなんだけど……」
舞、私もそう思う。住んでる人1人しかいないんだけどね。使用人の数の方が圧倒的に多い。
「「「お帰りなさいませ、葉月お嬢様、沙羅様」」」
声を揃えてのお出迎え。花音が一瞬ビクッてなって私の腕を掴んできた。確かにビビるよね。舞なんかポカンとしてるよ。リアルメイド喫茶だよ、ここは。
その中の1人、年配の厳しそうな顔をした女性が、一歩前に出てきて私に視線を向けた。
「お帰りなさいませ、葉月お嬢様」
「ん~……」
「一同お帰りをお待ちしておりました」
そう言って深く私にお辞儀してくる。この人はずっとここに勤めているからね。子供の時から私を知ってる、ここのメイド長なんだよ。
「待ってなくていいよ」
「お顔を見れて安心しましたよ」
「……あっそ」
「旦那様もお待ちになっております」
「……帰ろっかな」
「葉月、ここまできて我儘言わないでちょうだい」
……無理やり連れてきたの叔母さんなんだけど。
メイド長が私の後ろにいる皆を見渡した。
「一花お嬢様もお元気そうで」
「そうだな。メイド長も変わらないな」
「元気だけが取り柄ですから」
「その顔で言われても説得力がないな」
「これが地顔です」
メイド長は無表情なんだよ。レイラは子供の時に怖がって泣いてたんだよね。
「……もしかして、レイラ様でしょうか」
「……ええ。お久しぶりですわね」
「……大きくなりましたね」
「何年経ってると思ってますの……」
「6年近くですか……早いものです」
「……ふん」
そうか……あれから6年近くか……昔を思い出してると、メイド長が花音と舞を見た。
「こちらは?」
「私といっちゃんのルームメイト」
「……報告書にあった?」
「知らないよ」
どんな報告書なのか知るわけないでしょ?
「……花音様はどちらでしょうか?」
「え? は、はい。私です」
「葉月お嬢様が大変お世話になっております」
「こ、こちらこそお世話になってます」
「そちらが舞様でしょうか?」
「え? う、うん。じゃない。はい、そうです」
「一花お嬢様が大変お世話になっております」
「こ……こちらこそ……」
そう言って3人でお辞儀しあっている。メイド長は律儀だね~。
「おい、メイド長。何であたしまで」
「一花お嬢様も私にとっては娘みたいなものです」
「いや、違うだろ」
「オムツも取り換えてました」
「やめろ! そんな昔の話は!」
いっちゃんの顔が真っ赤になってる。このメイド長は、私の家といっちゃんの家の両方でメイドやってたことがあるんだよね。有能メイドなんだよ。私といっちゃんが会ったのは幼等部に入ってからだけど。
舞がちょっとプッて噴き出していた。そんな舞の足を思いっきり踏みつけてたいっちゃんは、このエピソードがとっても恥ずかしかったんだね!
「では、皆様。ご案内します」
「あら、花音さんたちも?」
「葉月お嬢様と一花お嬢様のルームメイトに、一度会ってみたいと仰ってましたので」
「……メイド長、私1人でいいんだけど」
「ご案内します。皆様こちらへどうぞ」
無視。さすがメイド長。私の扱いを分かっている。ちぇ、あわよくば逃げようと思ってるのバレバレだね。
メイド長に従って、あの人がいる部屋に向かっていく。舞と花音が「学園より広いんじゃない?」とか話をしながら歩いていた。確かにそうかもしれない。嬉しくないけど。
部屋の前に辿り着くと、コンコンとメイド長がノックした。
ここはあの人の書斎だ。
「葉月お嬢様たちをお連れしました」
「――入りなさい」
ああこの声……久しぶりだ……。
カチャッと静かにメイド長がドアを開く。メイド長に続いて中に入ると、その人は手に持っていた本を近くのテーブルに置いた。
見た目は若い。でも60代の男性だ。白髪もところどころ混じっていて、優しそうな顔をしている。ゆっくり立ち上がって、目を細めて柔らかな微笑みで私を見てくる。
「おかえり、葉月」
私は目を閉じて、ふうと息を吐いた。
そしてまたゆっくり目を開けて、しっかり見据える。
「……ただいま、おじいちゃん」
鴻城源一郎。
私の祖父だ。
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