7話 寮長
とりあえずお互いの自己紹介が終わって、彼女がペットボトルのお茶を私たちにくれた。来るときに買ってきてくれたらしい。いい子だね。
カレー味のサイダー? いっちゃんに没収されましたが何か?
あと、ちょっと気になるのがいっちゃんの話し方。いつまで彼女にそんな話し方してるの?
「ねえ、いっちゃん?」
「何だ?」
「話し方変。気持ち悪い」
「ほう? お前はどうやら喧嘩を売っているみたいだな。いいだろう、買ってやるぞ?」
「花音にも、その話し方でいいじゃん」
「礼儀を知らないお前に教えてやろう。普通初対面の時は敬語で話すものなんだ。お前みたいに誰彼構わずタメ口は使わない。これを機に少しは初対面の人に気を遣え、馬鹿野郎が」
ふふっと花音がまた、口を抑えて笑っている。どうやらいっちゃんとのやり取りが彼女にはツボらしい。
「2人は本当に仲良しさんだね。そんな風に気兼ねなく言い合えるのって少し羨ましいかも」
「え!? いや、これは羨ましがるものじゃないと思い……ますけど……」
「気持ち悪い」
「うっさい! お前はちょっと黙っとけ!」
「花音も気持ち悪いと思うでしょ?」
「え? う~ん……別に気持ち悪くないと思うけど……東雲さんが話しやすい方でいいと思うよ?」
「花音の優しさに感謝するべきだよ、いっちゃん」
「お前が感謝しろ! っていうか、ホントにすいません……」
「あの……そこまで気にしなくていいと思うけど……でも、同い年だから徐々に敬語無くしてくれると私も嬉しいかな?」
「ほら花音もこう言ってるよ?」
「うぐっ……わ……わかった……これでいいか……?」
「いや、その……そんなに無理しなくても」
花音が逆に気を遣ってる。分かってないね、花音は。まあ、ついさっき会ったばかりだから仕方ないけど。
「花音。こうやって悔しがるいっちゃんを見るのが面白いんだよ。花音もそのうちハマると思うけど」
「ええっ!?」
「お前、ちょっともう一辺言ってみろ」
わっ、やば。いっちゃんがキレそう。
いっちゃんがゆっくり立ち上がった時に、玄関のほうでコンコンと音が鳴った。
「あれ、誰か来たかな?」
丁度いいと思って、いっちゃんにドアを指差す。
「いっちゃん、誰か来たよ?」
「いや、なんであたしが行くんだよ!? お前の部屋だろうが!」
「あ、じゃあ、私が行ってくるね」
「え!? あ、いや……いい。桜沢さんはここで待っててくれ」
立ち上がりかけた花音を慌てて止めて、いっちゃんが来た誰かに対応しに部屋を出ていく。あれ? 花音って便利? いっちゃんが怒りそうになった時、花音差し向ければ機嫌すぐ良くなるんじゃない? というか、なんか喉乾いた。
花音に貰ったお茶を口につけると「あの……」と彼女が口を開いた。
「昨日は本当にありがとう。小鳥遊さんのおかげで、無事に帰れた。けど、そのあなたの方は大丈夫だったの?」
「あはは~それなら良かった。見ての通り私は元気だよ~。というより葉月でいいよ?」
私はもう花音を呼び捨てにしてるから、逆に苗字にさん付けされると何だか違和感がある。
私がそう言うと、また彼女が柔らかく笑った。
「……うん。わかった、葉月」
うっわ、かっわい~。何これ、これが主人公の威力? これは、男共はイチコロじゃない? あ、だから攻略対象者たちもズドンとやられちゃうわけだ。
「花音ってめちゃくちゃ可愛いね~」
「かわっ……!?」
つい口に出してしまったら、花音の顔がみるみる内に赤くなる。いや~何これ、可愛すぎる。もうちょっと見ていたい。いっちゃんなんか可愛いって言っても「お前に言われても何も嬉しくないんだが」と冷めた目で返されるから新鮮。
「別に普通の顔だよ……葉月の方こそ可愛いと思うよ?」
「私~? それこそ普通だと思うよ~。でもありがと~。花音みたいな美少女にそう言われると嬉しいな~」
「もう……美少女じゃないってば……」
顔の火照りが治まらないのか、花音は手で顔をパタパタとやっている。そんなやり取りをしていたら、カチャッとドアを開けて、いっちゃんが戻ってきた。後ろに誰か連れてきている。
おや? お久しぶりの顔だ。
「寮長だ~。久しぶり~」
「っ……そう……ね。久しぶりね、小鳥遊……さん……」
後から入ってきた寮長は、ガクッと膝をついて頭垂れた。花音はぎょっとしている。いっちゃんは遠い目をしていた。何故?
「え?! だ、大丈夫ですか!?」
「どうしたの~、寮長~? 具合悪い~?」
「い……いえ。大丈夫よ。ごめんなさい。ちょっと見たくない現実を見てしまったというか、信じたくなかったっていうか、どうか同姓同名の別人でありますようにという儚い夢が崩れ去ってしまったというか……」
「寮長、残念ながらこれは現実だ。現実というのは残酷なんだ。そして、ここにいるのは寮長もよく知っている小鳥遊葉月という人間だ」
「そう……そうみたいね……よくわかったわ、東雲さん。信じたくなかったんだけど……そうね、さっき寮母さんから抗議を受けた時にやっぱりというか……はあ……この2年平和だったのに……平和だったのにぃ!」
「寮長……気持ちは分かる……だからこそ、あなたにこの言葉を贈ろう……強くなれ」
「あ、あの……葉月……?」
「いや、私もよく分かんない」
寮長といっちゃんのよく分からない劇を見て、花音がどうしたらいいか分からずオロオロしている。見守っていると、寮長が気を取り直したのか、コホンと一つ咳払いして立ち上がってから、花音に向き直った。
「ごめんなさい。取り乱してしまったわ。あなたが桜沢花音さんね? 私は寮長をしている3年の東海林椿よ。分からない事があったら、何でも聞いて頂戴」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
そう言ってお互い握手している。
寮長は中等部からこの学園に入ってきた人だ。中等部の寮でも寮長をやっていたから、私たちも一年だけお世話になっている。
長い黒髪をポニーテールにしてスラっとした高身長。キリっとした顔付きで、いかにも出来るお姉さんって感じの美人さんだ。それにしても……。
「聞いているわ。今回の外部受験での首席合格。特待生にも選ばれたみたいね」
「いえ、そんな……私なんかまだまだです」
「フフ、謙遜しなくていいわよ。この学園の高等部の外部受験はレベル高いんだから」
「ねえ、見ていっちゃん。これ凄いよ。プヨンプヨンだよ?」
「バカ! お前は何やってる!? すぐ離れろ!」
「先生たちもあなたには凄く期待しているみたいなの。だから桜沢さんも遠慮なく頼って頂戴?」
「あ、はい……ありがとう……ございます」
「いいからいっちゃんもさ、触ってみなよ? めちゃくちゃ柔らかいよ? というかメロンみたいな見た目だよね~」
「むっ……確かに凄い……なんだこれは……」
「寮長育ちすぎじゃない?」
ゴンっ!!!!
寮長の胸をモニュモニュやってると、寮長に頭を押さえられ、そのまま、いっちゃんと一緒に床に打ち付けられた。頭の上から寮長の冷たい怒りの声が降ってくる。
「小鳥遊さん……? あなた全然変わっていないわねぇ……? というか変わらな過ぎて悲しいわ。それと東雲さん……? あなたまで何やってるのかしら……? 影響されすぎじゃない……?」
「す、すまない。ついそのバカに乗せられて……」
「寮長? これは再会の感動を表現しただけだよ? 怒るのは当然だとしても、さすがにこの体勢はキツいなぁ」
ハア、と溜め息をついて、私たちの頭から手を放す寮長。解放された私たちが打った頭を擦っていると、花音がオロオロしながら私たちを見ていた。
「大丈夫だよ、花音。これが私たちの通常運転なんだよ」
「ええっ!?」
「変な事を教えるな!」
ゴンっと今度はいっちゃんの拳が飛んできた。ホントのことを言っただけなのに。
寮長が私たちのやり取りを無視して、花音に話しかける。
「桜沢さん。この2人は無視していいわ。中等部の頃からこんな感じだから大丈夫よ。構っているとただ無駄な時間が過ぎていくだけだからね。それよりも、実はあなたに提案があって今日は来たのよ」
「ちょっと待て、寮長。こいつと一緒にされるのは不愉快なんだが?」
「これを実は持ってきたのよ」
「いっちゃん、寮長のスルースキルが上がってるよ?」
「え……? え……?」
「桜沢さん、無視しなさい。とりあえずこれを」
「えっと……これは? 紙ですか……?」
「ええ、桜沢さん。あなたには将来があるわ。未来があるの」
「え? は……はあ……」
「いっちゃん。寮長が未来を語っているよ?」
「そうだな。というより、ここにいる全員に未来は平等にあるんだが」
「真っ当なツッコミは弾かれるよ、いっちゃん」
「なら手を加えろと?」
ゴンゴン! とまた頭に寮長の拳が降りてきた。これはあれだ。もう黙っていろという意味だ。
「それで、この紙は……?」
花音が心底困惑している。というより、花音に渡された紙は半分折られていて、私から見える所に何の紙かを書かれた内容の文章があった。なるほどね~、納得。
「部屋替え希望の紙よ」
「部屋替え……え!? 部屋替え!?」
「なるほど。寮長も思い切ったな」
「当たり前よ。東雲さんならともかく、桜沢さんみたいな優秀な子に何かあったら大変ですもの」
「寮長、今あたしならともかくって言わなかったか?」
「言ってないわよ。ともかく、桜沢さん、それに名前書いて荷物をまとめなさい」
「いや? え? ええ!?」
「大丈夫よ? ただ名前を書いてくれれば、あとは私が全部処理してあげるから。さっ早く書いて?」
「えっ? いやあの?」
「あれ? 部屋替えるということは、もしかしてまたあたしがこいつのお世話をしなきゃいけないのか? いや……でも……仕方ないか……?」
強引に名前を書かせようとしている寮長。戸惑っている花音。仕方ないという顔をしているいっちゃん。なんというか……混乱状態。
「ねえ、寮長。まずは落ち着こう?」
「っ……!? た、小鳥遊さん……? 今……何て言ったの……?」
え? 何で寮長そんな顔してるの?
「落ち着こう? 花音も凄い困っちゃってるし」
ガクッとまた寮長が膝をついて崩れ落ちた。え? そんなに変なコト言ったかな?
「い……一番落ち着いていない人間に落ち着けって言われるのって……な……中々響くわね……」
「寮長。その気持ちは分かるぞ。多分、あたしが今一番の理解者になれる」
いっちゃんが、寮長の肩を心底同情した目で見ながらポンポンと叩いていた。いや、お2人さん。劇は後にしてもらっていいかな? 全然話が進まないんだけど……花音が静々と寮長に問いかけた。
「えっと……寮長さん? あの、何か問題があるんでしょうか?」
「え? ああ……桜沢さんが問題なんじゃないのよ……あなたは何も悪くないの。ただね……」
「ただ?」
「問題なのはこっちなのよ」
そう言って私に視線を寄越す寮長。そんな見つめられると照れちゃうよ。
「そこでヘラヘラ笑っている一見無害そうだけど、実は触ったら危険な人物がね……あなたにどんな影響を与えるか分からないの……だから、飼育係の東雲さんと部屋を替えることをおススメするわ」
「寮長、あたしはこいつの飼育係じゃないんだが」
「ああ、失礼。お守りね」
「お守りでもないんだが!?」
酷い言われよう。まあ、それだけの事をしてきたからね。
チラッと花音が私を見た。
「えっと、葉月? 何をやったの?」
「ん~、色々~? だから寮長やいっちゃんが心配する気持ちは少し分かるけど。でも人様に迷惑はかけてないよ~?」
「あなたね……中等部の寮の子たちを恐怖に陥れたこと、忘れたとは言わせないわよ……」
「やだなぁ、寮長。あれは不可抗力だよ。私は怖がらせようとしてないよ~? ただ、結果そうなっちゃっただけで」
「あんな生首状態だと誰だって恐怖するわよ……」
「あ~あれのことか。確かにあれは恐怖だったな」
いっちゃんがうんうんと思い出していた。花音は知らないので首を傾げている。
「ただ土に埋まって抜け出せなくなっただけだよ、花音~」
「えっと……?」
「穴を自分で掘って入って自分で埋めて、それだけだよ~?」
ホントにそれだけだ。結果首から上が地面に出てしまって、傍から見ると生首状態。中等部の寮に住んでいる子たちが悲鳴をあげていたのを覚えている。
ちょっとよく分からないという顔を花音はしていた。
「わかった? 桜沢さん。こういう子なのよ。だから、おススメできないわ」
「は……はあ……」
「寮長、いっちゃんにも言ったけど大丈夫だよ~? 心配しすぎだと思うなぁ?」
「ええ、大丈夫よ。あなたの意見は一切考慮しないから」
「いっちゃん。いつのまにか寮長の信用度がゼロみたい。2年会っていないのに」
「お前の自業自得だからな」
「それもそうだね」
「いや、納得するなよ!?」
ツッコミを入れるいっちゃんを無視して、私は花音に視線を向けた。
「花音? 花音が嫌なら、別に寮長が言っているように部屋替えしても大丈夫だよ?」
「え……う~ん……」
花音は考え込んでしまった。まぁ、寮長やいっちゃんの私に対する態度を見てたら不安になるかもね。短い付き合いでした。
「寮長さん。私は葉月と一緒の部屋で大丈夫ですよ」
と思ったら、意外なことを言い出した。いっちゃんも寮長もぎょっとしている。
「いや、桜沢さん?! あのね、あなたは知らないからだけど、この小鳥遊さんはね、この学園の全生徒、全教師が手を焼いている子なのよ! とてもじゃないけど、小鳥遊さんを知らないあなたには手に負えないと思うの!」
「寮長も手に負えてないもんね~」
「あなたは黙っていなさい。とにかく、こう言っちゃあれだけど、小鳥遊さんは頭のネジがちょっと飛んじゃっている子なのよ。悪いことは言わないわ。考え直して?」
「寮長、大丈夫だよ~? 私、ちゃんと頭おかしいの自覚しているよ~? ついでに言うと、多分、頭のネジは3本ぐらい飛んでると思う」
「だから黙っていな……いや、自覚してるなら行動を改めなさい! というより、東雲さん! あなた、何を黙ってるのよ! この子、言ってることもおかしくなってるわよ? この2年何していたの!?」
「いや、すまない。昨日実は今の寮長と同じツッコミを入れたと思い返していたんだ。全く効果がなくてな」
「諦めないでちょうだい!?」
「じゃあ、花音。これからよろしくね~」
「あはは、うん。こちらこそよろしくね、葉月」
「いや、桜沢さん……考え直し……」
「諦めろ……寮長……」
「……ハア……上手くいかない……小鳥遊さんがいると……いつもこう……」
「……諦めろ……寮長……」
寮長はがっくり肩を落としていた。
お読み下さりありがとうございます。次話、また重なる花音視点です。