78話 いいよ —花音Side※
葉月を迎えに来た人は、この前葉月に会いにきた如月さんのお母さんで、名前は沙羅さんらしい。
それにしても――。
「喉乾いた~」
「そこに色々入ってるから好きなの選びなさい」
「花音たちは飲む~?」
「わ……私は大丈夫」
「あたしはもらう。さすがに喉乾いちゃった」
――リムジンは聞いてない!! 舞、なんでそんな平然としているの!? じゅ、ジュースなんて飲めるわけない! こんな車に零したらどうするの!?
完全に体が固まってしまってるけど、舞もレイラちゃんも平気そう。一花ちゃんなんて全然普通。むしろ慣れていますって感じだし。私は人生で初なんだけどっ!? 葉月、お金持ちって言ってたけど、ここまで!?
体を小さくしていると、平気そうな舞が「あのさ」と葉月に声を掛けていた。
「ん~?」
「今更だけど、あたしら今どこ向かってるのかな~と思って」
あ、確かに。
それは一花ちゃんが答えてくれた。
「葉月の実家だ。車で2時間ぐらいで着く」
葉月の実家……よ、良かったのかな、本当についてきちゃって。だって葉月、家の事知られたくないんだよね? その実家、3年帰ってないの?
舞の「どんなとこ?」っていう質問に葉月は面白くなさそうに答えていた。如月さんは「何も変わってないわ」と葉月に教えてたけど、それすらもつまらなそう。
唐突に向かいに座っているレイラちゃんの足を蹴っている。
「だから、蹴らないでくださいな!」
「……平気~?」
「……あれから何年経ってると思いますの……行くぐらい平気ですわ」
「……そう」
少し安心しているように見えたのは気のせいかな。もしかして、昔何かあったのは葉月の実家でってこと? 本当、気になってくる。
だけど口を挟めない、なんてことを思っていると、如月さんに声を掛けられる。この人、言い知れないオーラがあるから緊張してしまう。あ、あのお礼はいいですから。葉月との生活は楽しいですし、ご飯とかは逆に葉月に付き合って貰っている身なので。
そう返答してたら、私の実家に色々とお礼に物を送ったとか、学費払ったと言われてしまった。さすがに焦っちゃうよ。そんなことしてもらう為に葉月のお世話してたわけじゃないのに。
だから葉月が止めてくれて良かった。最後の葉月の「じゃないと……どうなるか分からない」という言葉で、一花ちゃんと如月さん、それにレイラちゃんまで厳しい表情で葉月を見たのはどうしてだろう。その葉月はその視線を気にせずに窓の外を見ていたけど。
結局、葉月に助けられてばかりだな。
素知らぬ顔をしている葉月の横顔を見て、少し無力感を感じてしまって自己嫌悪。そんな自分が嫌になった。
途中、お昼ご飯を食べていなかったから、お店に寄って皆で食べた。良かった、高級そうなお店じゃないや。如月さんがご馳走してくれたけど、何か申し訳ないな。普通に美味しかったけど。
葉月はというと、さっさと食べて車に1人で戻っていた。ちゃんとお礼言ってないなと思って、私も先に車に戻ると、グダっと席に寄り掛かっている葉月がいた。
「葉月……さっきはありがとう」
向かいに座ってお礼を言ったら、少しきょとんとしている。それとね、葉月。
「あと……ごめんね、ついてきちゃって……」
無理やり、ついてきちゃったもんね。それも謝りたかったの。
「嫌なんだよね、家のこと知られるの?」
「……別に?」
「そうなの……?」
「……関わりたくないだけだから……私が……」
そう言って、やっぱり泣きそうな顔をする。
知られるのが嫌じゃなくて、葉月が行くのが嫌なんだね。今から行くのが本当に嫌で、それが辛いことなのかな。
いつものように、葉月の頭にそっと手を置いて、ゆっくり撫でていくと目を丸くしてくる。
「……あのままね、部屋に居たくなかったの」
きっと、あそこで待ってたら、気になって仕方ないと思ったの。
「だって葉月……雨の日みたいな泣きそうな顔してたから……」
今もね、そうなんだよ?
葉月、泣きそうな顔してるんだよ?
「それにこのまま戻ってこないんじゃないかって……思っちゃって……」
このまま、離れてしまうんじゃないかって、そう思ったの。
「だからごめんね……無理についてきちゃって」
だから、これは私の我儘。
辛そうな葉月の傍にいたいっていう私の我儘。
いつもの笑顔が消えてしまっている葉月に、笑ってほしいって思っている私の我儘だよ。
そんな我儘を言って、ごめんね葉月。
ゆっくりゆっくり撫でてあげてたら「花音」と名前を呼ばれる。
「ん?」
「……着いたら、いっちゃんから離れないで?」
「……わかった」
どうして? とは聞かない。付いてきただけで十分我儘を言っているから。葉月がそうしてほしいなら、そうしよう。
「ねえ、花音……」
「……何?」
ポツリポツリと葉月は言葉を落としていく。その声が苦しそうに聞こえて、また胸がギュッと締め付けられる。
「着くまで、膝貸して……?」
「……いいよ」
いいよ。
それで葉月が楽になるのなら、
膝ぐらい、いつでも貸してあげる。
葉月の横に座り直してポンポンと自分の膝を叩いたら、少し躊躇いがちに頭を乗せてきた。太ももの上の葉月の髪をゆっくり梳くように撫でてあげる。
これぐらい、いつでもしてあげるから。
何をそんなに怖がっているのか分からないけど、
いつでもしてあげるから、
だから、そんな泣きそうにならないで?
しばらく撫でてあげてたら、目を閉じた葉月が寝息を立て始めた。
え、寝た?……寝顔は前と同じだなぁ。緊張というか、険しい表情だったから、こっちの気持ちよさそうな寝顔の方がずっといい。思わず嬉しくなる。
ガチャッとリムジンのドアが開いた。あ、皆戻ってきた。
「あれ? 葉月っち、寝ちゃったの?」
「うん、さっき」
舞が近くに座ってきたけど、一花ちゃんと如月さんは目を見開いていた。
「……一花、どうなの?」
「……寝てる、な」
「……? 一花ちゃん?」
如月さんが聞いて、一花ちゃんは驚いたまま葉月の額に手を置いていた。そして驚いた表情のまま、私を見てきた。
「花音、何かしたか?」
「え? ううん、何も」
「そうか……たまたま、か?」
その横で如月さんも手を伸ばしてきて、葉月の頭を優しく撫でていたのが不思議だった。あれ、えっと……泣いてる?
でもそれは嬉しそうな表情で、一花ちゃんもどこかホッとしているような感じで、思わず口を噤んでしまう。
「この子、まだこういう風に寝れたのね……」
それは、どういうことなんだろう。
ポツリと呟いた如月さんの一言がやけに頭に残ってしまう。
……? レイラちゃん?
反対に、レイラちゃんは悔しそうに葉月の寝顔を覗き込んでいる。
「……あんなことがなければ、葉月はきっと変わらなかったんですのに」
「レイラ、やめろ」
「……そうよ、レイラちゃん。言っても仕方ない事だわ」
如月さんと一花ちゃんに何を止められたかは分からないけど、レイラちゃんは不機嫌そうに席に座って、顔を背けてしまう。一花ちゃんと如月さんも席に座っているけど、如月さんの方は目尻に残した涙を拭きながら、葉月の方を見ていた。
「葉月っち、気持ちよさそうに寝るね」
「うん、そうだね……」
隣に座った舞も葉月の寝顔を見て、そう感想を零している。私もまた葉月の細くて柔らかい髪を梳くった。
そうなんだよね。気持ちよさそう。
あどけない寝顔の葉月を見ると、やっぱりそう思う。
だけど、さっきのレイラちゃんの言ったこと、如月さんの言葉。
あんなこと?
葉月が変わった?
けど、レイラちゃん、葉月が前に変わってない事を責めてなかったかな?
やっぱり、分からないことだらけ。
けどきっと、
今からその葉月のことを少し知ることになる。
到着するまで、ずっと気持ちよさそうに寝ていた葉月の頭を撫で続けていた。
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