77話 車内
「り、リムジン……?」
「本物?」
花音が顔を青褪めさせて、さすがに舞も驚いている。はー……なんでこれで来たのかな、目立つよ。
「舞と花音も乗れ、さっさと行くぞ」
いっちゃんに促されて、2人も恐る恐るといった感じで乗り込んでくる。っていうか、お腹空いたんだけど、暴れたからかな~。全員が車に乗り込んで、ゆっくりとリムジンは発進した。
「叔母さん、お腹空いた~」
「ああ、まだ食べてなかったのね。いいわ、途中で何か食べていきましょうか」
そうだよ~、ホントはちらし寿司食べる予定だったのに~。
「喉乾いた~」
「そこに色々入ってるから好きなの選びなさい」
むー、何にしよー。リンゴジュースでいいや。とりあえずコップに注いで、一口飲む。あれ? 花音が作るジュースの方がおいしいんですけど?
「花音たちは飲む~?」
「わ……私は大丈夫」
「あたしはもらう。さすがに喉乾いちゃった」
花音が完全に委縮しちゃってるよ。そんな緊張しなくても大丈夫なんだけどな~。ん、視線? 叔母さんが興味ありげに見ていた。
「なに~?」
「葉月……人に気を遣えるようになったのね……」
それはどういう意味かな~? 何でそんな泣きそうな声なのさ~。やめて~。
「一花以外のルームメイトって聞いたけど、上手くいってるのね……安心したわ」
「はぁ……あたしは嘘なんか言ってないぞ」
「実際見るまでは安心出来ないものなのよ」
それだと、いっちゃんが報告する意味ないじゃん。むーっとしてると舞が「あのさ」と声を掛けてきた。
「ん~?」
「今更だけど、あたしら今どこ向かってるのかな~と思って」
ホントに今更だね、舞。
「葉月の実家だ。車で2時間ぐらいで着く」
「あ、そうなんだ。葉月っちの実家か~。どんなとこなの?」
「さあ?」
「さあって……」
「3年丸っきり帰ってないから、今どうなってるか分かんないだけだよ?」
はぁと、叔母さんがまた息をついている。
「何も変わってないわ。そうね、庭の花の種類が増えたぐらいかしら?」
あ、そう。興味ないから別にいいんだけど。
そういえば、レイラついてきたけど大丈夫なの?
コンっとレイラの足を蹴る。
「だから、蹴らないでくださいな!」
「……平気~?」
「……あれから何年経ってると思いますの……行くぐらい平気ですわ」
「……そう」
本人が平気だって言ってるからいいや。気にしないでおこう。
「花音さん、葉月との生活はどうかしら?」
ちょっと~。今度は何言い出すの~?
「え? えっと、楽しいですけど……」
「迷惑かけてるんじゃないの?」
「迷惑なんてそんな……私の方こそ葉月――さんに迷惑掛けっぱなしで」
「そんな遠慮することないわよ? あなたの優秀さは聞いてるわ」
「と……とんでもないです……」
「困ったことがあったら、何でも言ってちょうだい。この子の食事や身の回りのお世話もしてくれてると聞いているの。お礼はするわ」
「い……いえ、本当に大丈夫ですから」
「それじゃ、気が済まないわ。とりあえず、この前あなたの実家に服や家具は送っておいたけど……ああ、もう特待生じゃなくても学園には通えるから安心してちょうだい。一応、保険で卒業するまでの学費は払ってあるから」
「え、ええ? ええ!?」
「そうね~。あなたのご実家も改装したらどうかしら。その費用も出すわよ? あなたからもご両親に――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「何かしら?」
花音が慌ててストップかけてる。うん、私もびっくりだよ。何勝手にやらかしてるの?
「そ、そんなにしてもらわなくても大丈夫です。私はそういうことをしてもらいたくて、葉月にご飯作ったりしてる訳じゃありませんので……」
「これはお礼よ。気にしなくていいのよ?」
「き、気にします。学費の件も特待生だと無料ですし、実家に送られたっていう荷物も受け取る理由がありません。お返しします」
「あー……花音。すまないが、もう取り消せない。無理だ」
「――一花ちゃん?」
「この人は一度決めたらもう動かせない。てこでも動かない」
「一花の言うとおりね。荷物は受け取ってもらいます。学費の件ももうしてしまったから、無理ね」
「え……えええ……そんな……」
花音が非常に困っている。でももう覆せないだろうね。はー……なんでそんな面倒臭い事するかな……そういうのは花音、嫌がるよ。仕方ない。
「ね~叔母さん~?」
「何かしら?」
「今回、特別だよね~?」
「特別というと?」
「……会いに行くの~」
「……そうね」
「じゃあ、条件ね~」
「……」
「今後、花音の家族と花音には何もしないで~」
「…………」
「叔母さんの善意でも花音が嫌がってるから」
「葉月……」
「………………」
「じゃないと……どうなるか分からない」
花音と舞が不思議そうな顔をしてるけど、いっちゃんと叔母さんとレイラの顔が険しくなった。この3人は分かってるからね。本気だって分かってるから。
「……仕方ないわね」
叔母さんが折れた。そっちが約束破ったんだから、これくらい呑んでもらわないとね。
花音が小さく「ありがとう」と言ってきた。いや、花音。本当はこっちがごめんなさいなんだけどね。ウチの叔母が暴走してすいません。
途中、みんなでご飯を食べに店に入った。花音が高級な店じゃなくてホッとしてたけど。
私はさっさと食べて車で1人寛ぐ。
あ~あ……やだな……今からでも逃げれないかな。
無理か……さっき条件出しちゃったし……。
ハァと思いっきり溜め息をついて、座席でグダ~ってしていたら、花音が先に1人で戻ってきた。他の皆は? って聞くと「レイラちゃんが食べ終わるの待ってる」って返ってくる。レイラは食べるの遅いからね~。
「葉月……さっきはありがとう」
ん? さっきも聞いたけど。
「あと……ごめんね、ついてきちゃって……」
花音が申し訳なさそうに顔を伏せている。別にもうここまで来ちゃったからいいんだけど。
「嫌なんだよね、家のこと知られるの?」
「……別に?」
「そうなの……?」
「……関わりたくないだけだから……私が……」
そうなんだよ。他の人に知られるのはどうでもいいんだけどね。私が会いたくないだけだから……花音や舞に家の事を知られるのは別に構わない。会長たちも知ってるしね。
ふわっと、頭に暖かな感触がした。
ん? っと思ってそっちを見ると、花音が頭を撫でている。
「……あのままね、部屋に居たくなかったの」
花音がポツリと口を開く。
「だって葉月……雨の日みたいな泣きそうな顔してたから」
泣きそう? 逆に怒ってたんだけどな。
「それにこのまま戻ってこないんじゃないかって……思っちゃって」
……それはないけど。
「だからごめんね、無理についてきちゃって」
……花音の手の感触が心地いい。
花音は困ったように笑っていた。
私の頭をゆっくり撫でながら、笑っていた。
「……花音」
「ん?」
今から、あの人に会いにいく。
3年ぶりだ。
さっきみたいに抑えきれなくなるかもしれない。
「……着いたら、いっちゃんから離れないで?」
「……わかった」
何をするかは分からない。
でもいっちゃんの傍なら大丈夫のはず……。
「ねえ、花音……」
「……何?」
あの人は変わってないんだろうか?
きっと変わってないんだろうな。
「着くまで、膝貸して……?」
「……いいよ」
花音が私の隣に来て、膝をポンポンしてくれる。
「どうぞ?」
花音の言葉に甘えて、膝の上に頭をおいた。
見上げると花音が微笑んで私の髪を撫でてくる。
あの人に会う前に、
縋りつきたくなった。
雨の日に感じた温もりに、縋りつきたくなった。
ゆっくり目を閉じる。
頭を撫でてくる手が心地いい。
残念だけどさ……会ったとしても変わらないよ。
私はあの時と同じだよ。
頭がおかしいままなんだよ。
ごめんね。
お読み下さり、ありがとうございます。