76話 ルームメイトの家族? —花音Side※
「じゃま~」
「邪魔っ!? ちょ……さすがに言い過ぎですわよ、葉月? って蹴らないでくださいな!」
期末試験が終わって休みの日。前から計画していた皆でのお疲れ様会で部屋に集まっていたら、レイラちゃんを足蹴にする葉月。
蹴っちゃだめだよ。ハア、今は一花ちゃんがいないから、葉月も遠慮なしにレイラちゃんを蹴っている。舞と2人で溜め息をついてしまった。
「葉月、蹴るのはだめだよ?」
「むー」
「葉月っち、むーっとしない。ほら、止めたげなよ?」
「そうですわよ、葉月! なんであなたは、昔から手と足が出やすいんですのよ!?」
「レイラ、バカ~? 手と足は元々出てるよ~?」
「そういう意味じゃありませんわ!?」
いつものようにレイラちゃんをからかっている葉月。舞が止めてやっと離れてくれたけど、ほら葉月? レイラちゃんが嫌がって私の後ろに隠れちゃったじゃない。「一花がいないとだめみたいじゃん」と舞に呆れられていたけど、面白くなさそうにむーっと頬を膨らませている。一花ちゃん、すぐ帰ってくるんだよね?
何時ぐらいになるのかなと思って葉月と舞に聞いてみたら、お昼までには帰ってくるらしいとのこと。時計を見るとそろそろお昼近い。今日はちらし寿司にしようと思ってるから、そろそろ作り始めようかな。
舞もレイラちゃんも興味津々って感じだったから「じゃあ皆で作ろうか」と提案したら乗ってきてくれた。葉月もちょっと興味持ったのかな? 食材を運ぶの手伝ってくれている。
「――っと――って――れ!」
どうせだったら部屋の方で作ろうと、食器とかも運んでいたら、バタバタと廊下の方から足音とドアが開く音が聞こえてくる。これ、一花ちゃん?
部屋に続くドアが開かれて、やっぱり現れたのは一花ちゃん。
だけど、知らない大人たちも入ってきたからびっくりした。
「沙羅さん!! 落ち着いてくれ! 頼むから!」
「一花、あなたこそ落ち着きなさい」
綺麗な女の人を押し留めるような形で、一花ちゃんはその人の前に立っている。一花ちゃんの知り合い? 誰だろう?
首を傾げていたら、いきなり「捕まえなさい」とその女の人が後ろにいる大人2人に声を出した。それと同時に、何故か窓の近くにいた葉月が動き出したところを、その2人が取り押さえてしまったから、思わず舞と2人で葉月の名前を呼んでしまう。
「すいません、葉月お嬢様」
「ご容赦を」
「じゃあ、離して~」
「「無理です」」
腕を押さえられて膝をつかされている葉月に、その2人が声を揃えて言っていた。
えっと、えっと? これ、どういうこと? なんで葉月が抑えられているの?
あっという間の出来事でポカンとしていると、「ごめんなさいね。お騒がせして」と命令を下した女の人が謝ってきた。いや、あの? あなたは誰なんですか? どうして葉月を?
「レイラちゃん……お久しぶりね。まさかあなたがいるとは思わなかったけど」
「……ええ……お久しぶりですわね。沙羅おば様」
レイラちゃんもこの人を知っているの? あ、舞が一花ちゃんにさすがに誰か聞いている。一花ちゃん? 本当にこの人誰なの?
「はぁ……大丈夫だ。2人とも。この人はな、そこのバカの身内だ。前に一回会っただろ? 魁人さんの母親だ」
き、如月さんの母親!? わ、若い!! 全然あんな大きい息子さんいるように見えない! え、あれ……じゃあ、葉月の叔母様……ってこと?
困惑したままの私と舞を無視して、その人は取り押さえている葉月に目を向けていた。あ、葉月……すっごい不機嫌そう。
「……何~?」
「元気そうね、葉月?」
「おかげさまでね~。何の用~?」
「分かっているんじゃなくて?」
「じゃあ、用はないね~。帰って? ここには来るなってこの間お兄ちゃんにも言ったんだけどな~」
「……魁人からも聞いてたけど。相変わらずなのね、あなたは……」
相変わらず……なんだ。葉月が会話していて、どんどん不機嫌になっていくのが分かる。
声も、
冷たいのが分かる。
「……帰って?」
「……だめよ。今日こそ一緒に来てもらいます」
「行かない」
「……無理にでも連れて行くわ」
どこに? という言葉は口から出てはこなかった。
葉月の様子が明らかに変わったから。
そこにいるその女の人も一花ちゃんも、葉月を取り押さえている2人も、緊張しているのがわかったから。
空気がヒリついたのが、私でもわかったから。
「…………帰れ」
葉月がその一言を言うのと動き出すのはほぼ同時。
押さえている2人をどうしたのか分からずに、吹き飛ばしてきた。1人は私達の方に、もう1人は葉月のベッドの方に。
私達の方に飛んできた1人がテーブルの上に飛んできて、置いていた食器や食材が散らかった。私と舞とレイラちゃんが壁際に慌てて避けると、いつの間にか、一花ちゃんが葉月を背中から馬乗りで床に押し付けている光景が見える。
……葉月?
「……落ちつけ、葉月」
一花ちゃんの落ち着いた声が部屋に響く。暴れようとしているのが分かる。一花ちゃんをどかそうとしているのが分かる。女の人を睨みつけて、その目がすごく冷たかった。
「葉月……」
「葉月っち……」
まるで一花ちゃんは、葉月のことを猛獣を押さえつけるかのように押さえている。
葉月……? どうしたの?
どうして、一花ちゃん?
どうして、そんな怯えている葉月を押さえつけているの?
まるで威嚇するかのように、葉月はその女の人を睨んでいる。
怖がってる……?
だけど、一花ちゃんはまた葉月に落ち着けと言っていた。諭すように、優しい声だった。
「この前言っただろ……あたしがストッパーだ……たまには言う事を聞け……」
一花ちゃんの言葉を聞いて、葉月が顔を俯かせている。
だけど、
その姿が震えているようにも見えて、
胸がギュッと締め付けられた。
「……いっちゃん」
「……葉月、何も家に連れ戻されるわけじゃない……ただ、お前に会いたいと言ってるんだ」
「……いやだ」
今にも泣きそうな声を、葉月は絞り出す。
会いたい……? 葉月に会いたがっている人がいる?
「あたしも一緒に行く。それだとちゃんとここに帰ってこれる。それでいいんだろ、沙羅さん」
一花ちゃんがその女の人を見上げて確認している。
だけど、私は床に俯いている葉月が気になった。
その姿が辛そうで、見ていられなくて。
「……葉月、心配してるだけなのよ。顔を見せるだけでいいから」
「約束が違う……」
「……ええ、そうね。だけど会わなくなって3年よ。1回ぐらい顔を見せてあげて頂戴」
「…………」
「私たちはね……あなたのことが大事なのよ」
そっと、その女の人がしゃがんで葉月の頭を撫でている。
……大事、なんだ。この人も葉月のことが大事なんだ。
葉月を見るその眼差しがとても温かい。
……3年、会ってない人がいるってこと? この人はその人に葉月を会わせてあげたいのかな。
だけど……葉月、辛そうだよ。
一花ちゃんとその女の人が「1回だけだ」と畳みかけたからか、葉月がチラッとこっちを見たのがわかった。
とても、傷ついている目だった。
胸が、苦しくなる。
でも、今の3人の間に、とても入っていける空気じゃなくて――その場から足が動かなかった。
黙って見ている私たちから視線を外した葉月は、「わかった」と2人に返していて、その返事を聞いて2人が安心しているのが伝わってくる。
いいの……かな?
会いに行くって事?
平気なのかな、葉月……?
葉月に飛ばされた2人が立ち上がって、服についた食材を払っていた。部屋がぐちゃぐちゃになってしまった。葉月も立ち上がって、申し訳なさそうに部屋の中を見渡している。
「え~と花音さんに舞さん? だったかしら。それとレイラちゃんも。あなたたちも一緒にきなさいな」
え?
私たちも?
思わず、名前を呼ばれてその女の人を見てしまった。
「花音たちは関係ないよ」
「こんな散らかした場所に置いていけないでしょ。ちゃんと行ってる間にこっちで片付けさせるわ。大体、あなたが暴れたからでしょうに」
むーっと頬を膨らませている葉月の頭に手を置いている女の人。……本当は優しい人なんだろうな。でも、私たちも一緒に? いいのかな?
「あー、花音、舞。どうする? 一緒に来るか? 嫌なら、あたしと舞の部屋に行っててくれ。どっちでもいいぞ?」
「――いっちゃん」
「どうせ、遅かれ早かれ知られるんだ。この際だから丁度いいんじゃないか?」
一花ちゃんはそう言ってくれたけど、葉月は不服そう。
さっきの葉月を思い出す。
怯えているようだった。
怖がっている感じに見えた。
辛そうで泣きそうに見えたよ……?
舞にソロッと目を合わせると、舞もこっちを見てきた。舞は行くことを決めている感じがする。それは私も同じ。
……葉月を放っておけないよ。
舞と2人で声を揃って行くと答えたら、やっぱり葉月は不機嫌そうにむーっと頬を膨らませている。
やっぱり、だめかな? 葉月に近寄って、腕の服を少し引っ張ると、こっちを見てくれた。
「葉月……ダメかな?」
「行ってもつまらないと思うけどね~……」
「……葉月が嫌なら行かないよ?」
「……いいよ、別にどっちでも」
いいよって言ってくれたことに少し安心する。
ごめんね、葉月。
嫌なんだよね?
だけど、
だけどね?
さっきの葉月を見たら、放っておけなくて。
泣きそうな葉月を放っておけなくて。
このまま、離れていってしまいそうで、
少し怖いの。
きっと今から、葉月に会いたがっている人に会いにいくんだよね。
その人に葉月は会いたくないんだよね。
その人に会うのが怖いのかな?
ますます不機嫌そうな葉月と一花ちゃんの背中に、舞とレイラちゃんと一緒についていった。
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