74話 誰もそんなこと思っていませんけど? —花音Side※
カリカリとペンの音がノートに走る。
試験前の休日、寮の近くの図書館の自習スペースに来ていた。いつもは学園の図書室に行ってるんだけど、夏休み明けまで使えないらしい。何でも大規模改装だとか。だから違う近くの図書館で勉強中。あ、そうだ。帰りに何か本も借りて行こう。一花ちゃんに勧められたミステリーの本が面白そうだったよね。
一花ちゃんと言えば(葉月もだけど)……なんで図書室のこと知らなかったんだろう。一花ちゃん、結構図書室で借りてるよね? ああ、もしかして張り紙に気づかなかったのかな。そうだ、一花ちゃんにも何か借りて行こうか。
とか思いながら、次の問題に取り掛かる。
「――あら、あそ――にい――のは花音じゃあ――ませんの?」
うん? 今、レイラちゃんの声が聞こえたような?
顔を上げてキョロキョロと辺りを見渡してみる。あれ、気のせいかな。
ちなみにレイラちゃんとはそれなりに仲良くなってしまって、今ではお互いに名前で呼び合っている。いや、部屋に結構来てくれるから自然とね。それにレイラちゃんは根がいい子だから。ジャージとか汚されたのも、私はもう全然気にしてないよ。本人にそれ言っちゃうと傷ついちゃうと思うし、そんなこと言うつもりもない。今じゃ仲良しだしいいよね。
期末試験が終わったら皆でご飯食べようって企画している。何食べようか。考えてなかったな。
さっきの声は気のせいだったみたいなので、また次の問題に取り掛かった。
これ引っ掛けだよね?
「桜沢?」
聞き慣れた声が聞こえたのでまた顔を上げたら、やっぱり見知った人がそこにいた。
「あれ、会長?」
「何だ……お前来てたのか?」
「図書室は使えませんからね。寮だと葉月が勉強してる私に気を遣っちゃうから、休みの日ぐらいは図書室で勉強していたんですよ」
肩を竦めて苦笑しながら答えると、会長は目を丸くしている。
「あいつが気を遣う? 幻聴が聞こえたみたいだ」
まただなぁ。ユカリちゃんとナツキちゃん、舞にも驚かれたから。
「会長と同じで葉月も不器用なほうですから。優しいんですよ、葉月は」
すっごい気遣い屋さんなのに、全然皆に伝わらないんだよね。いつもの変わった行動の方に、皆して目を向けているから。
でも部屋ではそうなんですよ? 私が勉強している時は音を出さないし、基本大人しい。変わった行動するときは部屋の外だしね。……それで東海林先輩と一花ちゃんにお説教受けてるけど。それより会長?
「会長はどうして、ここに?」
「……勉強以外に何があるんだ?」
「本を借りるということもありますけどね?」
「確かにその目的もあるな」
まあ、会長の持っているバッグに、ノートやら教科書やら入ってるから丸分かりだったんだけど。隣が開いてたから「良かったらどうぞ?」と促したら、何故か戸惑っているように見えた。躊躇いがちに席に座って、自分の勉強道具を出している。
さて、さっきの問題を……とペンを動かし始めたら会長が話しかけてきた。
「……お前その……何も思わないのか?」
「はい?」
何もとは? 質問の意味が分からず会長の方を見ると、何故か目を泳がせていた。どうしたんだろう?
「俺が……こういう風に勉強してることに関して……何も思わないのかと」
「えっと……質問の意味が分かりませんけど?」
「幻滅しないのか……?」
「何でですか?」
幻滅? どうして? 何でそんな驚いているんでしょう?
「……恰好悪いとか……思わないのか?」
「あの、何が恰好悪いんですか?」
「……勉強する姿が」
「どうして?」
え、これって恰好悪い事なの? なんで? 心底疑問なんですけど?
「前に言われたことがあるからな……俺が勉強する姿はみっともないと……」
「はぁ……よく分かりませんけど、何で勉強する姿がみっともないに繋がるのか分かりません」
「そうなのか?」
「私はみっともないとか格好悪いとかは思いませんよ。そんなこと言っていたら、分かるものも分からなくなりますから。勉強することの何が悪いのか分かりません」
全然それは分からない。それに勉強は楽しいから、みっともないとか格好悪いとか考えたことないけどなぁ。なんで会長はそんなに不思議そうなんだろう?
「私には妹と弟がいますけど、あの子たちが宿題やってる姿見てると、自分も頑張らないとなって思います。逆に自分が奮起させられるというか、あの子たちが勉強する姿を格好悪いと思ったことはないですね」
「そう……なのか……」
そうですよ? あの子たちが苦手な教科の勉強をしていると、私も頑張らなきゃなぁって思いますしね。
ああ、もしかして、会長は周りのこと気にしてるのかな?
「どうして会長がそんなこと思ってるのか知りませんけど、会長が勉強する姿を学園の皆が見ても、格好悪いとは思わないと思いますけど?」
「それは……分からないだろ? 他の連中が俺に求めてるのは完璧な会長だ」
「別にそうは思いませんけど?」
率直な気持ちを言ったら、また目を丸くしている。でもそうだと思うけどなぁ。ユカリちゃんたちがそんなこと言ってた記憶はないけど。
「……そうなのか?」
「そうですね。確かに会長は偉そうで自信過剰ですが。全てが完璧な人間なんていないんじゃないですか? 皆が会長を慕うのは、引っ張っていってくれる頼れるところがあるからじゃないのかなと思ってましたけど?」
うん、そういえば困ってる時に頼ったら救われたって、クラスメイトの男子が言ってたしね。そうじゃないかな。憧れている感じだったし。完璧なところを慕っている様子は無さそうだったかなぁ。
あ、会長がポカンとしちゃっている。もしかして、そう思ってたの? 仕方ない人だなぁ。
「会長は、自分でそういう自分でいなきゃいけないと思ってたんですか? 誰もそんな事思ってないから安心してください」
「………………」
「葉月がここにいたら「バカじゃないの~?」って言われてますよ?」
目を逸らして気まずそうにしている会長。葉月がいたら笑っていると思う。でもずっとそう思っていて、陰で努力してきたのかな。
そう思ったら、何だか可愛く思えてきた。葉月も悪戯やって気まずそうにすることあるからね。
思わずいつも葉月にやるように、会長の頭に手を置いて撫でてしまう。
「本当に会長は不器用な人なんですね」
不器用すぎると思うけど。
周りを気にして、それでも期待に応えようとして、陰で見つからないように努力するなんて。
でも、周りを第一に考えている。
それが伝わるから、生徒の皆があなたを慕っているんじゃないんでしょうか?
思わずふふって笑って撫でていると、照れているのか頬を少し赤くさせながら、無理やり頭に置いていた手をどかせられた。
「何をする」
「あ、すいません。つい葉月にもいつもしてるので……」
「あいつと同じ扱いをするな」
それはごめんなさい。でも周りのことを優先させるところが、少し葉月と重なってしまって。だからそんな不機嫌そうにペン動かさないでください?
会長はそれから黙って勉強を始めたから、自分もペンをまた動かし始める。
時々う~んと悩んでいたら「そこはこうだ」とアドバイスをくれた。結局放っておけなくて、教えてくれて優しいですよね。でもいちいち「俺に感謝しろ」とか言わなくていいですから。本当、不器用だなぁ。
寮に帰って葉月を見たら、図書館の会長を思い出して、つい頭を撫でてしまった。本人、首を傾げてたけどね。
葉月も自分の優しいところを頭おかしいって言って、誤魔化す時あるんだよなぁ。
案外、会長と葉月は似たもの同士なのかもしれないね。
お読み下さり、ありがとうございます。




