73話 お勉強イベント
「今回のイベントはな、ちょっとほのぼのイベントなんだよ」
「ほのぼのイベント?」
今日は部屋でいっちゃんと2人きり。花音は生徒会でまだ帰ってこないし、舞はクラスメイトと寄り道してから帰ってくるんだって。
「場所は図書室。2人で勉強するんだ」
「それだけ?」
「それだけといえば、それだけだな」
それ、何が面白いの?
「じゃあ、次は図書室で覗き?」
「覗き言うな! 鑑賞って言え!!」
同じだよね?
「そういや、いっちゃん。会長ルートに入ったって言ってたけど、そうすると他の攻略対象者はもう出番ないの?」
「ないな」
「そうなんだ」
「まあ、あとは遊園地とか、海とか夏祭りとかだな。そういうイベントの時は他の生徒会メンバーも一緒だったりするが……」
「へぇ」
結構まだあるんだねぇ、イベント。
とりあえず、次は図書室ね。了解だよ、いっちゃん。
と思ったら、予想外のことが起きた。
「あれ? 2人とも知らなかったの? 学園の図書室、夏休み始まるまで使えないよ?」
帰ってきた花音が爆弾発言をしました。
いっちゃんも私も「「え?」」って驚く。
「一花ちゃん、今日ご飯食べてく?」
「え……あ、ああ。頂こう……かな……」
「花音~。図書室、何で使えないの~?」
「大規模改装だって言ってたけど?」
そう言ってキッチンに夕飯を作りにいってしまった。
ちょっと、いっちゃん? どゆこと?
「いっちゃん、いっちゃん」
いっちゃんが放心している。
つんつんしても反応しない。頬をつねってみる。反応しない。眼鏡をとって目を大きく広げてみる。ゴンっと頭を叩かれた。
「何をする……」
「反応ないから、生きてるかと思って」
「……図書室の大規模改装? そんなのゲームにはなかったぞ?」
う~んと考え込むいっちゃん。私、図書室を使ったことないから分かんないや。欲しい本は全部買って、読み終わったら売ってるんだよね。あれ? でも花音はしょっちゅう図書室の本借りてるよね? 改装終わるまでどうするの?
「花音~? 図書室の改装終わるまで、花音どうするの~?」
キッチン向こうにいる花音に大きな声で聞いてみると、返事が返ってきた。
「近くの図書館に行くつもりだよー」
あ~なるほど。あるもんね、違う図書館。お? でもいっちゃん、これはちょっと希望があるんじゃないの?
「ね~いっちゃん、いっちゃん」
「何だ……今、必死に思い出してるところで」
「もしかしたら、学園のじゃなくて近くの図書館に変更になったんじゃないの?」
「変更だと……?」
「だって、ここは現実だよ? そのゲーム通りに今のところなってるの少ないよ?」
「確かにそうだが……」
「そのイベントの日に行ってみようよ。近くの図書館の方にさ。花音もそっち使うって言ってるんだし、ね?」
「そうだな……そっちでイベントが起こるかもしれないしな」
その日に起こるかは分からないけど、花音が使う予定の図書館の方に行ってみることになった。
□ □ □ □
イベント日。
花音が図書館に行くのを今朝見届けた。時刻はまだ午前中。今は勉強してるはずだ。私たちは図書館に入って、勉強しているであろう自習スペースに足を運んだ。
お、花音発見。端っこの机で勉強していた。お昼には帰ってくるって言ってたよね。
「ね~いっちゃん。会長、来るかな~?」
「こればっかりはなぁ……それにゲームではここじゃなく学園だったし……でもあのシナリオだったら、あるいは……」
いっちゃんがボソボソ言いながら考えてる。今日起きるかどうかは分からないもんね~。
「あら? 一花に葉月?」
後ろから名前が呼ばれ、2人で振り返る。あれ、レイラじゃん。何してるのさ。
「一花はともかく、葉月が図書館なんて、どういう風の吹き回しですの?」
「レイラこそ何やってるの~?」
「あなたね……明日から期末試験じゃありませんの。友人たちと勉強ですわ」
「ああ、取り巻きか」
「一花! 失礼ですわっ!? んぐっ!?」
レイラが大きな声を出したので、私といっちゃんで口を塞いだ。花音にバレたらどうするのさ!?
いっちゃんが小声になった。
「おい、レイラ。ここは図書館だ。うるさくするな」
あ、そうだった、みたいな顔をしたレイラが目をパチパチさせてから、自分の手で口を塞いでいた私たちの手を離した。
「はぁ……それで? 結局何してますの?」
「お前には関係ないだろ。気にするな」
「その言い方はさすがに傷つきますわよ、一花……あら、あそこにいるのは花音じゃありませんの?」
レイラが花音に気づいた。っていうか、レイラ、いつのまに花音のこと名前呼びになったの? 庶民はもう関係ないのかな? あのレイラをここまで手懐けるとは……花音のご飯恐るべし。
あ、やば。花音が顔をあげてキョロキョロし始めた。気づかれた?
「ちょうどよかったですわ。ちょっと花音に聞きたい問題がありましたの。じゃあ、お2人ともしつれ――んぐぅ!!」
レイラ! ちょっと黙っててくれないかな!? 気づかれたら、私、花音に怒られる! 今日の掃除まだやってないんだから!
私が羽交い絞めして、いっちゃんがレイラの口を塞いでいると、花音がまた顔を下げた。あ、気づかれてないっぽい。良かった。レイラが口をモゴモゴさせているけど気にしない。
少しそのままでいると見慣れた姿が奥から現れた。いっちゃんと顔を合わせる。やったね、いっちゃん! 会長だよ!
「桜沢?」
会長の声に、花音が顔をあげて目をパチパチさせていた。
「あれ? 会長?」
「何だ……お前来てたのか?」
「学園の図書室は使えませんからね」
花音が苦笑して、肩を竦めている。
「寮だと葉月が勉強してる私に気を遣っちゃうから、休みの日ぐらいは図書室で勉強していたんですよ」
え、そんな理由で花音出掛けてたの!? 別に気を遣ってないけど?! ゴロゴロしてただけだけど?!
「あいつが気を遣う? 幻聴が聞こえたみたいだ」
幻聴で間違いないよ、会長。
「会長と同じで葉月も不器用なほうですから。優しいんですよ、葉月は」
……相変わらずグサグサと突いてくるね、花音は。
優しいのは花音の方なんだけどな~。ちょっとレイラ? その“どこが?”っていう目を向けないで?
「会長はどうして、ここに?」
「……勉強以外に何があるんだ?」
「本を借りるということもありますけどね?」
「確かにその目的もあるな」
肩を竦めてる会長に、「良かったら隣どうぞ?」って花音が席を促してた。レイラがずっと私といっちゃんに、「これはどういうことですの?」みたいな目で訴えてるけど、ちょっと黙っててね? 今、覗き中だから。
少し躊躇いがちに、会長が花音の隣の席に座って、自分の勉強道具を取り出している。会長が勉強してるところなんて初めて見たから、なんか新鮮。別に勉強しなくても俺頭いいからってやらないと思ってたよ。現に会長、成績いいしね。
「……お前その……何も思わないのか?」
「はい?」
徐に会長が目を泳がせながら、花音に聞いていた。
「俺が……こういう風に勉強してることに関して……何も思わないのかと」
「えっと……質問の意味が分かりませんけど?」
「幻滅しないのか……?」
「何でですか?」
不思議そうに花音は聞き返していた。会長のほうも虚を突かれたかのような表情をしている。
「……恰好悪いとか……思わないのか?」
「あの、何が恰好悪いんですか?」
「……勉強する姿が」
「どうして?」
んん? ちょっと私も分からないけど。何で勉強するのがかっこ悪いの? いつも花音が勉強してるの見てるけど、逆にかっこいいと思うけどね、そういう風に頑張る姿。
会長がバツが悪そうに花音から視線を逸らしている。
「前に言われたことがあるからな……俺が勉強する姿はみっともないと……」
「はぁ……よく分かりませんけど、何で勉強する姿がみっともないに繋がるのか分かりません」
「そうなのか?」
「私はみっともないとか格好悪いとかは思いませんよ。そんなこと言っていたら、分かるものも分からなくなりますから。勉強することの何が悪いのか分かりません」
正論。めっちゃ正論。花音も首を傾げて、会長を困惑した顔で見ていた。会長は不思議そうな顔で花音のこと見てたけど。
「私には妹と弟がいますけど、あの子たちが宿題やってる姿見てると、自分も頑張らないとなって思います。逆に自分が奮起させられるというか、あの子たちが勉強する姿を格好悪いと思ったことはないですね」
「そう……なのか……」
「どうして会長がそんなこと思ってるのか知りませんけど、会長が勉強する姿を学園の皆が見ても、格好悪いとは思わないと思いますけど?」
「それは……分からないだろ? 他の連中が俺に求めてるのは完璧な会長だ」
「別にそうは思いませんけど?」
「……そうなのか?」
「そうですね。確かに会長は偉そうで自信過剰ですが、全てが完璧な人間なんていないんじゃないですか? 皆が会長を慕うのは、引っ張っていってくれる頼れるところがあるからじゃないのかな、と思ってましたけど?」
完全に会長が言葉を失っていた。
ん~。確かに花音の言う通りかもね~。私だって会長に求めてるわけじゃないし。皆の態度も、こういう会長でいてほしいっていうより、憧れのほうがしっくりくるような気もするけど?
花音がそんな放心状態の会長を見て、困ったように笑っていた。
「会長は、自分でそういう自分でいなきゃいけないと思ってたんですか? 誰もそんな事思ってないから安心してください」
「…………」
「葉月がここにいたら「バカじゃないの~?」って言われてますよ?」
確かに! 言ってますね! さすが花音! 分かってるね!
花音が苦笑して、会長の頭に手をそっと置いて撫で始めた。
会長がまた面食らった顔をしている。
「本当に、会長は不器用な人なんですね」
花音が会長に柔らかく微笑んでいる。
会長の頬が若干赤く染まったような気がした。
モヤッとまた胸がざわついた。
なんだろ、これ?
いつものモヤモヤかな? この前十分『発散』したはずなんだけどな。
「何をする」
「あ、すいません。つい葉月にもいつもしてるので……」
「あいつと同じ扱いをするな」
ふんっと言って花音の手をどかし、会長は自分の持ってきたノートを広げていた。花音がそれを見て、ふふっと笑いながら自分のペンを動かし始める。
モガモガとしているレイラを無視して、
プルプルモードのいっちゃんを引き連れて、
なんだか逃げたくなって、
図書館を後にした。
お読み下さり、ありがとうございます。