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6話 ルームメイト  —花音Side※

 


「部屋は階段ここから上がって、右に曲がった2階の一番奥よ。ネームプレート見れば分かると思う。荷物はもう部屋に同室の子の分と一緒に運んであるから」

「分かりました。ありがとうございます」

「それと……」

「はい?」

「私も噂でしか聞いてないからいいか……頑張りなね?」

「はあ……」


 寮母さんにお礼を言って、教えてくれた部屋に向かう。ただ、まだルームメイトの子は来ていないらしい。それにしても、何を頑張るのだろう? 噂? 何の噂なんだろう? まさか幽霊出る部屋とか? まさかね。


 2階に上がって談話室もあった。この寮も広いよね。あ、あそこがランドリールームか。覚えておこう。奥に向かって部屋が向かいに2つあった。えーと、ネームプレート。ああ、こっちだ。


 『桜沢花音/小鳥遊葉月』


 ルームメイトの子の名前もちゃんとある。……まだ来てないけど、ドキドキしてきた。鍵は開いているらしい。


 ガチャッと開けて中に入る。ここがキッチンルーム。こっちがバスルーム。これがトイレ。部屋に至るまでにある箇所をキョロキョロと確認した。


 というか、キッチンも大きい。冷蔵庫も立派なモノだ。私の家にあるのより立派。一応道具類も完備しているらしい。使ってもいいらしいけど、使う人は少ないんだとか。1階に食堂もあるものね。バスルームも断然広い。……ここマンション?


 奥の部屋に入ると、これまた広かった。両側にある備え付けのベッドはセミダブルだし、窓際に置かれている勉強机も本を一杯置けるようだし、パソコンも1人一台用意されている。その机とは別に、2つのベッドの間の真ん中にはガラスのテーブルがあって、壁際には本棚もあるし、服の収納スペースもある。姿鏡もあるし、化粧台も置いてあった。


 あとは、運び込まれた私とルームメイトの子の荷物が入った段ボールが床に置かれたり積み重なっていて、足の踏み場は少なくなっていた。


 ホテルでもこんなにしっかり用意はされてないかもしれない。日用品は寮母さんに言ってもいいし、自分で補充してもいいらしい。特待生……選ばれて良かった。こんなの全部用意できない。


 ふうと息を吐いて、持ってきたスーツケースを横に倒す。あと途中で買ってきたペットボトルのお茶をガラスのテーブルに置いた。一応ルームメイトの子の分とあと多めに4本。今日、買い出し行ければいいな。寮の近くにスーパーあったから、それはひとまず助かったけど。


 とりあえず、この段ボールたちを分けないと。でも大丈夫か。段ボールを送る時に苗字を表面に書くように言われたから、どれが自分の送った段ボールかすぐに分かる。この為だったんだなって感心した。


 まずはここから片付けようかなと、スーツケースを開けた。


 あ、これ。


 目に飛び込んできたのは、昨日彼女がくれた折りたたみ傘。今度の休み、あの喫茶店にまた来てくれることを祈って、返せるように持ってきた傘。パーカーはお母さんが送ってくれることになってるから、せめてこれだけでもって思ったんだ。


 きっと、優しい人。知らない人に自分のこと顧みないで親切に出来るのは、誰でも出来ることじゃない。私も見習わないとなぁって、思い出してクスっと笑ってしまった。


 ガチャっと奥でドアの音が聞こえてきて、自然と心臓が跳ね上がった。


 ルームメイトの子、来た……。

 足音も聞こえてきた。

 緊張が走る。


「開けてい~い?」


 部屋に繋がるドアの向こうで、その子が問いかけてきた。


「え? あ、はい、どうぞ」


 少し上擦りながら返事してしまった。まさか入る前に確認してくるとは思わなくて。ギイっと半開きになっていたドアが開いていく。


 最初の挨拶、しっかりしなきゃ。ドキドキと緊張で心臓が高鳴っていく。その子を出迎えるために立ち上がった。


「こ~んに~ちわ~。って?」

「はじめまして……って……えっ?」


 姿が現れた瞬間に同時に声を出して、思わず呆けた声を出してしまった。


 段ボールを抱えて目を丸くして立っている彼女は、昨日私を助けてくれた、あの綺麗で可愛い女の子だったから。



 ※※※


 び……っくりした。

 多分彼女もそう。だってポカンと口を開いて、目を大きく見開いていたから。

 でもすぐ少し顔を横に向けて、ボソボソと聞き取れない声で何かを言っていた。


 ほ、呆けている場合じゃない。


「あ、あの……昨日の方……ですよね?」


 話しかけたら、また顔をこっちに向けて、まだ驚いている感じだった。


「そだよ~。昨日ぶりだね~」


 返答を聞いて思わず安心して口元が緩んでしまった。あ、お礼言わないと。


「良かった……もう会えないと思っていたから。昨日は本当にありがとうございました。本当に助かりました」


 お辞儀して顔を上げると、目をパチパチと瞬かせている。変なこと言ったかな?……あれ? 彼女の後ろに誰かいる? 丁度陰になってて分からなかった。もう1人の存在に気づいて、こっちも目を瞬かせてしまう。


「え~と……そちらの方は……?」

「ほら、いっちゃん。呼んでるよ?」

「す、すいません! ホントにすいません!」

「え? え?」


 彼女の後ろから出てきた女の子がいきなり頭を下げてきた。え、なんで謝られてるんだろう? 今が初対面のはずなんだけど? さすがに困惑してしまう。


「このバカが何かやったんですよね!? 本当に申し訳なく!」

「いっちゃん。何やら誤解してるみたいだけど、私まだ何もしてないよ?」

「うるさい! 黙っとけ! というよりまだって何だ!? まだとは!? お前何かやらかす気満々だろ!? 本当にすいません!!」

「い、いや……あの……彼女は本当に何もしてないんですけど……というより昨日助けていただいて……」


 彼女に『いっちゃん』と呼ばれた女の子は必至に謝ってきた。いや、その、本当に昨日助けてもらっただけなんだけどな? なんで彼女の代わりに謝っている感じなんだろう?


 それにしても小さめの身長。詩音より少しだけ大きいかな? 私と彼女の肩ぐらいまでの身長で、少し可愛らしい。あ、しまった。現実逃避してしまった。でもこの状況どうすれば?


 オロオロしていると、彼女はさっさと謝っている女の子から離れて部屋のベッドのある方へ歩いていった。持っていた段ボールを床に置いて、ベッドにボフっと腰掛けている。


「いっちゃん、話が進まないからちょっと黙って?」

「誰の代わりに謝っていると思っている!? っていうか寛ぐな! 謝ってるあたしが馬鹿みたいだろ!?」

「だ~か~ら~。本当に私は何もしてないんだってば。ねえ?」


 彼女が私に同意を求めるように言ってきたから、昨日傘と服を貸してくれたことを伝えたら、やっと謝ってきた彼女も聞き入れてくれたみたい。「傘、服?」って問い返してきた。肩を竦めて、彼女は小さい女の子に視線を向けていた。


「昨日、いっちゃんにも言ったでしょ? 美少女に会ったって。彼女がそうだってば」


 ……美少女? え、え? それ私のことを言ったの? 否定したい。「ああ……そういえば……」って女の子は頷いてたけど。それより私は美少女じゃないんだけど……。


「あ、あの……私は美少女ではないんですが……」


 私がそう言うと、何故か彼女は目を丸くさせていた。え、あの、美少女というならあなたの方だと思うんだけども。戸惑っていたら「まず、2人とも座ったら?」と私の言葉をスルーして促してきた。自己紹介しようと言われて、あ、確かにって思ったけど、さっきのは後でまた訂正しておこう。


 女の子はベッドに座っている彼女の近くに座って、私も空いているスペースに座った。ゴホンと咳払いして、その女の子は早とちりしたことを謝ってくれる。ああ、良かった。何の誤解かは分からないけど、解けたみたいで。


 何故か女の子は頬を少し赤くさせていた。勘違いが恥ずかしくなったのかな。そういえば、どちらが小鳥遊さんなんだろう?


「えっと……それでどちらが……?」

「あ、ルームメイトかって事? それなら私だね~。小鳥遊葉月だよ。これからよろしくね。それと、この小さいのがいっちゃん。幼馴染なんだ~」


 ベッドに座っている方が小鳥遊さん……。


 昨日助けてくれた彼女が私のルームメイトだったなんて、そんな偶然あるものなんだ。女の子の方は彼女の幼馴染か。正面から見ても、その女の子は可愛らしい。大きな眼鏡も似合っている。


「東雲一花です……このバカに何かやられたらすぐに……ええ、すぐに言ってください。何かしら対処しますので……部屋も向かいなのですぐに駆け付けることができると思います……」

「信用ないな~」

「ないぞ?」

「ばっさりだ~」


 仲良さそう。なんだか2人のやり取りが微笑ましくて、つい笑ってしまった。東雲さんか。どこかで聞いたことあるような苗字だと一瞬思ったけど、笑った私を2人が目を丸くして見てきたから、いきなり笑って失礼なことしちゃったと少し反省する。


「仲がいいんですね、小鳥遊さんたちは」

「幼等部からの付き合いだからね~。というより敬語いらないよ? 同い年でしょ? あと呼び捨てで大丈夫だよ?」


 彼女はすごい軽い感じで言ってきた。人見知りしない性格なんだろうな。けど、そう言ってくれるとありがたい。お嬢様でそういう礼儀とか言葉遣いとか気をつけないといけない人だったらどうしようって、ちょっと思ってたから。


「バカでいいですから」

「いっちゃん、バカは名前じゃないと思うんだけどな?」

「お前の別名だと思っていたが?」

「今日は何だかいつもより辛辣だねえ」

「ふ、2人とも、そのくらいで……」


 2人はポンポンと言いたいことを言い合っている。一瞬喧嘩かな? と思って止めに入ってしまったけど「大丈夫だよ」って小鳥遊さんが言ってくれた。


「これぐらいいつものことだから。ただいつもより三倍辛口なだけだよ?」

「あたしはカレーか」

「カレーといえば、そういえばカレー味のサイダー買っておいたんだけど」

「お前はまた、妙なモノを買ってきてるんじゃない!」


 これはもはやコントなのかな。小鳥遊さんの発言に東雲さんのツッコミが入っていく。


 楽しそうで、さっきまでの緊張がほどけていくのがわかった。クスクスと気が緩んで笑ってしまう。でも東雲さんが途端に顔を真っ赤にして、顔を俯かせてしまった。あ、またやってしまった。


 「ごめんなさい」って謝ったら、また2人が言い合いを始めてしまう。途中で小鳥遊さんが「彼女も自己紹介出来ないよ?」って促してくれた。それでもめげずに、小鳥遊さんにツッコんでいる東雲さんはすごいなぁと、感心してしまったのは内緒にしよう。


 コホンと私も軽く咳払いして2人を見た。


「桜沢花音です。これから三年間よろしくお願いします」


 すっかり緊張がほぐれた私は、震えることなく自己紹介を出来た。あれ? 東雲さんが逆に震えているような? 顔も真っ赤だし、大丈夫だろうか。


 でも小鳥遊さんの方は違った。

 昨日見たような、綺麗であどけない微笑みを浮かべてくれる。


「こちらこそよろしくね、花音」


 いきなりの名前呼びで少し驚いたけど、でも何故か安心してしまった。

 ルームメイトが彼女で良かったかもしれない。


 本当は怖かった。

 知らない場所で上手くやっていけるのか。

 エリートばかりの人たちの中で、やっていけるのかどうか。


 けれど、私のルームメイトは、昨日知らない私を助けてくれた親切な彼女。

 今も実は暖かい目で見守ってくれてるのがわかった。


 大丈夫。

 やっていける。



 不思議とそう思えて、安堵感に包まれた。



お読み下さりありがとうございます。次は葉月視点です。

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