66話 体育祭イベント
さてさて、包帯姿になった私に舞がものすごく驚愕の表情になってたけども、やっときました“イベント”が。
「それで、いっちゃん。今回のイベントはどんなのなの?」
「ふっ……よく聞いてくれたな。今回はな――って言うと思ったか?」
「え~教えてよ~」
「それは見てのお楽しみだ」
不敵に笑ういっちゃん。なんかイラっとした。
けど、ふと思ったんだけどさ?
「ねぇいっちゃん?」
「なんだ?」
「このイベント見るってさ?」
「それが?」
「私たち、ただの覗きだよね?」
いっちゃんが固まった。
「これでさ、花音が会長と上手くいったとするじゃん?」
「…………」
「つまり恋人たちのひと時を覗きだよね?」
いっちゃんはいまだに固まっている。あ、動き出した。
「…………いいか、葉月……よく聞け」
「うん?」
「それは言ってはいけないことなんだ!」
え~、そう締めるの? つまり、いっちゃんも覗きだって思ってたんだね。
「別にいいじゃないか……せっかく『サクヒカ』の世界に転生したんだから……どうせだったら見たいに決まってるじゃないか……いつも葉月のバカを止めるので疲れてるんだ……これくらい許されたっていいじゃないか……」
いっちゃんが拗ねだした。そうだね、いっちゃん。苦労かけてるもんね。
拗ねてるいっちゃんの頭をよしよしと撫でてあげると、叩き落とされる。
「お前が慰めるな」
「いっちゃん、これでも私はいっちゃんのこと大事に思ってるんだよ?」
「じゃあ、少しぐらい行動を改めろ」
「やだなぁ、いっちゃん。これでも高等部に入ってからは控えてる方だよ?」
「ついこの前、教室の窓ガラスに砂糖水を塗りたくってアリで埋め尽くしたのはどこの誰だ?」
「やだなぁ、いっちゃん。あれはアリさんが勝手に来ただけだよ?」
「あの時の教室に響き渡った阿鼻叫喚を見て、お前はまだそんなことを言っているのか?!」
こっちの世界のアリさんはとっても砂糖水が好きみたい。どんどん埋め尽くされている窓ガラスは面白かったよね~。
あ、花音が来た。荷物を運んでいるみたい。向こうの校舎の方から――あれは会長と一緒?
「ほら、いっちゃん。花音たち来たよ? 見たかったんでしょ?」
「ちっ……でもどうやら、今回も相手は会長だな。会長が今のところ一番好感度が高いのか?」
花音たちが近付いてきたので、私たちも2人から見えない場所に隠れる。うん、完全に私たち不審者だね。でもいっちゃんは鑑賞モードに入っていた。
ん、あれ? 何か花音の表情が暗いな。あれから何かあったのかな?
「会長? 別に私1人でも大丈夫なんですけど……」
横にいる花音が躊躇いがちに聞いている。
会長がハアっと不機嫌そうな顔をしていた。
「あのな……そんなしょぼくれた顔してるやつに1人で大丈夫だと言われて、そうですかって返せるわけねえだろ」
「……しょぼくれてなんか」
会長もやっぱりそう思うよね。花音の顔暗いもん。
「小鳥遊の奴は大丈夫だったんだろ?」
あれ、私のこと? え? 私のことで暗い顔してるの? さっきのまだ気にしてるのかな? 大丈夫だってば。花音は優しいんだから。いっちゃんなんか、ほれ、この通り。私の傷のことなんか頭にもう無いからね。
「それはそうですけど……」
「だったら、そんな顔してるな。お前がそんな顔で帰ってみろ。あのバカが勘違いして、この前みたいに俺たちに何するかわかったもんじゃない」
「葉月が何かやったんですか?」
「……大量のネズミを送り付けてきやがった」
「……ちゃんと言っておきます」
花音にバレた!!? やばい……今日の玉ねぎは回避出来たと思ったのに!! 会長のバカ!!
いやね……? 花音が体育祭の準備とかで、疲れてたんだよ。これは会長たちが花音を扱き使ってるんだろうなって思って、少し報復してやろうかと思ってね? あと、どんな反応するのかなって思ってね? 送り付けたダンボールの中に隠しカメラ仕込んでね? いやあ、あの会長たちの顔面白かったなぁ。あ、いっちゃんの目がこっち見てる。これ、あれだ。この後、お説教だ。
「とにかく、備品室の件は事故だ。お前が責任に思う必要はない」
「……はい」
あ~不服そう。本当にその件はさ、会長の言う通り、花音に責任無いんだよ?
「はぁ……少しでも責任感じるなら、あいつの好きなモノでも作ってやればいいんじゃないか? それであいつは元気になりそうだがな……」
会長がいきなりそんなこと言い出した。花音がきょとんとしてる。いや、びっくり。いっちゃんと同じこと言ってるよ。そして、あの会長が花音に気を遣ってるよ。花音がいきなりクスクス笑い出した。
「……何だ?」
「ふふっ、すいません……さっき一花ちゃ――東雲さんにも同じこと言われて。まさか会長にも言われるとは思わなくて」
「……あいつを知ってるやつなら誰でも思いつくことだ」
「そうですね……葉月はそれで喜んでくれるんだろうな」
そうだよ~花音~。私はそれで充分ですよ~。願わくば、さっきの会長たちにしたことを、花音が忘れててくれますように!
「……やっと笑ったな」
「えっ?」
「さっきまではこの世の終わりにみたいな顔をしてたからな」
「っ……! す、すいません……」
うんうん。暗い顔は花音には似合わないよ~。花音は笑ってる時が一番可愛いんだから。会長も分かってるね~。怖い時もあるけど。
「はぁ……お前が一番扱いに困る……大抵の女は俺が笑えば喜ぶんだがな」
「……それは自意識過剰だと思います」
「事実だ。俺にここまで気を遣わせたんだ、光栄に思え」
「会長って……実はバカですよね」
「東海林以外に俺にここまでハッキリ言う女はお前ぐらいだぞ」
「葉月も言ってると思いますけど?」
「あれは違う。あれこそ救いようのないバカだ」
「伝えておきますね?」
「……やめろ」
ふふっと会長と会話して笑い出す花音。なんだか楽しそうだ。会長のバカな発言のおかげかな? あ、会長、今度は蛾でも送ってあげるね?
「……会長、ありがとうございます、気を遣ってもらって。おかげでちょっと元気になりました」
「それならいい。そうやって笑ってろ」
「その命令口調、何とかなりませんか?」
「俺はこれで許される」
「……不器用なんですね」
花音がそう言うと、今度は会長が目を丸くして花音を見た。不器用? 会長が?
「第一印象は最悪でしたけど、人に何かを伝えるのが苦手なんですね、会長は」
「……えらく言い切るな? お前に俺のことが分かるのか……?」
「不器用だとは思いますよ? 人を慰めるのとか慣れてないんだなって」
「慣れてないんじゃない。合わないだけだ」
「ほら、不器用じゃないですか。素直じゃないところが」
「……」
会長が黙り込んでしまった。花音にはそういう風に感じるのか。私は全然思わないけどね。
だけど次の言葉を聞いて、今度は私が固まった。
「会長って――本当は優しい人だったんですね」
そう言って、会長に微笑む花音。
あれ?
……そうだ。
最初に、
寮で会った時に、
花音は、私にも同じ言葉を言った。
「俺が優しい?」
「ふふっ。不器用に私を慰めてくれてますよ?」
「何だ……? 俺に惚れたのか?」
「ただ褒めただけなのに何でそうなるんですか……」
「……やはりお前はよく分からん。何でこう言われて不機嫌になるんだ?」
「不機嫌じゃなくて、呆れてるんですよ?」
会長が肩を竦めて、花音は苦笑している。
「会長、今度キャロットケーキ作ってきてあげますね。慰めてくれたお礼に」
「お前……楽しんでるだろ、それ」
「そうですね、ちょっと味濃いめで作ってきます」
「やめろ」
夕日が2人を照らしている。
楽しそうに歩いていく。
いっちゃんじゃないけど、そんな2人が綺麗だなって思ってしまった。
花音が会長に言った言葉が頭に残る。
『会長って――本当は優しい人なんですね』
花音は私にこう言った。
『葉月は優しい人なんだなって思ったの』
ああ。
分かっちゃった。
何で私が今我慢しているのか。
何で花音と同じ部屋になって、我慢するようになったのか。
この言葉があったからだ。
心配させないようにって思ってた。
花音は優しいから、心配させないようにって。
だけど、それだけじゃなかったんだ。
花音にとっての優しい人でいたかったんだね、私は。
本当はそんなんじゃないのに。
本当は最低な人間なのに。
優しい人なんかじゃないのに。
自分の手を見つめる。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
必死で言い聞かせる。
ギュッと握りしめる。
花音、ごめんね。
私は優しい人間じゃないんだよ。
来るときが来たら、最低なことをしようとしている人間だから。
だから、
だからね、
優しい人間でいてあげる。
我慢も今はしてあげる。
花音にとっての優しい人間でいてあげる。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
頭の中で何度も唱える。
大丈夫。
私はちゃんと頭がおかしい。
いっちゃんが心配そうな顔で見てることに、気づかなかった。
お読み下さり、ありがとうございます。




