62話 仲直り?
今日も今日とて雨が降っている。遠くでゴロゴロ雷も鳴っていた。
「雨だね、いっちゃん……」
「そうだな。お前気をつけろよ? この時期は余計不安定になりやすいんだから」
「うん……」
エントランスホールで舞を待っていた。どうやら朝来る時に傘が壊れたらしい。
「ねぇ、いっちゃん」
「何だ?」
「この前ね……」
「うん?」
「寝ちゃってた」
「?」
「寝ちゃってた」
「あー……んー……さすがに分からん。どういうことだ?」
「花音がさ。ギュウしてくれたんだけどね」
「ぎゅう?」
「知らない間に寝ちゃってたんだよ」
「ほう?」
「しかも起きたら膝枕されてた」
「……そうか」
「あったかかった……」
「そうか……」
「……いっちゃん」
「……何だ?」
「私はおかしい……?」
「……何もおかしくないんじゃないか?」
違うよ。いっちゃん。それじゃダメなんだよ。
「だめだよ、いっちゃん」
「何がだ?」
「……ちゃんとおかしいって言ってよ」
ふうと肩を竦めるいっちゃん。呆れてものも言えない感じ。何さ。
「……やっぱり不安定だな。帰ったらまた花音に膝枕でもしてもらえ」
「やめとく」
「何でだ?」
……あの温もりに縋りつきたくなるから。
黙った私を見て、またいっちゃんが溜め息をついていた。いっちゃん? いっちゃんの幸せは高等部に入ってからかなり逃げて行ってるよ? あ、舞が来た。
「ごめんごめん! お待たせ! 葉月っち、一花!」
「何だ? 何かあったのか?」
「いや~数学の課題の提出し忘れてて。職員室まで行ってたんだよ。遅れてごめんね!」
舞は変わらず元気だね。見ててなんかホッとする。
あれ?
ふと視線を横に逸らすと、なんとレイラが外を見て立ち尽くしていた。
私が見ていることに気づいたのか、顔を思いっきり逆に逸らされた。え~?
「どしたの、葉月っち?」
「ん? 何だ、レイラか。何してるんだ、あいつ?」
「さあ?」
「あ~もしかして傘ないとかじゃない? あたしみたいに壊れちゃったとか」
そんな理由じゃない気がするけどね~? だってレイラは車で来てると思うし。
「ね~円城さ~ん!? もしかして傘ないの~?!」
と思ってたら、舞が声をかけて、レイラに近寄って行った。アクティブだな~舞は。
「なっ!? そんな訳ないでしょう!? わたくしを誰だと思ってるんですの!?」
「え? 円城レイラさんでしょ? あ、円城さんじゃ呼びにくいから、レイラって呼んでいい?」
「はぁ!? あなた、何なんですか!? 馴れ馴れしいとは思いませんの?!」
「全然思わないんだけど?」
「なあっ!? なっなっ何なんですか、あなたは!?」
「あ、そういえば名前言ってなかったね! 神楽坂舞だよ! 舞って呼んで!」
「そういうことじゃありませんわ!?」
すっかり舞のペースに飲まれてるな~レイラ。私たちといるときは最近ツッコミに徹してたんだけどね。本来は舞、ああいう人のペースを狂わせるタイプなんだよ~。
「あ~舞。それぐらいにしておけ。レイラの周りにはお前みたいなタイプはいなかったんだよ」
「あ~そうなの? ごめんごめんレイラ! でも慣れてくれると嬉しいな!」
「一花……あなたの周りには碌なのがいませんわね」
「そうだな。お前も含めてだけど」
「わたくしを同類にしないでくれませんこと!?」
いや~レイラも十分変な部類に入ると思うけどな~。
「ん、葉月っち? 何か元気ないね? どした?」
「ん~?」
そうだ。舞で代用してみよう。
「舞~」
「ん~? どしたどした?」
「ギュウして~?」
「ん? ぎゅう? ハグのことかな? いいよ! ほら! ど~んときたまえ!!」
さすが~舞~! ギュウッと舞に抱きついてみる。
……何か違う。
そう思ってすぐ離れたら、舞がきょとんとしていた。
「お? もういいの?」
「何か違うからいいや~」
「失礼じゃないかな、葉月っち!?」
「違うんだも~ん。胸の大きさ?」
「余計失礼だよ、葉月っち!? あるよ! あたし普通にあるよ! 誰と比べてるのさ!?」
「ガンバ」
「悲しくなるからやめてくれない!?」
花音とは全然違かったな~。人でこんなに変わるんだ~。
「ちょっと……この2人は何をやっているんですの、一花?」
「知らん、放っておけ。それよりレイラ、お前こそこんなところで何やってるんだ?」
「べべべべ別に? 何でもありませんわよ? え~これっぽっちも!」
「……お前、知ってたけどバカだな」
「誰がバカですって?!」
ショックを受けてる舞と一緒に振り返ると、レイラがいっちゃんに噛みついていた。結局レイラは何してるの? 帰らないの?
「レイラ~? 帰らないの~?」
「ふん! あなたに言われなくても、ちゃんと帰りますわ!」
「帰れないの~?」
「帰れますわよ! ええ、大丈夫です! ただ、迎えがいつ来るか分からないだけですわ!」
「なるほど。それで歩いて帰ろうと思ったけど傘がないことに気づいて、ここで茫然としてたわけだ」
「違いますわ! それにちゃんと迎えは来ますの! ただ……その……何時に来れるかまでは……」
途端にシュンとするレイラ。何、その捨てられた子犬みたいな感じは?
「じゃあ、教室で待ってたらどうだ?」
「……もう教室には誰もいませんわ」
「ああ、なるほど……はぁ……そういうことか」
私も分かっちゃったよ。レイラは独りぼっちが怖いんだね~。そうだよね~。子供の時も1人になった途端にギャアギャア泣いてたもんね。あ、舞が分からなそうな顔してる。
「舞~。レイラはね~、1人になると怖くなっちゃって泣いちゃうんだよ~」
「ちょっ!? 誰が泣きますか!!」
「へ~。まぁ誰もいない教室とか廊下とか、静かで薄気味悪く感じるもんね。ちょっと分かる~」
そう? 私はちょっと分からないや。私だったらいっちゃんもいないし、今の内だって何かやっちゃうけどね~。
舞がポンっと手を叩いた。どしたの?
「じゃあ、あたしらと寮に行こうよ! そうすればレイラもそこで車待ってればいいでしょ?」
「はい!? なんでわたくしが!?」
「よっし、決まり! いや実はあたしさ~レイラともうちょっとお喋りしたいな~って思ってたんだよね~! 丁度いいし、一緒にお茶しよ!」
「聞いていませんわね!?」
「じゃあレッツゴー! ほらっ! 葉月っちも一花もいこー!」
「いや、ちょっ!? 離してください! ちょっと、一花! あなたも止めなさい!」
「面倒臭いから遠慮しておこう」
「遠慮しないでくださいません!? ちょっと!? 離しなさいってば!?」
舞がレイラの腕を掴んで、いつのまにかいっちゃんの傘を開いて先に行ってしまった。舞は元気だね~。
「いっちゃん、帰ろっか」
「そうだな。帰るか」
「そういえば、花音が昨日の夜お菓子作ってくれたんだよ。手作りドーナッツ」
「いただこう」
いっちゃんも花音のお菓子好きだよね~。私も好き~。
花音のお菓子を思い浮かべながら、私といっちゃんも舞たちの後を追った。
□ □ □
「何ていう強引さですの……」
「舞は葉月に次ぐバカだからな。あたしにはどうにも出来ん」
「ちょっと一花?! まだそんなこと言ってるの!? さすがに葉月っちみたいな無理はしないよ、あたし!?」
「しないの?」
「葉月っち?! “そんなバカな”みたいな顔しないでくれるかな!?」
え~。舞は最初に私とお仲間だって言ってたのに~。
所変わって、今皆で私と花音の部屋にいる。舞が紅茶を淹れてくれた。花音のドーナッツももちろんあるよ。
レイラがキョロキョロ部屋を見渡している。別に変なモノとか置いてないよ? いっちゃんに全部没収されてるからね。
「葉月の部屋だと聞いたから、もっと変なモノとか置いてあると思っていましたが……意外と普通ですわね」
「花音の部屋でもあるからね~」
「あたしが定期的に没収してるからな、変なモノは」
「そういえば、いっちゃん」
「ん?」
「どうして蛇の抜け殻飾ってくれないの~?」
「飾れるか!? 捨てたわ!!」
「いや~一花があれ捨ててくれて助かったわ~……ははは」
え~あれ捨てちゃったの~? 中等部からの引っ越しの時に、いっちゃんの荷物に入れておいてあげたのに~。むー。
そんないっちゃんとのやり取りを、レイラが目を細めて眺めてきた。
「ホント……変わりませんね、一花と葉月は」
「いや、あたしらから見たら、お前こそ変わってないからな?」
「ふん。そんなことはあり得ませんわ。わたくし、これでもかなり身長は伸びたんですのよ」
「誰も身長の話はしてないんだがな」
「まぁ? 一花は身長も変わっていませんものね?」
「ほう……久しぶりに買ってやろうか……その喧嘩」
「いっちゃん、どうしてそんな小さいんだろうね?」
「お前ら2人とも相手にしてやるから、立て」
「おーい、一花~。落ち着きなって。ほらドーナッツでも食べて」
舞がいっちゃんの口にドーナッツを放り込んだ。いっちゃんがムグムグ食べてると、顔がパアってなっていく。おいしかったんだね。花音のドーナッツおいしいもんね。舞が「一花ってこういうとこ可愛いよね」って言いながら笑ってた。
「ふん。一花は沸点が低すぎますわ」
「ほらほら、レイラも食べてみなって。花音のお菓子はおいしいんだから!」
「結構ですわ。誰が庶民が作ったお菓子などっ――んぐっ!?」
舞が問答無用で、今度はレイラの口に突っ込んでいた。舞、強し。いっちゃんと同じくパアって顔が明るくなっていく。単純。
「意外と……いけますわね……」
「花音のお菓子はおいしいもん~。舞~私も~。あ~ん」
「ほい、っとな」
「ん~んまし~」
あ~おいし~。この瞬間だけは幸せだな~って感じるよ~。
3人にドーナッツを食べさせた舞はなんだか満足感いっぱいの顔をして、紅茶を飲んでいた。この3人の餌付けを成功させてやったぜ感が出ている。
「レイラと一花と葉月っちは、つまり幼馴染なんだよね?」
紅茶を飲んだ舞が、私たちに唐突にそんなことを聞いてきた。
「まあ、そんなもんだな」
「不本意ですがね」
「幼等部からだからね~」
「ふ~ん。3人はどんな子供だったの?」
「なんでそんなことを聞くんだ?」
「だってさ~、あたしと花音は知らないじゃん。高等部からの付き合いだし。気になる~と思ってさ」
「そう~?」
「そうだよー。それにレイラと2人は何でそんな仲悪いのかって思ってさ~」
舞が屈託なく聞いてくる。
まあね~。この前のサブイベントの時のやり取り見てたら気になっちゃうかもな~。仲は悪い訳じゃないんだけどさ~。
「別に仲が悪い訳じゃないがな?」
とか思ってたら、いっちゃんが代弁してくれた。さすが、いっちゃん! 以心伝心だね!
「レイラがただ意地張ってるだけだろ?」
「どうしてわたくしが意地を張らなきゃいけないんですのよ?」
「そうじゃないか? お前がただ、葉月についていけなくなっただけだろうが」
「……この前も言いましたが、あなたがおかしいんですのよ、一花?」
「あたしは正常だ。正常じゃなきゃこのバカは止められん」
「だったら離れることをお勧めしますわ」
「それが出来たら苦労しないんだよ」
「だったら一花もおかしくなっているんですのね、ご愁傷様」
「ちょっとちょっと~。2人ともなんで喧嘩腰なのさ~。葉月っちも止めてよ? 葉月っちのことでしょ、これ~?」
え~。無理~。モグモグしながら2人の会話を聞いて、舞が慌てて止めに入ってるけど。
「舞~、紅茶おかわり~」
「この状況でよく葉月っちは普通でいられるね?!」
「ん~? まあ、昔は3人で普通に遊んでたよ? でもね~、この状況になったのは私がやったせいだから~仕方ないかな~って」
私の言葉を聞いて、いっちゃんは肩を竦めてレイラがジロリと睨んできた。
「そうですわね……この状況はあなたが招いていることですわ、葉月」
「そだね~。ちゃんと分かってるよ、レイラ~」
「だったら、ちょっとは改めてくださいませんこと?」
「何を~?」
「変わりなさいってことですわ」
「それは無理ってこの前言ったけどな~?」
「ちょっとちょっと~?! 今度はこっち!?」
その言葉を聞いて、今度はいっちゃんまで鋭く私を見てきた。無理なものは無理だもんね~。
「おい、葉月。お前、そういえばレイラにこの前何を言った?」
「いっちゃん、普通のことしか言ってないよ?」
「レイラ、こいつに何言われた?」
「ふん、一花。昔と変わらないことしか言っていませんわよ。この馬鹿は」
「ほう? 昔と変わらないっていうことは……そうか……葉月、こっち向け」
「いっちゃん、何やら誤解してるよ?」
「へえ……何が誤解なのでしょうね?」
「レイラもさ~。私はただ頭がおかしいんだよってことしか言ってないんだから、いっちゃんに変な誤解与えないでよ~」
「ちょっとちょっと!! ストップ!! 3人とも落ち着いて!!」
舞が慌ててストップをかけた。いっちゃんとレイラがふうと息を吐いて紅茶を飲んでいる。あ~あ。変な空気になっちゃった。でも舞は悪くないからね? そんなガックリ肩を落とさなくていいと思うけど。
「はぁぁ……ごめん。あたしが悪かったよ。もう3人に何があったかは聞かないからさ」
「……いや舞。あたしたちこそ悪かった」
「……ふん」
「舞~、紅茶~」
「葉月っちはちょっと空気読もうか!?」
だって喉乾いたんだもん。まあ、でもさすがに舞には悪いかな。肩を竦めていっちゃんとレイラを見る。
「いっちゃん」
「……何だ?」
「私はいつもと変わらないよ?」
「……」
「レイラ」
「……なんですの?」
「私は変わらないんだよ、どうしようもない。でも今は楽しいと思ってるよ?」
「……」
「だからさ、舞たちの前ではやめよ、2人とも?」
「「…………」」
2人とも黙っちゃった。まあ、何かしら思うところはあると思うけど。
「……仕方ない。葉月、ちゃんとしろ。あたしが言えるのはそれぐらいだ」
「……ふん。あなたがもう二度とあんなことをしなければ、わたくしだって何も言いませんわよ」
「じゃあ、これでこの話は終わりね?」
いっちゃんとレイラが目を合わせて、同時にハアと溜め息をついてから肩を竦めた。
それを見ていた舞が何故か呆けている。
「意外……葉月っちがまとめるとは思わなかった」
「舞~紅茶~」
「あたしの感動返してくれないかな!? どんだけ紅茶飲みたいの!?」
そう言いながら、やっと舞が紅茶を淹れてくれた。
昔みたいには戻れないと思うけど、ここら辺が妥協点じゃないかな?
あ~そうだった。
試してみたいことがあるんだった。
「レイラ~?」
「……なんですの?」
「その縦ロールにカレンダー入れてみていい?」
「嫌ですわよ!? なんでそういうところも変わっていないんですの、あなたは!?」
「いっちゃん、紙取って~」
「無視しないでくださいな!?」
「そういや、なんでお前まだその髪型なんだ? 昔、そういう髪型は悪役がやるんだぞって教えておいただろうが?」
「可愛いじゃありませんの!? あなたも変わりませんわね、その意味分からないこと言うのは!?」
「事実だ。キャンキャン騒ぐな。やかましい」
「お~入ったよ、いっちゃん!」
「何を勝手に入れてますの!? あら? ピッタリですわね……ってそうじゃない!!」
私たち3人のやり取りを見て、舞が半目になって呆れていた。
「なるほど……この3人の子供時代が見えたわ~……」
その後花音が帰ってきて、レイラがいてびっくりしていたよ。
花音のご飯を食べて、レイラが感動していたのは言うまでもない。
お読み下さり、ありがとうございます。