61話 泣きそう —花音Side※
ザーザーと雨が降っている。
梅雨に入って、雨の日が圧倒的に多くなってきた。
今日は休日。生徒会の集まりも無いから、寮でゆっくり勉強中。
いつもは生徒会が無くても学園の図書館に行っている。葉月は私の勉強中は気を遣って、静かにしてくれるから、休日ぐらいは気を遣わせたくないなと思って。今日の雨は強いから、その図書館に行くのは止めたけど。
また、見てる。
葉月はその窓の外の雨をずっと眺めている。
ザーザーと雨の音だけが、部屋の中に響いていた。そんなに楽しいのかな?
「ねえ、葉月?」
「ん~?」
「そんな雨ばっかり見て楽しい?」
「ん~?」
ベッドに寄り掛かって雨を見ていた葉月が、コテンと首を傾けている。不思議そう。
「べつに~?」
「そう? その割にはいつも雨の日はずっと見てるよね?」
「そう?」
「そうだよ」
別にと言いながら、また窓の外を眺め始めた。つられて私も窓の外を見てみる。雨粒が窓ガラスを叩いて、雫となって流れていた。そういえば。
「そういえば、葉月と初めて会った時、いきなり雨が降ってきたんだよね」
「ん~?」
あの時はびっくりしたなぁ。
「いきなり脱ぎだすからびっくりしたんだよ?」
「花音が下着見せてたからね~」
「もう……そういうことは忘れてください」
「はーい」
どうしてそこを覚えているかな。思い出したら恥ずかしくなっちゃった。でも、葉月がパーカーと傘を貸してくれたから、あの後、濡れずに帰れた。
……そっか。まだ葉月と知り合ってから3ヶ月も経ってないんだなぁ。
でも色々あった気がする。お嬢様との暮らしとか緊張して、でもルームメイトは助けてくれた葉月で。入学式の日に会長に失礼な事されて、一花ちゃんや舞、ユカリちゃんやナツキちゃんとも仲良くなって、生徒会に勧誘されて。
レクリエーションの時なんか事故も起きたし。……多分、あれは気のせい。誰かに押されたかもしれないなんて。
思い出していたら、葉月が唐突に生徒会のことを聞いてきた。でもどうして会長の事をいきなり好きとか聞いてくるの? 好きとか考えてないからなぁ、普通だけど。GWの時に責任感あったんだぁと思ったから、それ以来普通に話せるようになったんだよね。
ああ、でもこの前は少し面白かったな。思い出してクスっと笑ったら、葉月が「なに~?」と聞いてきた。
「この前キャロットクッキー作っていったでしょ? 葉月も美味しいって言ってくれた」
「あれ美味しかった。また作って?」
「ふふ、いいよ。それで皆も美味しいって言ってくれたんだけど……会長、人参が嫌いなはずなのに美味しいって食べてて」
全然気づいてなかったんだよね。なのに目を輝かせてるんだもの。
「後で知って顔真っ赤にしてたの。それがおかしくて」
耳まで真っ赤になって気まずそうにしていた。他の生徒会メンバーも笑いを堪えていたからね。
クスクスと笑っていたら、「そっか」と葉月が返してくる。
「花音~、生徒会入って良かったね~」
「そうだね……あの時、一花ちゃんや皆から背中押してもらって良かったかも」
「そっか」
うん、良かったよ。入る前より充実しているから。一花ちゃんや皆がいなかったら、私はきっと断っていただろうな。
ザーザーと雨は降る。
葉月はまたその雨を眺めていた。
普段のニコニコした顔ではなく、
ボーっとするように眺めている。
切なそうに眺めている。
ついその葉月を眺めていたら、視線に気づいた葉月が「ん~?」とまたこっちを振り向いていた。
「なーに?」
「よっぽど好きなんだなって思って、雨」
そうじゃなきゃ、こんなに見ないと思うけどな。ほら、また視線を雨に戻している。
「……思い出すだけ」
ポツリと小さい声で呟いた。
「雨見てると……思い出すだけ……」
「……何を?」
その声が、どこか寂しそうに聞こえて、
「……昔を」
今にも、泣きそうな表情に見えた。
昔……葉月の昔。
葉月の口から聞いたのはこれが初めて。
だけど、その切ない表情と、
その寂しそうな声に、
胸がギュッと締め付けられる。
詩音と礼音も嫌な事や悲しいことがあると、こういう泣きそうな顔をする。
何とか、してあげたくなる。
「葉月」
「ん~?」
「……こっち来て?」
「ん?」
訳が分からなそうに見てくる葉月に、思わず苦笑してしまった。
「今の葉月……妹たちと同じ顔してる」
「?」
「泣きそうな顔してる」
今にも、溢れだすんじゃないかと心配になる。首を傾げている葉月に「いいからおいで?」と手招きしたら、戸惑いながら近くに来てくれた。
そんな葉月にそっと腕を回して、抱きしめてあげる。
詩音にするように、
礼音にするように、
優しく抱きしめて、そっと背中を撫でてあげた。
固まっているのがよく分かる。そんな葉月がおかしくて、クスって笑いが零れてしまったけど。
「妹たちにもよくこうしてあげてるの。嫌な時、泣いてる時、痛い時、悲しい時」
葉月の香りが広がった。詩音たちとはやっぱり違うけど。
「よく抱きついてきてた。落ち着くんだって」
それでよく宥めてきた。
不思議とあの子たちは泣き止んだから。
「私は葉月のその昔を知らないけど」
その過去を、私は知らないけれど。
「だけど……こうして抱きしめてあげられるから」
こうやってあたためてあげられるよ。
「だから葉月……そんな顔しないで?」
泣かないで……?
ゆっくりゆっくり、背中を撫でてあげる。
今にも泣きそうで、
寂しそうな葉月を抱きしめてあげられるから。
そんな胸を締め付けるような顔しないで?
私の肩に顔を置いてくる。そんな葉月の頭も一緒に撫でてあげた。
「花音……」
「ん?」
葉月の手が、背中にきたのがわかった。キュッと力を込められる。
「……これ……落ち着く……」
「そう……なら、良かった」
葉月の細くて柔らかい体を抱きしめてあげる。
落ち着くなら、良かった。
「もう少し……こうしてて?」
「…………いいよ」
甘えるように、
しがみつくように、
葉月が肩に顔を擦り寄らせていた。
普段、こういう風に甘えることはしないものね。いつもはあれ食べたいとか髪直してとかしか言ってこないから。
抱きしめていると、葉月の温もりも私に伝わってくる。
不思議だね。
葉月の香りも温もりもこんなに安心させてくれる。
おかしいなぁ。
今は葉月を安心させてあげたいのに。
これじゃあ逆だよ。
ゆっくり宥めるように、背中と頭を撫でてあげる。
しばらくそうしていてあげたら、段々と私の背中を掴んでいた葉月の手の力が弱まっていった。あれ? と思ってソッと顔を覗きこんだら、スウっと寝息を立てて眠ってしまったみたい。
本当、あどけない可愛い寝顔。
起こさないように、そっと膝の上に葉月を寝かせた。気持ちよさそうに眠っている。
その寝顔を見たら嬉しくなって、少しの間、頭を撫でていた。
葉月、私は確かにあなたの過去を知らない。
家の人とどうして仲悪いのかとか、
あの薬は何なのかとか、
円城さんと昔何があったのかとか、
昔を思い出して、どうしてそんな泣きそうな顔になるのかとか、
私は知らない。
でも今、
あなたが気持ち良さそうに寝ていることは知ってるよ。
おやすみ、葉月。
結局夕方まで葉月は寝ていた。起きた時にすごく驚いていたけど。「え、え?」と私と自分の体と手とを交互に見るから少し面白かった。本人知らないうちに眠っちゃってたみたい。
夕飯作る間、葉月は何故か茫然としていたけど、ご飯食べたらすっかりいつもの葉月に戻って、今日は2杯おかわりしてた。
食べ方綺麗なのに、どうして葉月は口の周りにご飯つけるんだろう、少し不思議。
お読み下さり、ありがとうございます。