60話 梅雨時
4章入ります。
雨がザーザー降っている。もうすぐ体育祭なのに、こんなんで開催出来るのかな?
いっちゃんはイベントだから絶対晴れる! と言っていたけど、レクリエーションやサブイベントみたいなこともあるから、絶対ってもう絶対言えないと思うよ、いっちゃん?
あれから花音への嫌がらせはピタッと止まった。レイラが約束を守ってくれたらしい。
「ねえ、葉月?」
「ん~?」
「そんな雨ばっかり見て楽しい?」
「ん~?」
ずっと寮の窓から外の雨を見ていたら、勉強していた花音が首を傾げて、こっちを見ていた。
今日は日曜日。
花音も生徒会の用事もないから寮の部屋にいる。外は雨だから、今日は出掛けないみたい。
「べつに~?」
「そう? その割には、いつも雨の日はずっと見てるよね?」
「そう?」
「そうだよ」
そんなことないと思うけども。そんなに見てたかな~?
花音も釣られて窓の外を見上げた。
「そういえば、葉月と初めて会った時、いきなり雨が降ってきたんだよね」
「ん~?」
そだね~。美少女だったから思わず見惚れたんだよね~。
「いきなり脱ぎだすからびっくりしたんだよ?」
「花音が下着見せてたからね~」
「もう……そういうことは忘れてください」
「はーい」
ちなみにあの時貸したパーカーも律儀に返してくれたんだよね。別に良かったんだけど。
「まだ3か月も経ってないんだね。葉月たちと会ってから」
「そだね~」
確かにね~。色々あった気がするけど。
そういえば最近、花音に生徒会のこととか聞いてなかったな~。
「花音~?」
「ん?」
「生徒会どう~? 楽しい?」
「うん、楽しいよ。東海林先輩や月見里先輩が、よく仕事の方も面倒見てくれてるし」
「会長は~?」
「会長? まぁ、前よりは普通に話してるかな」
「好き~?」
「普通?」
普通なんだ。会長、ちょっとイベント以外でも頑張ってよ。いっちゃんが見たいものが見れないじゃん。まあ、まだイベントは一杯あるらしいけどさ。
「ああ、でも……」
クスっと花音がいきなり笑いだした。思い出し笑い?
「この前のはちょっと面白かったかな」
「なに~?」
「この前キャロットクッキー作っていったでしょ? 葉月も美味しいって言ってくれた」
「あれ美味しかった。また作って?」
「ふふ、いいよ。それで皆も美味しいって言ってくれたんだけど……会長、人参が嫌いなはずなのに美味しいって食べてて」
あの人、味覚音痴なんじゃない? 中等部の時も、雑草のお茶飲ませたら、知らないで美味しいって言ってたし。
「後で知って顔真っ赤にしてたの。それがおかしくて」
そう言って笑ってる花音を見てたら、なんかモヤっとした。あれ、何でだろ?
「そっか」
ま、いっか。花音が笑ってるし。会長とも仲悪くなってないし。
視線を雨に戻して、ボーッと見つめる。
「花音~、生徒会入って良かったね~」
「そうだね……あの時、一花ちゃんや皆から背中押してもらって良かったかも」
「そっか」
なら良かった。これでつまらなかったらどうしようかと思った。
ザーっと降ってる雨を見る。
窓に当たってる雨粒を見る。
ぼーっとしながら雨を見てると、視線を感じた。
「ん~?」
花音が苦笑しながらこっちを見ていた。
「なーに?」
「よっぽど好きなんだなって思って、雨」
別にそういうんじゃないんだけどな。視線をまた雨に戻す。
そういうんじゃないけど……ただ……。
「……思い出すだけ」
「ん?」
「……雨見てると……思い出すだけ……」
「……何を?」
「……昔を」
幸せだったあの頃を……思い出すだけ。
前世でも……今世でも……。
「……葉月」
「ん~?」
「……こっち来て?」
「ん?」
花音の方を見るとまた苦笑していた。こっち?
「今の葉月、妹たちと同じ顔してる」
「?」
「泣きそうな顔してる」
……そんなことないと思うけど?
「いいからおいで?」
よく分からないけど、花音が手招きしていた。
なんだか分からないまま、ノロノロと近づいてみる。
近づくと、花音がそのまま腕を伸ばしてソッと抱きしめてきた。
え? え、あれ?
「妹たちにもよくこうしてあげてるの。嫌な時、泣いてる時、痛い時、悲しい時」
抱きしめられたまま、花音が背中を撫でてくる。
「よく抱きついてきてた。落ち着くんだって」
花音の香りが鼻をくすぐる。
「私は葉月のその昔を知らないけど」
花音の優しい声が、すぐ近くで響いてくる。
「だけど、こうして抱きしめてあげられるから」
花音のあったかい温もりが伝わってくる。
「だから葉月……そんな顔しないで?」
……そんな顔っていわれてもな。
あったかい。
……ちょっと自分でもわからない。
いい香り。
……今どんな顔しているのか。
落ち着く。
「花音……」
「ん?」
花音の背中に腕を回す。キュッと力を込めてみる。
「……これ……落ち着く……」
「そう……なら、良かった」
花音が背中を撫でてくる。
スリッと花音の肩に顔を埋めた。
「もう少し……こうしてて?」
「…………いいよ」
あったかい……。
外の雨の音が耳に届く。
おかしいな。
いつもだったら、こんな事しないんだけど。
いつもだったら……ふざけられるんだけど。
雨のせいかな。
昔を思い出したからかな。
いいか……今日は。
あったかいから……いいか……。
その温もりに身を委ねて、瞼が自然と落ちていった。
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