59話 ルームメイトの過去? —花音Side※
ジャージやノートに泥をつけて私の事を学園から辞めさせようとしていたレイラさん? は、全然私がそんな気になってないと知ると、それはもうショックで打ちひしがれて、膝から崩れて地面に手をついていた。
そんな姿を見ると本当に申し訳なく感じる。ごめんなさい、本当に。その嫌がらせで辞めようと思えなくてごめんなさい。
言えない……全く気にしていませんでしたなんて言えない。彼女の周りの女子が必死で慰めているのを見ると、さらに申し訳なく感じてしまう。
そんな彼女に葉月が「もうやめようね~」って諭していた。葉月が誰かに諭している姿、初めて見た。あ、レイラさん? がキッと葉月を睨み返している。
「諦めませんわ……」
諦めないんだ。さっきの信念があるのかな? 呆れかえっている葉月がまたハアと溜め息をついていた。
「何でそんな花音を追い出したいの~? 花音悪くないよ~? 生徒会に入ったから~? 頭が良いから~? でもそれってただの嫉妬や僻みじゃないの~?」
「あなたと一緒にいられる人間をどうして危なくないと言えますの!?」
え、葉月といられる人間? 危ない? どういうことだろう? 彼女は次に一花ちゃんを睨んでいる。
「大体……一花も一花ですわ……何で未だに葉月と一緒にいられますの!」
「レイラ……そのぐらいにしておけ……怒るぞ」
一花ちゃんの声のトーンが低くなった。その一花ちゃんの変化からなのか、レイラさんはまた顔を青くさせて、唇を震わせている。どうして?
「葉月、あなたは……今でも……今でも、変わっていないのでしょう?!」
「……レイラ、いい加減にしろよ」
「一花! あなたの神経を疑いますわ! こんな、こんなおかしい人間とよく一緒にいられますわね!?」
「レイラっ!!」
いきなりの一花ちゃんの怒鳴り声に一瞬体がビクッとなってしまった。
怒ってる。一花ちゃんがこんな風に怒るの初めて見た。それに……変わっていない? 葉月が変わっていないのが、どうして頭がおかしいことに繋がるの? 3人の話が分からない。
これ、知っている……葉月の薬の時と同じ感じ……。
当の葉月は一花ちゃんを宥めている。これも初めて見た。いつも一花ちゃんに怒られている葉月が、その一花ちゃんを宥めているなんて。それに一花ちゃんも引き下がるなんて。
「レイラもさ~、いっちゃんの事怒らせないでくれる~? 言っとくけど、子供の時より強いからね~?」
子供の時からの知り合いなんだ。でもじゃあ、どうしてこんなに険悪な雰囲気なんだろう。子供の時に何かあった? 彼女は恨んでいるかのように葉月を睨んでいる。
「でも~私が頭おかしいのと、花音は別ね~」
「……信じろと?」
「信じてもらうしかないからね~」
「………………どう信じろと?」
疑心暗鬼の目でレイラさんはジロッと葉月をずっと睨んでいた。
気になってしまう。こんな険悪な3人を見ると、どうしても。
ゆっくりと葉月が彼女に近づいた。彼女の耳元に口を近づけて何かを囁いているようだった。……何を話しているんだろう? でも、彼女の目が大きく見開いていったのがわかった。離れた葉月を茫然と見つめている。
「あなた……やっぱり……」
「レイラ~? もう花音を追い出そうとしないでね~?」
「……」
「もし~今度こんなことしたらさ~。どうなるか分からないよ~?」
「………………」
それは脅しのようにも聞こえるけど、彼女は無言で唇を引き結んだ。深呼吸したと思ったら、私にはもう手を出さないと宣言して、こっちが驚く。
葉月、何を言ったの? さっきまであんなに諦めないと言っていたのに? 庶民の私が通う学園ではないと言っていたのに? こんなにあっさりとひっくり返すなんて。
満足したような顔で、葉月がクルリとこっちに体を反転させる。そしていつもと同じ笑顔で私を見てきた。
「いっちゃん、終わった~」
「……後でちゃんと聞く」
「葉月っち? 何言ったの?」
「葉月?」
「別に普通のこと~。花音~もう教科書とか汚れないよ~」
何を彼女に囁いたのかは言う気が無さそう。……きっとこれは葉月が知られたくないことの一つなのかな。だとしたら、もうこれ以上は聞けない。気になるけど、聞けない。
思考を切り替えて舞に向き直ると、きょとんとした顔を向けてくる。
「……さっきから思ってたけど、何で2人が知ってるの、舞?」
「えっ!? あ、いや……ごめん……2人に相談しちゃったんだよ」
「……ふう……だろうと思ったけど。さっきの手紙の字が葉月の字に似てたから」
仕方ないなぁ。舞は心配してくれてるだけだもんね。葉月もバレてるって顔しているけど、さすがにバレバレだよ? でも――
「でも――舞も一花ちゃんも葉月も、皆ありがとう」
お礼を言うと、皆が安心したように笑ってくれた。私は恵まれているね。こんなに想ってくれる友達がいるんだから。
その気持ちが感じるから、嬉しくなった。今日は皆の好きなモノを夕飯に出してあげよう。一花ちゃんと舞に夕飯、部屋に来るように言っていると、葉月が後ろを振り返ってまたレイラさんのところに近付いていた。どうしたんだろう?
彼女の名前を呼んで、彼女もまた不思議そうに葉月を見ている。
「……あの時は……ごめんね……?」
その謝罪は、何の謝罪なんだろう。でも彼女は分かっているようだった。
一瞬驚いて、
そして何故か辛そうに目元を歪ませていた。
今度は彼女が葉月の名前を呼んでいた。私たちの元に戻ろうとしていた葉月が顔だけ彼女に向けている。
「……あなたは……本当に何も変わっていませんの……?」
それは、どういう意味なのかな? だけど、やっぱり葉月は分かっているみたいで、彼女にまた「ごめんね」と返していた。
一花ちゃんが険しい表情で見ていたのが印象的で、
3人には私の知らない過去があるんだなと、気になる気持ちを封じて、
そう納得させていた。
□ □ □ □
あれから数日。
嫌がらせはピタリと止んだ。
ユカリちゃんやナツキちゃんやクラスメイトが喜んでくれている。私より皆の方が嬉しそうだった。本当、皆良い人たちだなぁ。
放課後、生徒会に行くために廊下を歩いていた時だった。向こう側から、円城さん(レイラさんが学園長の娘だって知って、苗字に気づいたんだけど)が歩いてくるのが見えて、彼女も私に気が付いたみたい。今日は1人なんだ。
すれ違う時に、横で彼女が立ち止まった。
「……離れた方がいいですわよ、葉月とは」
え……?
思わず彼女を見ると、視線だけこっちを向いていた。そのまま立ち去ろうと足を動かしている。ま、待って……と離れていく彼女に振り返る。
「あ、の!」
呼び止めたら、振り返ってくれる。少し目を丸くしていたから、呼び止められるとは思わなかったんだろうな。
けど、どうして嫌がらせを止めてくれたのか気になって。
あの時、葉月が何を言ったのか気になって。
「葉月に、あの時何を言われたんですか……?」
だからそのまま彼女に疑問を口にしたら、彼女は悲しそうに眼を伏せていた。
「……あなたは、何も知らないと」
知らない。確かに、葉月のこと知らないけど。でもそれと私への嫌がらせがどう関係が……?
「わたくし、誤解していました。てっきりあなたは知っていて、それでも葉月のルームメイトを止めないのかと。あなたも同類なのかと」
「どう……るい?」
「でも、よく考えればそんな訳ありませんわね。……あんなこと教える筈ありませんもの」
あんなこと? 一体、何の……?
「失礼、知らなくていいことですわ。忘れなさい」
「え?」
「葉月とは離れた方がいいというのは本心ですわよ。でないと」
でないと?
真剣な顔つきで私を見てくる。
「あなたが壊れますわよ」
……壊れる? どういう意味?
疑問を口にする前に、彼女は踵を返して立ち去ってしまった。
あんなこと? 壊れる?
円城さんと葉月の間で何かがあったのは間違いない。
過去に、何かがあったのは。
葉月はそれを隠している。あの薬もそれと関係しているのかもしれない。家のことも……もしかして関係しているのかな? そして、私に知られたくないと思っている。
寮に帰って、葉月はいつもみたいに笑顔で「おかえり~」と言ってくれる。
その笑顔は私を安心させてくれる。
だけど……ねえ、葉月。
その笑顔の裏に、
あなたは何を隠しているのかな?
いつか、
いつか教えてくれると嬉しいよ。
それまでは、その笑顔に誤魔化されているから。
お読み下さり、ありがとうございます。
これで3章終わります。次話から4章になります。