5話 主人公
「はあ……緊張するな……」
いっちゃんはそう言いながら、胃の辺りをさすっていた。憧れの主人公に会えるというのが、緊張の原因みたいだ。
「お前が彼女に変なことする未来しか見えてこない……」
違かった。
「心配しすぎだよ~。さすがに私も初対面でいきなり変なことしないって」
「そうか? まあ、お前も常識的なことがあるのは認めるがな……」
「それよりペットのタランチュラ君、一緒に可愛がってくれるといいなぁ」
「前言撤回だよ!? というか、いつの間に連れてきやがった!? お前の実家に送り付けてやったのに!! おい! その段ボールの中身見せてみろ!」
え~可愛いのに。
私が持っている段ボールの中をひっくり返してタランチュラ君を発見したいっちゃんは、すぐさまそれを寮母さんに預けにいって、すぐ戻ってきた。寮母さん顔青くしているけど、虫かごに入ってるから大丈夫だよ? たまにやんちゃして勝手に出てくるときあるけど。
「油断も隙もない……全く……はあ……」
なんだかげっそりしている。今からそんなんで大丈夫?
私たちは今、高等部の寮の玄関先にいる。ついさっき着いたところだ。これからいよいよ主人公の子とご対面なのだ。いっちゃんは胃を摩りながら廊下を歩いている。
「あ、ここみたいだよ」
寮母さんに言われた場所は2階の一番奥だった。ちなみにいっちゃんの部屋は私たちの部屋の真向かいだ。ネームプレートに私の名前と主人公の子の名前が書かれていた。ゴクリと喉を鳴らした音が横から聞こえてくる。
「ほ、ホントにいた……」
「もう先に着いているって寮母さん言ってたから中にいると思うよ? いっちゃんも一緒に入る?」
「そ、そうだな。お前が最初にしでかさない様に見張っていないとな……」
信用ないな~。
両手が塞がっている私の代わりに、いっちゃんがドアを開けてくれる。
星ノ天学園の寮はお金持ち学校の寮らしく設備が非常に整っている。一つ一つの部屋にバスルームにトイレ、簡易なキッチン、冷蔵庫があるといったマンションの一室みたいな感じだ。
短い廊下を進んでいくと部屋に続くドアがある。いっちゃんは唇を引き結んで、私の後ろに続いていた。ねえ、本当に大丈夫?
「開けてい~い?」
「え? あ、はい、どうぞ」
彼女の返事が返ってきたので、半開きになったドアを体ごと押し開いた。
「こ~んに~ちわ~。って?」
「はじめまして……って……えっ?」
そこにいたのは、昨日傘とパーカーをあげた美少女だった。
※※※
ドアを開けたら、昨日会った美少女がそこにいました。さすがにびっくり。お互い呆けていると、いっちゃんが私の服を後ろでクイクイ引っ張ってきた。
「どうした? ……何をした?」
「いっちゃん。どうしよう。美少女がいるよ?」
お前は何を言っているんだという顔で見上げてくるいっちゃん。というより、何故、もうすでに何かをやらかした程で話しているの?
「あ、あの……昨日の方……ですよね?」
いっちゃんと話していると、彼女が話しかけてきた。
「そだよ~。昨日ぶりだね~」
肯定すると彼女はホッとしたような顔で微笑んだ。
「良かった……もう会えないと思っていたから。昨日は本当にありがとうございました。すごく助かりました」
律儀にお辞儀してくる彼女。そんなに畏まらなくてもいいのに。というよりさっきから服をクイクイクイクイと引っ張ってくる後ろの人? そんなに気になるなら前に出てくればいいのに。顔をあげた彼女も、いっちゃんに気づいたみたいだよ?
「え~と……そちらの方は……?」
「ほら、いっちゃん。呼んでるよ?」
「す、すいません! ホントにすいません!」
「え? え?」
開口一番、隣に並んだいっちゃんはいきなり謝り始めた。いっちゃん? 彼女も戸惑っちゃってるよ?
「このバカが何かやったんですよね!? 本当に申し訳なく!」
「いっちゃん。何やら誤解してるみたいだけど、私まだ何もしてないよ?」
「うるさい! 黙っとけ! というよりまだって何だ、まだとは!? お前何かやらかす気満々だろ!? 本当にすいません!!」
「い、いや、あの……彼女は本当に何もしてないんですけど……というより昨日助けていただいて……」
謝るいっちゃん。オロオロする彼女。
話が進まないと思った私は段ボールを置いて、空いてるベッドに座った。他の荷物も届いてたみたい。部屋中に段ボールが所狭しと置いてあった。
「いっちゃん、話が進まないからちょっと黙って?」
「誰の代わりに謝っていると思っている!? っていうか寛ぐな! 謝ってるあたしが馬鹿みたいだろ!?」
「だ~か~ら~。本当に私は何もしてないんだってば。ねえ?」
「は、はい。本当ですよ。昨日傘と服を貸してもらって……」
「傘? 服?」
「昨日、いっちゃんにも言ったでしょ? 美少女に会ったって。彼女がそうだってば」
「ああ……そういえば……そんなことも言ってたかもな……お前の話は話半分にしか聞いてないからな」
おい。
「あ、あの……私は美少女ではないんですが……」
彼女は困った顔で私といっちゃんを見比べている。いや、どっからどう見ても美少女だよ? 自信もって?
「まず、2人とも座ったら? ちゃんと自己紹介しよ?」
「そ、そうですね」
「お前が仕切ってるのがなんか腹立つが仕方ない……」
いや、いっちゃん。それ理不尽だよ?
2人はとりあえず空いているスペースに座り込んだ。これでやっと話ができる。最初に話を切り出したのはいっちゃんだった。
「ゴホン! え~すいませんでした……早とちりしたみたいで……何分この馬鹿野郎に付き合わされてきた身なので申し訳ない……」
「あ、いえ……何か誤解があったみたいで。それが解けて良かったです」
いっちゃんは少し顔を赤くしていた。憧れの彼女に会えて緊張が戻ってきたのだろうか?
「えっと……それでどちらが……?」
「あ、ルームメイトかって事?それなら私だね~。小鳥遊葉月だよ。これからよろしくね。それと、この小さいのがいっちゃん。幼馴染なんだ~」
ガンっと私の足に拳が降りてきた。うん、小さいに反応したんだね。若干声を上擦らせていっちゃんも自己紹介していく。
「東雲一花です……このバカに何かやられたらすぐに……ええ、すぐに言ってください。何かしら対処しますので……部屋も向かいなのですぐに駆け付けることができると思います……」
「信用ないな~」
「ないぞ?」
「ばっさりだ~」
クスクスと彼女が笑った。
「仲がいいんですね、小鳥遊さんたちは」
「幼等部からの付き合いだからね~。というより敬語いらないよ? 同い年でしょ? あと呼び捨てで大丈夫だよ?」
「バカでいいですから」
「いっちゃん、バカは名前じゃないと思うんだけどな?」
「お前の別名だと思っていたが?」
「今日は何だかいつもより辛辣だねえ」
「ふ……2人とも、そのくらいで……」
おや? 喧嘩してるとおもったのかな?
「大丈夫だよ。これぐらいいつものことだから。ただいつもより三倍辛口なだけだよ?」
「あたしはカレーか」
「カレーといえば、そういえばカレー味のサイダー買っておいたんだけど」
「お前はまた、妙なモノを買ってきてるんじゃない!」
え~? おいしいかもしれないよ? 確かに売れてなかったけど。
私といっちゃんのやりとりを見て、彼女は口を抑えて笑っていた。いっちゃんがそれを見て恥ずかしそうに顔を俯かせてしまってる。
「ご、ごめんなさい。楽しそうだなって思って」
「すいません……見苦しいところを」
「見苦しくないよ? 大丈夫だよ?」
「お前が言うな! っていうか、お前はもう黙っていろ!」
「いっちゃん、もうツッコミ疲れたでしょ? そろそろ黙ってあげなよ。彼女も自己紹介できないよ?」
「だからお前が言うなよ!?」
「ふふ……ごめんなさい。じゃあ、改めまして……」
彼女はコホンと軽く咳ばらいをして微笑みながら、私たちを真っ直ぐ見てきた。
「桜沢花音です。これから三年間よろしくお願いします」
桜沢花音。
彼女がいっちゃんのいう≪サクヒカ≫という乙女ゲームの主人公。明日から出会う攻略対象者の誰かの心の傷を癒して、やがてその人と結ばれる。
うんうん。なんか納得。こんだけ可愛いのも主人公だからこそか。というか笑った顔も超可愛い。
あれ? いっちゃんなんかプルプルしてない? 彼女の方を凝視して顔赤くして。正面から可愛い笑顔見て感動してるのかな、これは? なんか前も攻略対象者を初めて見た時にこんな反応してたもんね。ま、いっか。
私も彼女の方を見て、にっこりと笑った。
「こちらこそよろしくね、花音」
お読み下さりありがとうございます。次話、花音視点ですが、完全に葉月の視点と重なります。ご注意ください。