58話 変わってないよ
膝をついたレイラに、取り巻きの子たちが声を掛けている。
「ね～レイラ～？ もうやめようね～。そんなことしてもさ～、レイラがショック受けるだけだと思うな～？」
顔を俯かせてたレイラが、いきなり顔を上げて見上げてきた。な～に～？ そんな睨んでも怖くないんだよね～レイラは～。
「諦めませんわ……」
お～い。諦めて～？ どうせ考えついても小っちゃいことなんだからさ～。
「何でそんな花音を追い出したいの～？ 花音悪くないよ～？ 生徒会に入ったから～？ 頭が良いから～？ でもそれってただの嫉妬や僻みじゃないの～？」
「あなたと一緒にいられる人間を、どうして危なくないと言えますの！？」
おっとぉ……ちょっと予想外のところから矢が飛んできたぞ？
「大体……一花も一花ですわ。なんで未だに葉月と一緒にいられますの……？」
「レイラ……そのぐらいにしておけ……怒るぞ」
いっちゃんの目が鋭くなってるよ。レイラは昔のことを思い出したのか、また体を震わせてるし。
ちょっとレイラ～？ その話はここでしてほしくないかな～。ここには花音と舞もいるんだよね～。舞と花音は何の話だか分からない顔をしてるし。
そりゃそうだよね。初等部の時の話だもん。
「葉月……あなたは今でも……今でも、変わっていないのでしょう？！」
「……レイラ、いい加減にしろよ」
「一花！ あなたの神経を疑いますわ！ こんな、こんなおかしい人間とよく一緒にいられますわね！？」
「レイラっ！！」
いっちゃんが声を荒げた。も～いっちゃん、声大きいよ～。花音も舞もびっくりしてるよ？
ハア……っと自然に溜め息が出る。レイラの気持ちも分かるんだよね～。怖い思いさせちゃったからさ～。
「いっちゃん～どうどう」
「…………ちっ」
「レイラもさ～、いっちゃんの事怒らせないでくれる～ 言っとくけど、子供の時より強いからね～？」
ギッと鋭くレイラは睨んできた。も～そんな目で睨まれてもな～。
「でも～私が頭おかしいのと、花音は別ね～」
「……信じろと？」
「信じてもらうしかないからね～」
「…………どう信じろと？」
ああ、もう……仕方ないなぁ……。
レイラに近寄り、小声でレイラだけに聞こえるように呟いた。
「……花音たちは知らないし、教える気も無い。けどね、レイラ……私は変わってないから、これ以上手を出すなら、私も考えなきゃいけなくなるよ。この意味、レイラならわかるよね？」
予想通り、レイラは黙ってしまった。私は少し離れて、ニッコリと笑ってからレイラを見つめる。
「あなた……やっぱり……」
「レイラ～？ もう花音を追い出そうとしないでね～？」
「…………」
「もし～今度こんなことしたらさ～。どうなるか分からないよ～？」
「………………」
レイラはギュッと目を閉じて深呼吸した。いっちゃんは怪訝な顔で私とレイラを見ていて、他の皆は困惑した表情をしている。もうこれでおしまいにしようね～、レイラ。
「……分かりましたわ……もう私たちは桜沢花音には手を出さない――これでいいんですのね……？」
そうそう。それでいいんだよ、レイラ。
よかったよ、意味がちゃんと伝わって。
私はクルっと振り向いて、レイラに背中を向けた。
背中からは「レイラ様！？」「どうして！？」といった取り巻きたちの声が聞こえてくる。でもレイラはああ言ったからには、もうこれからはやらないだろう。そこは信じられる。
あ～……花音？ そんな顔しないで？ 別に変なことは言ってないからね～？ ただ、私の事実を言っただけだよ～。
「いっちゃん、終わった～」
「……後でちゃんと聞く」
「葉月っち、何言ったの？」
「葉月？」
「別に普通のこと～。花音～もう教科書とか汚れないよ～」
「……さっきから思ってたけど、どうして２人が知ってるの、舞？」
「えっ！？ あ、いや、ごめん……２人に相談しちゃったんだよ……」
「……ふう……だろうと思ったけど。さっきの手紙の字が葉月の字に似てたから」
花音にはバレてた。
「でも――舞も一花ちゃんも葉月も、皆ありがとう」
そうやって微笑む花音はやっぱり可愛かった。
そういや、結局会長たちは来なかったな～。何やってるんだろう？ まあ、いっか。一件落着だね。
ああ、そうだった。
レイラに言っておかなきゃね。
私はちょっと振り返って、取り巻きたちに支えられているレイラを見た。
「レイラ」
「……何ですの」
やだな～。そんな嫌そうな顔しないでよ。
「……あの時は……ごめんね？」
「っ！？」
ちゃんと謝りたかったんだよ。
あれ以来顔を合わせるのも嫌そうだったから、こんなに時間が経ってしまったけど。
それだけは伝えたかったんだ。
「葉月」
私が背中を向けると、今度はレイラが声を掛けてきた。顔だけ振り向くと、辛そうな顔をしてこっちを見ている。
やだな、何でそんな顔をしてるのさ。
「あなたは……本当に何も変わっていませんの……？」
変わっていてほしいと、レイラの悲し気な目が伝えている。
ごめんね、レイラ。
変わってないよ。
「ごめんね」
苦笑して、そう答えるしかできなかった。
ちょっと先にいる花音たちを追いかけてて、私は気づかなかったんだ。
レイラの後ろで呟いた声に全然気付かなかった。
「あの子……邪魔だなぁ……」
その子が自分と同じ、『こっち側』の人間だと気づかなかった。
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