57話 なんのことだろう? —花音Side※
「え、舞? どこ行くの?」
「すぐ戻ってくるからさ! ちょっとここで待ってて!」
お昼休み。ご飯を食べ終わった私は、舞に引っ張られて校舎裏の一角に連れてこられた。
こんなところに何か用事? ついてきてって言われたから一緒にきたのに、舞がいなくなってどうするんだろう?
その舞はもう姿は見えない。もう、後でちゃんと説明してもらうからね。
ふうと息をついて舞を待っていたら、向こう側から何人かの女子生徒が向かってきた。
わ、真ん中の子、髪が綺麗な縦ロールだ。お嬢様っぽい……漫画に出てくるような。と考えていたら、その集団が私の近くまで来て、ジッとこっちを見てくる。真ん中の子がキッと睨んでくるけど、えっと何でしょう?
「……お望みどおり、来てあげましたわ」
何のことだろう? 私、あなたと話したことも会ったこともないんだけどなぁ。しかもお望み通り? 余計訳が分からない。
「あの、何か……?」
「……何か? 何かですって? こんな手紙を寄越していて、よくもまぁそんな事言えますわね?」
「はい?」
「覚えがないとは言わせませんわよ?」
ごめんなさい、覚えが本当にありません。
でもその子はイライラしている様子で、自分の手に持っている紙を渡してくる。仕方なく受け取ったら、「読み上げて見なさいな」と言われてしまった。えーっと……とその文面に目を通しながら口を開く。
「『あなたたちっておバカなんだね~? こんなことしても意味ないんだけど~。そんなにコソコソしたいんだね~。コソ泥だね~? 泥だらけだね~。あ~だから泥をつけてくれたんだね~。もう面倒臭いから直接来ればいいのに~。そうすればあなたたちの大好きな泥を返してあげるよ~。直接会ってあげるから明日ここに来てね~』……って……何これ?」
なんだろう、一体。自分で読み上げて思ったけど、かなり挑発している感じ。それにこの字……葉月の字に似ているような……それにこの文面と内容、ものすごく葉月が書きそうな気がする。特にこの『ね~』と伸ばしてくるところとか。まさか、舞……2人に話した?
「お分かりになりまして? あなたが心底私たちをバカにしている内容ですわね」
「えっと……すいませんが、これを書いたのは私じゃありませんので」
とりあえず否定しておこう。そして葉月には今日玉ねぎ食べてもらおう。こんなの出す前にちゃんと言ってほしかったな。そうすれば止めたのに。
密かに決意しながら手紙を返そうとしたら、その手を手紙ごと払われてしまった。払われたことでその手紙が地面に落ちてしまって、思わず彼女と手紙を交互に見てしまう。
あれ? よく考えたらこの子たちが犯人だったのかな? 彼女はとても機嫌悪そうに、立派な縦ロールを後ろにブンっと払っていた。
「この際ですから、ハッキリ言わせていただきますわ、桜沢花音」
「はぁ……」
私の名前をフルネームで覚えてるんだなぁ。そっちに感心してしまう。
「あなた、ちょっと調子に乗りすぎですわね」
「えーと……?」
「そもそも、あなたのような貧乏人が通う学園じゃありませんのよ、ここは」
「レイラ様の言う通りですわ」
「あまつさえ、生徒会にまで押しかけるなんてどういうつもりかしら」
「翼様たちの迷惑を考えたらどう?」
「あなたには泥がお似合いなのよ。身の程を弁えてお家にお帰りなさいな」
なるほど、先輩たちのファンの子かぁ。でもなぁ、確かにここの生徒たちよりは貧乏だけど、お父さんはちゃんと家族5人暮らせるぐらいの給料は貰っているんだけどなぁ。
確かに特待生に選んでもらったし、学費無料で通わせてもらっていることに引け目を感じてはいたけど、ユカリちゃん達についポロっと言ったら、力強く否定されてしまった。「それに伴う努力をしているんだから、何も恥じることはないんですよ」と言われて、嬉しくなったんだ。それで気にしなくなっちゃった。それより、もっと頑張ろうって思えたから。
でも目の前のこの子たちは違うみたい。生徒会の方もこう言われては困ってしまう。どうしようか。楽しいから辞めますなんて言いたくないし。
それにしても口々に言ってくる。火がついちゃったみたい。これで気が済むならいいのかな?
「レ~イ~ラ~?」
どうしようか考えてたら、呑気そうな声が響いた。レイラ? この人の名前? それに葉月の声だ、と思ってそっちを見たら、やっぱり葉月が現れた。どこにいたんだろう? あ、一花ちゃんと舞もいる。
「葉月? 一花ちゃんに舞まで一緒?」
「ごめんごめん、花音。遅くなっちゃって」
「舞がここで待ってろって言ったのに……どこいってたの? 何で葉月たちまで一緒に……」
「あ~花音? すまないとは思ってる。けどまあ許してやってくれ。舞も悪気はなくてだな」
「どういうこと、一花ちゃん?」
まあ、おおよそ予想はつくけど。きっと耐えきれなくて、舞が2人に相談しちゃったんだよね。
でもこの状況、どうするつもりなんだろう? 私は全然気にしてなかったんだけどなぁ。葉月の方を見たら、縦ロールの彼女の方に顔を向けていた。
あれ? よく見ると彼女、すごい青褪めている。他の子たちも葉月を見て怯んでたけど、彼女は異常に怯えているように見えた。阿比留先輩を思い出しちゃうな。先輩も勧誘の時に葉月を見て相当怯えていた。理由は後で聞いたけど、葉月にトラウマ持っちゃったんだよね。彼女も同じ?
「レイラ~?」
「…………お久しぶりですわね、葉月」
「そだね~。何年ぶりかな~? こうやってまともに話すのは~?」
「……さぁ、覚えていませんわ」
「そだね~。私も覚えてないや~」
「…………」
案の定、2人は知り合いみたい。意外と親しかったのかな? 名前で呼び合っている。葉月のこと名前で呼んでいる子、一花ちゃんと舞以外で初めて見た。皆、苗字で葉月のこと呼んでいたから。
でも、彼女はとても震えていた。自分の右手を左手で握って震えを押さえているように見える。葉月、この子に何したのかな?
そんな彼女を無視して、葉月は彼女たちに問いただしていた。やっぱり彼女たちが犯人だったみたい。あっさり認めたから。やっぱり葉月は知っていたんだね。ハア、舞、言わなくて良かったのに。
「何でそんなことしたのかな~?」
「何も間違っていませんわよ……そこの女がこの学園にいること自体おかしいのです」
「なんで~?」
「一般庶民が入るような学園ではありませんから」
そう言われてもなぁ。お金とか家柄とか言われてもどうしようもできない。生徒会だって東海林先輩たちからのスカウトを受けた形だし。
もしかして知らない内に彼女たちに何かやってたのかな? それだったら、嫌がらせを受けるのも納得するんだけどなぁ。
違う可能性を考えてたら、今度は一花ちゃんの溜め息が聞こえてきた。
「レイラ。お前まだそんなこと言っていたのか」
「……一花。あなたには言われたくありませんわね。いまだにこのば……葉月と一緒にいるあなたにはね」
一花ちゃんも親し気な様子。長い付き合いなのかな? いまだにって言ってるから、もしかして初等部から、とか?
ああ、でも今はそうじゃないね。彼女の矛先が2人に向かっている気がする。「あの」と声を掛けると、3人がこっちを見てきた。少し戸惑ってしまう。でも、彼女の目的は私だと思うし。
「よく分かりませんけど……私が何かしたのなら、謝ります。ただ、何が気に入らないんですか? 先ほど言ってたお金関係のことでしょうか?」
お金関係だったらどうしようもない。一般庶民というのも覆せないからどうしようかと思うんだけど、それ以外だったら打開策があるかも……と思ったんだけど、葉月と一花ちゃんが首を振った。えっと、それもあるけどとは言っているけど、どういう事だろう?
「気にするな花音。レイラはな、只々馬鹿みたいに理想が高すぎるだけなんだ。ありえない幻想に取りつかれてるだけで、まあ、根はいいやつなんだがな」
「そうだね~いっちゃん。悪い子じゃないんだよ」
「そうなんだ、葉月の言う通り悪いやつじゃないんだ。ただ……」
「「残念なだけなんだ(よ~)」」
ざ、残念? 理想が高い? 幻想? 様々なワードが出てきたけど、どうしてそんな2人はガッカリしているのかの方が気になってくる。「どんだけなの?」と舞も驚いているし。それは私もそう思ってしまう。残念なんだ?
あ、彼女が今度は顔を真っ赤にさせて……爆発してしまった。
「あなたたち!! 変わりませんわね! その人を馬鹿にするところ!!」
「え~? 変わらないのはレイラだよね~? まだそんな選民思想みたいなこと言っててさ~」
「あたしもびっくりだぞ。あれから何年経ってると思ってるんだ? 現実見ろ。お前将来この学園継ぐんだろ? そんな考えじゃすぐ潰れるぞ? 今は少子化時代だぞ」
え、学園を継ぐ!?
「うるさいですわね!? いいじゃありませんの?! 理想を追いかけて何がいけませんのよ!? この学園にはふさわしい人物が入るべきなんです! 家柄、財力、権力! その全部を持っているものこそ、この学園に在籍する価値があるんですのよ! そういう生徒を立派に育て上げ、社会に送り出す! それでこそ星ノ天学園なんです!」
「学園に夢を持ちすぎだよね~」
確かに……理想が高い。
「そもそもお前、学園長からそういう考え持つなって子供の頃から言われてるだろうが。学園長の考えに反対してどうするんだよ」
「お父様は関係ありませんわ!」
「いや、関係あるからな。それこそ、この学園のトップだっていうのに」
お父さんが学園長なの!? 学園長の娘さん!?
「うるさいですわね、一花!! あなたは昔からそうですわよね!? 私が言う事にネチネチネチネチ小姑みたいに」
「誰が小姑だ!?」
色んな事実にポカンとしてしまった。それに一花ちゃんに小姑って言えるのすごいなぁと、違うところに感心してしまう。
彼女は立ち直ったかのようで、また勢いよく縦ロールの髪をブンって後ろにはら――いや、もう投げていた。考えを変えるつもりはないらしい。
だけど葉月も一花ちゃんもハアと溜め息をついている。葉月の溜め息、珍しい。
「でもさ~本当に無理だと思うよ~? だってレイラの追い出すって教科書に泥をつけるぐらいでしょ~?」
「何を言っていますの、葉月? じゃ……ジャージにもつけたんですのよ!?」
あ、今の発言で溜め息の理由がわかった気がする。
「いや、だからさ~……そんなので誰が学園辞めますっていうのさ~?」
「葉月は頭がおかしいから分からないんですのよ。庶民にはこれが一番効果がありますの! そうでしょう、桜沢花音!? あなた、嫌になったんじゃありませんの!?」
「へっ!?」と呆けた声を出してしまった。ジャージ汚されただけで? 効果……なかったかなぁ?
ものすごく自信たっぷりな顔されると、どうにも返事しにくい。戸惑ってたら、何故か肯定と受け取ったのか「ほら見なさい」と誇らしげに口角を上げていた。
「もうこれ以上あんなことされたくなければ、この学園を出ていくことね!」
あ、そのぉ……あの……言いにくい。ものすごく言いにくい。だけど、言ってあげた方がいい気もして。
「えっとー……ごめんなさい。洗えば済むので……辞めたいとかは思ってなくて……」
「……はえ?」
今度はあっちが予想外みたいに茫然としていた。効果あると思ってたんだ。あれで辞めたいって思うって本当に思ってたんだ。すっごく申し訳ない気持ちになる。
「そ、そんな……三日三晩考えたのに……」
そ、そんなに考えたんだ? どうしよう、居た堪れない。ちゃんともう少し傷つけば良かったかも。泥つけられてショック受けてれば良かったかも。
全く気にしてなくて、その、ごめんなさい……だから、その、ショック受けて膝つかないで?
お読み下さり、ありがとうございます。