53話 少しグレードアップ? —花音Side※
次話の葉月視点と重なりますが、先にこちらを掲載します。
「ハア……」
「どうしました、花音ちゃん? 溜め息なんて珍しいですね。悩み事でも?」
「へ? あ、い、いや。何でもないの」
ユカリちゃんが心配そうに聞いてきたけど、い、言えない。
葉月をベッドに連れ込みました、なんて言えない。
今朝、目が覚めたら葉月の綺麗な横顔が目に入って固まってしまった。手もしっかりと自分から握っていた。よくよく昨日の夜のこと思い出したら、自分で連れ込んでた。
いや、その……詩音と礼音と寝るようなものだろうと思って……それにあの人が葉月の婚約者じゃないと知って、安心してしまって……まあ、いいかと……眠気で思考が働いていなかったというか……。
……反省しています。
さすがにあんな近くであんな綺麗な顔見せられたら、いや、あのあどけない寝顔見せられたら、「何やっているんだろう、自分」という気持ちになっちゃって……。
それにあんな密着してたら、さすがに体が触れるわけで……詩音と礼音なら全然平気だったんだけど、さすがに友達とはいえ恥ずかしくなってしまって。
起こした葉月に謝ったら、慰めるように頭を撫でてくれたのが逆に申し訳なかった。
でも疲れはすっかりとれたみたい。いつもよりスッキリしているようだった。寝起きが良かったもの。いつもは一度じゃ起きないのに、今日は一回で起きてくれたし、目もパッチリだった。朝の支度もノロノロしてるのに、今日は何てことないように動いてたから、それは良かったかな。
「花音ちゃん……もしかして、そのお弁当、美味しくなかったでしょうか?」
「へっ!? いやいや、違うよ!? 美味しいよ! 卵焼きとか上手くなったよね!」
今朝のことを思い出してしまってたら、ユカリちゃんが何やら誤解してしまった。ご、ごめん。違う事考えてたの! このユカリちゃんが作ってくれたお弁当じゃないの!
今日はユカリちゃんと教室でお弁当を交換している。でも本当、ユカリちゃん上手くなったなぁ。上から目線で申し訳ないけど、最初はよく焦がしていたのに。今じゃハート形にしているし。味付けもちゃんと食べれる。というより普通に美味しい。
「ユカリちゃん、すごく上手くなったよね」
「花音ちゃんにそう言ってもらえるととても嬉しいですね。でも花音ちゃんにはまだまだです。この梅干し、どうやったんですか?」
「ああ、それは」
ハチミツ漬けの梅干し。詩音と礼音にも好評で、葉月も気に入ってた。ユカリちゃんの口にも合ったみたい、良かった。
2人で楽しくお昼時間を過ごして、次の授業で教室を離れた時だった。
「うっそ、何これ……」
戻ってきた教室で、私の机の上を見たナツキちゃんが顔を顰めている。それも仕方ないけど。だって机の上には私のノートが泥で汚れて置かれていたんだから。
「さすがにこれは酷いですね」
「あたしもそう思う! 何このちゃちい仕業は!」
ちゃちい……舞の言う事に確かにと納得してしまった。
まあ、気にしても仕方ないよ。それにほら、泥を拭けばまだ使えるし。
さっさと持ってきたハンカチでノートと机を拭いてしまったら、3人がムスッとした顔になっている。
「花音、さすがに犯人突き止めようよ!」
「そうですよ、舞ちゃんの言う通り、これは見過ごせないです」
「きっと同じ犯人に決まっているんだから!」
「大丈夫だよ、これぐらいだったら。拭けば済むことだしね。でも3人ともありがとう、心配してくれて」
ふふって笑って3人に返したら、すごく微妙な顔をされてしまった。本当、大丈夫だよ。だって前は探さなきゃいけなかったから、こうやって物があるのはありがたいなぁとさえ思っているし。
「とにかく、すぐ飽きるよ」と3人を宥めてみたけど、それでも納得しない様子だった。本当、いい子たちと友達になれたなぁ。そうやって怒ってくれるだけで嬉しいよ。
その後もノートや教科書、果てはジャージが汚れるというのが頻発して起こったけど、さほど気にならなかった。拭けばすぐ取れる汚れだし、ジャージだって体育が終わって、使わない時に汚される感じだから、帰ってすぐ洗えるし。
クラスの皆は違ったみたいで、何故か朝のHR後に先生がいなくなってから、犯人を見つけようと話し合いが始まって驚いた。慌てて止めたけど。いつの間にか皆にこんなに思ってもらえるようになったんだなぁと感動してしまった。最初に嫌味を言ってきた男子でさえ心配してくれてたんだもの。それは嬉しくもある。
けと当の本人である私が気にしていないからと伝えたら、皆が渋々納得してくれた。本当、すぐ飽きると思うよ。
「ねえ、一花たちに相談してみよ?」
「だめだよ、舞。余計な心配かけるだけなんだから。それに本当に平気だからね」
心配そうに見てくる舞の頭を、苦笑して撫でてあげる。舞って本当友達思いだよね。見た目は派手で普段は明るいけど、こういう時は凄く心配してくれる。レクリエーションの時に一番責任感じてくれてたのも舞だし。実は優しい子なんだよね。そんな舞と友達になれて良かったと思うよ。
□ □ □ □
嫌がらせが続いて数日。けど、特に気にしていないで日常を過ごしていたら、ある日、葉月が夜にじーっと見てきた。
「……あの……葉月?」
「ん~?」
「その……そんな見られてると、さすがに恥ずかしいんだけどな?」
近すぎる。なんで真横に顔があるんだろう。さすがに勉強に集中出来ないんだけどなぁ。じっと見られると、恥ずかしいんだけども。
「気にしないで、花音」
「いや……気になるよ、さすがに。顔近すぎるもの」
気になるよ。それは気になるよ。息かかってるからね。でも一向にどく気配がないなぁ。
「葉月? 聞いてる?」
「聞いてない」
「もう……いいから、もう少し離れようね?」
「はーい」
子供みたいな返事をする葉月に苦笑して、おでこに手を置いて強制的に離れてもらった。本当、こんな綺麗な顔が近くにあると集中できない。何でいきなりジッと見てきたんだろう。
とりあえず離れたから、また勉強に戻ったら葉月がまた口を開いた。
「花音、これどうしたの?」
「ん? 何?」
「ここ。汚れてる」
「ああ、ちょっと教室移動の時に落としちゃっただけ。拭いたんだけど、取れなくて」
そこは汚れが染みこんじゃったみたいで取れなかった。まあ、端だから問題ないし。でも葉月に余計な心配させたくないから、そこは誤魔化すけど。
「花音?」
「ん? 今度はなに?」
「何か困ってる?」
困ってる? 特に困ってないけどなぁ。
素直にそう言ったら何故か念押しで聞いてくる。どうしたんだろう? 思わずおかしくなって笑ってしまったけど、普段こういうの聞いてこないけどなぁ。
「どうしたの、葉月? 何かちょっとおかしいよ?」
「私はいつもおかしいよ?」
「そうじゃなくて、何か心配事?」
「花音が心配」
ストレートで言われて目を丸くしてしまった。本当、その優しさは嬉しくなる。気にしてくれてありがとう、と素直に思うから。
「ありがとう、葉月。でも私は大丈夫だよ。困ってることも本当にないから」
「ホント?」
「本当。この話はもうおしまいね。そうだ、お茶でも飲む? 東海林先輩から紅茶もらったんだけど」
「飲む」
「ふふ。はちみつ入れる? 2杯だよね」
「うん」
東海林先輩の紅茶美味しいんだよね。葉月の心遣いで嬉しくなって、気分よくキッチンに向かった。
葉月はよく自分のこと頭おかしいって言うけどね。
でもそんなことないよ。優しい人だよ、葉月は。
こうやってルームメイトを気にかけて、声を掛けてくれるんだから。
美味しそうにはちみつ入りの紅茶を飲む葉月を見て、少し心があったかくなった。
お読み下さり、ありがとうございます。