48話 身内
花音の怪我が治って数日。すっかりいつも通りの日常に戻りました。
そういえば、中間試験の結果も出たんだよね。いっちゃんと舞が上位で花音がトップだった。心底ホッとしてたよ。まあ、特待生の枠から外れるかもしれないからね。毎日あれだけ勉強してればトップを取るのも当然だよ、うん。私? 最下位ですけど、何か?
今日も今日とてのんびりお弁当を中庭で食べていた時、ふと思い出した。
あれ? そういえばレクリエーションのイベントどうなった?
「れえ、いっふぁん?」
「食べてから話せ」
「ねえ、いっちゃん。そういえばレクリエーションのイベントどうなった?」
「ああ、それか」
いっちゃんがジュースを飲んでふうと息を吐く。
「ホントはキャンプファイヤーの時にあったはずなんだがなぁ……」
「ふ~ん。まあ、花音があんなことになったもんね~」
「そうなんだよ……あんなことはなかったんだがなぁ……」
ガッカリそうないっちゃん。そうだよね、いっちゃんはその乙女ゲームを生で見たいんだもんね。
「まぁ、嘆いていても仕方ない。ここは『サクヒカ』の世界ではあるけど、現実でもある。こういうことも起こるだろ」
「あれ? 結構あっさりしてるね」
「仕方ないだろ。そもそもあたしや舞、お前がいる時点で何もかもゲーム通りになるとは思っていないさ」
「そういうもん?」
「そういうもんだ。まぁ、次のイベントを楽しみにしておく」
肩を竦めるいっちゃんが何か寂しそう。まあまあ、いっちゃん、そんな落ち込まないでよ!
「いっちゃん、元気出して! 今日は花音がエビフライ作ってくれるんだって!」
「そうだったな」
今日は花音の生徒会がお休みで、帰りは一緒に皆で晩御飯の材料を買いに行くことになっているのだ。いっちゃんと舞も招くことになっている。楽しみだな~。
□ □ □ □
放課後になってエントランスホールで花音と舞と合流した私といっちゃん。夕飯にエビ以外もほしいよね~。
「エビフライか~。あたしも久々かも~。食堂でも食べてなかったや」
「ねえ、花音? エビだけ? 他にはないの~?」
「んー、そうだなぁ。カキとか? でもなぁ……一花ちゃんは他に食べたいのある?」
「あたしはエビだけでも十分だと思うが」
「いっちゃん、エビ好きだもんね~」
「そうだな、あれは旨い」
「あっはっは、一花は食堂でいつもエビ入ってるの食べてるもんね~」
「ふふ。じゃあ、フライの方じゃなくてソースの方、色々考えてみようかな」
お~。ソースの種類? 何それ~。色々な味楽しめるってこと? 花音は天才か?
ってあれ? ん? あそこに見えるのって……?
反射的に足を止めてしまった。
皆が止まった私を見て、不思議そうな顔で見てくる。
「葉月っち、どしたの?」
「葉月?」
校門を出た辺りで、道路に停めてあった車から人が出てきた。いっちゃんがその人を見て溜め息をついている。ちゃっかり、私の腕を拘束しながら。
げえっ……何でいるの~? 何で来たの~? っていうかいっちゃん、放してくれない? 今すぐ逃げなきゃいけないからさ~。あ、そうだ。知らないふりしよう。そうしよう。
「葉月」
近づいてきた男が私の名前を呼んで、花音と舞がきょとんとした顔をしていた。
え~知らない。私、こんな人知らないよ~?
「お兄さん、だ~れ?」
はあ、とその男はかけていたサングラスをとって胸ポケットにかけてから、私を見て、いっちゃんに話しかけてきた。舞がちょっと顔赤らめてるけど。まあ、顔はいいからね。それよりちょっと~いっちゃん早く腕放して~?
「……久しぶりだね、一花ちゃん」
「そうだな。もう少し早く来るかと思っていたけどな」
「すまない……僕もホントはもう少し早く帰ってきたかったんだが、仕事が長引いてしまってね」
「海外だもんな。それも仕方ないと思うぞ」
「君のその話し方は相変わらずだね。でも理解が早くて助かるよ」
「ねえ、いっちゃん。この人だ~れ? というより放して~?」
「葉月、白々しすぎる。それぐらいにしておけ」
知らない人だよ~。何言ってるの~? というか関係ない人だよ~?
いっちゃんが腕をしっかり固定しながら、その人と一緒に深い溜め息をついていた。
「一花ちゃん、すまないな、葉月が……」
「気にするな。いつものことだ」
「ね……ねえ、一花? このイケメ――じゃなくて、この男の人は?」
「舞~? 知らない人だよ~」
「葉月の言う事は無視しろ、舞。大丈夫だ。この人はこのバカの身内みたいなものだ」
「葉月の身内?」
違うよ~花音~。関係ない人だよ~。
「ああ、いつも葉月がお世話になっている。僕は如月魁人。この子の兄みたいなものだ」
「如月? あれ……どっかで聞いたことがあるような……」
あ~舞は聞いたことはあるかもね。でも私には関係ないからな~。
「ところで……桜沢花音さんというのはどっちかな?」
「え? あ、はい。私ですけど……」
「そうか……君が……」
ちょっと~、花音を見ないで~。関係ないでしょ~。
「君には特にお世話になっていると聞いているんだ。いつも葉月が迷惑かけてしまって、本当に済まない」
「え!? い、いえ! 迷惑なんて掛けられてませんから……! あの、頭を上げてくださいっ!」
「もっと下げれば~?」
私の一言で一瞬にして場が凍った。いっちゃんがさすがに厳しい顔をしてるけど、気にしない。早く帰ってほしいもん。
「葉月……いい加減にしろよ……」
「え~知らな~い。いっちゃん、早く放して~? 私行くとこ出来たから~」
「葉月っ!」
「はあ……いいんだ、一花ちゃん」
頭を上げた自称身内のお兄さんが私を見てくる。ねえ……早く帰って?
「葉月、何で一回も連絡してこない?」
「知らな~い」
「心配してたんだぞ……?」
「知らな~い」
「先生のところにも行ってないと聞いている」
「何のこと~?」
「連絡はしてある。今日一緒に行くからな」
「え~やだ~」
「葉月」
お兄さんが目を細くして睨んできた。何かな~? 何か文句でも――
「お前が寮に入る条件だったはずだ」
その一言で私は黙った。
まあね~……確かにそうだね~……そういう条件だったね~……。
「自分で言ったことを忘れたのか?」
「……」
「先生のところには必ず顔を出す」
「…………」
「ちゃんと連絡をいれる」
「………………」
「家に連れ戻してもいいんだぞ、葉月」
……連れ戻して困るのは、あなたたちだと思うんだけど?
でも仕方ないか。花音と舞も困ってるしね、この状況に。面倒だけど。ホント面倒だけど~……仕方ないな……。
ニコっと笑って、花音たちに顔を向けた。
「花音~」
「え……な、何、葉月?」
「ごめんね~……今日は遅くなる。また違う日にエビフライ作って?」
「そ、そっか。わかった……」
「今日の私の分のご飯は大丈夫だからね~。ねえ、カイお兄ちゃん?」
「……ああ。お前の好きなもの食べればいい」
「ということだから~。じゃあ、いっちゃん。2人のことはお願いね?」
「……ああ」
さっさと行ってさっさと帰ってこよ~。どうせ同じことしか言わないし。でも花音のエビフライ食べたかったな~。
勝手に車のドアを開けて、助手席に座る。サイドミラーに花音たちの姿が映っている。あ~あ……花音と舞がすごく戸惑っているよ。
カイお兄ちゃんも運転席に座って車を発進した。花音が心配そうな顔で見えなくなるまで見てたよ。あんな顔させるつもりなかったんだけどな……。
「…………もう二度とあそこで待たないで?」
「だったらちゃんと連絡いれろ。翼にも頼んだのに」
「やっぱり会長に連絡入れたのはお兄ちゃんかぁ……」
「……葉月。あまり勝手がすぎると本当に連れ戻すからな」
「困るのはそっちだと思うけどねぇ、カイお兄ちゃん?」
「前にも言ったが、僕たちは困らない。お前の勝手な思い込みだ」
「…………どうだかね」
「葉月……皆、僕も含めてお前が大事なんだよ……」
知ってるよ……。
ちゃんと知ってる……。
それっきり口を閉ざす。
お兄ちゃんも何も言わなくなった。
これから先生に会わなきゃいけないのか~。
ああ……めんどい……。
先生の家に着くまで目を閉じた。
お読み下さり、ありがとうございます。