40話 落ちてしまった —花音Side
今日はレクリエーション当日。
バスに乗って予定されているキャンプ場に向かう。
「ちょっと地面ぬかるんでるね」
「昨日まで雨だったそうですから、仕方ありません。けれども晴れて良かったです」
キャンプ場に着いたユカリちゃんが、嬉しそうに快晴の空を見上げながら、ナツキちゃんにそう返していた。
私もそう思う。本当、晴れてよかった。
空を見て、今朝の葉月の笑顔を思い出す。
嬉しそうだったなぁ。目をキラキラ輝かせてた。ただ、昨日の夜にリュックをゴソゴソとやっていたのは気になるけど。
今からはテント設営。グループに分かれて、自分達のテントを立てていく。同じテントに寝るのは舞とユカリちゃんとナツキちゃん。4人で楽しく会話をしながら、不慣れなテントを立てていく。
「花音ちゃん、手際がいいんですね」
「家族でたまにキャンプとか行ってたから」
お父さんが意外とアウトドア好きで、大きな休みの日とか家族で行っていたからね。キャンプ用のご飯とかも美味しいんだよね。
他の班は四苦八苦しながらテントを立てている。こういうのやる経験とかなさそうだもんね。私たちの班は意外とスムーズにいけたかな。
ふうと息をついて、辺りを見渡してみる。あ、葉月と一花ちゃん。2人だけであっという間に立てていた。確かに葉月なら出来そう、色んなもの作っているし。
2人は2人だけの班らしい。一花ちゃんがそう言っていた。葉月の見張りで精一杯だからって。
この後、ハイキングで他のクラスの班の子と一緒に登ることになっている。本当は葉月と一花ちゃんに声を掛けたんだけど断られてしまった。折角だから他のクラスの子と交流を深めればいいと言っていたけど、きっと一花ちゃんはナツキちゃんとユカリちゃんに気を遣ってくれたんだと思う。2人を見て微妙な顔をしていたから。2人は葉月と一緒でもいいって言ってくれたんだけどな。……関わりたくはない感じだけど。
私たちは順番的には最後の方。配られたお弁当(高級そうで全然味がわからなかった)を食べ終わってから、他のクラスの子と皆で雑談している時に、遠くで誰かの悲鳴が聞こえた気がしたよ。……気のせい、かな?
「えっと、これにスタンプを押していけばいいんだよね?」
「うん、そうだよ。全部でチェックポイントは5か所あるからね」
他のクラスの子が不安そうに聞いてくる。ハイキングコースは決まっている。
山の中腹までにスタンプを押すチェックポイントが3か所。登った道とは違う道を降りてくる途中に2か所。迷わないはず。
さっき会長と月見里先輩が一度チェックしに行っていたし、他の3人の生徒会メンバーは、ちゃんとテントを建てられたかの確認をしたはずだ。
今回レクリエーションに参加する側だから、先輩たちが気を遣ってくれて、私はそれらには参加していない。私も楽しむようにって東海林先輩が言ってくれた。本当に優しい。
私たちの番になって、皆で登り始めた。地図を見ながら道を確認。とはいってもほとんど一本道。少し外れると獣道だけど。
「ナツキちゃん、さすがだね」
「ええ、ナツキは運動部ですからね。体力はありますよ」
もうすぐ第3チェックポイント。ナツキちゃんは先頭をどんどん進んでいた。私たちは8人で行動していて、全体の中間辺りを今歩いている。
「ちょっとハイペース過ぎるから、あたし、ナツキに言ってくるよ」
確かに舞の言う通りかも。ナツキちゃんと他のクラスの1人がどんどん離れていっている。あの子も運動部で、さっき仲良く話していたものね。後ろを見ると、他の2人の子がちょっと遅れ気味だった。
「少し後ろ見てくるね」
「待ちましょうか?」
「ううん、ナツキちゃんたちとこれ以上離れるわけにはいかないよ。バラバラになったら、このレクリエーションの意味がないから」
このレクリエーションは他のクラスの子たちとの交流が目的。ユカリちゃんは分かってくれたみたいで、もう1人の一緒に歩いていた外部生の子と話しながら進んでいった。私はというと、後ろの2人の方のところに戻ってみる。
「大丈夫?」
「ハア……ハア……だい……じょうぶ……」
2人の内、1人の子が辛そうだった。文化部に入っている子で体力には自信がないと、出発する前に言っていたから仕方ない。結構登ってきたしなぁ、高さが十分ある。
もう1人の子にも視線を向けると、その子の方は息切れとかしていなくて大丈夫そうだった。
「ゆっくり行こう。大丈夫だから」
「ご、ごめ……ハア、ハア」
辛そうな子の背中を支えながら、ゆっくり進んでいく。ああ、ユカリちゃんたちの背中も遠くなったなぁ。でもこっちを気にしてくれてる。大丈夫だよ。軽く手を振ると、気づいてくれて振り返してくれた。
「あの、桜沢さん。あれ、看板だよね?」
「え?」
もう1人の平気そうな子が指を差している。
あれ? あの看板のマーク、地図に出てきたような。でもナツキちゃんたちは向こうに登っていっている。その子が地図を見ていた。
「もしかしてこっちの道だったんじゃない?」
「おかしいな。ほとんど一本道だって言われてたんだけど」
東海林先輩たちからは、そう聞いていた。なのに、何であそこに? でもナツキちゃんたちはもう先に行ってしまっている。舞が追い付いてペース抑えてくれるはずだけど。
……一応、確認しておこうか。
「ちょっと確認してくる。2人は先に行ってて? 多分皆が行った道で合っているとは思うから」
「そう、わかった」
その子に辛そうな子を任せて、先に進んでもらう。それを見送ってから看板の方に目を向けた。
おかしいな。もしこっちが道だとして、どうしてこの道より外れた所に? 看板の周りは木々で生い茂っている。皆が進んだ方は道が整っているのに。
でも気を付けないと。結構登ってきたから高さはある。崖になっているとは聞いてないけど、注意はしておかないと。
その看板のところに進んでいく。道から外れると、昨日の雨の影響で地面は少し滑りやすくなっていた。
看板の近くに行くとズルっと足が滑った。なんとか踏み止まる。あ、危なかった……ここ、気付かなかったけど崖になっていたんだ。ん、違う。少し身を乗り出すとハッキリ分かる。崖……ではないけど、急斜面みたい。
看板は何かの手違い……だね。戻ろう。
戻ろうとして振り向こうとした瞬間、
トっと背中に軽い力が加わった気がした。
え……?
疑問に思うより先に、さっきみたいにズルっと足が滑り、一気に体が傾いてしまう。
しまっ……!?
頭が理解するより先に、体がその急斜面をすごい勢いで転がっていく方が早かった。衝撃が体を包み込む。何も考えられなかった。
□ □ □
「……う……ん?」
あ、れ……? どう……したん……だっけ?
ゆっくり眼を開ける。視界には土が映った。
わた……し……そう、そうだ。あそこから、落ち……!?
意識が途切れる前のことを思い出して、バッと身を起こした。
「いっつっ……!!!」
あまりの痛さに眉を顰めて固まってしまう。
足、痛い……! 足だけじゃなく、体中のあちこちが痛い。一気に息が荒くなる。
お、落ち着かなきゃ……落ち着いて冷静に……。
冷静になろうと必死に頭を巡らせる。
そう、そうだ。私、あそこから落ちて……。
上を見上げた。もう辺りは薄暗い。
どれぐらい、落ちたんだろう……? どれぐらい気を失っていた? それに……リュック、ない。何も手元にない。全部リュックに入れていた。
不安が胸をざわつかせる。
どうしよう。
どうしよう、どうしよう。
ドッドッっと心臓の鼓動も早くなっていく。
もど……戻らなきゃ……何としても……どうにか……。
でも地図はない。周りは木々が生い茂っている。それにもう薄暗い。夜が来る。
少し足を動かした。
激痛が体を駆け巡る。
で……で、でも……何とか……戻らないと。
痛む足と体を無理やり動かした。一歩歩くのも痛すぎる。
額から汗も出てくる。でも、気になどしていられなかった。
冷静じゃなくなっているのに、どこにいるのかも分からないまま、片足を引き摺って進んでいった。
お読み下さり、ありがとうございました。