36話 会長の意外な一面 —花音Side※
「じゃあチェックしたら戻ってくるから、それまでよろしくね」
そう言って東海林先輩は会長以外の月見里先輩、九十九先輩、阿比留先輩を連れて生徒会室から出ていく。4人はGWの休み後にある1年生の行事、レクリエーションで使うキャンプの備品のチェックに行ったからだ。
レクリエーションは近くのキャンプ場で1泊する行事。1年生同士の親睦会の意味合いが強い。普段交流が少ない違うクラスの子たちと、あと外部組と内部組の交流が目的。テントを一緒に張ったり、スタンプラリーを兼ねた近くの山のハイキングをする予定。
てっきり中学や小学校のときにやった林間学校みたいに、皆でカレーとか作ったりするのかなと思ってたけど、それはやらないらしい。この学園の人たちはお料理を基本したことないから、悲惨な事になるんだとか。過去にやった時の教訓と聞いて、少し納得してしまった。
当日はお弁当が用意されることになっている。
今はその各関係者への書類をまとめたり、確認したり……を会長と2人でやっている。ソファの向かい側で書類を読んでいる会長。
実はあれからこの人とはあまり話していない。だから少し気まずい。話題とかも無いし、ただ2人で黙々と書類を次から次へとまとめていった。
……でも意外。こういうこともちゃんとやるんだ。結構面倒くさい仕事なのに。チラッと見ると、ちゃんと全部に目を通しているようだった。
「……何か意外ですね」
ついポロっと口に出してしまったら、会長が鬱陶しそうな目で見てくる。
「こういう書類整理なんてやらないと思っていました」
「……はぁ。お前、俺をなんだと思ってやがる」
こういうのは全部丸投げしてくると思っていました、なんて言えないけど。呆れたように溜め息つかないでほしい。最初の出会いが最悪だったから仕方ないと思うんですが? 思い出したら少しイラっとしてしまった。
「いつも偉そうにしてるだけの人かと」
「……俺をそういう風に言うやつは小鳥遊ぐらいだと思ってたがな」
「葉月じゃなくても思うと思いますよ」
葉月は言ってくれるだけ優しいと思うけどな。だって、人の言う事無視して、自分の思い通りに全部して、それで常にそれが正しい事だと信じていて……そして周りはそれを咎めないんだから。それが原因でこんなに偉そうな振る舞いになったんじゃないかな、と勝手に推測している。東海林先輩は言ってるみたいだけど、月見里先輩たちが甘やかしすぎだと思うから。
いやだって、月見里先輩たち、基本この人の言う事にイエスしか言わないんだもん。そんな様子を見ていたら、さすがの私も唸ってしまう。私も礼音と詩音を甘やかしすぎて、蛍や茜から呆れられてたけど、月見里先輩たちの会長に対する態度は私以上だもの。怒るのはいつも東海林先輩。さすがに同情してしまう。
会長への感想をただ素直に言ったら、少し目を逸らしていた。
「……小鳥遊との生活はどうだ?」
思わず返す言葉が見つからなかった。会長がそんなこと聞いてくるなんて思わなかったから。どうしてそんなこと聞いてきたんだろう?
「え? 楽しいですよ」
うん、楽しい。葉月との生活は楽しい。表情がクルクル変わるし、何をするか分からないから、それも楽しく思っている。……いつも東雲さんに怒られて終わるけど。
思っていることを伝えたら、会長がどうでもよさそうに肩を竦めてた。
「……“楽しい”ね。あんな頭おかしいやつと暮らしてよく楽しめるもんだ」
……頭おかしいって。私からしてみれば、あなたの命令口調とか、その態度とか、偉そうなところの方が余程考えてほしいところなんだけど。葉月の方が断然可愛い。
「……あなたがただ葉月の良い所を見ていないだけだと思いますけど?」
「あ? 良い所?」
「少し不思議なところもありますけど、彼女は根本的に優しいですよ。私より長い付き合いあるのに全然見えてないんですね」
にっこりと反論したら、何故か目を丸くしている。どこに驚く要素が? それに私より全然付き合い長そうなのに、葉月のこと見えてないのかな?
優しいよ、葉月。部屋の掃除もちゃんとやってくれるし、最近はお風呂掃除もしてくれる。いつも私を気遣って、「大丈夫~?」「大変~?」と声を掛けてくれる。
「随分信頼してるんだな、あいつのことを。あいつの噂も聞いているんだろ?」
噂って……確かに少し変わっているけど、まあ、中等部の時に会長たちのことを3階からプールに落としたことは危ないと思うけど、他にも色々とやっているみたいだし。私自身もこの1カ月見てきたけど、でも優しいところも見ているから。
「噂よりも自分の目で見たことを信じるタイプですから」
「……そうか」
……あれ? 反論してくると思ったんだけどな。
書類に戻していた視線を会長に戻すと、彼は何故か考え込んでいる様子だった。
「だったら、これからもあいつを頼む」
何を言ってくるのかと身構えてたら、思わぬことをまた言われた。
……え、え? 会長、あんなに葉月のことを毛嫌いしてたのに?
きょとんとしていると、ふんっと鼻を鳴らして、会長は自分の書類に目を通し始めている。
「一応、あいつもウチの生徒だからな。これ以上馬鹿やらないように面倒見ろ。さすがにあいつだけは予想できない」
またまた予想外のことを言ってきた。それって、会長は葉月を心配してるってこと? 生徒の1人として? 休み前に結局トカゲを家に送られて、すっごく不機嫌そうにしていたのに?
でも今の言葉はそうとしか考えられなくて。
「……何か……本当に意外ですね……」
「はぁ……だからお前は俺を何だと思ってるんだ」
ポツンと呟くように言ってしまったら、会長はつまらなそうに次の書類に手を付けながら言ってくる。
「俺が生徒会長だってことを忘れるな。ただ目立ちたいだけで会長なんて面倒臭いことやれるか」
それは確かに。結局私たちが目を通した書類も、会長に最終判断任せなきゃならないし。だけど、てっきり今までは東海林先輩の判断に任せていたんだろうと思っていて……まさか責任持ってやっているなんて思ってなかった。思わず途切れ途切れに肯定してしまう。
「選ばれた責任っていうものがあるんだよ。お前には分からないかもしれないがな。選んでくれた奴らがいるんだ。それに応えないでどうするっていう話だ」
言葉が何も出てこなかった。ちゃ、ちゃんと分かってたんだ。責任ある立場だって。意外過ぎる。
「お前が俺をどう思っていようが、ここの今のトップは俺だ。トップの俺が迷ったらどうしようもないだろうが」
すごく正論だと思う。……だけど。
「……だからって横暴なのはどうかと思いますけど」
「それで今まで上手くいってたんだ。お前と小鳥遊が特殊なだけだ」
特殊って。それとこれとは話が違うと思うんだけどな。
「……どこからそんな自信が出てくるのか分かりません」
「お前は自信ないやつがトップにいて嬉しいか?」
「それは……」
また正論を言われて言葉が詰まってしまう。確かに、そんなトップは嫌かもしれない。やっぱり自信があって、引っ張っていってくれる人の方が頼りがいがある。
……だから、なのかな。葉月のことをよく見えていないって思ってたけど、実は私の方がこの人を知らないだけだった? 月見里先輩たちは甘やかしているんじゃなくて、この人を信じているからあまり反論しないっていうこと?
だとしたら……今までの私のこの人に対する態度は間違っている。
「……すいません。偏見でした」
間違っていると思って謝罪したら、会長は読んでいた書類からこっちに顔を上げて、何故か視線を逸らした。
生徒会に入ってから、ずっとこの人の言う事は聞くもんかって思いながらやってて、素っ気ない態度取ってたんだけど、それは悪いなと思ったから謝ったのに……今更遅いかな。
「……別にいい。それに勧誘の時は……その、俺も悪いところはあった」
……ど、どうしたんだろう? 本当予想外のことばかり。まさか、あの時のこと本当に反省していたなんて……そして改めて謝罪してくれるなんて。前に月見里先輩たちと一緒に謝ってくれたときより、今の方が反省しているのが伝わってくる。
驚いて会長を見ていると、一気に不機嫌そうな表情になった。
「……そんな驚くことか」
「え? あ、いえ……その、すいません」
「……まぁいい。さっさと終わらせるぞ。東海林に何言われるか分からないからな」
「あ、はい」
「……それと小鳥遊に伝えておけ」
戸惑ってたら、葉月の名前が出てきた。伝える? 何を?
「葉月にですか? 何を?」
「家に連絡しろと」
……家に連絡。え、何で会長がそんなことを? 会長は葉月の家のことを知っている?
それより、その、家に連絡ってどういうこと?
混乱していると、後ろの方でカタっと音が鳴って、思わずビクッと体を震わせた。会長も音に気づいたみたい。ドアの方からしたから、ソファから立ち上がって様子を見に行っている。
「お前ら、何やってるんだ?」
ドアを開けて現れたのは、何故か葉月と東雲さん。呆れたような声を会長が出していた。あ、迎えに来てくれたんだ。あれ? でもまだ早いような。
自分の腕時計を見る。今日は舞が実家から帰ってくる日。皆で一緒に晩御飯食べようという話になっている。その食材を買いに行く予定なんだけど、2人に聞いたら早く着きすぎたらしい。
あ、さっきの伝言どうしよう……と思って会長に聞いたら、自分で葉月に伝えていた。案の定「え? やだ~」と一気に機嫌が悪くなる。
本当に嫌そう。えっと……どうすればいいのかな。これは会長と一緒に言うべき? でも葉月の家の事は知らないし、私から言うのも変だし。
会長と東雲さんと葉月を交互に見てしまったら葉月が仕方なさそうに「……わかったよ~……気が向いたらね~」と言ってくれた。その返事を聞いて、会長と東雲さんが何処か安心したように息を吐いている。
葉月が少しむーって膨れながら私の方に振り向いた。
「花音~まだまだかかるの~?」
「え……あーうん。まだちょっとかかるかな」
「桜沢さん、会長。あたし達でやれることがあるなら手伝うが?」
それは助かる。東雲さんが言ってくれたから、レクリエーションで使うしおりをまとめてもらった。葉月は東雲さんに止められて、私が持ってきたお菓子を口に入れてモグモグしている。
書類に目を通しながら、チラッと横目で美味しそうに口をモグモグさせている葉月を見た。
会長も葉月の家のこと知っているんだ。
東雲さんも会長もすごく安心してた。
家に連絡を入れるって言っただけで。
……どうして?
ついこの間、茜と蛍の前で言ってくれるまで待つって言ったのに、またその心が揺らいでいた。
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