いつか一緒に見に行こう ─葉月Side
ラストです。
「ゴロンタ、ゴロンだよ!」
「みゃー?」
むー、ゴロンタが一向に合図してもゴロンしてくれない!
最近の夕飯後の習慣、ゴロンタへの芸の仕込みをやっていて、今日もゴロンタは訳が分からなそうにお座りしながら首を傾げ、尻尾をフリフリさせて見上げてくる。
「こうだよ! こうゴロンするんだよ!」
代わりに自分でゴロンと寝ころんだら、「みゃ」と鳴きながらお腹によじ登ってきた。違うのに!!
そんな私とゴロンタを、花音がニコニコと眺めている。
「ゴロちゃんは本当に葉月が好きだなぁ」
「むー。でもゴロン全然してくれない」
「いつか覚えてくれるよ、きっと」
ふふって笑ってから、花音はさっき自分で淹れたハーブティーを飲んでいた。私も飲もー。
身体を起こして膝の上にゴロンタを乗せながら、自分のハーブティーを口に運ぶ。むむ。甘さが欲しい。と思って、ハチミツをスプーンで一杯グルグルとかき混ぜた。ゴロンタがテーブルに身を乗り出すのを手で止めながらだから難しい。
「それにしても先輩、前より絵が上手くなったなぁ」
ゴロンタと攻防していたら、花音が壁に掛けた絵を見ながらそう呟いた。この前、何故かいきなり送られてきたんだよ。
ちょっと嬉しそう。
むー。それは少しモヤモヤする。
どうせ私はこんな絵を描けないもん
ぷくっと少し頬を膨らませたら、花音がそれに気づいたのか困ったように笑っていた。
「ごめんごめん。そんな膨れないで?」
「じゃあギューして?」
「ふふ、いいよ。おいで?」
わーい! ギューしてくれるって!
えへへ~と気分を良くして、かき混ぜる手を止めてから、トテトテとテーブルを回り込んで近づいた。「みゃ、みゃ」とゴロンタも後ろからついてくる。ゴロンタは後だよ~。
花音の腕に包まれて、ポカポカ~と胸があったかくなる。ギューッて花音の背中に自分も手を回して、肩口に顔を埋めた。この香りも好き~。花音もギューッてしてから耳元でクスクス笑っていた。
「葉月の嫉妬もクセになりそうだなぁ」
「うん?」
「こうやって素直に甘えてくれるしね」
ふふって笑いながら、体を少しだけ離して私の顔を覗き込んでくる。はて? いっつも甘えてると思うけどな? そういえば前にもそんなこと言ってたような気もするし。
目をパチパチさせて花音を見ると、おかしそうにまた笑っていた。
「でも葉月に嫌な思いをしてほしくないし……先輩には悪いけど、やっぱりあの絵、飾るの止めようか?」
え? 飾るのやめる?
うーんと顔だけ振り向いて、会長(元)の絵をまた見てみる。
……でも、あの空の色……好きだから。
「あのままでいい。平気」
「そう?」
「うん」
自分では描けないけど……でも花音もあの絵を気に入ってるの知ってるもん。あの絵が贈られてきたとき、花音嬉しそうだった。そっちの方が嬉しいです。
絵からまた花音に視線を戻すと、花音が目元を緩ませて嬉しそうに頬を手で撫でてくる。その手がやっぱりあったかいから、いい。会長が描いたっていうのは悔しいけど、目の前に花音いるからいいもん。
その手にスリスリと擦り寄ってると、目の前の花音が何かを思いついたように口を開いた。
「ねえ、葉月?」
「ん?」
「今思ったけど、葉月はどんな空が一番好きなの?」
どんな空ですと?
「空?」
「うん。雨の日も晴れの日も、それに夜空もあるけど、葉月が一番好きなのはどれかなって思って」
うんん? 確かに一杯空はあるね。
うーんと抱きしめる手を緩めて考えてみる。
雨の日の雲っている空は空で好き。雨の雫を落としてくれる。
晴れ渡った空も好き。綺麗な青で澄み渡るような気がしてくる。
ああ、でも……
「星空……」
「星?」
花音が聞き返してくるけど、やっぱり思い出すのはあの星空かもしれない。
パパとママと別荘で見た、あの星空。
パアアアって星の絨毯が真っ暗な空にひしめいていた。
キラキラと輝いて、
月がまたその星たちを見守っている気がして、
「綺麗だった……」
綺麗だった。
忘れられない光景だった。
『ほら葉月、見てごらん』
『綺麗でしょ? 葉月にもこれを見せたいって思ったのよ』
『美鈴さんがね、僕を驚かせるために最初に連れてきたのもここだったんだよ』
『何よ、浩司さんだって綺麗だって感動してたでしょ?』
私を抱っこしながらむーって頬を少し膨らませたママに、パパは苦笑していた。
『ここはね、葉月。余計な光も何もないんだ。ただ海があるだけ。だからこんなに綺麗に見えるんだよ。美鈴さんのとっておきの場所なんだ』
『とっておき~?』
『そうよ、葉月。ここは私のとっておきの場所。あのクソ親父に腹が立った時は、よくここに逃げ隠れたわね。この綺麗な光景を見ると、やさぐれた心が癒されたのよ』
ママのとっておきって聞いて、それで嬉しくなったんだ。
キラキラした星が、「ようこそ」って言っているようにも見えた。
その時のことを思いだして、ふふって笑いながら目の前の花音の額にスリスリと自分の額を擦り寄らせた。
「パアってね、綺麗だった」
「……そっか」
ママとパパのことを思い出したのが分かったのか、花音が私の目を見つめ返しながら、優しく頬を撫でてくる。
「葉月がそんなに感動する星空……私も見てみたかったな」
「見たい?」
「うん」
そっか。見たいのか。
そういえば、あの別荘今どうなってるんだろ? おじいちゃんも叔母さんたちも何も言ってない。メイド長あたりが定期的に掃除とかしてそう。いっちゃんにも聞いてみようか? 次行く時はいっちゃんも一緒にって思ってたから。
花音、そこに連れてったら喜ぶかな?
喜ぶといいな。
考えこんでいたら、花音がいきなりチュッて唇に触れてきて、それから間近でふわりと大好きな微笑みを浮かべていた。
「いつか連れてって? 葉月とご両親との思い出の場所」
……花音さんや。それは破壊力抜群のおねだりだよ!?
ドキドキとそんな可愛い花音を見ていたら、ふふって笑いながら今度は軽くほっぺにチュッてしてくる。
ポカポカして、じわっと胸があったかい。
花音にも見せたいって思うよ。
あの綺麗な星空を。
喜んでくれるなら、連れて行くよ。
ふふって自分も笑みが零れて、花音のほっぺに自分もチューをする。
くすぐったそうな花音の嬉しそうな声が聞こえて、それでまたポカポカしてくる。
ギューってまた花音を抱きしめると、花音も抱きしめ返してくれる。
耳元で花音に囁いた。
「連れてく」
「うん、楽しみにしてるね」
「うん」
いつか、
いつか一緒に、遠くない未来に見に行こう。
ママのとっておきの場所。
瞬く星の絨毯がね、広がってるんだよ。
花音もきっと気に入るよ。
絶対喜ぶよ。
「みゃみゃ」
花音の温もりに包まれて少し眠くなっていたら、私と花音の間に無理やりゴロンタが入ってきた。ありゃ? 寂しくなった?
そんなゴロンタを見て、花音が少し体を離して、そのまま膝の上に乗ってきたゴロンタの背中を撫でている。
「もちろん、その時はゴロちゃんも一緒に連れてってもらおうね」
「みゃ?」
尻尾をフリフリさせながら花音を見上げているゴロンタの顎を、自分でもワシャワシャと触った。気持ちよさそうに目を細めている。
ゴロンタは喜ぶのかな。どうなのかな。
花音はどんな嬉しい顔してくれるかな。
その未来を想像して、
その未来を期待して、
そんな未来を夢見ている自分に、少しだけ嬉しくなった。
最後までお読み下さり、本当にありがとうございます!
この話で、この「ルームメイトは乙女ゲームのヒロインらしいよ?」に関しては、書ききったかなと思っております。最後のSSは本当に後日談って感じの葉月たちの日常ですね!
本編からだと約二年。番外編でつまずき、上手く言葉が出てこず、もがいてもがいて、でもここまでこれたのはやっぱり読んでくれた皆様のおかげです。感謝しかありません!
本編投稿時から追ってきてくれた方も、途中でこの作品を見つけてくれた方も、本当にありがとうございました! もうありがとうという言葉しか出てきません!
よろしければ、最後の最後に感想等いただけたら嬉しく思います!
あーそういえば、あの時読んだなぁ、と、葉月たちの物語をいつか思い出してくれれば、さらに嬉しいです!
この二年、本当に葉月たちを見守っていただき、心の底から感謝しています。
本当に本当にありがとうございました!!