独り占め? ―葉月Side
「というわけで、今回の文化祭のこのクラスでやることは、コスプレ喫茶に決まりました!」
と、夏休みが差し迫っている日に、これでもかと楽しそうに大きな声で宣言したのは、黒板の前に立っている舞。
ザワザワとクラス中の生徒が騒ぎ出す。「なんで俺らが?」と面倒くさそうな人もいれば、「私たちがやれるの?」と疑問に思っている人もいたり、「楽しそう!」と賛成する人も様々だ。
文化祭は関係ないやと思って、ゴロンタと遊べるおもちゃを机の上で作っていたら、隣の席のいっちゃんが何故かハリセンで叩いてきた。いっちゃん、なんで!? と思っていっちゃんの方を振り向くと、「ゴロンタが怪我するぞ」と言われて渋々机の中にしまった。確かにこの手裏剣っぽいものはやりすぎたかもしれない。
そんな生徒達の反応を見て、あと私のことは無視して、ニンマリと舞が笑った。うん、気持ち悪いよ、舞。
「みんな、よく聞いてほしい」
演説っぽい。
「確かにさ、あたしら、星ノ天学園の生徒だし、例年だと自分達でやらないで、外の業者に頼んで飲食とか劇とかを無難にやり遂げるのが普通だよね」
そうだねぇ。とはいっても私は去年入院してたから分からないけど。
バンっと教壇の上を舞が手で叩いた。
「でも! そんなのつまんないじゃん! あたしらの文化祭、そんなつまらない思い出でいいの!? 他の人にやってもらってさ! 自分達の力でやり遂げてこそ、思い出が輝くと思うんだよね、あたし!」
おお、なんか良い事言ってるっぽい。
「いや、楽しんでただろ? 神楽坂が去年、めっちゃはしゃいでた記憶あるんだけど」
「そこ! いらない記憶引っ張り出さなくていいから!」
あまり乗り気でない男子に指摘されても、めげない舞。
「とにかくさ! 今年はみんなでやろうよ! ちゃんと接客したり、コスプレしたりさ!」
ゴリ押しだ。ゴリ押しする気だ、舞。
その舞のゴリ押しにクラスの反応は微妙である。多分、自分達でやるというのが引っかかってるんだと思う。なんせ、この学園の生徒はほとんどがお金持ちの子息子女である。自分達でやるメリットを全く感じていないはずだ。
そんなみんなの反応に対して、舞がゴホンとわざとらしく咳払いした。今度は何を言う気なんだろ?
「あのさ、みんな……よく考えてみてよ」
目を閉じたかと思えば、ゆっくりと開けて教室中を見渡した。そしてぐっと自分の胸の前で握りこぶしを作っている。
「このコスプレ喫茶で、みんなの意中の人のあんな姿やこんな姿を見れるかもしれないチャンスなんだよ!?」
何故か、ピタッとクラスの空気が止まった気がした。なんで?
「もしくは、自分のかっこいい姿、可愛い姿を、先輩たちや他のクラスの気になる人に見てもらえるチャンス!」
舞の熱意が半端ない。声の張り方がいつもと違うんだけど。
「もしかしたら、これを機会に話せることもあるかもしれない! 接客だから! 一言二言でも話したいとは思わないの、皆は!?」
何故か熱気が教室中を包んでいる気がする。なんか暑くなってきた?
「……あたしは……あたしは見たい! 一花の猫耳メイド姿! チャイナ服! もう色んな衣装を一花に着せたい!」
「お前は何を言ってるんだ!?」
「一花、絶対そんなの着てくれないじゃん!! 皆は分かる!? このあたしの切実な願いを!!」
「くだらないことをそんな大きな声で喋るな、この馬鹿野郎が!?」
パアンと舞の額にハリセンが飛んだ。あの難しいハリセンを命中させるいっちゃんのエイム力よ。あ、でも恥ずかしがってる。顔真っ赤。周りの生徒たちがいっちゃんを生暖かい目で見てるし。皆知ってるもんね、いっちゃんと舞が付き合ってるの。私と花音のこともだけど。
教壇の裏に倒れ込んでいためげない舞が、フラフラと立ち上がって、涙目で教室中の生徒をまた見渡した。痛かったんだ、ハリセン。
「あたしの欲望はともかく、みんなと一緒にそんな思い出が欲しいんだよ、あたし!」
舞がびっくりするほど前向きである。でも欲望スケスケである。いっちゃんが気づいて「誰がするか、そんな恰好」と怒っているよ。舞、帰ったら説教コースだよ。
でもいっちゃんの怒りとは裏腹に、クラスの面々の雰囲気が変わった。さっき文句言ってた男子も「……まあ、今回だけなら」とか言ってるし、他にも「楽しそうだし、やってみよっかな」と言っている子も出てきた。元々やる気があった子はもうどんな衣装にするか話し合ってる。舞の熱意がみんなを動かしたよ! そのままコスプレ喫茶をする方向に流れてるよ!
「あれ? まだやってたの?」
「もう次の授業始まりますわよ?」
職員室に行ってた花音とレイラが戻ってきた。そんな二人に何故かVサインをしてウィンクしている舞。
花音が「え?」と目をパチパチさせてるのが可愛かった。
◇ ◇ ◇
「というわけで、葉月っち! メイクしよっか!」
「やだ」
夏休み突入前日、早めに色々と準備をしようと、舞が絶対嫌なことを言ってきた。メイク? やだ。顔にヌリヌリ塗るのやだ。気持ち悪いもん。
「そんなこと言わないでさ! 絶対もっと綺麗にしてあげるから!」
「やだ」
「舞、葉月にそんなことさせようとしても無駄だぞ」
「一花はあたしの味方してくれないの!?」
「無駄な事だって分かってるからな。無理強いでもしてみろ。どんな手段を使っても、こいつは逃げ回る」
いっちゃん、さすが。よく私のことを分かっている。ついでにそれは牽制だね! そうだよね! もし私が逃げ回ることになったら、周りの迷惑考えないからね! それを止めるのがきっと面倒臭いんだね!
「葉月っち、きっと楽しいよ? ってか、一回でいいから葉月っちのメイクさせてよ! ずっとしてみたかったんだよ! こんな機会でもないと、葉月っち絶対させてくれなさそうだもん!」
「やだ」
「諦めろ、舞。こいつが嫌だって言ったら、絶対覆らない」
そうだよ、覆らないよ。嫌なことは嫌だもん。そんな嫌な事するより、ゴロンタの玩具とか作ってた方が面白いもん。あと、花音の護衛道具。
せっせとまたゴロンタの新しいぬいぐるみを作り始めた私を見て、舞がハアとどでかい溜息をついている。そんな顔しても嫌なものは嫌だもん。
「……花音だって喜ぶと思うけどなぁ」
舞の呟きにピクッと耳が動いた。花音がなんですと?
「葉月っちのメイド服しかり、執事服なんてものを着ているの、花音だって見たいと思うけどなぁ」
ピクピクっとまた耳が動いた。花音が見たいですと?
「あーあ。花音だってガッカリするだろうなぁ! 葉月っちのそういうコスプレ姿、実は見たがってたんだけどなぁ!」
だんだんと大きくなる舞の呟きに、ついには針と糸を持っていた手が止まった。か、花音がガッカリですと!?
バッと舞に視線を移すと、わざとらしそうに泣き真似している舞がいた。隣でいっちゃんが心底呆れたように、半目になって舞を見ている。
「一回でいいんだけどなぁ!! ねえ、一花もそう思わない!?」
「おい。あたしを巻き込むな」
「一花だって見たいでしょ?」
「こいつのコスプレ姿を見たところで、あたしの心が動くとでも?」
「あ! そうだよね! 一花はあたしのメイド服見たいよね! まっかせて! めっちゃ可愛い姿を一花の目に焼き付けさせるから!」
「誰も見たいと言ってないわ!? 誤解を招くようなことを言うな! あたしにそっちの趣味があると思われるだろうが!!」
え、いっちゃんにそっちの趣味が!? そんな傾向、幼等部からの付き合いだけど知らなかったよ――いやいや、そんなことよりも……。
「……花音、ガッカリする?」
いっちゃんのハリセンをまた受けて痛そうに頭を自分で撫でている舞が、私のその問いかけにニンマリと笑った。
「そうだよ、葉月っち。きっと花音ガッカリすると思うな! すっごく楽しみにしてたから!」
「お前……よくそんな嘘――んご!」
「一花! 何言ってるのかな!? 嘘じゃないし! ハッキリと花音が言ってたの、あたしの耳は覚えている!」
な、なんだって!? 花音がハッキリと!?
そんなことを考えていたなんて知らなかったって少しショックな顔をしたら、いっちゃんの口を無理やり手で塞いでいた舞が、そのいっちゃんに蹴り飛ばされた。すぐ起きたけど。
「葉月っち! 花音を喜ばせたいと思わない!?」
「はっ! 思う!」
喜んだら、絶対あのとびっきりの笑顔になるはず! あれ、好き!
「だったら答えは一つだよ、葉月っち……メイクしよ!」
「それはやだ」
「揺るがない!? いやいや、メイクしよ! 花音が絶対喜ぶよ! そうだ! こうなったら執事服も試着してみよ! それに似合うメイクにするから!」
えー……試着は別にしていいけど、メイクめんどい。
顔に出ていたのか、舞がそそそっと近くにきて、耳元に囁いた。
「葉月っちのとびっきりのかっこいい姿を見たら、花音はもっと葉月っちのこと好きになるよ?」
……なんですと?
「今よりさらにかっわいい笑顔だって向けてくれるよ?」
あれ以上に可愛いですと!? そんなの見たいに決まってるじゃないか!!
「やる」
「よしきた! おーい、執事服の仮衣装ちょっと貸して!」
舞が素早く衣装を手掛けている子たちに声を掛けにいった。そんな舞を見送ってから、うんざりしてそうないっちゃんがボソッと、「あたしは知らないからな」と呟いている。いっちゃん、何が知らないの? 花音のあれ以上に可愛い笑顔を見れるんだよ!? 誰だって見たいじゃないか!
衣装を持ってきた舞が、すごく興奮したようにジャキっとメイク道具を指に挟んだ。
◇ ◇ ◇
「…………やば……ここまで化けるとか……」
「むー、舞~、これ脱いでいい~?」
「だ、ダメダメダメ!! ちょちょちょっと写真撮るからそのままで!」
舞が慌てるようにカシャカシャと携帯のカメラを向けて撮りだした。花音に送ってるのかな? 花音、喜ぶかなぁ?
「あたしは知らんぞ、どうなっても……」
「いっちゃん~、これ動きにくいよ~」
「お前が着るとか言ったんだろうが……」
いっちゃんは周りに視線を向けている。およ? めっちゃ注目されてる。男子も女子も、こっちを見て茫然としていた。なんで皆して見てくるの? 舞は舞で「こ、これ、あたしの最高傑作……」とか興奮してる感じ。私は物じゃないけどね。
それにしても、髪まで固められた。服は本当に執事服。私のサイズに合ってないのか、動きにくいことこの上ない。
「脱ぎたい」
「ぎゃー!? だめだめ、葉月っち! 引っ張らないで! 破れる! ってか男子見てる所で脱ごうとしない!!」
だってぇ。これ、窮屈。それに何、この白い手袋? 暑くなってきたよ~。
「……これが小鳥遊さん?」
「……かっこよすぎ……」
「綺麗です……」
花音と舞のお友達も、何故か頬を赤らめてこっちを見てくる。むー。なんかジロジロ見られてるのやだ。花音が喜ぶって言うから着たのに。花音いないなら意味ない。
もういいや、脱ごう――とした所で、ガラッと教室のドアが開いた。
「え?」
あ、花音だ!
花音が目をパチパチとさせて、窓側にいた私を見てきた。えへへ~、花音来たぁ! これ喜ぶかなぁ? ん? いっちゃんや、どうしてそんな一気に目を背けるんだい?
「葉月、珍しいですわね。あなたがそんな恰好するなんて」
レイラもいた。んん~、そうだね。でも舞が花音絶対喜ぶって言ったから。
その花音は、何故か固まっている。花音の近くに走り寄って、じゃじゃ~んと見せつけるように、両腕を開いた。
「かの~ん、どう~?」
「……」
……あ、あれ? 無言?
「花音? か~の~ん~?」
「……」
まだ無言!? なんで!? 舞が喜ぶって言ってたのに!? 舞の言ってることと違う! とびっきりのいつも以上のかっわいい笑顔が見れるはずだったのに!
「……葉月」
花音の声がやっと聴けたと思ったと同時に、ゾワゾワっと寒気が襲ってくる。ヒンヤリとした空気がだんだん漂ってきた。なななななんで!?
舞の方から花音に視線を向けたら、そこにいたのはめちゃくちゃ怖い笑顔を浮かべている花音さんの姿が。
いやいやいやなんで~!? なんで怒ってるの!? 私、今日何もしてないよ!? ゴロンタの遊び用ぬいぐるみを作ってただけだから、何もしてないよ!? いっちゃんにだって怒られてないよ!?
「か、かかかか花音?」
「それ……誰がやったのかな?」
え? 誰?
「舞」
「ふーん……そっかぁ」
ひい!! その怖い笑顔でクスクス笑わないでください!! 余計怖いです! あと目が笑ってないです!
そんな花音の変貌ぶりに、クラス中の空気が冷え切っている。花音の友達もクラスメイトも、ピシっと固まっている。いっちゃんだけが白けた目を向けていた。
「舞、どういうことかなぁ?」
「ひいっ!! いや……いやいやいや花音! ななななんで怒ってるのさ!?」
「なんで葉月にこんなことしたのかって聞いてるんだよ?」
静かな、とっても静かな声で、それはもう氷点下に届くんじゃないかって如く、冷え切った花音の声。さささ、寒い。寒くなってきた。さっきまでこの動きにくくて暑いと思っていた服を一生懸命擦っちゃったよ!
「だだだだだって、見たかったんだよ! 花音だって見たかったでしょ、この葉月っちのこと!? いつかはってずっと思って――」
「ずっと? だからこんな皆がいる場所で?」
ハッとしたように、舞が何かに気づいた顔をしている。花音からはさらに冷え切った空気が発せられていた。
これは花音が本気で怒った時の空気だ! 笑顔だ! 分かる! 知ってる! ままま舞!? どういうこと!? 花音、全っ然喜んでないんだけど、何にそんな気づいたような顔をしてるの!?
「いや! いやいやいや! ごごごごごごめん! まさかここまで化けると思ってなくて! そこまであたしも気を配ってなかったっていうか!」
「へえぇ……」
「ひぃぃぃ!! だからごめんってば!! お願い、その黒い笑顔やめて!?」
「あ、あの、花音? その……何をそんなに怒っているのか、わたくし分からないんですが……舞の言うとおり、今はそれをご遠慮してくれると助かりますが……」
「レイラちゃん? 今は舞と話してるんだ。少し黙っててくれるとこっちが助かるんだけどな?」
「ひぃぃぃ!! まままま舞! もっと! もっとちゃんと謝ってくださいな!!」
「レイラの役立たずぅ!?」
「誰が役立たずですのよ!?」
「二人とも、少し黙ろうか?」
「「あ、はい……」」
全く分からない話を三人でされても、こっちも分かりませんよ!? 花音、なんで怒ってるの!? さっきからこっち見ないし!! これ、私が怒られてるわけじゃないよね!? 舞だよね!?
いっちゃん、黙ってないで、何とかしてよ!! なんで自分は関係ないみたいな顔して明後日の方向を見てるのさ!?
そんないっちゃんに一生懸命視線を送ったら、やっと気づいたのか、ハアといつもの疲れ切った溜め息を零していた。
「ハア……仕方ない。おい、花音。少しは落ち着け?」
「一花ちゃん、どうして一花ちゃんがいながら舞にこんなことさせたのかな? 分かるよね? これ、誰も望んでないんだけど?」
「だから落ち着け。周りを見てみろ。このクラスだけ冷凍庫になってる」
「ふふ、おかしなこと言うね? クラスが冷凍庫になるわけないのに」
花音の怒り、収まらず。いっちゃんの仲裁にも一切耳を傾けないなんて!! ここまで怒る花音は初めてかもしれない!
そんな花音の冷凍庫並みの冷え切った笑顔の影響を全く受けないいっちゃんが、肩を竦めた。
「舞のこと怒るより先に、花音はやることがあるんじゃないのか?」
「え?」
花音が一気にその怖い笑顔をやめた。さすが。予想外のことを言われて、花音のあの黒い笑顔が引っ込んでるよ。いっちゃんの無理やりの方向転換、恐るべし。でもいっちゃん? 花音がやることって? ん? なんでこっち見てきたの?
「葉月とさっさと寮に帰るべきだと思うがな?」
「……」
帰るの? この格好で? 脱ぎたいんだけど、これ。
でも花音はいっちゃんの言う事の意味が分かったのか、無言だったのに、「それもそうだね」とあっさりといっちゃんの言う事に賛成した。何故に? あ、でも向けてくれた花音からはもう黒さと寒さが消えてる。
「帰ろっか、葉月」
「ん? う、うん」
「舞、後でパセリ一杯食べてもらうから」
「へ? なんで!?」
「食べるよね?」
「ひっ! ももももちろん! 頬一杯に詰め込んで食べさせていただきます!」
舞、大丈夫、それ?
けど舞は何度もコクコクコクと頷いて、花音の言うとおりにするみたい。めっちゃ言う事聞くね!? というか、花音さん!? そんな引っ張らなくても大丈夫だから! ちゃんと帰るから!
そんなわけで、急遽帰る事になっちゃったよ。あ、でもさすがに執事服は脱がされた。もう早かった。花音がみんなに回れ右させて、その間に制服の上着に着替えさせられたよ。それを見て、「よし」と満足した顔をしてたけど、さっきまでのあの黒い笑顔は一体どこに? いやいや、結局花音は何に怒ってたの?
はっ……もしかして、執事服が嫌いだった!?
「花音?」
「ん?」
寮の部屋に帰ってから、ゴロンタを抱いた花音が振り向いてくれる。全くさっきまでの怒りが感じられない。そ、そんなにあの服が嫌いだったのか……いや、もしくは私が似合ってなさ過ぎたのか? なんか帰りも今もあまり目を合わせてくれない気もするし。
「執事服、嫌だった?」
「え?」
ポカンとした表情で聞き返してきた。これは……私が似合わなすぎたのか!! そんな似合わない格好を恋人にしてほしくなかったってこと!? まぁいぃ!! 花音の嫌いな服装をさせてくれちゃって、どうしてくれるのさ!? こんなメイクまでしてくれちゃって!!
舞にどうやって報復しようかと考えようとした時に、花音が珍しく溜め息をついた。そ、そんなに嫌だったの!?
腕が緩んだのか、ゴロンタが見事に床に着地して、耳の後ろを搔いている。ゴロンタ、何をそんな呑気に!
「葉月、分かってないね」
「ん?」
「そうだよね……葉月だもんね」
え、どういうこと!? なんでそんな呆れた感じで見てくるの!? もう分かってるよ! 似合ってないんでしょ!? 髪も服もメイクも、花音の好みでは全くなかったってことでしょ!?
「むー! どうせ似合ってないもん!」
「ほら、分かってない」
「分かって――」
言い切る前に、花音にいきなり制服のブレザーを引っ張られて、唇を塞がれた。はい? 今?
すぐに花音の口が離れて、パチパチパチと目を瞬かせると、間近にいる花音は私の困惑が分かったのか、困ったように笑っていた。訳分かりません! 怒ってるのにいきなりチューだよ!? 嬉しいけど!
「なんで分からないかなぁ……」
むっ! だから分かってるよ! 花音はこういうの好みじゃないって事でしょ?
クスクスと笑いながら、花音の指が頬に触れてきた。むむ……こうやって花音に触れてもらえるのは嬉しいけど、今はそうじゃなくてね、花音!?
なんて考えてたら、少し頬を赤らめている花音が囁いてきた。
「葉月のかっこいい姿も、綺麗な姿も、私だけが独り占めしたいんだよ」
うん? 独り占め?
「他の誰かに見せたくないのに、舞が勝手な事してくれて」
うんん? それって、じゃあつまりは?
「花音、別にこれに怒ってない?」
「葉月が舞にされるがままになったのは怒ってるかな。なんで断らなかったの?」
「舞が花音は喜ぶって」
「ふふ、あとで舞には言っておくね」
めちゃくちゃ黒い笑顔になった。舞はきっとこの後氷漬けにされた状態で発見されることでしょう、うん。舞の自業自得だから、いっか。
「でもね、葉月。もし私が今の葉月みたいに綺麗な格好になったら、葉月はそれを誰かに見せたいって思う?」
え? 何それ? 思わない。そんなことしたら、花音はめちゃくちゃ可愛いから、色んな人を虜にしちゃうじゃないか。
「やだ」
「ふふ、うん。それが今、私が思ってる事。分かる?」
だから怒ってた? クラスの人が見てたから? 私の場合は大丈夫だと思うけど、でも花音が嫌ならだめ。うん、舞のせい。花音が嫌がる事させたの、舞だもん。あとで舞の鞄にカエル入れとこ。
花音の腰に腕を回してさらに引き寄せると、間近で今度はちゃんといつもみたいに嬉しそうに微笑んでくれる。
「花音が嫌なら、もうしないもん」
「分かってくれたなら、もういいよ」
「うん」
花音の額と自分の額をくっつけて、大好きな花音の笑顔を視界に焼き付ける。この笑ってる顔がいいんだもん。これが見たかったんだもん。さっきみたいに怒った顔じゃなくてさ。
なのに、だんだん花音の顔が真っ赤になってきた。
「花音?」
「……近くで見ると、思った以上に迫力が」
迫力? なんの?
でも前みたいにいきなりプルプルモードになっちゃった。もっと見たかったのに。
私の体を抱きしめて、肩に顔を埋めてくる。このプルプルモードの花音も可愛いよね、と思って自分も花音の体をギューっと抱きしめた。
「葉月、メイクもあの格好も、もう私の前以外でやっちゃ駄目だよ?」
「うん?」
「そんな綺麗な姿、他の人に見せちゃ駄目」
それは、さっき言ってた独り占め? 花音は綺麗だって思ってくれたってことなのかな?
なんだか花音がそう思ってくれたことに、胸の奥がポカポカとあったかい。
「花音が喜ぶなら、花音の前だけにする」
花音だけでいいもん。喜ぶ姿を見たいのは、花音だけだから。
ハアと腕の中の花音が息をついて、顔を上げてきた。でも顔真っ赤。この花音も可愛いから好き。好きって思うと、自然と笑みも零れてくる。
「そういう顔もね?」
「うん?」
「やっぱり分かってないんだなぁ」
何が? とは聞けずに、花音がまたそっと軽くキスしてきた。嬉しいから全然いい。これ気持ちいいもん。
でもすぐ離れちゃって、髪を梳くように撫でながら、ジッと頬が赤いまま見つめてきた。
「男装似合うとは思ってたけど……メイクもしたらこれほどになっちゃうなんて……」
「髪は舞が勝手にやったんだよ?」
「似合うけど……ハア……舞には本当、後でちゃんと言っておかなくちゃ」
「やっぱり、花音はこれ嫌?」
「嫌じゃないよ。私にとってはこれはもうご褒美だし」
え、ん? ご褒美? ちょっと予想外の言葉が出てきたんだけど? ま、いっか。花音が今嬉しそうだからいいや。
「他の人には見せたくないけど、たまにはこういう葉月を見るのはいいかもね」
そう言って、また嬉しそうに笑ってくれるから、いいや。
ふふって笑って、今度は自分から花音にキスをする。花音のくすぐったそうな甘い吐息を感じて、胸がポカポカになってくる。
ふああ、と足元にいたゴロンタが欠伸をして丸くなってるのも気づかないで、花音と一緒に笑い合った。
明日が花音Side 、明後日葉月Sideで最後です!
お読み下さり、ありがとうございます。