幸せな気持ち(花音の実家編⑥)―花音Side
花音の実家編ラストです。
「どういうことかちゃんと説明してもらおうじゃないの、花音!」
「そうそう~、本当にどういうことぉ?」
所変わって、私の家。
ボーリングを切り上げて、蛍と茜に『このまま帰すわけないでしょ!?』と、すごい勢いで言われたから、仕方ないので家まで来てもらった。
葉月はもう下のリビングで礼音と詩音と一緒にゲームしてるよ。
そういえば、帰りの葉月の機嫌がすごくよかったなぁ。あの笑顔を振りまいてるから、こっちは気が気じゃなかったっていうのに。茜と蛍にだって本当は見せたくなかったんだよ?
まあ、二人にはちゃんと葉月のことを言おうと思ってたんだけど、あの場所には他にも何人かいるから迷ったんだよね。葉月に興味持ってほしくなかったし。
「どういうも何も、そういうことかな」
「つまり……小鳥遊さんと付き合ってるって事!?」
茜の言葉に、『ルームメイトでもあるから、もはや同じ部屋で暮らしています』と言いたくなる。いや、冷静に考えれば分かると思うけどね。二人は葉月がルームメイトっていうことは知ってるわけだから。
でも、そんなことまで気が回らないんだろうな。茜も蛍もポカンとさっき伝えた時と同じように口を開けているから。
「まあ、そうなるかな?」
「なんで疑問形なのぉ?」
「付き合うっていうか、恋人になったっていうのが正しいからね」
「それが付き合ってるってことでしょ!?」
うーん……茜のツッコミは至極真っ当だと思うけど、私にとってはそっちの方が大事だっていうか。
「確かにそうなんだけど、ほら、葉月とはずっとルームメイトでもあったわけだし」
私が苦笑しながらそう言うと、なるほどとでも言いたげな顔を二人がしている。少しは落ち着いたのか、茜がさっき出してあげたジュースのコップを手に取っていた。
「前に話してたのは小鳥遊さんのことだったってことだよね? ほら、好きな人出来たって教えてくれた時」
「なんで言ってくれなかったのぉ?」
「さすがに女の子好きになったとは言えないよ。驚かせるとも思ったし、あの時はまだ片思いだったしね」
葉月も全然自分の気持ちに気づいてなかったし。「確かにそれは予想してなかったなぁ」と蛍がお菓子のクッキーを口に入れながら呟いていた。私もそう思う。二人が想像してたのはきっと会長みたいな男の子だろうしね。
茜がジュースを飲み込んでからハアと息を吐いていた。
「広田、明日から絶対塞ぎこむよ。大会も近いってのに」
「でもぉ、ちゃんと言ってあげた方が良かったでしょぉ?」
「それはそうだけど、私がサッカー部のマネージャーに文句言われるじゃん。蛍はハッキリ言いすぎなんだって」
確かに。私も思わせぶりな態度は良くないなって思って、あんまり話さないようにしていたけど、実は蛍がさっきの帰り際にバッサリと言っちゃったんだよね。
『あのさぁ、いい加減花音のこと忘れなよぉ? 迷惑だって分からないかなぁ? 見ててしんどいんだけどぉ。花音、他に好きな人いるからさぁ』
葉月が恋人だって伝えたら茜と一緒に驚いていたみたいだったし可哀そうとか言っていたのに、いきなり帰り際にそんなこと広田君に言うんだもの。こっちがびっくりしちゃったよ。そのまま二人にせっつかれるように帰ってきちゃったから、あの後彼がどうなったかは分からないけど。
その蛍はチューっとどうでも良さそうに、ストローからジュースを喉に流し込んでいて、それを半ばあきれる感じで茜が見ている。蛍にこれ以上言っても無駄だって思ってるんだろうなぁ。私もそう思う。
「でもさぁ、私もちょっと意外だったよぉ、花音ぅ」
「何が?」
「花音ってぇ、意外と独占欲強い方だったんだねぇ」
「ああ、それは私もそう思った」
自分の持っていたコップを落としそうになってしまった。ば、バレてる?
「だってずっと小鳥遊さんの手を離さなかったでしょぉ?」
それもバレてる。蛍たちに声掛けられた時に、葉月が離れていかないように確かに手を離さなかった。
「というか、ずっと小鳥遊さんの前に立ってさ、私たちの視界に入らないようにしてたでしょ?」
すごいバレてる。うんうんと茜も思い出しているのか何度も首を縦に振っている。さすが長年の付き合い。恥ずかしくなってきた。
「まあでも、花音の気持ちも分かるかなぁ。小鳥遊さん、すごい美人だしねぇ」
「うんうん。広田は花音ばっかり見てたけど、他の男子は小鳥遊さんに見惚れてたよね」
やっぱり! あの視線、絶対そうだと思った!
ハアと少しため息が自然と出てきてしまう。だから一緒に遊びにいくの無理って思ったんだよ。葉月にみんなが視線釘付けなんだもの。本人に自覚がないんだけど。
「もしかして学園でも苦労してるのぉ?」
「え? ああ、えーと……それはないかな」
「そうなんだ? あれだけ整っている顔だから、モテるのかと思った」
「いや、その……理由がちょっとあって、葉月は学園のみんなからは遠巻きにされているんだよね」
「「へぇ」」
学園での葉月の問題児っぷりを二人は知らないからね。というか、前よりは葉月も悪戯しなくはなったんだけど、私も止めないようにしてるんだよね。一花ちゃんのいうストレス発散とは別に、葉月のことを好きになる人が出ませんようにって思って。
……思えばこれも独占欲からきてるよね、私。重症だって猶更思う。
「でも、小鳥遊さんが花音のこと本当に好きなんだって分かるからぁ、ちょっと安心かなぁ」
……え?
蛍が言った言葉についパチパチと目を瞬かせていると、「なんでそんな驚いてるのぉ?」と首を傾げていた。いやいや、そっちが意外なこと言いだすから。
今度は茜が楽しそうに笑った。
「確かに。花音以外見てなかったよね、小鳥遊さん」
「そうそうぅ。あんな熱い視線をずっと送ってるんだもんねぇ」
そ、そんなに? あの葉月が?
「花音もだけどさ、お互い以外見えてないって感じ」
「ここに帰ってくるまでに、相思相愛って言葉がずっと頭の中に浮かんでたよぉ」
う……確かに葉月の機嫌がいいなって嬉しくなってたから。
葉月が私のことを想ってくれているのは、昨日のお母さんたちとの会話ですごい実感したんだけど……でも明らかに周りにも分かるような表情だとは思っていなかったよ。
ああ、どうしよう……ものすっごく今葉月にキスしたい。
葉月が私のことを好きなんだって、こうやって周りから実感させられるのが、堪らなく嬉しい。
「花音ぅ? 大丈夫ぅ? 顔真っ赤だよぉ」
「あはは! 花音のそういう反応、なんか新鮮!」
「二人とも、今はからかうのなしで……」
恥ずかしくて顔を手で押さえたけど、二人からは笑っている声が聞こえてくる。これは面白がってるなぁ。
だけど、そんな二人の様子に安心感が湧き出てくる。
二人とも、葉月のことを悪いように見ていない。
二人とも、私が葉月と恋人であることを喜んでくれている。
クスっとつい笑ってしまうと、今度は二人が目を瞬かせていた。
「恥ずかしくなっておかしくなっちゃったぁ?」
「まあ、まだ顔赤いけどね」
「違う違う――って茜、そこはツッコまないで」
まだ顔熱いのは分かっています。でもね。
「私は恵まれてるなぁって思ってね」
友達に、
家族に、
周りにいる人たち皆に、恵まれている。
私の大好きな人を受け入れてくれている。
それがとっても幸せだなって、今すごく感じたの。
「これからも悩むことがあったら、相談とか乗ってね」
ありがとうの意味を込めてこれからの願いを言ったら、茜と蛍が一度二人で顔を合わせてから、こっちに向かって笑ってくれた。
「何言ってんの、当たり前じゃん」
「けど花音ぅ、花音の方こそ遠慮しないで相談してきなよぉ?」
「うんうん。蛍の言うとおり。花音の方が何も言ってこないじゃん。小鳥遊さんのことだって結局教えてもらってないしさ!」
「ほらぁ、茜が言ってくれなかったこと音に持ってるよぉ」
そんなことないよ。この一年だって、帰ってくるたびに話を聞いてくれてたもの。
三人で笑い合っていたら、コンコンとドアがノックされる。「お菓子持ってきたよ~」って葉月の声が届いた。
「ね、小鳥遊さんとももっと話したいんだけど、駄目?」
「私もぅ。花音の学園での生活とか聞きたぁい」
期待を込めた目で私を見てくる二人に、仕方ないなぁって思っちゃったよ。
「ちょっとだけだからね」
やっぱり葉月のことを独占したい気持ちが現れちゃって、蛍からは「束縛ぅ~」ってからかわれたから、とりあえずにっこり笑っといた。今日の葉月は油断できないからね。あの笑顔を無自覚で振りまいてるんだから。
それからは葉月も交えて四人でお喋りしていたけど、途中からは詩音と礼音も部屋に突撃してきて、みんなでお喋りだったりゲームをして賑やかな時間。
「もういっかい! もういっかいしょうぶ!」
「礼音ばっかりズルいよ! 今度は私の番!」
「あはは! 小鳥遊さん、モテモテだね!」
「すっかり礼音は小鳥遊さんにべったりだねぇ」
「葉月と意気投合してるものね」
「ん~、礼音とのゲーム楽しいからね~」
みんなが楽しそうにしていて、
笑っていて、
葉月も楽しそうで、心があったかい。
礼音を膝に乗せたままゲームをしている葉月を見ると、葉月が視線に気づいたのか不思議そうに首を傾げた。
「んー?」
「楽しそうでよかったなって思っただけ」
一緒にここに帰ってきて、よかったなって。
「花音」
「ん?」
「来てよかった」
葉月も目元を緩ませて微笑んでくれる。
同じことを考えてくれていてくれて、それもまた嬉しい。
夏休みには、また葉月も一緒に帰ってこれたらいいな。もちろん、鴻城家にも挨拶しに行かないとね。鴻城さんも如月さんたちもかなり葉月に会いたがっているし。
「花音ぅ、小鳥遊さんとイチャイチャするのは後にしなよぉ」
「そうそう。なんか空気が甘ったるいんだけど」
呆れた感じの蛍と茜にツッコまれて、カアっとまた頬が熱くなってしまう。また葉月しか見えてなかった。恥ずかしくなってくる。これだから一花ちゃんと舞にもいつも呆れられちゃうんだよね。
当の葉月は分からないのか、さっさとゲーム画面に視線を戻して、礼音と詩音と楽しそうにゲームしていた。うん、葉月は平常運転だね。
でも、このGWで色んな葉月を知ることが出来たよ。
まだまだ知らない葉月を、これからもっと見せてほしいなって思うよ。
もっと、葉月の隣にいられるように、
もっと、私のことを考えてくれるように、
今の葉月のその笑顔を、私も守れるようにするから。
そっと皆に気づかれないように手を握ると、葉月も笑いながら握り返してくれた。
その優しい手の温もりと、
その心が暖かくなる笑顔が、
やっぱり好きだなって心の底から感じて、
幸せな気持ちが胸の中一杯に広がっていった。
お読み下さり、ありがとうございます。