どんな未来でも(花音の実家編④) ―花音Side
本日からラストまで、毎日一話更新に切り替えます!
「えーもう寝るの? まだお姉ちゃんとお話ししたいよ」
「ねえちゃんといっしょにねる」
時刻はもう夜の九時すぎ。お風呂も済ませて、さあもう寝る準備万端。なのに詩音はまだまだ元気なのかむーっと頬を膨らませて、私の服を引っ張ってきた。礼音はさすがにもう眠そう。そんな二人の変わらない様子にクスっと笑ってしまう。
「礼音も詩音もあまり花音を困らせるんじゃないよ」
お父さんも困ったように笑って、二人の頭に手を置いている。ほら、葉月だってクスクスと笑ってるよ?
楽しそうにハーブティーを飲みながら笑っている葉月を見ると、さっきの食事の時のことを思い出した。
あの時、絶対葉月はご両親のことを思い出していた。笑ってるけど切なそうな表情に、胸の奥がギューっと締め付けられる。
……その直後のあの嬉しそうな笑顔は反則すぎる。
「まだまだお話聞きたい! もう少しだけ!」
「いっしょにねる」
詩音が腰にしがみつきながら、そして礼音は目を擦りつつも服の裾を掴んで離さない。これはもう少し相手してあげた方がいいかも。仕方ないなぁ。
「いいよ、お父さん。私が礼音寝かしつけてくるから。詩音もじゃあ少し部屋でお話ししようか。そしたらちゃんと寝るんだよ?」
「うん!」
パッと目を輝かせてはにかむ詩音に苦笑してしまう。
本当は葉月もいるから傍にいたいけど、その葉月が「いっといで~」っていう目をしてるもんね。その優しさも素直に嬉しい。
少しの間だけ葉月とお母さんたちだけになっちゃうけど、きっと大丈夫。お母さんたちが相手っていうのも勿論だけど、葉月がすごく気を遣ってくれているから。
『花音のお父さんとお母さんには安心してほしいからね』
さっき部屋で言ってた葉月の言葉を思い出して、また胸の奥が温かくなる。
本当に本当に嬉しかった。
お父さんとお母さんのことを考えてくれてたことも。
普段と違う姿を見せてくれたことも。
さっきの葉月、かっこよかったなぁ。
「お姉ちゃん?」
「うん?」
「なんで笑ってるの?」
……無意識でした。
詩音に「なんでもないよ」と返して、もう船を漕いでいる礼音の体を持ち上げる。礼音、この一年で大きくなったなぁ。もう来年はこういう風に抱っこしてあげられないかも。
扉を閉める前に葉月を見ると、とても温かい目で見送ってくれて、ああ、やっぱり好きだなって思いながら二人を寝かしつけにいった。
◇ ◇ ◇
「えー、まだお話したい……」
「明日もいるから、もう詩音も寝よう? まだまだいっぱい遊べるから」
「むー……前もそう言ってたけど、あっという間だったもん」
そうは言いつつも、詩音も瞼が半分閉じている。会えない分、甘えん坊が前より酷くなってる気がするなぁ。礼音はもう部屋に運んであげている間に寝ちゃってたんだけど。葉月とのゲームですごいはしゃいでたから、疲れたんだと思う。
体に掛けてあげた布団をポンポンとしてあげると、「明日もいっぱい遊ぼうね?」と眠そうに詩音が呟いた。明日は明日で大変な一日になりそうかも。
「お姉ちゃん、大好き……」
「うん、私も詩音のこと大好きだよ。おやすみ」
スウスウと寝息を立てて詩音が眠りにつく。ずっと私にべったりだと将来が心配になっちゃうけど、こういうとこが可愛いんだよね。
起こさないように部屋を出てから腕時計を見ると、もう十時を過ぎていた。詩音とのお喋り楽しいから、すぐ時間が過ぎちゃうんだよね。葉月、大丈夫かな? お母さんたちと何を話してるんだろ? というか興味ある。
ソワソワしつつ、急いで階段を降りていく。あれ? ドアが閉まってない?
ダイニングに続くドアが少しだけ開いていて、中の声が少しだけ聞こえてきた。
「僕たちも心配していたんですよ」
お父さんの声だ。心配?
つい足がドアの前で止まってしまう。
「星ノ天は有名ですからね。普通の一般人であるあの子が入って周りになじめるのかなと」
「でも葉月さんのおかげで友人もできたし、寮や学園での生活も楽しいって言ってたので、ふふ、一度ちゃんとあなたにお礼を言いたかったんです」
お父さんとお母さんの二人の暖かい言葉がとても胸に染みこんでくる。
私のことをちゃんと想ってくれてるのが伝わってくる。
「私は何もしていませんが、花音さんがそう楽しんでくれてるのは嬉しい限りですね」
「ふふ、葉月さんは謙虚ですね」
いつもと違う葉月の返しにもつい頬が熱くなってしまいそうになった。私の家族を安心させるために、ちゃんとしてくれる葉月はかっこいいって思っちゃって。
でも葉月? お母さんの言うとおりそれは謙虚すぎるかな。色々あったけど、葉月がいるから私はすごく楽しい学園生活だって思ってるよ。
そうちゃんと言おうとしてドアノブに手を置いた時に、いきなり不安そうな声をお父さんが出した。
「ただ、本当に花音でいいんでしょうか?」
え、私?
「花音が紹介したい人がいるって言った時は驚きましたよ。しかも相手は女性だって」
……そ、そうだよね。それは驚くよね。
でも続きが気になって、思わずドアノブから手を離してしまった。
慌てたようなお父さんの声が聞こえてくる。
「でも誤解しないでください。僕たちは相手が女性だからといって反対するつもりはないんですよ」
「ええ、私たちは花音が本当に好きな人なら何も文句はありませんよ。それに葉月さんはこんなに可愛らしくてしっかりされてますから。葉月さんみたいな方が花音を選んでくれただけでも嬉しいことです」
「僕も葉月さんに会えて嬉しく思いますよ。礼音と詩音の相手をしてくれてたあなたを見て、花音の言う通り優しい人だなと思いました。ゲームで礼音にわざと負けてくれてたでしょう?」
良かった。やっぱりお母さんもお父さんも、ちゃんと葉月のこと見てくれてるみたい。そうなんだよ。優しいんだ。
二人が分かってくれていることが嬉しいって感じていると――
「ただ……あなたが鴻城家の方だって聞いて、花音でいいのかなと思うんですよ」
ついビクッと体が反応してしまう。
お父さんが言ったことは……私も感じていたことだから。
「僕はしがないサラリーマンです。学園の学費も稼げないから、花音は特待生を取って学費を免除してもらって、やっと学園に通えています。僕の実家も普通の一般人です。鴻城家は誰もが知っている名家中の名家ですから、釣り合わないんじゃないかと不安なんですよ」
歴史の教科書でも出てくるぐらいの名家である鴻城家。そういう意味では釣り合いは取れていないから。
葉月が告白を受け入れてくれて嬉しかった。
でも、私でいいのかなって、たまに思う。
もちろん、葉月と離れるつもりはない。
この先もずっとずっと葉月のそばにいたいって思ってる。
葉月のおじい様も如月家の人たちもみんないい人で、私のことも受け入れてくれてるとは思う。たまに連絡取り合ってるし。
だからといって、その好意にずっと甘えるわけにいかないんじゃないかって、そう考えてしまう。
「不甲斐ないですね、僕は。あの子の父親としてもっと支えてあげたいし、葉月さんとの関係だって応援したい。ですが、家柄がもし障害になるなら、そこはもう僕にはどうしようもできない」
そんなこと……そんなことないのに。
大切に育ててくれたよ。
学園に入る時も背中を押してくれたよ。
今だって、いつでも帰ってこれる家を守ってくれてるよ。支えてくれてるよ。
「家柄、血筋……そのことで周囲から花音が傷つくことがあるかもしれない。あなたも花音と一緒にいて、価値観の違いとかも出てくることでしょう」
育った環境の違い。
そのことで傷つくことがあるかもしれない。
「あなたが花音を選んで、花音もあなたを選んで、あなたと花音の未来は幸せになれるんでしょうか?」
お父さんの不安が伝わってくる気がした。
葉月を嫌っているわけじゃない。
ただ純粋に私の将来を心配してくれている。きっとお母さんもそう。
その不安は私も感じている不安。
だけど、諦めることはできないんだよ。
私はずっと葉月のそばにいたいから。
あの笑顔を他の誰かに向けられるのは絶対嫌だから。
葉月のクスっと笑った声が聞こえてきた。
「……未来はさすがに分かりませんよ?」
葉月の言葉に、体が震えてしまう。
一瞬、葉月の願いが頭を過る。
……やっぱり、まだ葉月は願ってるのかな?
自分のせいで周りがいなくなるって、そう思ってるのかな?
そんな不安を感じていると、葉月の優しい声音が聞こえてきた。
「ですが、未来は変わることを私は知っています」
え?
「というと?」
お父さんが葉月に聞き返していて、葉月の続きの言葉につい私も耳を傾ける。
「私は鴻城の後継者でした。母が継いでいましたからね。順番的には私が継がなければいけなかった。私も子供の時はそうなると思っていましたよ。その時の私の未来は鴻城を継ぐことで決まっていた」
「なら余計……」
「ですが、その未来は変わりました。従兄の兄が鴻城を継ぐことに変わりました。ふふ、あの時はこうなるとは思っていませんでしたよ」
そっか。葉月のお母さんが鴻城家を継いでいたから。
でも、きっと葉月のご両親が亡くなって、葉月があの状態になったから、如月さんが継ぐことになったんだ。
「それに私も花音さんとこういう関係になるとは思っていませんでしたよ」
そ、そうだよね。
私も葉月のことをこんなに好きになるとは思ってなかったし。
葉月も私のことを好きになってくれて、
あの笑顔を向けてくれて、
あたたかい温もりを感じられる日々を送れるとは思っていなかった。
「でも、花音さんが変えてくれました。手を差し伸べてくれた。教えてくれた」
ジンっと胸が熱くなってくる。
そう……想ってくれてたの?
「彼女が私の未来を変えてくれました」
ギューっと胸が締め付けられる。
あの時計塔での葉月の諦めた顔が思い出される。
「未来は変わっていくものです」
今は、いつも大好きな優しい笑顔を向けてくれる。
「どうなるかは分からない」
確かに変わった未来がある。
「だからこそ、今、私は彼女を離すつもりはありません」
葉月が、必要としてくれている。
「どんな未来がくるかは分かりませんが、毎日の今の彼女を全力で守ることは誓いますよ。他でもない、彼女を愛してるお二人の前で」
これ以上ない、最高の告白に聞こえる。
嬉しくて嬉しくて、さっきまでの不安が一気に吹き飛んでしまった。
顔が熱い。
鼓動が早い。
でもそれ以上に胸の奥があたたかい。
私でいいのかなって、不安に思う必要ないよ。
なんで不安に思っていたんだろう。
こんなにこんなに、私のことを考えてくれていたなんて知らなかったよ。
私から好きになったって思ってて、
葉月への告白も、葉月からの返事も、なかば無理やりだったかなってちょっと思ってて。
だから、もっと葉月に好きになってもらわなきゃって。
だけど、
それ以上に、ちゃんと葉月は私のことを想ってくれていたんだね。
それが嬉しくて、幸せな気持ちで今は胸がいっぱいで、どうしたらいいか分からないよ。
ふふってまた笑う葉月の声が耳に届く。
「鴻城だからって、気負わなくて大丈夫ですよ。釣り合うとか関係ない。それに祖父も叔母も従兄も花音さんのことは知っていますからね。逆に私の相手が花音さん以外はもう認めないと思います。彼女は鴻城一家のお気に入りですからね」
お気に入りかどうかは分からないけど、みなさんも良くしてくれてるのが分かる。電話口でも「大変なことがあったらいってね」とか、「お菓子ありがとう」とか、すごく気を遣ってくれているから。
鴻城家の人たちの優しさもそうだけど、ああ、もう、さっきの葉月の言葉が耳から離れない。
あんな堂々とお母さんとお父さんに言ってくれるとか、そんなの想像してなかった。
思わぬところでこんな嬉しくなるサプライズがあるなんて、今回葉月と一緒にここに帰ってこれて良かったって心の底から思う。
でも、まだ顔熱い。ここで今このドア開けるとか無理――とか考えていたら、ドアの向こうから「入ってらっしゃい」っていうお母さんの声が聞こえてきた。私がここにいることバレてる……。
顔が絶対赤いから、片手で隠しながら入ると、椅子に座った葉月がきょとんとした顔を向けてくる。あ、無理。もうダメかも。
耐えきれなくて、葉月のそばに駆け寄ってそのまま椅子に座っていた葉月の頭ごと抱きしめた。さっきからずっと抱きしめたくて仕方がなかったから。
葉月が腕の中で「花音!?」って戸惑ってるけど、無理すぎる。
「カッコよすぎるよ、葉月……」
ギューって気持ちが溢れるかのように強く強く抱きしめる。腕の中の葉月がなんとか顔を上げてきて、不思議そうに目をパチパチさせてくるのが愛おしくて堪らない。
クスクスとお父さんとお母さんが笑った。
「葉月さん」
「? はい?」
「こんな娘ですが、どうか……よろしくお願いします」
お、お父さん? それだと私を嫁に出すような言い方じゃない!?
分かるけど! そういう意味じゃないのは分かるけど! これからよろしくねっていう軽い感じだって分かるけど!
さすがにそういう意味じゃないと理解はするけど、ちょっとだけそんな勘違いをしそうになって途端に恥ずかしくなってくる。
でも葉月は私の腕の中から顔を出して、お父さんたちにあの優しい笑顔を向けていた。
「ええ、もちろん」
淀みない、葉月の力強い返事にまた鼓動が早くなる。
だから心臓持たないってば……と思いつつ、ギューっとまた葉月を腕の中に閉じ込めた。
頑張ろう。
不安に思う必要がなくなるくらい、もっともっと頑張ろう。
これから先、誰かに不釣り合いだって言われないように。
こんなに想ってくれている葉月の隣に、堂々と立っていられるように。
もっともっと、葉月に好きになってもらえるように。
少しの間、ギューっと葉月を閉じ込めてたら、お母さんから「そろそろ解放してあげなさい」と言われてしまった。
え、ん? あれ、葉月? 寝そうになってる!? 待って、ここまだリビング! お父さんたちがいる時でも、ハグしたら即寝するのは予想外すぎるよ!? 良かった、先にお風呂入ってもらってて! あと歯磨きも!
お父さんたちに「もう私たちも寝るね」となんとか告げて、半分瞼が閉じてしまった葉月を部屋に連れて行く。ベッドに入ったら、葉月はすぐに目を閉じて寝息を立てて寝てしまった。
あどけない子供のような寝顔の葉月を見て、さっきまで盛り上がってた自分の感情も落ち着いてきた。
でも、
「どんな未来でも、そばにいるからね、葉月」
あなたのそばにいるから。
いなくならないから。
言葉が届いたのか、葉月がへにゃっと笑ったような気がした。
うん、もう無理。可愛すぎ。
そんな顔されたらキスを我慢できるはずもなく、寝ている葉月の頬に口付けを落としてから、葉月の温もりに包まれて眠りについた。
ちょっと補足説明として、花音の両親は駆け落ち後、花音たちが産まれてから実家との縁を修復していますので、関係は良好です。
お読み下さり、ありがとうございます。
 




