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85話 未来を信じられる ― 一花Side

一花Sideラストです!

 

「おお、いっちゃん! 見て、これ! ハンバーグの中にポテト入ってるよ!」


 自分のお弁当からそのハンバーグを箸で持ち上げて、あたしの顔の前にズイっと差し出してくる葉月。ハアと溜め息が自然と出てくる。


「お前、それ落としても知らんからな?」

「おふぉふぁはいほん!」


 いつもの中庭での昼食。

 葉月は時計塔が見える空を見上げながら、目をキラキラとさせてモグモグ口を満足そうに動かしている。あたしも自分の弁当に視線を落として、小さいエビフライをつまんだ。若干焦げていた。息を軽くついてから、一口食べる。味は普通だ。


「舞が作ったやつ、美味しい?」

「普通だ」

「いっちゃん、それ、舞が聞いたらさすがに落ち込むと思う」

「今朝も食べたが、そう言ったら『一歩前進』とか言ってたぞ」


 舞はあれからあたしが食べるものを全部手作りするようになった。朝も昼も夜もだ。どうしてもあたしに美味しいと言わせたいみたいだ。言ってるけど、あいつは何故か首を横に振る。顔が違うらしい。どこが違うのかさっぱり分からん。


 だが、勘弁してほしい。いくら好きでも、毎回エビフライを食べるあたしの身にもなってくれ。これで一週間ずっとだぞ。さすがに飽きる。


 ヒョイッと葉月がハンバーグを一口分、あたしのお弁当に入れてきた。おい、なんだ、その目は? なんでお前に同情されなきゃならんのだ?


「その目をやめろ?」

「……お食べよ、いっちゃん」

「だから、やめろ?」

「不憫だね、いっちゃん。舞と付き合うようになってから、花音の料理食べれなくなってるもんね……」

「原因お前だけどな!?」

「え?」

「お前が舞に言ったんだろうが!? 『舞の手料理じゃ、いっちゃんを満足させられるわけないもんね!』って! それで舞に火が付いたんだよ!」

「舞、死んじゃったの!?」

「そういう意味じゃないわ! 不吉なこと言うな!」

「理不尽! いっちゃんが言ったのに!」


 むーっと頬を膨らませる葉月を見て、また溜め息が出てくる。こいつに言っても無駄だ。


 ついでに葉月が入れてきたハンバーグを食べた。

 ……久しぶりのまともな肉の味がする。


 舞の手料理が嫌ってわけじゃない。葉月みたいに物体Xが出来るわけでもないし、極端に下手ってわけでもない。


 確かにその気持ちは嬉しいんだが、だから出されたものを食べているわけだが、限度があるだろ。別にあたしは舞にそういう花音みたいなスキルを身に着けてほしいとも思ってないしな。


 その花音の作ったハンバーグの味を噛みしめて飲み込んでから、また残ったエビフライを口に運ぶ。エビは好きだけど、たまにはこういう違うものも食べたいんだよ。


「でもちゃんと食べるいっちゃんであった」

「うるさい。お前、もうそれ食べないのか? だったらあたしが貰ってやるぞ」

「これは私のです!」


 あたしから背中を向けて、一気にお弁当の中身を口に入れている葉月をどつきたくなる。さっきくれたのは気まぐれか。知ってたけど。


「あんまり一気に食べるな。消化に悪いぞ」

「あげひゃいひょん!」

「何喋ってるか分からんから、ちゃんと飲み込んでから喋れ」


 ペットボトルのお茶をいつも通りの葉月の横に置いてから、またあたしも残りのお弁当を食べ進める。……これ、あたしが食材買って帰ればいいんじゃないか? そうすれば、舞だってエビフライ作らなくなるだろ。


「いっちゃん」

「なんだ?」

「えへへ、いっちゃん」

「?」


 いきなり葉月が笑い出したから顔を向けると、そこには満足そうな葉月の笑顔。いきなりどうした?


「いっちゃん、嬉しそう」


 え、そうか?


「表情が優しくなったね、いっちゃん」

「変わらんだろ?」

「変わったよ」


 ニコニコと笑っている葉月は、今度は空に視線を上げた。あたしも釣られて顔を上げる。


 所々雲があって、透き通るような青い空がそこにある。


「パアっとね、お星さまの絨毯が広がってたんだよ」


 葉月の嬉しそうな声が耳に届く。


 またどうしていきなり?

 でも、その言葉は懐かしい。


 少し付き合ってやるかと、苦笑しながら葉月に答えた。


「そう言ってたな」

「キラキラしてね、いらっしゃいって言われてるみたいだった」


 それは、葉月が美鈴さんたちと旅行に行った時の思い出。


「お昼はね、太陽が眩しかった」

「ああ」

「でもね、海にね、反射して綺麗だった」

「そうか」


 あの旅行の後、ずっと葉月は言っていた。

 興奮して、何度も何度も同じことを言っていた。


「雨もね、降ったんだよ」

「ああ」

「でもね、その雨がね、冷たくて気持ちよくて」

「風邪をひかなくて良かったな」

「ママとパパと一緒に泥だらけになって、その後お風呂にみんなで入った」

「目に浮かぶな」

「楽しかった」

「そうだろうな」


 脳裏に浮かぶ。

 雨でも晴れでも、美鈴さんと浩司さんとお前は、笑って過ごしたって想像つくさ。


「今度はいっちゃんも一緒にねって、ママ笑ってた」

「あたしにはあたしの家族がいるって何度も言ってるんだが?」


 同じ会話をしたのを葉月も思い出しているのか、フフって笑っている。


「いっちゃん」

「なんだ?」


 葉月は空から視線を外さない。

 あたしも同じ空を眺める。


「大好きだよ、いっちゃん」

「だから、そういうことは――」

「いっちゃんが現実なのは変わらないからね」


 パチパチと目を瞬かせた。


「いっちゃんが現実だからね」


 ……馬鹿だな。当たり前だろ?


「お前も忘れるなよ」


 あたしにとっても、お前がこの世界が現実だって教えてくれる存在だ。


 満足したような声で「うん」と葉月が答えてくる。


「舞がいっちゃんの恋人でも、花音が私の恋人でもそれは絶対だからね」


 それは変わらない。

 あたしと葉月の共通の認識。


 恋ではないけれど、

 血が繋がっているわけではないけれど、


 お互いに不可欠な存在。


 この世界を、

 舞や花音、レイラ、母さんたちがいる世界を、


 あたしと葉月を愛してくれて包んでくれる、



 夢みたいな優しい世界を、信じるために。



「いっちゃん、いなくなるのはなしだよ」

「それはお前もなんだからな」


 それは絶対。

 葉月がいなくなったら、また夢に押しつぶされてしまうかもしれない。

 葉月もあたしがいなくなったら、今度こそ自分の欲望に負けてしまうだろう。


 夢か、現実か。


 お互いがいれば、絶対分かる。


「いっちゃん」

「なんだ?」

「ここは優しいね」


 そうだな。


 頭に浮かんでくるのは家族の事。

 源一郎さんや沙羅さん、魁人さん、メイド長と鴻城家に仕えている人たち。

 母さん、父さん、兄さん、姉さん。


 美鈴さんと、浩司さん。


 レイラに、花音。



 そして、舞。



 やっぱり嬉しそうな葉月の声が届いてくる。


「優しい世界だね、いっちゃん」

「ああ」


 だけど、



「間違いなく、あたしらもここにいるんだ」



 この優しい人たちがいる世界が、現実なんだ。



「ここが現実だね、いっちゃん」

「そうだ。ここが現実だ」


 葉月。

 お前がいるから、あたしはそのことを分かるんだ。


「葉月、ここが、あたしたちがいる世界だからな」


 お前がもしまた分からなくなったら、何度でも何度でも教えてやる。


「いっちゃん。いっちゃんが唯一の私のストッパーだからね」

「他にお前を現実に戻せるやつがいるものか」


 考えることが予想の斜め上で、やることもハチャメチャで、虫とかも食べる。


 好き勝手に行動して、

 人の都合をお構いなしで引っ張り回してきて、


 いっつも幸せそうに笑うやつで。


「いっちゃんは好きに生きていい」

「お前もな」

「いっちゃんは好きな人と一緒にいていい」

「お前もだ」


 お互いが何かしてても、

 お互いが他の大切な人といても、


 あたしとお前が、唯一無二の存在だということは揺るがない。


 特別だというのは、変わらないんだ。


「いっちゃん」

「なんだ?」

「花音がいても、それだけは変わらない」

「そうだな。あたしも舞がいてもそれは変わらない」

「そばにいてね」

「お前もな」


 今のも分かる。

『そばにいて』の意味が分かる。


 何年、お前と一緒にいると思っている?



「お互い、ちゃんとここに、現実にいるんだ。この未来(さき)も」



 夢に、


 前の世界に、



 惑わされないで。



 新しい想いを、

 願いを胸に、


 空を仰ぐ。


 暖かい風が、頬を、顔を、全身を撫でていく。


 心地いい。


 隣の葉月も、また子供の時みたいな幸せそうな顔で笑っているんだろう。ふふっと笑う声が聞こえた。


「いっちゃん」

「なんだ?」

「気持ちいいね」

「そうだな」


 自然と頬が緩む。


 これから先のことなんてまだ分からない。


 もしかしたら、葉月はまた自分の欲に抗えなくておかしくなるかもしれない。

 もしかしたら、あたしも自責の念に駆られて、誰も寄せ付けなくなるかもしれない。


 でも、いいんだ。


 今、あたしのこの胸の奥にある温かさを大事にしていきたいから。


 家族への愛情も、


 たった一人の唯一無二の存在のありがたさも、



 色んな表情を見せて、あったかい気持ちにさせてくれるあいつへの想いも、



 全部全部、大切にしていきたいから。



 未来の自分を怖がるんじゃなく、



 今、自分ができることをしていこう。



「いっちゃん」

「今度はなんだ?」

「次、あそこに行くのはいっちゃんもだよ」

「あそこ?」

「うん、あの星空が見える場所」


 星空? ああ、あそこか。


 だとしたら、


「花音もだな」

「うん。舞もね。きっと二人も喜ぶよ」

「そうすると、レイラもか?」

「そだね~。レイラは連れてかないと、泣いちゃうから」

「それもそうだな」


 お互いにレイラの泣きそうになる姿を想像したのか、吹き出して笑いが零れた。


「だったら、源一郎さんたちにも言わなきゃな」

「え~、おじいちゃんたちはいい~」

「お前、結局GW帰らなかったんだから、夏休みぐらいは会ってやれよ」

「むー。仕方ないな~」


 結局、面倒くさがって会いにいってないんだよな。前みたいに死にたくなるわけじゃなくなったんだから、もういいだろうが。たまには孝行してやれ。美鈴さんたちの分までな。源一郎さんのことだから、何かしらに巻き込まれるかもしれないけど……。


 葉月がまた「いっちゃん」と呼んでくる。今日、これで何回目だ? なんて見当違いなことを思い浮かべていると――



「楽しみだね、いっぱい」



 いつかも聞いたその嬉しそうな声音で、本当にそう思える言葉で言ってくる。


 胸が熱くなる。


 また、同じ言葉がお前から聞けて良かったって思う。



「そうだな。楽しみだ、いっぱい」



 あの時と同じように、あたしも答える。


 同じ気持ちで答える。



 楽しみだ。



 これからの人生が、


 未来が、



 楽しみで仕方ない。



 楽しい事ばかりじゃないだろうけど、

 泣きたくなることもあるだろうけど、


 だけど、きっとそれ以上に、



 嬉しくなることも、笑えることもあるだろうから。



 これから歩む人生が、楽しみで仕方ない。



 それはやっぱり幸せなことだと思う。


 この幸せな気持ちを忘れないでいこうと思う。


 どんなに辛いことがあったとしても、

 どんなに悲しい事があったとしても、


 この気持ちを思い出せば、きっとまた頑張れる。



「ああ!? ちょっとぉぉ! 二人とも、なんで先に食べちゃったのさ!?」



 そんな舞の叫び声で、パチパチと目を瞬かせてから、隣の葉月と目を合わせた。「うんん?」と首を傾げている。そうだよな。なんでここにいるんだ?


 近づいてくる少し頬を膨らませた舞の隣で、花音が困ったように笑っていた。レイラも二人の後ろから訳分からなそうに舞を見ている。


「舞、そんな怒らなくても」

「そうですわよ。何をそんなに怒っているんですの?」

「だって! 今日の朝、ちゃんと言ったじゃん! 今日は生徒会で集まらないから、皆で一緒に食べようって!」


 え、言ってたか? 全然聞いてなかった――ああ、思い出した。そうだそうだ。舞に渡された弁当の中身を見て、またかって思ってたんだった。そんな恨みがましく見てくるな。


「食べちゃ駄目だったの~?」

「ううん、葉月。大丈夫だよ。すぐに合流できると思ってたんだけど、私たちも来るの遅くなっちゃったしね」

「レイラが悪いんじゃん! 飲み物忘れたとか言ったからだよ!」

「なんでわたくしのせいになりますのよ!?」


 葉月の横に座った花音が、いつものように微笑みながら葉月の頭を撫でている。舞は舞であたしの隣に座ろうとしてきたから、ハアとつきたくもない溜め息が出てきた。このベンチに五人も座れるわけないだろうが。レイラはちゃっかり隣のベンチに座っているし。


「ほら」

「え、ん? なんで立たせようとするの?」

「隣のベンチが空いてるだろうが。ここに全員は無理だろ」

「あ、確かに!」


 あわあわと慌てて立ち上がろうとした舞が、「うわ!?」と足を縺れさせて転びそうになったから、グイっと腕を引っ張った。何とか転ばずに済んだな。あ、でも弁当は落ちたな。


「ぎぃぃやあああ!! あたしのお昼ご飯!!」

「平気だろ」

「このひっくり返ったお弁当を見て、なんで一花はそういうことを言えんの!?」

「だから、容器は外れてないんだから大丈夫だろ。中身はいつもと同じだろうが」

「違うんだよ! これ、花音に作ってもらったの! いつも同じおかずじゃ飽きるでしょって!」

「なんでお前だけ作ってもらってんだ!?」


 ちゃっかりしてるな!? こっちはお前の作った同じものをこの一週間食べ続けてんだよ! そんな不思議そうな顔をするな!?


「え、だって飽きたんだもん。毎日毎食じゃきついって」

「何をそんな当然みたいな顔してんだよ!? あたしがそれを毎日食べさせられてるんだが!?」

「え!? 今日のエビフライ失敗してた!?」

「そういうことじゃな――」

「いっちゃん、ちゃんと全部食べてたよ~」


 ――葉月ぃぃ!? お前、何をそんな普通にしれっと言ってんだ! ほら見ろ! 舞が気持ち悪いにやけ方してるじゃないか! というか、花音もなんで葉月に食べさせてるんだ!? それ、自分の弁当だろうが!


「ふーん、へー。一花ってば、そんなにあたしのお弁当、好きになってたんだね!」

「お前……よくもまあ、あんな顔して渡してきてるくせに何を言う!?」

「くふふ……照れてる照れてる! もう、一花ってば可っ愛いんだから~!」


 飽きてんだよ、あたしも!? 気付け! いっつもあんな縋るような目で「やっぱ食べたくない?」とか言ってくるから、あたしもさすがに直接言い出せないって気付け!


 そんなやり取りをしていたら、花音に作ってもらった弁当にもう箸をつけているレイラがあからさまに息を吐いていた。


「全く……ご飯の時ぐらい、静かにできませんの? 早くしないとお昼休み終わっちゃいますわよ」

「……どうしよう、一花。レイラにあんなこと言われて、今すっごい苛ついた」

「なんでですのよ!? っていいやあああああ!?」


 喰いついているレイラは、勢い余って身を乗り出したのか、おかずのミートボールを箸から落としていた。レイラはこう……あれだな。ツッコミ一回ごとに、何か一つ残念な気にさせられるな。


「あーもう。何やってるのさ? ほら、あたしの一つあげるから、泣かないでよ?」

「え、いいんですの――って、舞の弁当の中はぐちゃぐちゃになってるではありませんか!」

「そうだよ! ショックだよ! あたしだって朝から楽しみにしてたんだから!」

「なんでわたくしが怒られなきゃいけませんのよ!?」

「花音~、はい、あ~ん」

「ふふ、ありがとう、葉月。それより卵焼きもう一個食べる? はい、あーんして」

「あーん」


 全くもって、騒がしい事この上ない。


 レイラはレイラで単純だし、舞は舞でいつもどおり騒がしい。花音と葉月は場所関係なくイチャつき始めた。葉月、それ、逆に食べさせられてるぞ。


 でも、この光景が、今は本当に心地いいんだ。


 つい立ったまま皆のその姿を眺めていたら、舞がきょとんとした顔で見上げてくる。


「何、一花? なんか楽しい事あった?」

「? なんでだ?」

「笑ってたから」


 ……無意識だ。くそ、恥ずかしくなってきた。

 さらに突っ込まれたくなくて、レイラとは反対側の舞の隣に座ると、舞はそのまま嬉しそうに笑った。


「本当、照れてる一花は可愛いよね!」

「……いきなり何を言ってる?」

「笑ってるの自覚してないのを気づかれて、恥ずかしくなってるくせに」


 バレてる。最近、なんで舞はそういうのに気付くんだ? そんなに表情に出てるのか? さっきも葉月に顔のこと言われたしな。


「舞~、それは違うよ~?」

「ん? 何が、葉月っち?」

「いっちゃんはね! 悔しがってる顔が一番可愛いんだよ! ぶふっ!」


 思わず常時持っているハリセンを葉月に投げつけた。いきなり何を言い出すんだ!? あたしはな、別にいつも悔しがってるわけじゃないんだよ! そういう時は、大抵お前が予想斜め上のバカげた行動をしている時であって!


 文句の一つでも言ってやろうかと口を開きかけた時に、隣の舞がボソッと「なるほど」とか呟いたかと思えば、バッと顔をあげて異様にキラキラさせた目を向けてきた。


「じゃ、次はちゃんとやらなきゃね!」

「は?」

「一花を悔しがらせるのも、笑わせるのもあたしでありたいし! 待ってて、一花! 色々と考えてみるから!」

「いやいやいや、考えるな! お前が変な方向に行くと、それはそれで大変なんだが!?」


 この一週間の献立をまず思い出せ!? 葉月は本当に禄な事しか言わないな! なんで舞を煽るようなことを言うんだよ!? 舞も舞で簡単に火が付きすぎだろ!?


 それに、


「無理だろ、舞には」

「はあ!? なんでそんなこと言うのさ!?」


 つい口に出してしまったが、舞には無理だろ。

 キスとかハグだって出来てないじゃないか。この前、自分からするって言うから待ってたら、『まままままずはほっぺから……いや! 無理! 急にはやっぱ無理!』とか慌てふためいてるんだから。


 顔を真っ赤にして、少し涙目になって。


 皆がいる時はこんな風にバカげたことを言い合ってるっていうのに、そうやって二人きりになったら、あたしを意識しすぎるのが丸わかりでギャップがありすぎる。


 まあ、そういう舞が、あたしの心を温かくさせてくれるんだが。


「もう絶対絶対一花のこと、悔しがらせてやるんだから!」

「なんで負けず嫌いが出てくるんだ?」

「だって、葉月っちが知ってるのにあたしが知らないの嫌じゃん!」


 え、葉月に嫉妬してるのか? もうこっちのことは放っておいて、花音に膝枕してもらってるあいつに?


 ……本当、かなわないな。


 フッとつい笑ってしまったら、舞が一瞬驚いているようで、でもまたすぐ怒った顔をしていた。


「なんで笑ってるのさ!?」

「いやいや、バカだなって思ってな」


 怒ったり、笑ったり、本当に忙しい奴だ。


 積極的になったかと思えば、慌てたりして、本当に見ていて飽きない。


「もういいから、さっさとそれを食べたらどうだ? レイラなんてもう食べ終わるぞ?」

「え!? って、あたしのお弁当のおかず、いつのまにかこんな無くなってるんだけど! レイラ!?」

「舞がずっと喋ってるのが悪いんですのよ」

「だからってコロッケ一つしか残ってないんだけど!?」


 それもぐちゃぐちゃのな。

 レイラはもう満足したのか、キュキュッとあの訳分からないイラストが入っているお気に入りのハンカチで口を拭いてるし。


「っていうかお前、朝に自分の分も作ってたじゃないか。持ってこなかったのか?」

「持ってきてるけどさ~……花音のお弁当の方が食べたいじゃん!」

「じゃあそっちを食べるんだな。あたしも食べたんだ。お前もちゃんと食べろ。あと――」

「あと?」

「ちゃんと美味くなってたぞ」

「っ……」


 ちゃんと伝えると、舞の頬に赤みが増す。「ああ、もう……」とか言って、あたしから視線を外した。お前だって照れてるじゃないか。


「そういう、本当、そういうのズルいんだって」

「何がだ?」

「でも」


 まだ赤いまま、またあたしに顔を向けてきた。



「へへっ! それは嬉しいからいい!」



 満面の笑顔で、嬉しそうな顔をする。



 その顔を見て、やっぱりあたしの胸の奥がじんわりとあったかくなってくる。


「仕方ない! じゃあ、自分のを食べますか!」

「舞~、そのコロッケ食べないの~?」

「葉月っち、それはちゃんと食べるから! なんで花音の分食べたくせに、あたしのも食べようとしてんの!?」

「花音のご飯は私のものです!」

「ふふ、葉月。嬉しいけど、あれはちゃんと舞にあげようね。葉月のは帰ったらちゃんとまた作るから」

「花音、わたくしの分もですわ。ケーキもお願いしますわね」

「いやいやレイラ!? 何をそんなちゃっかり要求しちゃってんの!? 花音、あたしのコロッケも!」

「ああ、じゃあ今日は久々に花音の料理が食べれるのか」

「花音~、いっちゃんが不憫だからいっちゃんの好きなもの作ってあげて~?」

「そうだね。エビフライじゃないエビ料理作ろっか、一花ちゃん」

「いや、一花のはちゃんとあたしが作るし!」

「お前、それは理不尽すぎないか?」


 他愛もない会話を皆として、

 楽しそうな舞を見て、


 今のこの瞬間が幸せだと感じながら、


 葉月と同じように、空を眺めた。



「ここが……現実だ」



 誰にも聞こえないくらいの小さい声で呟いた。


 鮮やかな空の色が視界一杯に広がっている。



 その空がとても綺麗で、

 その白い雲がとても大きく感じて、

 その太陽の日差しが本当に暖かくて、


 皆の騒がしいどうでもいいことを言っている声が耳に届く。


 自然とまた頬が緩んだ。


 こいつらとまた色々と騒がしい日々が始まるんだな、なんてふと思ったりして、



 その未来を信じられる自分が、そこにいた。



ずっとずっっっと書きたかった、この場面!

最初っからこの葉月と一花がベンチで会話している光景だけがあって、やっと書けました! 感無量!

来週の舞Sideでこの番外編終わります! まだ書き終わってないけど、このまま勢いに任せて書いてしまいたい。頑張ります!

お読み下さり、本当にありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] もう終わりかー! 寂しくなりますね! ちなみに、レイラさんだけ独り身ですか?(笑)
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