74話 ずるい、一花は!
「え、あたしがですか?」
「ああ」
もうすぐ夏休み、というところで、九十九先輩に指名された。何にって? 買い出しに。
「今度、月宮学園の生徒会メンバーと体育祭の打ち上げをするだろ?」
「そうですね。場所は先輩の家でいいんですよね?」
「ああ。だから、その時に食べるものを色々と見積もってほしいんだ。神楽坂はそういうの得意だろう?」
そりゃあまあ、パーティー大好きだし。でもてっきり九十九先輩の家の人たちが色々と用意するもんだって思ってたんだけど……とか思ってるのが顔に出ていたのか、しかめっ面で睨まれた。
「今回は月宮と星ノ宮、両校の生徒会メンバーから費用が出るんだ。俺の家が全て用意するのはおかしいだろう」
「あれ? そうだっけ?」
「お前……この前の話聞いてなかったのか?」
聞いてなかった。最近は一花の行動に目を光らせてたし、そっちのことばっかり考えてた。
結局、一花はあれから二日経っても変わらない。葉月っちがたまにちょっかい出して怒られてるぐらいだし。ちなみにあたしは、ユカリと花音と後輩ちゃんの部屋を行ったり来たりまだしていて、同室の子たちとめちゃくちゃ仲良くなっちゃったよ!
いつまでも待つって思ってるけど! そうだとしても、ちゃんと考えてんのかどうかの反応は確認したいんだよ!
「だから聞いていませんでした!」
「そんな胸を張って言うことじゃないだろう!?」
正直に好きな人のこと考えてましたって言ったら、珍しく九十九先輩が声を張り上げてツッコんできた。いつもは眉間に皺を寄せて、眼鏡をクイっとやりながら、静かな声で怒ってくるのに。
ソファの方で後輩たちと書類を確認していた花音が苦笑しながら、あたしと先輩の方に視線を向けてくる。これは助けてくれる流れだ!
「まあまあ、九十九先輩。大丈夫ですよ。ちゃんと舞も今理解したでしょうから」
「桜沢! お前、こいつに甘くないか!?」
「そんなことないですよ? 寮でも舞にいっぱい仕事回してますから」
部屋に泊まらせてもらってるから、容赦ないんだよね、花音。それに九十九先輩。甘いですよ。花音の葉月っちへの甘やかしの方がよっぽどなんですって。
見せてあげたいわ、葉月っちを全力で甘やかしている花音の姿。髪を乾かすのは当たり前、着替えの手伝いも当たり前、ご飯を食べさせるのも当たり前。あの徹底した尽くしっぷり。葉月っちがさらにダメ人間になる気がしてきた……。
「舞はセンスもいいから、お菓子とかも色々と向こうの生徒会メンバーが気に入りそうなのも選んでくれますよ。先輩もそう思ったから買い出しを頼みたいと思ったんですよね?」
「……まあ、それが出来なかったら頼んだりしないんだが」
「ね、舞。大丈夫だよね?」
あ、あの、花音? そんな風に圧かけられるみたいに言われたら断れるわけないじゃん!? ま、あたし、そういうの好きだからいいんだけどさ。向こうの生徒会メンバーとは、この前の体育祭の時の交流会で大分打ち解けたから、好みも大体把握してるしね。
あ、でも……。
「……あいつだけは分からないんだよなぁ」
いつもあたしを目の敵にしてくる、変な長髪ピアス男をつい思い浮かべてしまってボソッと呟いてしまったら、目の前にいる九十九先輩に「ああ、あいつか」と簡単に見破られてしまう。九十九先輩だけじゃなくて、花音や阿比留先輩も思い出したみたい。
あいつと言っただけで、それがあの男になるのは、ここにいる全員の共通認識だ。この前の体育祭で散々あたしに挑発してるのを見てるしね。
「あいつのことは気にするな。小鳥遊のバカにやられたことに酷くショックを受けてるようで、それから家から出てこないらしいぞ」
「え!? そうなんですか!?」
確かに葉月っち、あの体育祭の時にあのバカ男にキレたらしいけど、でも直接は何もしてないんだよね!? あいつが逃げて勝手に転んだだけじゃなかったの!?
「あの時の怯えっぷり、酷かったすもんね」
「(コクコク)……」
後輩君と阿比留先輩が静かに頷いている近くで、花音が「うーん……」と困っていた。あたしは実際見てないんだよね。砲丸投げの玉を投げてたんだっけ? そんな簡単に投げれるものじゃないんだけど、葉月っちだしな。
「そんな酷かったの、花音?」
「まあ、葉月のやり方は褒められたものじゃなかったんだけど、私の事を思って怒ってくれたのは嬉しくて」
いやいや、花音……いきなり惚気ないで!? 脈絡なくそんな幸せそうにされても、みんな反応困ってるから! いくらここにいる全員が葉月っちと付き合ってるの知ってるからって、そのデレデレモードはまだ慣れてないんだって!
ゴホンと咳払いを一つしてから、九十九先輩が花音のデレデレモードを解除させた。さすが九十九先輩。
「とにかく、あの男のことは気にしなくていい。今度の打ち上げにも参加しない」
「え、そうなんですか!?」
「向こうの生徒会長がそれはもうご立腹でな。多分、相当絞られてるはずだ」
なぁんだ、それなら早く言ってくださいよ! いらない心配しちゃったじゃん。じゃあ、これで心置きなく、今度の打ち上げ用のお菓子決められるわ!
「そういうことなら、もうとっとと買ってきますよ、あたし!」
「は? 今からか?」
「今からって先輩? その打ち上げも今度の休みじゃないですか! こういうのは早くしとかないと、前日になってあたふたするに決まってますもん!」
うん! 間違いない! あたしのことだから『後でやりまぁす』ってなったら、絶対忘れるわ! ただでさえ今は一花の表情一つが気がかりでならないし!
「舞、一人でいくの?」
「大丈夫だよ、花音! もし自分の手で持ちきれなかったら、その時はメッセージ飛ばすから!」
「いやいや、神楽坂先輩一人でっていうのは申し訳ないっすよ。俺も一緒に行きますって!」
「(コクコクコク)」
後輩君が慌てるように立ち上がって、阿比留先輩が高速頷きを繰り返している。そんなに心配することないのに。だって買い出しだよ? 誰でも本来出来るじゃん。
その二人を「大丈夫大丈夫!」と言って、手で押しとどめてから、自分の鞄を肩にかけた。
「ヘルプ必要になったら、ちゃんと呼びますから! じゃ、花音! 何店か回って見てくるからさ、もしかしたら帰り遅くなるかも。だからご飯は先に食べてて!」
「私も一緒に行くよ、舞?」
「あっはっはっ! 花音はその書類片付けたら早く帰ってあげなよ! 葉月っちがワンコのように待ってるって!」
間違いない。寮の前で絶対ゴロンタを抱いて待ってるよ。花音が現れた時のあの葉月っちの嬉しそうな顔、実は結構見るの好きなんだよね。こっちにまで幸せが飛んでくる気がしてさ。
葉月っちが最近いつも見せるあの顔を思い出して、内心ほっこりさせながら、生徒会室を後にする。
さてさてさーて。どこのお店から行こうかな。あ、別に今日買わなくてもいいのかも。もし大変そうだったら九十九先輩の家に当日配達頼めばいいか。
「あれ? 舞~、もう帰るの~?」
月宮学園の生徒会メンバーが好きそうなお菓子を思い出しながらエントランスホールに向かうと、葉月っちの声がした。あれれ? 葉月っちもまだ帰ってなかったんだ? 花音に早く帰れって言っちゃったよ。
振り向くと葉月っちが鞄をグルグルと回しながら、靴箱の所にやってくる。隣にはもちろん一花の姿があった。
めっちゃ面倒くさそうに見てくるじゃん。なんでそんな目で見てくるのさ! また「諦めろ」とか言いたそう! そうはさせるか!
「却下!」
「……だから、何も言ってないだろうが。このやり取り何回やるつもりなんだよ」
「答えじゃない答えを言うつもりじゃん! 却下だから!」
「ハア……」
そんな溜め息ついても、こっちはもうダメージ受けないもんね!
「舞~、いっちゃんいじめるの駄目だよ~?」
「葉月っち……これはいじめてるんじゃないの! というか、一花の方が頑なになってるだけだから!」
「そうなの~いっちゃん?」
「違うわ……あのな、舞。いい加減人の話を――」
「ほら出た! 人の話を聞いてないのは一花の方だから!」
キョロキョロと葉月っちがあたしと一花を交互に見てくる。さすがに葉月っちが戸惑ってるね。だけど、これだけは譲れない!
「そうやってこれからもずっと聞かないつもりか? あたしが出ていくと言っただろ。いい加減、自分の部屋に戻れ。何人に迷惑かけてると思ってるんだ?」
「一花が答えを出してくれたらね! それに迷惑かけてないし! みんな仲良くしてくれてるし!」
「ただの厚意に甘えてるだけだろうが。じゃあ、またはっきり言ってやる。お前をそういう対象では見れない。これで満足か?」
何それ!? 全く気持ちが入ってないの丸わかりなんですけど! そんなんで、「はいわかりました」なんて、誰が言うってのさ!?
「却下!」
「……お前、どう言ったら納得するんだよ? まさか、受け入れる以外の言葉は却下するつもりなのか?」
そうしたいのは山々だけど、そうじゃないんだって!
「一花がちゃんと考えてくれた末で、好きか嫌いかをはっきりしてほしいって言ったじゃん」
「ちゃんと考えた末で、こう言ってるんだよ」
平行線。やっぱり一花は変わらない。あたしを好きかどうかじゃなくて、きてもいない未来を怖がってるだけ。絶対そう。最近は面倒くさくなってるのも入ってると思う。この一年で培った一花への観察眼、舐めてもらっちゃ困る!
一花の思惑通りにいくもんか!
「とにかく! 一花はちゃんと考えてあたしに言いなよ! そうじゃなかったら部屋には戻らない!」
「完全に意固地になってるだけだろうが……」
「舞~、部屋に帰って~?」
「葉月っち、悪いけどこれはあたしと一花の問題だから! 葉月っちも黙って見守ってなよ!」
あたしの言う事にむーって頬を膨らませた葉月っち。前に言ってたから、一花を困らせてるあたしにちょっと怒ってるのかもしれない。
だとしても、いくら葉月っちが一花を大切に思ってても、これは譲らないからね! 何かあたしに悪戯しようとしても、めげないし! あ、そうだ。
「花音はあたしのこと見守っててくれてるんだから、葉月っちも真似しといてよ」
「花音がそうなら、そうする」
変わり身早っ! 今は花音優先の葉月っちだから即答するとは思ってたけど、さすがにゼロ秒で表情変わるのを目の前で見ると、花音の存在の大きさがやばいって分かるんだけど! ま、まあ、こっちにはそれが都合いいからいっか!
「それより舞は何してんの~? 帰るの~? じゃあ花音は~?」
「花音はまだ生徒会室。でも今日は早めに帰れると思うよ。あたしはちょっとこれから生徒会の用事で買い出しいかなきゃいけないからさ。二人で先にご飯食べてなよ」
今日は長めにいちゃいちゃできると思ったのか、葉月っちがデレーっと表情を崩した。隣にいる一花に「いっちゃんいっちゃん、帰ろ~」とせっついている。そんな葉月っちを見て、また一花がハアと溜め息をついたかと思えば、あたしを見上げてきた。
な、何さ? そっちが変わらないように、あたしだって意見変えるつもりないからね!
「……あまり遅くなるな。お前には護衛つけてないんだから。この前みたいに遅くなると、花音だって心配する」
「え?」
え、何? 心配してくれてる? 花音って言ったけど、もしかして一花も?
さっきまで絶対一花の思い通りになってやるもんかって思ってたのに、ブワっと一気に嬉しさで胸が一杯になってくる。
ずるい……ずるい、一花は!
「なんで一花はそうなのさ!?」
「は?」
なんで意味わからなそうにしてるのさ!? あたしばっか一花の言葉で嬉しくなって、こんなに考えてんのに!
だから、ちゃんと一花ももっとあたしのことを考えてくれないと困る。
あたしばっかりで、こんなのフェアじゃない!
あーもう!
「一花!!」
「な、なんだ?」
「あたし、一花が好きだから!」
唐突のあたしの告白に、また一花がポカンと口を開けた。でも叫ばないと、もうこの嬉しさを爆発してしまいそうなんだよ!
「本っ当に好きだからね!」
「おおお、お前はいきなりこんなところで何を言い出してるんだ?」
さすがにこのエントランスホールでの大声での告白に一花があたふたしている。あれ? よく見ると、少し頬赤くなってない? もしかして……もしかして効果あり!?
前とは違って、一花のそんな些細な変化がある。
それだけで今かなり充実した感覚が広がった。
「もっとあたしのこと、ちゃんと考えてよね!」
「はあ!?」
もっともっと、もっとだよ。
あたしの言葉とか、あたしの表情とか、気持ちももっと考えなよ。
その先にある、一花の答えをあたしは知りたいんだから。
あたしの大きな声での告白に、周りにいた下校する生徒達何人かが気づいたみたいで、注目を集めていた。その周りにいる生徒とあたしを交互に見ていた一花が慌てふためいている姿に少しおかしくなってくる。
あの葉月っちまで「おおー!」と言いながら、何故か拍手していた。お、何々? あたしの潔い告白、気に入ってくれた? ふっふっ、でもこんなのまだ序の口だよ! あたしの一花への気持ち、言葉じゃ表せないぐらい大きいですから!
これから、もっと口に出して一花に言い続けよう。なんか効果あるみたいだから。
よぉっし、気分上がってきたぞぉ!
「じゃ、あたしも行くから! あ、葉月っち、おかずは全部食べないでよ!」
「えー無理」
「おい、舞! 言い逃げか!?」
「全部あたしの本当の気持ちだって! 一花もいい加減、ちゃんと自分の気持ちを考えなよ!」
ものすっごく恥ずかしそうにしている一花に背中を向けて走りだした。何故か周りから拍手の音が聞こえてくる。おお……なんか応援してもらってるみたいじゃん! 頑張るよ! 気分いいなあ!
さて、明日からどんな言葉を一花に届けようかな。少しでも意識するような、直接的なことの方がいいかもしれない。今まではおふざけで誤魔化してた部分が多いもんね。さっきみたいに毎日好きだって言ってやろうかな。そうすればまた一花はあたふたするのかも!
なんて、浮かれ気分で街のお菓子店に入り、目的を終えて、そのお店から出た時だった。
「……てめぇ……よくそんなご機嫌で俺の前に現れたな」
月宮学園のあの長髪ピアス野郎が、何故か怒っている様子であたしの前に立ち塞がった。
こいつ……そういや名前なんだっけ?
お読み下さり、ありがとうございます。