73話 あたしの気持ちは変わらない
「ねえ、舞。どうするの?」
生徒会室で書類に目を通していると、珍しく溜め息をついた花音が、それでも心配そうな顔で聞いてくる。
理由は簡単。
一花のことだ。
あれから一週間。一花の態度は変わらない。
あたしを見て、どう考えても「いい加減にしろ」とでも言いそうな顔をしている。だからその言葉を言わせない為に、一花が口を開く前にあたしは「却下」と跳ねのける。その繰り返し。
仕方ないじゃん! あたしが聞きたいのはその答えじゃない! せめてあたしのことを恋愛面では見られませんなら、こっちだってさすがに聞き入れるのに!
なのに!
絶対一花は絶対にまた「そんなの重要じゃない」みたいなことを言うつもりなんだよ!
あの顔! あたしを見るあの微妙そうな顔! さっさと終わらせたい気持ちが丸わかりだし! 思い出すだけで、腹が立ってくるんですけど!
なんっで一花は、ちゃんと自分の気持ちのこと考えないのかな!?
「……舞。書類は握りつぶさないでくれると助かるんだけどな?」
「はっ! 無意識だった!」
花音に指摘されて自分の手元を見てみると、言われた通りにぐしゃぐしゃの状態になった書類が! つい思い出して怒りが!
ワシャワシャとゆっくりその紙を伸ばしていたら、また花音が息をついている。そんな呆れなくてもいいじゃんか!?
「舞の方が意地張ってるように見えるんだけどなぁ」
「なんであたしなのさ!? あたしはちゃんと考えて返事しろって言ってるだけだし!」
「その気持ちは分かるんだけど……一花ちゃんの様子見てると、どうにもその気配がないというか?」
一花はだんだんと今の状況に慣れつつあるのか、教室でも我関せずで本を読むようになった。葉月っちもなんか静かだし。たまに机の上でなんか作ってる時あるけど、それをたまに一花が確認してるぐらいだし。
「このままずっとっていうわけにもいかないんじゃない? ユカリちゃんの部屋だって、ルームメイトの子もいるんだから」
「だから後輩ちゃんのところにもお邪魔してるんじゃん」
「あのね、舞。あの子の部屋にもルームメイトの子はいるわけでね?」
分かってるけど! でもいつまでも全くあたしへの気持ちを考えない一花が悪いんだもん!
「それに……レイラちゃんのことも気になるし」
「あたしだってあれは予想外だったけど……」
レイラ。そうレイラね。そうなんだよなぁ……。
レイラは学園には来てるんだけど、放課後、すぐにどっか行く。それとは別に午後から出席することも多くなった。
『ふふふ! 舞、見てなさい! わたくしだって、やれる時はやれるってことですわ!』
『はい?』
『見てなさい、一花! 今度という今度はわたくしがどれだけ優秀かを見せつけてやりますわ!! おーほっほっ!』
『あの、レイラ? 優秀ってなんのこと?』
『わたくしが根こそぎ一花のやることなすことやれば、一花だって楽になるってことですわ!』
目の下に隈を作って、勝ち誇ったような顔をしたレイラとそんな話をしたのは、つい昨日のこと。さすがにあの何日も満足に寝ていませんみたいな顔をしているレイラを心配して、花音と一緒に聞いてみたら、そんな答えが返ってきたわけだ。
「レイラちゃんのやりたいことも、まあ、少しは分かる気もするんだけど……一花ちゃん、絶対気づいてないと思うんだよね」
「いや、花音。まさかレイラが一花を助けるつもりでそんなことをするとは誰も思わないでしょ?」
レイラのやりたいことは一花を助ける事。
簡単に言うと、一花が今までやってきた葉月っちへのフォローとか、鴻城家でやっていたことを代わりにするということらしい。
レイラから簡単に聞いたぐらいだけど、あの宝月美園が入っている刑務所の管理とかも実は鴻城家の管轄内で一花がしていたとか。本当かは分からないけど。
他にも葉月っちのフォローのために、色々な企業にも顔が利くらしい。あの鴻城家の監視カメラに関してもだし、その為の警察への根回しもだし、それこそ葉月っちの親戚の如月家へも手助けしていて、もちろん鴻城家が何かしらする時も、一花も一員になってやっていると聞いた。
まさかそんなことまで……というものも、一花が全部手を貸しているみたい。本当かどうかは分からないけど。なにせレイラの言う事だから。
まあそれが全部本当の事だとして、一花からしたら、全て葉月っちの為にっていうことなんだろうけど。それより、葉月っちをそこまで厳重に四方八方から手を貸してもらわないと止められないことに、実は衝撃だったんだけど。
「レイラちゃんも無理しないといいけど」
「大丈夫じゃない? レイラだし」
うん。大丈夫。レイラだし。だってレイラだよ? 葉月っちにどんな悪戯をされても、怒りつつもケロッと平気そうに怒鳴ってるレイラだよ? 平気平気。
あたしが大丈夫だっていうように、伸ばした書類をヒラヒラとさせると、花音が困ったように笑っている。
「それで? 舞は一花ちゃんがこのまま何も答えなかったらどうするの?」
いきなり本題に戻った。どうするも何も! 決まってる!
「このままだよ!」
「あー……うーん……それだと何も解決しないと思うんだけどな?」
「仕方ないじゃん。一花が答え出さないのが悪い!」
言い切れる! これだけは言い切れる!
答えが出ないんだったら、もっともっとあたしのことを考えればいい!
「それだと、もう答えを出さないで、卒業するんじゃない?」
「大学部もあるじゃん!」
「葉月が行くって言えば、一花ちゃんも進学するとは思うけど……でも舞。あの二人、大学に行かなくても、十分知識も教養もあるんだよ? 高等部を卒業して、社会人としてやっていけるだけのコネも実力もあるし」
う……そんな冷静に花音も淡々と言わないでよ。そりゃあ確かに葉月っちは鴻城家の孫だし? レイラから聞いた限りでは、一花も大分鴻城家から頼りにされてるし? もしかしたら葉月っちが何かしらの事業を興して、一花がサポートしても絶対上手くいくだろうし。
……いや! ならない! まず葉月っちが大学部に行くはず! そうしたら一花も必然と進学することを選ぶ!
「花音が進学するなら大丈夫! 絶対葉月っちは花音についていく!」
「そうかな? 葉月はそこまで私にべったりじゃないんだけど。むしろ私の方が葉月にくっついてるし」
いやいやいや! 何言ってんの!? あの葉月っちだよ! ワンコみたいに寮の入り口で、帰りが遅い花音を待っているんだよ!?
「大丈夫! それまでにはいくら何でも一花だって、あたしにちゃんとした返事をくれると思うし!」
「大学部の卒業まで待つって事? 何年待つつもりなの……?」
さすがに呆れたような花音。ふっふっ! 甘く見てもらっちゃ困るよ、花音! 一花と初めて会ったのが小学生の時、それからずっと一花への変わらないあたしの気持ちは深いんだよ!
「花音、分かってないね」
「何を?」
ソファから立ち上がって花音を見下ろすと、きょとんとした顔で見上げてきた。
「何年でも待てるよ、あたし! だって一花のこと好きなの変わらないもんね!」
変わらない。
どんな一花でも、あたしの中の一花への好きは変わらない。
そりゃあ、今は一花が煮え切らない――というか、はっきりしないから苛立っている自覚はある。
受け入れてほしいって下心もある。
辛かったら助けたいなって気持ちもちゃんとある。
でも前提の、あたしが『一花を好き』っていう自分の心の中にある気持ちは、昔も今も変わっていない!
それをあたしはこの前一花と話して、より一層自覚したんだよ!
「それで舞はいいの?」
何故か不安そうに花音が聞いてきた。
きっと、あたしのこれからのこととか、いっぱい心配してくれてるんだろうな。
でもね、大丈夫!
「絶対大丈夫! 一花がどれだけ決断しなかろうが、どんな決断しようが、あたしの気持ちは変わらないから!」
うん、変わらない! それにね、花音。
「あたしはさ、この前ちゃんと話してよかったって思ってるんだよ」
「一花ちゃんと喧嘩してるようにしか見えないんだけどな……?」
「それでいいんだよ」
「え?」
意外そうに花音が思わずといった感じで聞き返してきた。いつも優しく気配りも出来て、頭もいい花音が分からなそうにしているのが、なんか楽しくなってきた。
「喧嘩出来てよかったんだよ。一花の本音をちゃんと聞けた」
聞けたのが良かったって、本当に思っている。
それはあたしへの気持ちとかじゃなかったけど、今まで一花がどんな気持ちでいたのかって知れてよかった。
えへへとつい笑うと、まだ花音は分からなそうな顔をしていた。ああ、ごめん。ついついあの時の一花の怒った顔を思い出しちゃって。
「そりゃあさ、一花があたしへの返事というか、自分の気持ちを考えてないのは今でも腹が立つよ。ちゃんと自分の気持ちぐらい把握しろー! ってね」
今でもそれはムカつきますとも。教室でも一花の様子をチラチラ観察してても分かる。あれは面倒臭くなっている顔だ。あたしと目が合うと、ハアといつも葉月っちについている溜め息をついてるもん!
「でもさ、それってずっと一花は自分の気持ちさえ蔑ろにしてたんじゃないかって思ったんだよね」
「蔑ろ?」
「うん。ずっと葉月っち中心で、自分のことなんて後回しで」
ある意味自己犠牲だ。あたしの嫌いな自己犠牲。昔のことを引き摺って、自分なんかがって一花は思ってる。
「だから、無理やりかもしれないけど、あたしはこれでいいと思う」
あたしに対しての気持ちを考えろっていうのは、もちろんあたしが知りたいっていうのもある。
けどそれとは別に、そうしないと、一花は自分の気持ちに向き合わない。
自分がどれだけ辛い思いをしているとか、
悲しいとか、
嬉しいとか、
楽しいとか。
「一花はもっとちゃんと自分の気持ちを吐き出すべきなんだよ。そうしないと、一花はずっとこのままなんだって思うもん」
それがこの前一花の本音を聞いたあたしの感想。
全くあたしへの気持ちとか考えてないことにイライラはしつつも、少し冷静になって出たあたしの結論。
『一花ちゃん自身が前向きに考えなきゃ、誰かに何を言われても、あの子は苦しんでいくだけなのよ』
お姉さんのあの言葉はきっとそう。
一花の家族も、レイラも、多分鴻城家の人たちも、それを一花に求めてる。
お姉さんも一花に前向きに考えてほしいんだよ。
もっと素直になっていいんだよって。
意地張らないで苦しいなら苦しいって言っていいんだよって。
自分を責めなくていいんだよって。
言葉通りにきっと一花は考えていない。
ずっとずっと自分が悪いみたいに思ってる。
自分が不甲斐ないせいだって思ってる。
部外者のあたしが気づくことに、一花は気づいていないんだ。
「だから待つ。一花がちゃんと自分の気持ちに気づいてくれるまで」
あたしを好きかどうかだけじゃない。
一花自身が本当はどう感じているのか、考えてほしいから。
「なんか……」
「ん?」
「なんか舞、強くなったね」
何故か嬉しそうにクスクスと笑う花音がそんなことを言ってきた。あ、あれ? あたし、なんか熱弁しちゃった!? 恥ずかしくなってきたんですけど!
恥ずかしさを隠すように、あたしもソファに座り直す。隣にいた花音はまだ笑っていた。
「ああ! もう! 笑わないでよ!」
「ごめんごめん。でもこの前までの舞とは違うなって思って」
「え、そう?」
「そうだよ。今までは一花ちゃんに対して、そんな強く言ってなかったから。いつも一歩下がってた感じだったし」
そ、それは……まあ、怖かったし、振られるの。
「ああ、でも……うん。そうだよね」
「いや、何がそう?」
「舞って、そうだよね。初めて会った時から、変わってないよね。前向きで明るくて、それが舞の良いところなんだよね」
いきなり褒めてきた! ちょちょちょ、さすがに照れるんですけど!?
「かかか花音、さすがに直球すぎる! 恥ずかしくなってきた!」
「ふふ、でも本当の気持ちだよ。前向きなところ、見習わなきゃなって私は思ってるから。でも最近、舞にしては落ち込んでるなって心配だったんだよ。色んなこと悩んでるなって」
「そ、それはまあ……」
実際、この前一花に振られたのは悲しかったしね。
「だけど安心した。舞の良いところは変わってないし、そんなはっきりと一花ちゃんを待つって言った舞がかっこよく見えちゃった」
「花音だって葉月っちに振られたとしても、諦めないでしょ?」
「葉月にはっきり振られてたら、私だって分からないよ」
よく言うよ。あの屋上で葉月っちに告白した花音の方が眩しく見えたのはこっちなんだけど。
「私は運が良かっただけ。葉月も私のことを好きになってくれていたから。鈍感だけど」
……鈍感。確かに葉月っちの鈍感さは桁が違う気がする。ああ、でも。
「それを言うなら、一花は葉月っち以上に鈍感かもね。自分の気持ちを分かってないんだから」
「一花ちゃんのは葉月とはまた違った鈍感かもね。周りの気持ちとかには気づくんだけどなぁ」
「は! 確かに! あたしの気持ち、前から知ってたらしいし!」
これは……葉月っちよりタチ悪いんじゃないの!?
ふふっと花音が今度は困ったように笑っていた。
「一花ちゃん、ちゃんと答え出してくれるといいね」
「いや、もう出してもらうんだよ!」
ここまではっきりと答えを迫ってるんだから、ちゃんと考えなよ、一花! そうしないとあたしは絶対諦めないんだから! あれ? ちょっと待って? これじゃあ振られてもいいってことになるじゃんか! いや、一花の気持ちをハッキリさせるためだからいいのか? いやいやよくない!
「一花がちゃんとあたしを好きって考えますように!」
「考えなかったらどうするの?」
「それでも諦めないけど?」
「ふふ、そっか」
もう既に一回振られてるんだから、何度振られても同じだよね! うん、そうそう! それに一花、あたしを振ったからって、今のところ誰も好きにならなそうだし! 脈あり!
そんなあたしを見てか、楽しそうにまだ花音は笑っていて、なんかこっちも楽しくなってきた。
もし振られたとしても、今度からはどんどんデートに誘おう! あ、お姉さんにもやっぱり協力してもらおう! 無理かもしれないけど!
久しぶりにこれからのことを考えてワクワクしていると、生徒会室に戻ってきた九十九先輩たちに不気味がられた。なんですか、その顔は!? え、気持ち悪い!? 先輩、それ女の子に言っちゃいけない言葉だから!
お読み下さり、ありがとうございます。




