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72話 面倒臭くなってきた…… ― 一花Side

 



 ……どうしろって言うんだ。



「いっちゃん、見て見て! 花音の卵焼きね! 今日のはニンジンさんが入ってるんだよ!」

「……」

「んふ~! んまひ~!! あまあまっ!!」

「…………」

「いっちゃんや、食べないの?」

「………………」


 いつもの中庭でのお昼時間。

 何も答えないあたしに焦れたのか、葉月が自分の箸であたしの頬を突き出した――から、反射的に最近葉月自身に作らせた手製のハリセンを素早く出して、バシッと叩いた。


「こんなことに使うのは酷いよ、いっちゃん!」

「やかましいわ!? 箸をそんな風に使うな!!」

「はっ! 花音のこの唐揚げも美味しそう!」

「聞けよ!?」


 さっさと花音のお弁当のおかずに興味を戻している葉月に目一杯抗議するが、全く聞いていない。こいつ……花音と付き合いだしてから、ますます他のことへの関心が薄れてきてやしないか?


 まあ、良い事なんだが。死ぬこと考えるより断然良い事なんだが。それだったら、悪戯の方にも関心を抱かないでほしいとも思うんだが。


 ジト目で見ていたが、モグモグと幸せそうに口を動かしている葉月に無意味だと気づいたから、自分に渡された花音の弁当に視線を戻した。葉月とは違うおかずだ。花音の奴……気を遣ったんだな。あたしの好きなエビフライが入っている。


 だが、どうにもそれを口に入れようと思わない。


 原因は朝の出来事だと分かっている。


 朝、部屋を出たタイミングで葉月たちと一緒に舞も出てきた。あたしを見たから、もうさっさと諦めろと言おうとした瞬間、


『却下!』

『……は?』

『その顔、碌に考えてなさそうだもん! 却下だから!』

『はあ!?』


 そんな意味不明なことを言い逃げされた訳で。


 学園に来ても、あいつはチラチラとあたしの方を見ているかと思えば、目が合うとムスッとした不機嫌そうな顔になって顔を背けるの繰り返し。


 それでやっと今、昼休みになって、この中庭に来れた訳で。


「……ハア」

「いっちゃん、食べないの? じゃあ、いただきます!」


 あたしの弁当箱から葉月がヒョイッとエビフライの一本を取っていく。それも取り返す気にもなれない。


「いっふぁん、おほはらいほ?」

「……」


 口に物を入れた状態で喋るなといつも言っているのに、葉月は葉月で一向に聞く気配がない。もうツッコむ気力もないんだよ。


 放っておいたら、ゴクンとそのエビフライを飲み込んだ葉月が、チラチラとあたしの方に視線を向けてくる。


「いっちゃん、食べないなら私が全部食べちゃうよ?」

「……」

「本当に食べちゃうよ?」

「……もう好きに食べろ」

「いっちゃんが……エビフライを譲った!?」


 お前が食べるって言ったんだろうが。何をそんなこの世の者でもないものを見たみたいな顔をするんだ。


「いっちゃん! 先生に診てもらおう! そうしよう!」

「大袈裟すぎるわ!?」

「だって、エビフライだよ!? エビだよ!?」

「見れば分かる!」

「それをいっちゃんが食べないなんて!! この世の終わりじゃないか!」

「なんでだよ!?」


 たかがエビフライを食べないだけで、この世界が終わる訳ないだろうが! 


「いっちゃん、元気ないの……舞のせい?」


 少し声を低くして、葉月がいきなり聞いてきた。これは気に喰わないことがあった時の顔だな。昔はこんな風に思い通りにならない時によくしていた。


 だが……お前の今のスイッチの入れ方が分からん。舞のせいだとして、なんでお前が怒るんだ?


「確かに舞に困らされてはいるが、お前が怒ることじゃないだろ?」

「舞のせいなら……金輪際いっちゃんに近づけさせないよ?」

「お前が言うと酷いことになるからやめろ」


 本当、何をしでかすか分かったもんじゃない。こいつの場合、舞の家から何から全てをなかったことにしそうだ。そこまでのことを誰も望んじゃいない。


 ペシペシとハリセンで軽く叩くと、むーっと頬を膨らませている。


「余計なことを考えるな。お前は花音のことだけ考えていればいいんだよ」

「いっちゃんも大事だもん」

「だったら余計に考えるな。舞に何かしたら、他の悩みの種が出てくるだろうが」


 ただ舞に諦めてもらえばいいだけの話なんだよ。それだけのことだ。


 葉月の弁当箱から卵焼きを勝手に箸で取って、それを葉月の口に無理やり入れる。こういう時は他のことに集中させるのが一番だ。


 モグモグモグと、いつもは一瞬で表情を変えるのに、まだ眉を寄せて食べている葉月にまた自然と溜め息が出てくる。


「舞のことは何とかする。だから大丈夫だ」

「ほんほう?」

「多分……」


 そんなジトっとした目で見てくるな。舞の今日の態度から、自信が今のところさっぱりないだけだ。


 卵焼きを飲み込んだ葉月が、仕方ないとでもいう感じで、今度はちゃんと自分の弁当箱からウインナーを箸で取って口に放り込んでいる。


「いっふぁんはほうひゅうはらひい」

「飲み込んでから喋れ」


 何喋ってるのかさっぱり分からん。

 というか、やっぱりツッコんでしまったじゃないか。


 ハアとまた息をついてから、やっと自分のエビフライを一口食べる。……うまいんだよなぁ。これ、いつものタルタルソースと違くないか? 花音の料理の腕前が前より段違いに上達してるんだが。


「いっちゃんや」

「なんだ?」

「花音のご飯美味しいね」


 顔に出てたか? 葉月が妙に満足しているような視線を向けてくる。やめろ。そんな生暖かい目で見てくるな。


 そんな目にイラっとしたから、葉月の弁当箱から卵焼きを一つ取ろうとした時、



「見つけましたわよ、一花!」



 何故か後ろから、自慢の縦巻ロールを振り乱し、顔を真っ赤にさせて睨みつけてきたレイラがきた。なんだ? 何か怒ってるのか?


「いきなりどうした?」

「ハアハア! なんっで教室にいませんのよ!?」


 なんでと言われても。ここに来るの、葉月が好きなんだよな。未練があるのか、時計塔が見えるからだろうけど。


「おかげで探し回ったじゃありませんの!?」

「知らん」

「そういやレイラ~。どうして午前中いなかったの~?」


 葉月の言うとおり、レイラは午前中来なかった。てっきり休みかと思っていたんだが?


 そのレイラは、ハアハアと息を整えて、ご自慢の縦巻ロールをブンっといつもみたいにぶん投げている。


「少々、行きたいところがありまして。そちらを優先しただけですわ」

「つまりサボりか?」

「学園長に怒られるよ~、レイラ~?」

「違いますわよ!? ちゃちゃちゃんとお父様にも話はしておりますわ!」


 いや、絶対言ってないだろ。ものすごく目を明後日の方向に動かすなよ。分かりやすすぎるわ。


「で? あたしに何か用事か?」

「え?」

「いや、え? じゃないだろ。あたしのことを探し回ってたんだろ?」

「そうですわよ! おかげで屋上から教室、生徒会室まで探し回る事になったんですのよ!? どれだけ疲れたか分かります!?」

「だから知らん」


 というより、あたしと葉月はいつもこの中庭でお昼食べてるんだから、それぐらいもう知ってるだろうに。何で今更、学園中探し回らなければいけないことになるんだよ。ああ、そうだな。どうせ忘れてたんだろうな、こいつのことだから。


 葉月はもう飽きたのか、モグモグと呑気に時計塔を眺めながらご飯を食べだしているし。


「ハア……で? 何の用だ?」


 またちゃんとレイラに聞くと、今度はニンマリと気持ち悪い笑みを浮かべだした。こいつ、顔面忙しいな。というより、何か聞くの面倒くさくなってきたぞ。


「聞いて驚かないでくださいませ!」

「わあ、驚いた。もういいか?」

「まだ何も言ってませんわよ!?」

「いっちゃんいっちゃん、このきんぴらごぼう、いっちゃん好みかも~」

「ほう? 食べてみる」

「無視しないでくださいませんこと!?」


 あー鬱陶しい。さっさと言わせた方がもう楽か?


 仕方ないからまた聞こうとして口を開きかけた時に、レイラが不穏なことを言いだした。



「わたくし、これからはあの美園の入っている刑務所の管理を任せられることになりましたの!」



 …………はあ?

 レイラが? あの場所を?


「ふふふふふ! もう一花の出る幕はありませんわ! それを伝えたかったんですのよ!」


 胸を張って堂々としているレイラは自信たっぷりにまだ言っている。葉月もさすがにきょとんとした顔をしていた。自分もだが。


「レイラが~?」

「そうですわよ、葉月! ちゃぁんと源一郎さんにも許可出して頂きましたわ!」

「源一郎さんが?」

「ええ、ええ! そうですわよね! 信じられないのも無理はありません。ですが、源一郎さんはちゃぁぁぁんと、わたくしの価値を分かっていたって事ですわね! 力だけが強い、小さい小さい一花には到底任せられないと思ったのでしょ――ぶほっ!」


 あ、しまった。ついハリセンをレイラの顔目掛けて投げつけてしまった。誰が小さいだ誰が、と思ってしまってつい。


 そこまで強く投げつけたわけではなかったが、レイラは見事な曲線を描いて、背中から芝生に倒れ込んでいる。隣で葉月が「レイラってバカ~?」って呟いていた。同感だ。


「いきなり何するんですのよ!?」

「お前が悪い」

「いきなりこんなもの投げてきた方が悪いとは思いませんの!?」

「レイラってバカだね~」

「なんでわたくしがバカになりますのよ!? わたくし、ちゃんと受け身を取りましたわ!」

「「…………」」


 絶対葉月も今、「そこじゃない」と思ったことだろうよ。あたしもだ。

 レイラはそんなあたしらに構わず、「まあ、いいですわ」とか言って立ち上がっている。何がいいのかさっぱり分からん。


「そういうわけなので、一花! あなたの出る幕はもうありませんのよ!」


 頭の天辺に、どう刺さったのか芝生のひとかけらを空に伸ばしているレイラを見て、まだそんなことを言っているのかと呆れてしまう。あんなにキレイにピンっと草って刺さるんだな。


 レイラは言いたいことを言ったのか、満足気にうんうんと頷いていた。


「これから、わたくしもっともっと一花から色んなことを奪ってやりますわ!」


 意味わからんことをまだ言いだしたぞ。


「見ていなさい! わたくし、あなたからもう全部、ぜぇ~んぶ奪ってあげますから!」


 ビシッとあたしを指さしてから、レイラは「おーほっほっ!」と高笑いして、クルリと踵を返したかと思えば、お腹を盛大にグウと鳴らせていた。


「レイラ、あげないよ~?」

「そういや、花音がお前用にって教室に弁当持ってきてたぞ」

「なんでそれを早く言いませんのよ!?」


 いや、食べてないとは思ってなかったんだよ。

 レイラは恥ずかしかったのか、せっせと走り出して、教室に戻っていった。


 そんなレイラの後ろ姿を、意味わからんと思いながら見送るしか出来ない。


「いっちゃん~、レイラ、何しにきたの~?」

「あたしが聞きたい」


 奪うとかなんとか言ってたな。いや、何を奪うっていうんだ?

 源一郎さんも何を考えてるのか。あの刑務所の管理をたかが女子高生が管理できるわけないっていうのに。


 舞のこともあるのに、レイラまでなんか変なことを言いだすし。


 ……ハア、気が重い。

 めちゃくちゃ気が重い。


「いっちゃんや、お疲れだね~」


 葉月がさすがにポンポンと慰めるかのように、あたしの頭に手を置いてくる。


 葉月の件が落ち着いたかと思ったのに、次から次へと出てくる問題が本当に悩ましい。

 色々な事があたしの描く予想を否定してくる。


 ……考えるの、面倒臭くなってきたんだが?


お読み下さり、ありがとうございます。


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