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69話 叫び

 

「お前には関係ないことだ」


 冷たい声で言ってくる。

 はっきりと拒絶の言葉をあたしに投げつけてきた。


 でも、怯むわけにはいかないんだよ!


 気持ちを奮い立たせるために、ギュッと自分の手を握って真っ直ぐに一花を見た。


「関係あるんじゃん。ムキになってるの分かるんだけど」

「関係ない。お前がどう思おうが、お前の告白と昔のことは関係ない」

「どこがさ? 昔のその件を引きずってるから、あたしからの告白を断ったんじゃないの?」

「お前からの気持ちを受け入れられないから断った。それだけだ。これ以上は話の無駄だ」


 一方的に話を終わらせようとして、一花がその場所から立った。これ、もう話をする気がない感じだ。でも駄目だ。ここで終わらせるわけにいかない。


 だけど、これ以上どうやったら一花から本音を出せるのかが分からない。


「お前がこの部屋を使いたいなら使えばいい。だったらあたしが出ていくだけだ」

「え?」

「はっきりと言ってやる。お前とルームメイトをこれ以上続けることはない」


 だだだ駄目だ。これ、もう一花の中で決定事項のことなんだ。

 でもどうしたらいい? どうすれば引き留められる? このまま終わるなんて絶対嫌だ!


「ままま待ってよ! まるで逃げてるみたいじゃんか! そんなに葉月っちにしたことを引きずってんの!? でもそれでどうしてあたしの気持ちを受け入れられないってなるのさ!!」

「だから、それとこれとは全く関係がないと言っている。何度も言わせるな。もう話は終わりだ。あたしの荷物はあとで取りにくる」

「部屋替えならあたしが認めないって言ったよね!?」

「部屋を変えなくても、この寮から出ていけばいいだけの話だ。お前の許可なんていらない。葉月のことがあったから、あたしは寮住まいだっただけだ。学園は実家からでも通える」

「一花がいなくなったら、葉月っちのこと止める人いなくなるじゃん!」

「花音がいる」


 悉くバッサリとあたしの言葉に反論してくる一花。本当にもう話す気がない。これ、やばい! このままじゃ、一花はこのまま実家に戻って、このままこの寮を離れる気だ!


 駄目だ! 

 駄目だ!!


 駄目だって!!



「一花がやったことなんて、ただ葉月っちを楽にさせようとしただけじゃん!!」



 ……あ。


 あ、あたし、今、何を……


「楽に……だと……?」


 ドアの前で、あたしに背を向けたまま、一花がボソッと呟いた。


 今までよりずっと低い一花の声。

 誰でも分かるくらい、今の一花は怒っているのが分かる。伝わってくる。

 あたし自身、もし自分がそんなことを言われたら怒るかもしれないことを、自分で言った。


 いくら焦ってたからってありえない! バカすぎる! 

 一花が誰よりもそのことを記憶に刻んでいたのを、さっきお姉さんから聞いたばかりだったのに!


 だから、

 支えたいって、

 助けたいってそう思ってたのに!


 さっきの自分の言葉は、誰が聞いても、一花のことを何も考えていないような大失言じゃんか……!


 内心自分を滅茶苦茶罵って、どうしようって不安で溢れてて、冷や汗なんかも出てきている時に、ゆっくりと一花が振り向いてきた。


 あたしを見るその顔を見て、本気でさっき言ったことを後悔した。


「お前……本気で言ってるのか?」

「ち、ちが……ごめん! 違う! こんなこと言うつもりはなくて!」

「本気で……本気で葉月を殺した方が! あいつの為だったって! あいつを楽にさせる方法だったって言ってるのか!?」


 一花の怒声が部屋に響き渡って、ビクッと反射的に体が震えた。


 これは、本気で怒っている一花だ。

 あの時、宝月美園に対して怒った時よりも、さらに怒っている。


 怒った一花の姿に圧倒されてしまって、言葉が出てこない。何も言えない。

 こんなに怒ってること、今までなかった。


 目の前の一花は、ギュッと自分の拳を握って、険しい表情であたしのことを睨みつけてくる。


「お前がバカなのも知っている。単純なのも知っている。だが、たかが姉さんから話を聞いただけで、全てを分かったみたいなことを言ってくるとは思っていなかった」

「ちが――」

「違わないだろうが!!」


 違うって言いたいのに、一花はそれすらも遮ってくる。

 抗えない。


 その怒りに。


「見てもいない。その場にもいない。美鈴さんたちを知っているわけでもない。そんなお前が! 何をどうやったら、全部を分かることが出来るっていうんだ!?」


 正論だ。

 正論すぎて、何も言えない。


 目の前の一花が、苦しそうに目元を歪めて、あたしを見てくる。

 その姿が、とても見ていられなくて、自分の心臓がギュウっと締め付けられた。


 ……謝らないと。

 さすがに、今のはあたしが悪い。


 だけど、全然何も言えない。

 それぐらい、今の一花は冷たい目をしている。


 ハアハアと息を荒くしていた一花が、落ち着かせるためか自分の目をギュッと瞑っている。


「お前に悪気がないのは分かる。大方、話を聞いてあたしを慰めたいとか、同情したんだろ? だがな、分かったように言ってくるな。お前は何も知らない。知る事でもない」


 ……え?


「いい加減、目を覚ませ。あたしのことを好き? なんで好きだって言えるんだ? 知らない人間を、どうやって好きになるっていうんだ?」


 ま、待ってよ。なんでそうなるのさ?


「あたしは、お前が思うような人間じゃない。お前が目にしているあたしは、ただの幻想だ」


 幻想? 


「お前の好きは、好きじゃない」


 ――さすがに、それは聞き流せない!


 さっきまで本気の一花の怒りを感じて竦んでいた体が、心が、動き出す。


「何、それ?!」


 立ち上がって、真っ向から一花を見据える。でも一花はこっちを見ない。さっきよりもその姿に苛立ちを覚えた。


「あのさ! 一花が決めることじゃないよ、それ! 好きだよ! 好きだから、一杯泣いて、一杯悩んで、でも一花のこと考えるだけで嬉しいんだよ!」


 幻想でも何でもない! この気持ちは確かに『好き』なんだよ!

 それを一花には否定させない! 誰にも否定させない!


 だって、



 他ならない、あたし自身の本当の気持ちなんだから!



「一花こそ知らないじゃん! あたしがどう思っているのか! 感じているのか!」

「お前はあたしを知らないから、そんなことを言えるんだよ!」


 あたしの言葉を打ち消すかのように、一花が声を張り上げて、顔を上げてきた。さっきと変わらない冷たい眼差しで、あたしを睨みつけるようにして。


 何さ……何さ、何さ!?

 さっきから知らないからどうだとかなんとか!


 だから、知りたいって思うんだよ!


「だったら教えてよ! 知りたいんだよ、一花のこと!」


 一花に負けないように、声を張り上げる。

 ここで一花の気迫に負けたら駄目だって分かるから。


 それに、あたしの気持ちを疑うとか、普通に許せないし! たとえ一花でも!


「教えてよ、ちゃんと! 一花がどう思ってるか、ちゃんと!」

「――あたしは! 自分の意思で、あの時葉月を殺そうとしたんだよ!!」


 ――――え?


 予想外のことを一花が叫んで、言い返そうとしていた言葉が真っ白になった。


 目の前の一花は苦しそうに自分の胸元を服ごとギュッと掴んでいて、でも真っ直ぐにあたしのことを睨んでくる。


「あたしはな! 自分がいいと思って! 自分が楽になりたいから! だから、葉月を殺そうとしたんだよ!」


 ハアハアと呼吸するのも苦しそうに、一花はそれでも言葉を投げつけてきた。


「葉月の為を思ってじゃない! 自分が楽になりたかったんだ! そうすれば、もうあの光景を見なくて済むって! 美鈴さんたちがどれだけあいつを愛していたかも知っていたのに!」


 だんだん、一花の目元に雫が溜まってくる。


「母さんたちが止めなかったら、あたしはあいつの命を奪っていた! 自分の都合で! 自分を楽にする為に! あたしはそういう人間だ!」


 その声が、


「あたしにとって、葉月はこっちが現実だって教えてくれる唯一の存在だ! 替えのきかない、大事な奴だ! だけどな! そんなあいつを! あたしは自分の都合で殺そうとした!」


 その叫びが、


「その意味が分かるか!? 分からないだろ! だったら教えてやるさ!」


 その頬を流れる涙が、



「あたしは、あたし自身がどれだけ大事だって思っている人間でも! 自分が楽になる為なら、殺すことに何も躊躇わない最低なクズなんだよ!」



 これでもかというほど、訴えかけてくる。


「だから知らないって言ったんだ! お前が知らなくていい事だって! お前の言う優しいあたしなんていない!」


 聞いているあたしの胸を鷲掴んでくる。


 苦しくなってくる。


 あたしが思っているより、ずっとずっと、



 一花は苦しんでいる。



「もしお前の気持ちを受け入れたとしても! いつかあたしは同じことをする! また同じような場面が訪れたら! あたしは躊躇いなくお前を殺すことを選ぶ! それを出来るのがあたしなんだよ!」


 どうしてずっと気づかなかったんだろう。


「これが事実だ! お前の知りたかったことだ! それでもまだ、お前はあたしのことを好きだって言えるのか!?」


 一花は、


「自分がいつ殺されるかもしれない相手を好きだって言えるのか!?」


 誰よりも、



「あたしだったら、答えはノーだ! そんな危険な奴の傍にいられない!」



 自分のことが嫌いなんだ。



 ハアハアと息を荒くして、言い切ったのか、目を瞑って顔を下に俯けている。


 そんな一花を見て、ギュッと自分の拳を握った。



 なんてバカだったんだろう。

 こんなに追い詰めるまで、一花は自分を嫌っている。


 そんなことに今まで気づかなかった。


 やっと分かった。

 やっと分かったよ。


 今の一花の言葉で、やっと分かった。



 一花が、ありもしない未来を怖がってる事。


 一花が自分のこと大嫌いだってこと。



 ……ああ、そうか。


 そうだよね。

 だって、葉月っちの一番近くにいたのは、一花だから。

 一番隣にいたのは、一花だから。


『いなくなることを怖がってるからね』


 そういえば、そんなことを花音が言っていた。

 それは葉月っちのことで、その時は葉月っちのことを言ってるって思った。両親の事や、前世の記憶のことを。


 考えて見ればそれは一花も同じで、

 影響されているのも当然かもしれない。


 だけど、

 葉月っちとは違う意味で怖がってる。


 似たもの同士。

 そんな二人だから、お互いに必要な唯一の存在になったのかなって思う。


 けどさ。


 スウッと息を吸い込んで、一花を見つめる。



「――馬鹿だよ、一花は!」



 大きな声で一花に言うと、顔を伏せていた一花が顔を上げて、さっきまでの睨みつけていたような目を丸くさせていた。



本当はキリ良くもう一話更新出来たら良かったんですが、間に合わなかった! ごめんなさい!

今年も本当にお世話になりました! ここまでお読みくださり、感謝しかありません! 感想・評価・いいね・ブクマ、いつもいつも本当にありがとうございます! 

皆様も体調等お気をつけて、来年もお付き合いしていただければ嬉しく思います!

よいお年を!

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