64話 嫌いだ
番外編 前編の一花視点ですが、かなり飛び飛びで駆け足です。
今は物語を進ませることを優先したいと思っていますので……物足りないと感じられる方がいたら、先に謝ります……すいません。
嫌いだ。
あたしは自分の事が嫌いだ。
だって、あたしは何も出来ていない。
いつも、あたしは守られている。
愛する家族に、守られている。
美鈴さんたちにだって、守られていた。
でも、自分では何も出来ていない。
葉月に笑顔を取り戻させることも、
美鈴さんたちの代わりにあいつを守ることも、
全部、周りにいる人間がやってくれた。
唯一、あたしがしたことは、葉月の願いを最悪の形で叶えようとしたこと。
そんなの、美鈴さんたちが許すはずないのに。
母さんにも、
姉さんにも、
兄さんにも父さんにも、
ただ、心配させるだけの自分しかいない。
どんなに大切だと思っている人間でも、楽な道を選んで、傷つけることを選ぶ。
それが、あたしだ。
■ ■ ■
「いっちゃん、いっちゃん! 牛がいるよ!!」
笑っている葉月がいる。
子供の頃から望んでいた笑顔だ。
「葉月、やっぱりお弁当、私が持つよ。リュックに入れてたら、グチャグチャになりそうだし」
「ん? いい、自分で持つ」
「そう? 大丈夫?」
「うん。花音の卵焼き、大事」
隣には、嬉しそうに笑っている花音がいる。
手を繋いで、幸せそうに2人は笑っている。
その光景は、まさしく自分が望んでいた光景で、心が温かくなる。
美鈴さんたちと一緒に、幸せそうに笑っている葉月を見るのが好きだったから。
良かった、と、本当に思っているんだ。
「ほら、いこ。急がないと葉月っちにおかず食べられちゃうよ!」
「……そうだな」
あたしの隣にいる舞は相変わらずで、積極的にあたしにアプローチみたいなものをしてくる。
葉月は美鈴さんたちに数年ぶりに会いにいき、源一郎さんたちとも和解して、花音とも両想いになった。驚くほど、あいつは子供の頃の自分に引っ張られることはない。声も聞こえてこないと言っていた。
だから、もうあたしが心配する必要はないと分かっている。
そして流される。
今の恵まれている自分の状況に。
この時も、少しぐらいならと思って、舞の手を取った。
緊張しているのか、少し汗ばんでいて、でも温かい手だ。
舞は耳まで顔を赤くさせながら、それでもあたしの手を離さないで歩いていた。
こんなことで、やっぱりお前は、そんな顔をするのか。
そんな舞の様子がおかしかった。
でも胸の中はモヤついてくる。
忘れちゃいけないのに、
自分のこの手は、大切な人を傷つける手なのに、
それでも、この温もりを嬉しく感じる自分がいる。
― ― ― ―
期待だけを、舞にさせている気がする。
一喜一憂している舞を見ていると、そう思う。
「だって、嬉しかったんだもん!! 東雲家から援助されてるって聞いて、家の人に言われてるから友達になってくれたのかな、なんて思っちゃって」
体育祭の後に嬉しそうに舞はそう言って笑っている。
そんなバカげたことを考えていて、だから最近、見るからに凹んだ表情をしていたのかと思った。
だから、本心を普通に言っただけだ。
そんなに嬉しそうになることを言っていない。
『ルームメイトは解消するつもりだった』
『でも葉月と打ち解けたから、だから大丈夫だと思った』
『そんなことで悩んでたのか、バカらしい』
ただ、それだけを言っただけだ。
でも目の前の舞は、悩みの種が解消したのか、晴れ晴れとした顔で笑っている。
単純だ。
そんな単純さに呆れつつも、その笑顔を見れただけで、十分だとも思う。
悩んで曇っている表情より、ずっといい。
見ていて飽きさせない、そっちの方がずっといい。
悩んでいる顔も、悲しそうな顔も、舞には似合わないと思う。
「あ、あたしのこと、一花は結局どう思ってる!?」
確信的なことを、緊張しているのか声を上擦りながら聞いてきた舞に、一瞬固まった。
――はぐらかしたい。
このままルームメイトのままでいれば、舞は傷つかないと思っていたから。
友達のままなら、大丈夫だと思ったから。
「……ルームメイトだろ」
「……ですよね」
あたしが自分の気持ちに気づいていないと思っている舞は、やっぱりあたしのその嘘の言葉に騙される。
でも、違うんだよな。
お前の望む答えは、違うものだ。
分かっている。
お前が聞きたい言葉を。
でも、それを受け入れられないあたしがいる。
受け入れられない言葉を伝えたら、舞は傷つく。
そんな誰でも予想できる未来を頭に描いてしまう。
そんな未来を想像するだけでも、手は震えてくる。
葉月に手を掛けた時の感触を、体は思い出させてくる。
舞に気づかれないように、ギュッと自分の拳を握った。震えが止まるようにと願いながら、あの時の光景を思い出さないようにしながら。
タイミングよく、葉月がバカな騒ぎを起こした。
助かった。
はぐらかせた。
舞への返事をうやむやに出来たことにホッと胸を撫で下ろした。
― ― ― ―
舞の気持ちを受け入れたらどうなるのか。
あたしは変わらないだろう。
まだ起こっていない未来に怯えることになると。
受け入れなくても、受け入れても、
あたしは『大切な人を傷つける』ことに、怯えていくことになるだろうと。
もしかしたら、舞を自分の手にかけることを選ぶかもしれない。
もしかしたら、自分の家族を手にかけることを選ぶかもしれない。
そんな恐怖が、ずっとずっと心の奥底に根付いてしまったのを自覚している。
だから、舞の告白は避けたかった。
どちらにしても、舞を傷つけるから。
その事実に、またあたしの体も記憶も、子供の時の光景を思い出させると思うから。
自分が善人じゃないことを、
思い知らされるから。
「あたし……一花が好き」
そんなあたしの想いに、舞が気づくはずがない。
思わず言ってしまったというような顔をしている舞とは反対に、ドッドッドッと心臓が嫌な感じに騒がしくなっていく。
苦しくて、苦しくて、吐き気もしてきた。
でも……そうだよな。
お前は、いつも恋人がほしいと言っていた。
ずっとずっと、あたしにいっぱいアプローチしてきた。
あたしに、自分を好きになってもらいたかったんだよな。
分かっている。
それが舞を喜ばせることだって。
だけど、
だけど、
どうしても、舞を傷つける未来を想像してしまう。
だから、
傷つけるにしても、
今だけの傷でいられるようにするしかないんだ。
「………………すまない」
自分でも驚くほど、か細い小さい声で呟いた。
目の前の舞は、どんどん表情が崩れていく。今にも泣きそうな顔で、苦しそうで、悲しそうで。それと比例するかのように、あたしの心臓も脈打っている。
思い出させるかのように、息も少し苦しくなって、
身体も、震えてきて、
やっぱり、
あの時の感触が手に蘇って、
抑えるために握ろうとしても、指は動かない。
それでも、もう舞の顔は見ていられなくて、自分の手に気づかれないように踵を返す。無理やり足を動かして、少しでも早く舞の傍から離れたかった。
「いっちゃん……」
葉月と花音もそこにはいたが、でも葉月に答えることはできない。
苦しくて、吐きそうで、
今さっき舞を傷つけた自分を許せなくて、どうにかなりそうだった。
葉月に答えず、みんなから距離を取る。もっと離れるように、なんとか足を動かした。
「っ……はっ……」
苦しい。
息が、出来ない。
誰からも見つからないように、公園を過ぎてから、自分の身を近くにあった建物の裏に隠す。
苦しくて苦しくて、もう動けなくなって、その場に膝をついて蹲った。
歯を食い縛ってギュッと目を瞑る。
嫌でもあの時の、葉月を手にかけた時の光景が出てくる。
最悪だ。
やっぱりと思っていたけど、予想通りになるなんて。
舞を振って傷つけたことが、自分で許せないから。
自分が選んだことだとしても、許せないから。
その選択肢かできない、自分が嫌いだから。
フラッシュバックが止まらない。
久しぶりの感覚に、吐き気と頭痛がしてくる。
震える手で、自分のポケットから携帯を取り出した。けど目が霞む。呼吸がままならない。
代わりに、あの時の光景が続けざまに脳内を駆け巡る。
『もしもし? 一花?』
電話からは兄さんの声が聞こえる。
なんとか、自分は電話を掛けられていたらしい。
『一花? 聞こえてるのかい?』
声が出ない。
苦しい。
息が出来ない。
もう視界が暗い。
『……一花、ゆっくりでいい。ゆっくり呼吸してみて。息を吸う、吐く。意識して。大丈夫だ。すぐ行くから』
あたしが返事しないことで、兄さんは分かったらしい。
『大丈夫だか……今……』
もう、兄さんの声も遠い。
久しぶりの発作で、そのまま、目の前が真っ暗になった。
けれど、
頭の中で、あたしが喉に置いていた手の先は、
葉月じゃなく、
舞だった。
来週でやっと……多分……中編終われると思います!
お読み下さり、ありがとうございます。




