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ルームメイトは乙女ゲームのヒロインらしいよ?  作者: Nakk
番外編 中編(一花Side)
322/366

63話 許せるわけない

卒業式後の話です。

 


『愛さないでよ……誰も、私を愛さないで……』



 葉月のその言葉を聞いて、体が動かなかった。


『私のせいで…………パパ……ママ……死んじゃった』


 ずっと隠していた葉月の本音。


『私のせいで、私を守ったせいで! 2人は死んじゃったんだよ!』


 ずっと一緒にいたのに、気づけなかった。


『みんな、愛してるって言って、私を守って死んでいくんだよ!』


 何度も何度も、あの時、前世のことも、言っていたのに。


『愛されて、守られて、みんな、いなくなるならっ……私が死ねば、誰も死なないっ……!』


 そんなことを考えていたなんて、想像もしていなかった。


 美鈴さんたちがいなくなって、

 それが耐えられなくて、


 だから、2人を求めていると、そう思っていたんだ。



 だから、死のうとしているって、



 そう思っていたんだ。



 ■ ■ ■


「そうか……」


 どこか安心したような、でも辛そうな源一郎さんが息をついた。隣では泣きそうになりながら、口元を手で押さえている沙羅さんもいる。

 さすがに葉月がいなくなったと聞いて、いてもたってもいられなかったんだろう。魁人さんはさすがに海外にいるから、今はいない。


 葉月の本音を伝えたら、みんながみんな、嬉しいような、でも気付けなくて申し訳なさそうな表情になっていた。病院の母さんの部屋でみんなに紅茶を出してくれたメイド長も、心なしかいつもの無表情じゃない気がする。


 あたしもだ。


 ついさっき、葉月は時計塔から飛び降りようとしていた。

 それをあたし、生徒会メンバー、レイラ、舞、そして花音が止めた。

 いや、花音一人で止めたといっても過言ではない気もする。


 その時に吐露していた、葉月の本当の気持ち。

 何故死にたいのか、どうして源一郎さんたちを遠ざけていたのか。


 全部が、あの時の言葉に込められていた。


『愛されて、守られて、みんな、いなくなるならっ……私が死ねば、誰も死なないっ……!』


 ずっと、ずっと葉月はそう思っていたんだ。


 自分がいるから、みんなが死ぬと。

 自分の存在が、邪魔だと。


「私たちは、葉月のことを何も理解していなかったんだね」


 苦笑して、源一郎さんはこの場にいるみんなに伝えるように呟く。


「美鈴と浩司君に申し訳ないな」

「そんなっ……お父様、それは違いますわ……」

「ええ、そうです。まさか葉月ちゃんがそう思っていたなんて……誰も気づきませんよ」


 母さんの言葉に、あたしもギュッと拳を握りしめる。


 誰よりも傍にいた。

 誰よりもあいつのことを理解していると思っていた。


 でも、気づけなかった。


 あいつが美鈴さんたちのことを大好きだからだって、そればかり考えていたから。


「……すまない。あたしが、さっさと気づけばよかったんだ」

「一花ちゃんのせいじゃないよ。一花ちゃんのせいじゃない……私たちが、勝手な思い込みをしていたからなんだ」


 フォローするように源一郎さんは言ってくれる。


 葉月が死ぬことを選ばなかったのは嬉しい。嬉しいさ。

 花音が止めてくれたことにも感謝している。


 でも、それでも、もっと早く気づいていたならって思う。

 機会は何度でもあったはずだから。


「一花ちゃんには本当に感謝しているよ、私も沙羅も、そして魁人も」

「……え?」

「今までずっと、葉月を支えてくれたのを知っているから」


 ソファから立ち上がった源一郎さんが、あたしの前まで歩いてきてソッと頭に手を置いた。


「君が葉月を止めてくれていたから、だから葉月は今もちゃんと生きているんだ」

「源一郎さん、でも……」

「君の責任じゃない。葉月の本音に気づかなかったのは、私たちの責任だ」


 言い含めるような源一郎さんの声には、あたしが今後悔していることを分かっているのが伝わってきた。ふふっと源一郎さんは笑う。


「葉月は頭が良すぎるからね。色々な事を考えすぎてしまってたんだ。それに気づけなかった私たちの責任だ」

「でも美鈴さんたちなら――」

「きっと分かっただろう。この世界で一番葉月を理解していたのは、そして愛していたのは美鈴と浩司君だから」


 ――確かにそうだ。

 あの2人は、本当に葉月のことを愛していたから。


 それを、ちゃんとあたしもこの目で見てきたから。


「今後の課題だね。葉月が生きていることが、私たちにとっても生きる意味にもなっているっていうことを、ちゃんと伝えていかないと」

「……それは、ちゃんと伝わっていると思うぞ?」


 だから、あいつは自分がいなくなればいいと思っているんだから。


 ふふっと、今度こそ嬉しそうに源一郎さんは微笑んだ。


「信じてもらえるようにだよ。きっとこれからも葉月は色々と考え込んで、迷ってしまうだろうから」

「……そうですね、お父様」

「ああ、沙羅も魁人もこれからも頼むよ。美鈴と浩司君、2人に負けないぐらいに葉月のことを理解していこう」


 いつの間にか立っていた沙羅さんが近づいてきていて、源一郎さんと頷き合っている。


 でも、もう大丈夫だと思う。


「もう、あいつは平気だぞ」

「ん?」

「花音がいるから、もう大丈夫だ」


 花音が攻略した。

 葉月を、あいつを救い上げた。


 あの乙女ゲームの主人公みたいに。


「ふふ、そうか。花音さんか。負けてられないな、私も。葉月にとっての大切な家族として」

「ああ、そうね。花音さんにもちゃんとお礼を言わないと」

「沙羅、前みたいに過剰なお礼は禁物だよ。それこそ葉月が嫌がるだろうから」

「分かっていますわ。ふふ、それに花音さんのお母様、とっても話が合いそうですの。今度お父様にも紹介しますわね」

「それは楽しみだね」


 ……なんか不穏な会話してるぞ、この2人。何をしでかすか分かったもんじゃない。まあ、話を聞く限り、花音の母親はかなりの常識人みたいだから、大丈夫だとは思うが。一応、この人たちが花音の家族に接触する時は、あたしにも一報もらえるようにしてもらおう。如月家と鴻城(こうじょう)家、この両家と関係を持つことになると、花音が卒倒しそうだ。葉月を好きな限り、通れない道だが。


「じゃあ、蘭花さん。私たちはこれでお暇しよう。葉月のことを頼むよ」

「あら? 会われていかないんですか?」

「私はあの家で葉月を待つよ。一度話をしたいと伝えてくれるかい?」

「……ええ。分かりました」


 さっきまでの少し辛そうな顔はどこへいったのか、源一郎さんは表情晴れやかに部屋を出て行った。沙羅さんも一緒に。


「さっきまで気づかなかったことにショック受けてそうだったのに、切り替え早いな」

「一花ちゃん、今更何を言ってるの? あの人、あの美鈴の父親よ? これからが大変よ。葉月ちゃんのことが気がかりで今まで静かにしてたのに、楽しそうだからとか言って色んなことに手を出し始めるわ」

「確かに……」

「美鈴でも手を焼いたのに、あの源一郎さんが現役時代みたいに動き回られると……頭が痛くなってくるわね」

「東雲家の宿命だろ?」

「ただの腐れ縁よ」


 呆れたような声でツッコまれてしまったが、すぐに母さんも嬉しそうに笑っていた。


「でも、余程嬉しかったのね。あんな顔をする源一郎さんは久しぶりに見たわ。そりゃそうよね。だって、憎まれているわけじゃなかったんだもの。業界では化け物扱いされても平気だけど、最愛の孫に憎まれるのは、あの人でもさすがにきつかったはずだわ。この6……いえ、7年ね」

「そうだな……」


 あの人も、沙羅さん、魁人さんも、葉月のことを愛してるから。


「一花ちゃんも、今までご苦労様」

「ん?」

「ずっとずっと頑張ってきたのを、知ってるから」


 カタっと静かに席を立った母さんが、ソファの方に座り直してポンポンと横を叩いた。座れってことか? もう葉月のところに行こうと思っていたが……いや、花音がいるから大丈夫か。


 ふうとあたし自身も息を吐いて、黙って母さんの隣に座る。そのままゆっくりと抱きしめられた。


「……もう子供じゃないぞ」

「子供よ。一花ちゃんは大事な大事な子供」


 知ってる。分かってる。


 母さんの腕を離そうとして――



「もう自分を許しなさい」



 ――その手が止まった。


 耳元で、母さんが優しく説いてくる。


「ずっと頑張ってきたのを知ってる。それにあの時、葉月ちゃんに手を掛けたことを後悔してることを知ってるわ」


 止めてくれたのは、他でもない母さんだから。


「見てきたわ。この7年。あなたがそのことに苦しんでる所も、抗おうとしている所も。でも頑張ってきた。自分に言い聞かせるように、ストッパーだって言って、立ち上がってる姿も」


 だって、それは……自分の為で……


「今まで何も言わないできた。それを一花ちゃんが望んでいると思ったから。それが一花ちゃんにとって前に進むために必要なことなんだって」


 そうだ。必要なことだ。


「でもね、もういいと思うの」


 良くない。


「もう、自分を責めなくていいと思うのよ」


 あれはあたしがした、絶対許されないことだ。


「葉月ちゃんは生きてるわ、一花ちゃん」


 花音が救ったから。


「あなたが、止めてきたからよ」


 最後は止められなかった。


 手が震える。あたしの頭を母さんが撫でてくる。


「そのことに自信を持ちなさい」


 頬を雫が流れる。体も震えてきた。

 でも、母さんは優しく抱きしめて、まだ頭を撫でてくる。


「自分を責めすぎよ、今まで」


 ……当たり前だ。


 だけど、声は出ない。代わりに涙が出てくる。


「もう十分よ。十分頑張ったし、その頑張りは報われたわ」


 頑張った。

 そうかもしれない。


 けど、


 もっと頑張らないと。



「美鈴は、責めてないわよ」



 身体が震える。

 息が苦しくなる。


 見透かされている。


「ずっと今まで、美鈴と浩司さんに申し訳ないと思ってたんでしょう?」


 母さんの言葉が、胸に、脳に、突き刺さってくる。


「葉月ちゃんに手を掛けようとしたこと、謝りたくても出来なくて、苦しんでいたでしょう?」


 頭を撫でてくる温かい手が、余計苦しい。


 もういないから、

 あの2人はもういないから、


 だからもう謝れない。


「こうやって抱きしめられることも、葉月ちゃんはもうできないから、罪悪感を持ってることも分かってるわ」


 もう出来ない。

 葉月はもう、あの大好きな2人からこうやって抱きしめられることは出来ない。


 なのに、


 あたしはこうやって家族の温かさを得られている。


 ギュッと目を瞑る。

 頬を流れる涙を余計に感じた。


「美鈴は怒ってもいないし、もう許してるわよ」


 そんなの……そんなの分からないじゃないか。



「だから、もう自分を許してあげなさい」



 ――そんなの、無理だ。


 だって、



 あの人たちは、誰よりも葉月を愛していたんだから。



 その葉月を、


 殺そうとした自分を、



 許すことなんてできない。



 大切な誰かを、


 傷つける自分を、



 許せるわけないだろう。



 でも、何も言葉にすることはできなくて、


 代わりに涙だけが溢れてくる。


 押し殺してきた感情が胸の中で暴れて、

 大丈夫だとも、違うとも言えない。


 気づいてくれた嬉しさと、

 罪悪感と、

 後悔と、


 色んな感情に押し潰されそうだ。


「苦しんでる娘を助けたいのは、母親として当たり前なのよ」

「っ……」


 母さんを安心させたくても、どうしても溢れ出てくる感情で胸が苦しい。

 

 すまないと思う。


 でも消えないその罪悪感を、


 あたしは拭い去ることができないんだ。


「何度でも言うわ。あなたは、誰よりも頑張ってきたの。ちゃんと私たちが知っている」

「…………」

「一人で、何もかも背負わなくていいの」

「っ……っ……」

「忘れないで、私たちがいることを」


 耳元で聞こえてくる母さんのその声はどこか悲しそうで、だけど、あたしが考えていることを見透かしているようだった。


 母さんはそれから黙って、しばらくあたしを抱きしめたまま頭を撫でてくれた。


一花視点だったので書くことは出来なかったのですが、実は廊下に涼花と優一もいて、母親と一花の会話をこっそり聞いています。

お読み下さり、ありがとうございます。

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