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ルームメイトは乙女ゲームのヒロインらしいよ?  作者: Nakk
番外編 中編(一花Side)
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62話 揺らがない

衣川はユカリの苗字です。

少しだけ流血表現あります。苦手な方はご注意ください。

 

「お前は……何度同じやらかしをすれば気が済むんだ?」

「い、いやいや、違うんだって! この先さ、先輩たちが何かと手伝ってくれたら、こんなに心強いことないじゃんって思ってさ!」


 病院に来て、葉月のことを生徒会メンバーに相談したと舞が目をキラキラさせて言ってきた。あたしのこめかみには、血管が浮かび上がっていることだろう。


「この前、衣川さんたちの時にも同じこと言ってたよなぁ?」

「あれ? そうだっけ?」

「お前の記憶力は一日と持たないのか!? 病気にでもなったのか!? だったら強制的に思い出させてやるわ!!」

「ひぃぃ!! ご、ごめんごめん! 覚えてます! ちゃんと覚えてますぅ!!」

「ま、まあまあ、一花ちゃん。舞も悪気があったわけじゃなくて――」

「花音、悪気があったら猶更悪いだろうが!?」

「それもそうだね。うん、舞。ちゃんと反省した方がいいと思うな」

「かのぉぉん!? 見捨てるの早すぎなんだけど!?」


 そんなやり取りを葉月の病室でしている。

 今日は花音と舞が葉月のお見舞いに来ていた。


「葉月、今日は包帯少なくなってるね。良かった」


 嬉しそうに、花音が寝ている葉月の頬に手を添わせている。


 今日はまだ寝ている方だからな……。


 花音と舞に葉月の過去のことを話してから数日。

 葉月を眠らせている時だけ、花音と舞はお見舞いに来るようになった。いつもはレイラも一緒だが、母さんに用があるからと今は席を外している。


 正直、昔の葉月のことを伝えるのは不安だった。

 でも、花音のことを考えると、ちゃんと伝えないととも思ったんだ。花音は変わらず葉月に想いを寄せているから。


 今も、愛おしそうに葉月の顔を見ている。


 葉月のことを知っても、その気持ちが変わらないのはあたしとしても嬉しい。葉月が正気を戻してからも、花音は離れないでくれるだろう。その事実が、どれだけ安心できることか。


 舞も意外だった。

 葉月の死にたがりのことを知っても、舞は変わらず葉月のことを友達だと思ってくれているみたいだ。


 ……だからといって、衣川さんたちに相談するのは違うがな。葉月の件は関係者以外は知らないことだから、情報漏洩したら色々とまずいんだよ。主に鴻城(こうじょう)家の影響力を知っている勢力に関しては……。


 前は衣川さんたちだったから良かったものの、今回は生徒会メンバーって。中でも鳳凰家は大財閥だし、あそこの母親はそういう話に絶対に乗るだろ……会長はまだ常識人のはずだから大丈夫だとは思うが、一応源一郎さんに話しておくか。


「い、一花? まままマジでごめんって! 反省してる!」


 若干顔を青褪めさせている舞が、慌てふためきながら謝ってくる。そんな涙目で見られると、こっちが悪い事を言っている気分になってくるだろうが。


「お前……本当に反省する気あるのか?」

「え? あるあるある! あるに決まってんじゃん! もう誰にも言わないって約束する! っていうか、ユカリとナツキと先輩たち以外には言うつもりなかったし!」

「つまり……元々会長たちには話すつもりだったと?」

「へ? あ、いや、えーとぉぉ……あ、あっはっはっ! バレた?」


 遠慮なしに舞のお腹目掛けて蹴りを出すと、その当人は「ひぃぃ!!」と情けない声を出しつつ、体を曲げながらあたしの足から逃れている。こいつ、避けるの上手くなってる。ああ、でも今のまぐれか。すぐに舞は床にペタンと尻もちをついていた。


「いいいい、一花!? 今の本気だったでしょ!? 今までのより、尋常じゃない速さだったんだけど!?」

「当たり前だろうが!! お前、事の重大さを全く理解してないだろ!?」

「わ、分かってるって! ホントにホント! マジのマジ! 十分理解している!」

「じゃあ何が重大か言ってみろ?」

「え!? あ、いや、そのぉぉ~……」

「全く分かってないのが丸分かりだわ!!」

「ぎぃやあああ!! 一花、ストップストップ! そのマジ蹴りは、さすがのあたしも耐えられない!! 花音、かのぉぉん! さすがに助けて!!」


 あたしから逃れるように素早く花音の背中側に回り込んだ舞に、花音は「仕方ないなぁ」と苦笑していた。


「一花ちゃん、今回舞も反省しているから許してほしいかな。それに、先輩たちは他の誰にも言わないよ。会長自身も言ってたし」

「それはそうかもしれないが……」

「葉月が鴻城家の孫だっていうのは、あの人たちだって分かってるもの。だから、大丈夫だよ」


 確かに、生徒会メンバーは知ってるからな。寮長もいるから大丈夫だとは思っているが。


「そうそう! それ! 先輩たちは葉月っちが鴻城家の孫っていう重要性を分かってるから、だからあたしも気軽に相談したってわけだよ、一花!」

「絶対今の花音の言葉で理解しただろ、お前……」

「そそそそんなわけないじゃん!? ちゃぁんとあたし、分かってたしぃ!」

「舞、理由はどうあれ、気軽に話さない方がいいことを口に出したことの反省はちゃんとしなきゃダメだと思うよ?」

「あ、はい……反省してます……」


 ニッコリ笑う花音には舞も逆らえないようだ。


 というか、葉月もこの笑顔の圧には耐えられて無かったもんな。あたしもこの怒る時に見せる花音の笑顔は嫌だ。あと、葉月を好きになってからのあの嫉妬の目も。何をしでかすか分かんないんだよ、あの目。


 花音の黒い笑顔に怯えている舞を見て、またまた自然と慣れ親しんだ溜め息が零れる。仕方ない。一応源一郎さんには話して、あとは鳳凰家始め、生徒会メンバーにはメイド長辺りに口止めしてもらうとしよう。あの無表情にきっと誰も逆らえない……あたしらもだが。


「それにしても、今日も相変わらずかぁ、葉月っち」


 少し残念そうな舞の声で顔を上げた。

 花音も「そうだね」と寂しそうな声で舞に返している。


 悪いとは思っている。けれど、葉月の目が覚めている時に会わすわけにはいかない。今でも兄さんたちやメイド長たちを――いや、あたしのことも分かっていないんだ。


「悪いな……」

「なんで一花が謝るのさ?」

「そうだよ、一花ちゃん。こっちこそごめんね……気を遣わせちゃって」


 気まずそうに謝ると、すぐに2人はフォローするように言ってきた。


 それでも、申し訳ないと思う気持ちは変わらない。特に花音には。本当は葉月と話したいはずだ。いくら理由があろうとも、こちらの都合で我慢してもらっている。


 葉月の方に視線を運ぶ。

 薬は効いているようで、ちゃんと眠ってくれている。


「まだ、あたしのことを認識できていないんだ……」


 昔のように、あたしを見て一瞬は止まってくれる。

 でも、すぐに自分を傷つけようとする。


「花音と舞まで傷つけさせるわけにいかないんだ……」


 きっと、そんなことをしたら、葉月は自分を責めるから。

 花音も、耐えられないと思うから。


 だから、そんなことが起きないように、目が覚めてる時に2人を会わせるわけにいかない。


 葉月を見たままギュッと自分の拳を握ると、ベッドの隣に立っていた花音が「一花ちゃん」と名前を呼んできた。


 いつもの柔らかい笑みを、こっちに向けている。


「ありがとう、一花ちゃん」

「……いきなりどうした?」

「葉月のことだけじゃなく、私たちのことも、いつも一生懸命考えてくれているから」


 一生懸命? 


「それは、当然だろ?」

「ううん。全然当然じゃないよ。だから、ありがとう」


 当然じゃない? なんでだ?

 分からなくて首を傾げたら、花音は花音でクスクスと笑っていた。


 隣の舞は何故か楽しそうに笑っている。


「なんだ?」

「あのさ、一花。前にあたしが言ったこと覚えてる?」

「は?」


 前に? 何かあたしに言ったか?



「一花はめっちゃ優しいんだよ」



 つい、瞬きするのも忘れた。


 舞は隣にいる花音に「ね?」と視線を向けている。花音は同意するかのように笑って、「うん」と答えていた。


「一花ちゃんは優しいよ」

「花音まで……いきなり何を言い出すんだ?」

「一花は素直じゃないなぁ」

「でもそういうところが可愛いよね、一花ちゃん」

「あ、やっぱり花音も分かっちゃう? 素直じゃないところがまたツンデレ要素たっぷりでいいよね!」

「お前……からかってるだろ?」

「そんなバカな!? あたしのこれは本心なんですけど!!」

「あああ!! 黙れ!」

「「照れてる」」


 花音までなんだ!? 照れてないわ! 見当違いもいいところだ! 

 あたしが? 優しい?

 前も思ったが、そんなのは違う! 花音も舞も、あたしが前に葉月のことを殺そうとした時のことを知らないから、そう言えるわけで――


 そう、言えるわけで……


「違う……」


 楽しそうに笑う2人とは逆に、つい力ない声が出てしまう。


「あたしは……最低の人間だ」


 思い出すのは昔の自分がやったこと。


 優しくない。

 ただの自分勝手な、自分の都合で動いている人間だ。


 握っていた拳に自然と力が入ってしまう。


 空気が変わったのが分かったのか、どこか気まずい空気がその場に流れる。2人を見ると、どうしたら分からないといった感じで顔を見合わせていた。


 ……しまった。そんな顔をさせるつもりじゃなかっ――


「あら? 何かありましたの?」


 ガラッといきなり病室の扉が開かれて、レイラとそして兄さんが入ってきた。一気に空気が和らぐ。助かった。タイミングいいな。


「あ、こんにちは、先生」

「うん、こんにちは、花音さん。それに舞さんも」

「あ、はい! こんにちは!」


 花音たちと挨拶をし終わった後に、兄さんがあたしに視線を向けてくる。そして、じっとあたしを眺めてきた。……? なんで何か言いたそうな顔をしているんだ?


「兄さん?」

「一花、母さんが呼んでる。ちょっと行ってきてくれるかい?」


 母さんが? もしかして、源一郎さんから何か連絡が入ったのか? ここは兄さんがいるから、少しの間なら葉月も大丈夫だろう。

 そう思って、花音たちに「悪いな」と言って病室を出ようとしたら、すれ違いざまに兄さんが耳元で呟いた。


「手を治療してもらってきなさい」

「……手?」

「握りすぎだよ」


 困ったように兄さんはあたしの手の方に視線を寄越す。ヌルっとした感覚が手の中に広がった。指が食い込みすぎて、少し血が出てしまってたらしい。無意識だったな……。


 幸い、舞たちは気づいていない。


「助かった……」


 ふふっと笑って、兄さんは軽くあたしの頭をポンポンと叩いてから、花音たちに向き直っている。レイラはレイラで葉月の顔を覗き込んでいるようだ。レイラも、大丈夫そうだな。


 ここは兄さんに任せて、母さんのところにいくかと思い、病室を出た。


 兄さんにはバレてたみたいだ。

 さっき、あたしが昔のことを思い出していたのを。


 母さんの部屋に着くまでの廊下を歩いていた足を止めた。


 ゆっくり手を開くと、もう血が止まって固まっているみたいだった。でも、爪の形がハッキリと残っている。今は痛みもジンジンと響いてきている。あたしはバカか。こんな痛むほど、無意識に握っていたなんて。


 ……どうしても、優しいとか言われると、あの時のことを思い出す。

 身体が、脳が、あたしの全てが忘れるなと言っているみたいだ。


「忘れないさ……」


 ギュッとまた強く握りしめる。


「忘れるわけないだろ」


 今はとにかく、葉月を止めることだけを考える。絶対死なせない。


 それがあたしの為であり、誓いでもあるから。



『一花はめっちゃ優しいんだよ』



 舞のさっきの言葉。


 舞にはそう見えるかもしれない。


 でもな、


 それは上辺だけだ。


 それで好きだとか言われても、あたしはそれを否定する。


 舞は笑う。

 嬉しそうに笑う。


 知らないから、だから笑える。


 お前だって、知ればきっとあたしへの気持ちは違うって分かるぞ。


 今でもきっと、舞はあたしを好きなんだろう。

 葉月への心配もあるとは思うが、お前が心配そうに時々病室であたしを見ているの分かっている。


 でも今は何も答えることはできないし、葉月をあたしは優先する。


 花音の為にも、

 源一郎さんたちの為にも、


 そして何より、



 あたしの為にも。



 舞を優先できない自分が少しだけ嫌になりつつ、でも揺らぐことのないその気持ちを心の中に抱いて、また母さんの部屋に行くために足を動かした。


 あたしの手を見た母さんが少し悲しそうに笑って、「大丈夫だ」と言っても心配そうにしていて、黙って優しく抱きしめてくれて、


 心配かけてしまったのが申し訳なくて、


 少しだけ、



 胸の奥が苦しくなった。



一花の手から血が流れたのは、無意識に力が入ってしまっただけです。自傷行為ではありませんので、勘違いしないようにお願いいたします。

お読み下さり、ありがとうございます。


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