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ルームメイトは乙女ゲームのヒロインらしいよ?  作者: Nakk
番外編 中編(一花Side)
320/366

61話 大切にしている

 

「いい加減、ここから出せって言ってんでしょ!?」

「……」


 あれから数日経っているというのに、その宝月(ほうづき)のバカげた発言を聞くと、疲れた息が勝手に出てくる。


 花音とレイラ、会長を誘拐して、さらには躊躇いもなく葉月を刺した宝月美園(みその)は、ガラス越しにこれでもかと忌々しそうに舌打ちをしながら、あたしのことを睨みつけてきた。


「お前、自分の立場分かってるのか?」

「はあ? ゲームの世界に立場も何もあるわけないでしょ?」

「人のこと刺しておいて、よくそんなことを言えるもんだな」

「だからさ、モブが死のうがどうでもいいことじゃない! ゲームの世界のモブに命なんてものあるようでないものでしょ!」


 宝月のその発言に、後ろに控えていた部下が動いたのが分かった。それを手で制すると、黙ってくれる。


 こいつはゲームと現実の境目がない。分かり切っていたことだが、こうやって目の当たりにすると、嫌悪感が自分の中に降り積もっていくってものだ。


「何度も言うが、ここはゲームじゃない」

「説教? あんただって同じくせに」


 ふんっと鼻を鳴らしながら、宝月はどこか勝ち誇った目をして、あたしを見下してきた。


「同じにしないでもらおうか。お前と同じにされたら、虫唾が走る」

「あんただって、ゲームのストーリー通りにさせていたんでしょ? あの女を使ってさ! それを同じじゃない? どこがよ!? あの主人公と翼様をくっつけようとしていたくせに、説教してんじゃないわよ!」


 バンッ! とガラスを手で叩いてくるが、そんな宝月をあたしはジッと見返した。


 確かに、ストーリー通りに運べばいいと思っていた。

 それを見て、葉月に影響を与えられないかと。


 主人公の花音が、葉月の傷を癒してくれないかと。


「確かに、あたしにはあたしの目的がある」

「ほら見なさいよ! 何がわたしと同じじゃ――」

「だけどな」


 宝月の言葉を遮って、椅子から立ち上がった。



「生憎、お前と違って、あたしはちゃんとこっちが現実だって分かってんだよ」



 葉月がいたから。


 葉月が気づかせてくれたから。


「ここに生きている人は、みんなちゃんと命があるんだよ」


 母さんも、父さんも兄さんも姉さんも、源一郎さんたちも。


「ちゃんと痛みがあるんだ。傷ついたら、悲しいし、苦しいんだ」


 美鈴さんも、浩司さんも、ちゃんと生きてたんだ。


 だから、


 いなくなって、



 葉月は狂った。



 あの愛してくれる2人を失くして、優しい世界がなくなって、あいつは求めた。


「モブじゃない。この世界で生きている人間は、一人一人感情を持っている。ゲームの世界の住人じゃない」


 プログラムで決められた行動を取らない。


「誰かと笑いあったり、悩んだり、誰かの行動で一喜一憂したり、普通の人間だ」


 レイラも、花音も、そして舞も、生徒会メンバーも。


 唐突にガン! と握った拳をあたしもガラスに叩きつけると、宝月が驚いたのか一瞬怯んだ表情になった。


「命を軽くみるなよ、宝月。お前が価値がないと言っている命を、大切にしている人間が山程いる世界だ」


 葉月だけじゃない。

 レイラも、花音も、舞も、会長も、いなくなっては困る人間がたくさんいる。悲しむ人間がいるんだ。


 だからこそ、あたしはお前を許さない。

 花音と会長をあんな目に遭わせ、レイラを蔑み、舞を見下したお前を許さない。


 ゲームの世界だからと、そんな理由であいつらの命を軽く見るのは許さない。


 葉月を、


 あの状態にさせたお前を、



 あたしは絶対に許さない。



「……は……はは。な、何よ。それが何だって言うのよ……」

「覚悟しておけよ。お前がこの先一生ここから出ることはない」

「……は?」


 ここは鴻城(こうじょう)家の息のかかっている特別刑務所。

 ここに入れられたが最後、外に出ることは叶わない。一人一人に24時間体制で監視もつく。


「な、何言ってるのよ? わたし、まだ未成年よ? たかが一人刺したぐらいで――」

「そんなもの関係ない。ここは、そういう場所だ」


 年齢なんて関係ない。

 ここは、世界中の危険人物を生涯幽閉する施設なんだから。


「冗っ談じゃないわ! ここから出しなさいよ! たかが一人刺したぐらいで、なんで一生監禁されなきゃいけないのよ! しかも、あの女はまだ生きてんでしょ!?」


 案の定、宝月は顔を真っ赤にさせて憤慨している。


「お前は、怒らせてはいけない人間を、怒らせたんだ」


 源一郎さんたちを、


 そしてあたしを。


「どんなに懇願しても、反省しても、お前がここから出ることは叶わない」


 叶えさせない。


 ゆっくりとガラスに押し付けていた自分の拳を離し、そのまま踵を返して背中を向けると、後ろから慌てた感じで宝月が「ちょっと!?」と叫んでいる。


「あんたなら出来るんでしょ?! わたしを出すこと! 出してよ! 同じ転生者のくせに、何にも思わないわけ!?」


 この期に及んで、転生者の繋がりに縋るとか滑稽以外の言葉が出てこない。もしかして、今まで本気じゃないと思っていたのか? 甘い考えすぎるだろ。


 それに、



「あたしは、善人じゃない」



 振り返る事もなく、そのまま部下が開けてくれた扉から、部屋を出た。


「……ついてこなくて良かったんだぞ?」


 扉の横の壁に背を預け、腕を組んでいたレイラに声を掛ける。

 今日ここに来ることを伝えたら、一緒に来たいと言ったから連れてきたわけだが……あいつの本性を間近で聞くことになったから、まだレイラには早かったかもな。


 辛そうに唇を引き結んで、今にも泣きそうな目をあたしに向けてきた。


「わたくしがお願いしたんですもの……平気ですわ」

「無理するな」


 レイラにとっては、宝月は大切な友達だったわけだ。そんな相手からは、友達とも何とも思われていないわけで、多分、レイラのことも道具以外の何者でもなかっただろう。


 辛くないわけがない。


 まだ中からは宝月の罵詈雑言は聞こえてくる。あれだけの元気も今だけだ。現実とゲームの違いを分からず、この世界に生きている人間を人間と認識していない。


「お嬢様、優一様が」

「分かってる。すぐ戻ると伝えてくれ」

「かしこまりました」


 部下からのその一言で察しが付いた。葉月が目を覚まして暴れているんだろう。早く戻らないと。


 本当はここに来るのも迷ったんだが、宝月が未だにここの職員に絡んでいると聞いて、様子見で来るしかなかった。


 ここから出るのを諦めさせる為と、こっちが現実だって分からせるために来たわけだが、あの様子じゃ当分分かりっこないだろう。あそこまで馬鹿野郎だったとは……かといって、沙羅さんたちが直接会いに来ても困るし、宝月をどうするか分からない。


 葉月は、あれからずっと暴れ続けている。子供の頃よりも体が大きくなった分、止めるのにも必死だ。鴻城家の屋敷に連れ戻すより、すぐ治療できる病院に入院という形にした。


 宝月に刺されたお腹の傷も、もう何度も開いている。東雲家全員、今は家に帰れていない。兄さんの嫁も、今は母さんの補佐に回っている。鴻城家からも、メイド長を筆頭に使用人たちが手伝いに来てくれていた。おかげで、他の患者に迷惑はかかっていない。


「レイラ、お前は学園に戻れ」

「ですが……」

「宝月とお前を会わせることは出来ない。お前が辛くなるだけだ」

「……分かりましたわ」


 少しでも話せるなら話したいと、レイラはここに来る前に言っていた。宝月の奴が少しでも反省でもしてくれていたら話す時間を上げれたかもしれないが、あの様子では無理だ。余計レイラが傷つくだけだろう。分かったと言ってくれたから、それをレイラも分かってくれているはずだ。


 ふうと軽く息を吐いて、部下に視線を運ぶと、すぐ踵を返して行動してくれた。レイラを送る車を別途手配してくれる為に。


「一花……あなた、ちゃんと食べれていますの?」

「なんだ、いきなり?」

「前より(やつ)れているように見えますわ。たった数日しか経っていないのに……」

「平気だ。いるのは病院だぞ? 母さんたちもいるしな」

「それはそうかもしれませんが……」

「本当に大丈夫さ。こんなの、あたしらはもう慣れている」


 心配そうに声をかけてくるレイラに、無理やり口角を上げて笑顔を作る。少しでも不安を取り除けるように。


 そういえば、レイラが葉月から離れていた時は一切会っていなかったもんな。最初は食事も喉を通らないこともしばしばあって、酷い顔色はしょっちゅうだった。でも今回は、あの時のことで少し耐性がついているのか、まともに食事は出来ている。


 食事と言えば――


「花音と舞は――食べれているのか?」

「もう無理やり食べさせていますわ。わたくしもあの二人と一緒に行動するようにはしていますし」


 そうか……花音は葉月の過去の事を知った時にも、あまり食べれなくなって体調を崩したことがあるから心配していたんだが、少しでも食べれているならいい。葉月のあんな場面を見ているから、嫌でも思い出しているのかと思っていた。


 それに、舞も。

 舞は葉月が死にたがっていることを知らない。

 それなのにいきなり、あんな嗤い方をしながら、楽しそうに血を振りまいている姿を見たんだ。かなり動揺していたのも、あの時の焦り方からも分かる。あいつも花音みたいに夢で魘されるのかもしれないと、不安ではあった。


 だけど……ちゃんと食べれているようなら良かった。

 レイラの存在も大きいかもしれないな。


「少しでも変化があるようなら、教えてくれ。今はあたしも葉月から離れられないしな」

「ええ……でも、大丈夫のような気もしますわね」


 少しでも前の花音みたいに思いつめているようなら、母さんに頼んでみようかと思っていたが……大丈夫? ここまでハッキリ言われるとは思っていなかったな。しかもレイラに。


 そのレイラは呆れた感じで息を軽く吐いている。


「花音はともかく、舞の方はあれだけ遠慮なく食べているんですもの。そりゃ葉月のことを心配してるのも分かりますが……わたくしが子供の頃、初めて葉月のあの姿を見た時は、ご飯の一粒さえも喉を通りませんでしたわよ。不安で不安で仕方がなかったのに、舞にはそんな様子、微塵の欠片も感じませんわ」


 そんなにか?

 い、いや、まあ、あいつは普段は明るいし、悩みという悩みっていうのもあまり感じたことはないが……。


「まあ、あの2人のことはそこまで心配しないでくださいな。一花のお母様にも相談していますし」

「え?」

「あら? 聞いておりませんでしたの? ああ、でもそうかもしれませんわね。葉月が怪我した日に、わたくしが自分から連絡したんですのよ。きっとあなたに他の心配事をかけないようにしたのかもしれませんわ」


 母さんが? 聞いていないが……母さんなら有り得る。

 知らない所で、いつの間にかやっぱり助けてくれているな。


 その事実に、少しだけ最近の張りつめていた緊張が解ける気がした。支えてくれていることが、本当に頼もしくもある。


 そんなあたしの様子に気づいたのか、どこか優しい声で「一花」とまたレイラに名前を呼ばれた。


 振り向くと、困ったように口元に笑みを浮かべている。


「あなたは、勝手に背負い込む癖がありますから」

「……そんなつもりはないんだがな」

「葉月のことだけじゃなく、花音と舞のことも責任を感じているではありませんの」

「それは……」


 それは、そうだ……。

 ちゃんと、宝月のことを調べておけば良かった。楽観視していなければ、こんなことは起きなかった。花音が攫われることも、葉月が声に抗えなくなることも、その姿を2人に見せることもなかったはずだ。


 あたしの見通しの甘さが、今回の件を引き起こしたんだ。


 今回だけじゃない。


 いつも、


 いつもいつも、



 高等部に上がってから今までの時間、後悔の時間が圧倒的に多い気がする。



「ほら、またそうやって考え込んでいるではありませんの」


 つい俯いて、今までのことを思い出していると、レイラがあからさまに分かるように溜め息をついた。


「仕方ないだろ……」

「今回の件、あなたのせいではありませんわよ」


 レイラの癖に、ハッキリと強い声で伝えてきた。顔を上げると、何故か勝ち誇った顔になっている。……その顔を見ると、段々腹が立ってきたな。


 なんて言ってやろうかと言葉を探している間に、レイラはまた言葉を続けてきた。


「あなた、さっき美園に自分で言っていたこと覚えてます?」

「は?」


 いきなりなんだ? さっき宝月に言ったこと?


「やっぱり分かっておりませんわね」

「お前に言われると、無性に腹が立ってくるんだが……」

「なんでですのよ!?」


 すぐそうやって歯をむき出しにしてくる奴に、そんなバカにされたように言われるとムカッとするだろうが。


 そういうとこだよ、と言おうとしたところで、ふんっと鼻を鳴らしながらレイラは自分の縦巻ロールの髪を自分の背中にぶん投げていた。


 そして、ハッキリと、あたしに告げてくる。



「この世界は、あなたを大切にしている人間が、山程いる世界ですわよ」



 ――言葉が何も出てこない。


 予想外のことを堂々と言われて、瞬きを忘れてレイラを見てしまった。

 そんなあたしの様子がおかしかったのか、フフフと少し楽しそうにレイラは笑う。


 ……確かにさっき宝月にはそう言ったが、なんで今あたしにそんなことを?


「あなた一人が、苦しまなくてもいいんですのよ」


 一人で、苦しむ?


「あなたが一人で背負って、責任を負って、苦しむ姿は、誰も望んでいませんわ」

「……あたしは苦しんでなんか――」

「葉月のことは、みんなで考えないといけないんですのよ、一花」


 あたしの言葉を遮って、レイラは力強い声で言い張った。



「葉月のこともそうですが、あなたを大切にしている人も、山程いますわ」



 おかしそうに、レイラは笑う。


 だけど、そのレイラのあまりにも真っ直ぐな言葉に、胸に来るものがあった。


 そう、だな。

 母さんも、兄さんも姉さんも父さんも、源一郎さんたちも、きっとそうだ。


 あたしを大事にしてくれていること、知っているから。


 葉月の事もそうだが、花音や舞のことも、勝手に自分の責任だと思わなくていいかもしれないな。あまり自分一人で考え込んでいても、母さんたちも余計な心配をするか。


 少し、レイラに感謝――


「ふん、そんなこともまだ分かっていないなんて、一花もまだまだですわね! おーほっほっほっ! わたくし、ちゃあぁんとわかっておりますのよ!」

「……台無しなんだが?」

「何がですの?」


 台無しだ。台無しすぎる。

 せっかくこっちも改めて、そうだよな、無理することないよな、とか思ったのに、今のレイラの一言で一気に冷めた。


 つまりあれか。そんなことも分かってないのか、お前はという気持ちでいたから、さっき勝ち誇った顔をしていたわけだ。


 最後に残念なところを出してくるのは、やっぱりレイラだな。


 ハアとついつい自然と出てくる溜め息を出してから、ゆっくりと出口に向かって歩き出す。


「え、え? ちょっと? 気づかせてくれてありがとうとか、そういう言葉はありませんの?」

「お前はバカか? そういうのはな、本当に心の底から思った時に言うもんなんだよ」

「はあ?! 気づかなかったのは一花ではありませんの!? それをちゃんと教えてさしあげたのに、なんですのよ、それ!? そもそも、一花がげっそりとした顔で思いつめているから、わざわざちゃんと教えてあげましたのに!」

「あーやかましい。はいはい、感謝してるしてる」

「絶対しておりませんわよね!?」


 キーキーと甲高い声で騒ぐな、寝てない頭に響くだろ。こんな調子なら、宝月に会わせてもよかったかもしれない。いやでも、案外レイラは精神的に弱い側面があるからな……物理的には葉月の餌食にされてたから耐性はあるが。


 まあ、こいつなりに励まそうとしてくれたのは、ちゃんと伝わっている。


「なんで一花はこうなんですのよ! 花音だったら、すぐありがとうって言ってくれますのに!」

「あたしは花音じゃないからな」

「そんなの分かってますわ!?」


 花音は確かにありがとうってすぐ言いそうだな。それに舞もか。


 ……そうだな。


「時間見つけて、花音と舞の様子も見にいくか……」

「2人のことなら、わたくしが見ておりますわよ?」

「自分の目でも確かめておきたいと思ったんだよ」


 レイラからも聞いてはいるが、でも2人との直接の連絡はしていない。余計心配させると思っていたから。


 だが、レイラからも分かりやすく心配されていた。花音は葉月のことをもちろん心配しているだろうが、舞は……もしかしたら、あたしを心配しているかもしれない。


 あいつが、まだあたしを好きなら。


 あたしを、まだ大切に思っているなら。


「少しは……安心させないとな」


 それぐらいは、してもいいと思う。

 レイラの言うとおり、あたしを大切に想ってくれている人たちの為にも。


 葉月にも伝えたい。


 お前を大切にしている人たちの為にも、自分を大切にしてくれと。


 だから、


 だから、早く、



 正気に戻ってくれと。



 それが、みんなの願いだ、葉月。


お読み下さり、ありがとうございます。

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