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ルームメイトは乙女ゲームのヒロインらしいよ?  作者: Nakk
番外編 中編(一花Side)
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57話 何よりも

 

「葉月、違う。こっちだ」


 目が虚ろな葉月を床に組み敷いて、息を荒くしている葉月を見下ろす。目を左右に忙しなく動かして、混乱している様が見て取れる。


「こっちだ、葉月」


 シーツを掴んだままの葉月の手を床に縛り付け、振りほどかれないようにグッと力を込め続けた。


「お前は今、どこにいる?」


 合図を言う。ちゃんとあたしを葉月の視界に入れて、耳に届くように言葉を出した。

 段々と葉月のシーツを掴んでいる手から力が抜けていくのが分かった。絞り出すように小さい声で「いっちゃん?」と呟いてきたから、そこでやっとあたしも安心できる。


 パチパチと何度も確認するように目を瞬かせ、次第に呼吸も整ってきたみたいだ。今あたしに拘束されている手に視線を動かして、自分が手に持っているシーツを力なく見つめていた。


「分かるか?」

「……私、何してた?」

「……」


 口に出さなくても、葉月は自分が何をしようとしていたのか分かっていたのだろう。深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出していた。


「あの子の声、聞こえた……」

「今は?」

「もう聞こえない……」

「そうか」


 普通に受け答えする葉月を見て、やっとあたしも掴んでいる自分の手を緩めた。


 あの子――子供の葉月の声が頻繁に聞こえるようになったのは、花音と部屋が替わってからだ。抑えられていた葉月の欲求が、本人の意思関係なく出てくるようになったっていうことなのか。


 昔みたいに。


「今、何時?」

「夜中の2時だ」

「……ごめん」

「お前が謝る事じゃない。それより寝れるか? 少しでも寝れるならそれに越したことはないだろ」

「分かんない」


 申し訳なさそうに、葉月は体を起こしてそのまま床の上で蹲っている。これは自己嫌悪に陥っているな。


 ハアとわざとらしく溜め息をついて、ゴンッといつもみたいに葉月の頭に拳を下ろした。葉月はもう全く意識を引っ張られていないかのように、またパチパチと目を瞬かせて、あたしを見上げてくる。


「無理やりにでも寝ろ。今日はもうあの薬は飲んだから渡さないからな」

「でもいっちゃん、それだといっちゃんがずっと起きてることになるよ」

「だからどうした。こんなの前は普通だっただろ?」

「まあ、そうだけど……」


 中等部の頃はこれが普通だった。あまり薬を飲ませないように、適度に悪戯をさせて発散させて寝ていた。それでも夜中にいきなり自害行動に走る時は、あたしが起きて止めていた。


「これでも心配してるんだよ、いっちゃんの事」


 むーっと頬を膨らませて、葉月は不機嫌そうな顔をしている。


 そんなのは分かっている。お前がちゃんとあたしのことを考えてくれていることを。何年傍にいると思っているんだか。


 今度はポンポンと頭に手を置いて撫でてやると、きょとんとした目を向けてきた。


「今はちゃんと意識することだけ考えろ。分かってるよな?」

「……うん」


 あの時みたいに、なりふり構わず死を求めることはするな。それが一番、あたしや源一郎さんたちが恐れていることなんだから。


 言葉にしなくてもちゃんと伝わったのか、葉月は渋々といった雰囲気で自分のベッドに戻っていった。自分を信じられないんだろう。自作の手錠で自分の手首を拘束している。それでも葉月は自分で開錠してしまうんだよな。今さっきみたいに。


「おやすみ、いっちゃん……」

「ああ、おやすみ」


 体に布団を掛け直して、目を瞑った葉月の頭をまたポンポンと撫でてやる。花音はよく葉月の頭を撫でていたからな。


 ふうと息を軽く吐いてから、自分もベッドに戻った。とは言ってもあたしも寝る気はない。いつまた葉月の中で子供のあいつが囁いてくるか分からないから。


 葉月とのルームメイト生活も久しぶりで、最初は戸惑ったが段々と思い出してきた。疲れるが。こいつを無理やり起こしたり、食堂に連れて行ったり、学園では行き過ぎた悪戯を止めるために走り回ったり。中等部では慣れていたが、約半年ぶりだと勘が鈍っているのを肌で感じた。


 どれだけ自分が花音に甘えきりだったのか、嫌でも分かる。


 花音の方も、最近は自分で兄さんのところに行くようになった。

 最初はあたしも心配でついていったが、「自分でちゃんといけるよ」と逆に諭すように言われてしまった。


 でも、離れて正解だったのだろう。前より花音は寝れるみたいだし、ご飯も食べるようになった。


 舞は、意外なことにどうして部屋を替わったのかを問いただしてくることはなかった。「葉月っちと花音が仲直りすれば、元に戻れるんでしょ?」と、こっちが面食らうほどあっさりしていたものだ。


 まあ、おかげで助かってはいるが。


 花音の状態やらも逐一教えてくれるし、生徒会に入って花音をサポートもしていると聞いた。舞のおかげで、あたしも葉月を止める事だけに集中できる。


 最近のことを考えていると、今日のお昼休みのことを思い出した。ハアをまた自然と溜め息が出てしまう。


 葉月に味覚がなくなった。


 痛覚もないのに味覚もなんて、余計心配することが増えたな。今の危うい葉月の状態で一人にさせるわけにはいかない。無意識に引っ張られて、何でもかんでも口に詰め込んでしまいそうだ。


 原因は、間違いなく花音のことだろう。


 手っ取り早く、花音と両想いになれば解決するのかもしれないが……今でも花音が葉月を想ってくれているのかは、さすがにあたしも今分からないんだよな。寝不足も続いてるから、あまり思考も働いていないのかもしれな――


 カサッという小さな衣擦れの音が聞こえて、条件反射的に体を起こした。


 もう決まっている行動みたいに、葉月の方に視線を動かす。見ると、ただあいつが寝返りを打っただけみたいだ。


 ……ああ、なんだ。大丈夫そうだ。ちゃんと寝れているみたいだな。

 眠りは浅いだろうが、それでも少しばかり安心できる。


 ……やっぱり、今の内になんとかしないと。花音との両想い云々は、まずは葉月が落ち着いてからだな。


 ふうと息を吐いて、あたしも静かに横になり、無理やり目を瞑った。



 ■ ■ ■


「いーちか!!」

「……」


 朝っぱらから元気すぎる声が聞こえて、思わずジトっとその声の主に視線を向けた。舞がきょとんとした顔を向けてくる。


「何さ? ってか、隈酷くない? ちゃんと寝てるの? ってあれ、葉月っちは?」

「……部屋で寝てる」


 朝起きたら葉月が寝息を立てて寝ていたから、起こさないように静かに部屋を出てきた。せっかく寝れているんだ。少しでも長く寝かせてやりたい。まあ、監視カメラつけているし、それを見ている部下が、何かあったらあたしにすぐ連絡をしてくる段取りにはなっているが。


 その葉月にちゃんと食べれるものを持って行かないといけないから、あたしはせっせと自分の足を食堂へと動かした。そういや最近花音のご飯食べてないな。葉月も徹底的に花音を避けてるし、仕方がないか。


「ちょちょ、待ってよ?! せっかくだからあたしも一緒に食べるって!」

「花音が作ってくれてるだろ?」

「たまにはあたしだって食堂のご飯が恋しくなる時があるの!」

「贅沢な答えだな」

「あっはっはっ! あたしもそう思ってる!」


 ここまで堂々と言われると、羨ましいと思うのさえもバカらしくなってきた。寝不足もあるから、あんまり思考が働かない。そんなあたしの隣で当たり前のように舞は歩いていた。


「一花は今日何食べる予定なの?」

「あたしよりも葉月に持って行かないとなんだよ。適当に自分のはサンドイッチとかでいいさ」

「ふーん……相も変わらず、葉月っちに過保護だよね、一花は」

「仕方ないだろ、あいつ今味覚ないから、何を食べるか分かったもんじゃ――」


 つい口が滑っていらぬことを口走ったが、ちゃんと舞は聞きとれたようで「え!?」と驚いている。……しまったな。寝ていないせいで全く考えなしに口に出た。余計な心配させたくなかったのに。


「え、え!? 葉月っち、味分かんないの!? どうして!?」

「……あー……その、原因は今度兄さんに調べてもらうつもりだが、まあ、その心配するな」

「いやいやいや、心配するよ、普通に! 大丈夫なの、それ?!」


 あーくそ、上手く言葉が出てこない。それっぽく違うと否定できたら良かったのに、これじゃあ肯定してしまった。


 なんて言おうか迷っていると、舞の方がうーんと何故か考え込んでいる。……まさか花音に言わないよな? 花音に伝わると、それはそれで心配させる。違う心配までさせてしまうから、それはよろしくない。


「おい、舞……花音には言うなよ。余計な心配かけたくないんだ」

「え!? あ、それもそうだね……うーん、でも……」


 でも?


「味分かんないって、それって本当に大変じゃん。しかもあの葉月っちだよ。なんか、虫とか平気に口に入れそうでさ……」


 ……言えない。すでに多くの虫を今までに食べているとは言えない。


 けど舞は真剣に葉月のことを考えてくれているみたいだ。なんだかその事実が少し嬉しくもある。ちゃんと、舞の中であいつは友達なんだな。


 そんな舞が、「そうだ!」と何かを閃いたように勢いよく、こっちに振り向いてきた。


「ね、ね。一花は葉月っちが何を食べても味分かんないのかちゃんと確かめた?」

「は?……いや、それはまだ何も」

「じゃあさ、じゃあさ……花音の卵焼き食べさせてみない?」


 ……卵焼き? 


「だってさ、葉月っち、花音の卵焼き大好きじゃん! あの甘いやつ! それを食べたらさ、美味しいの思い出して、他の味も思い出すんじゃない!? ね、確かめてみようよ!」


 舞に言われて、確かにそれもありかもなと思ってしまった。あいつ、めちゃくちゃ花音の作ったあの甘い卵焼き好きだったし。


「それにさ、葉月っちの味覚治ったら、一花だって嬉しいでしょ?」


 え……?


 えへへっとはにかむように笑った舞。

 その顔を見て、ああ、と思ってしまう。


 あたしのことを考えて、そう言うのか、お前は。

 明らかに寝不足なのを見て、まさか心配したのか?


「あ、ああ! でも、あれだよ? もももちろん、葉月っちに治ってほしい思いもあるよ!?」


 慌てて繕うように捲し立ててくるが、でも、


 その思いは伝わってくる気がした。


 つい自然と、フッと笑ってしまった。そんなあたしを見て、「え、なんでいきなり笑ってるのさ?」ときょとんとした目を向けてくる。


「いや、そうだよな。葉月が変なもの食べるのは困るよな。お前、虫嫌いだし」

「ちょちょちょぉぉぉ!? 思い出させないで!? バッダ食べてるところとか想像しちゃうから!」

「言っておくが、あいつ、バッダ以外も食べてるからな」

「いいぃぃやぁぁぁ!?」


 想像してしまったのか、耳を抑えて蹲ってしまった。そんな舞にまた笑ってしまう。


「おい、こんなところで座り込むな。食堂いくんだろ? さっさといくぞ」

「いいいい一花が悪いんじゃんかあああ!?」

「朝からわめくな、頭に響く」

「え、頭に響く? ふ……ふふふっ! いい事聞いちゃったね、これ! あたしの声で一花の脳みそ一杯になればいいさ!」

「今のお前の脳みそは葉月が虫を食べる姿で一杯だがな」

「いいぃぃやぁぁあ! だから、言わないでえええ!?」


 やかましく叫びつくして、やっと落ち着いたのか立ち上がった舞は、少し顔を青褪めさせながら渋々とまたあたしの隣を歩きだす。


 そんな舞の姿を見て、ついつい苦く笑ってしまった。


 お前、まだあたしなんかを好きなのか。

 部屋も離れたのに、離れた理由も言ってないのに。


 秘密を何一つ教えていないあたしを、お前はまだ好きなのか。


 元気にさせようと、朝から明るく挨拶してくる。

 やっぱり葉月を優先することに嫉妬する。

 嬉しくさせようと、何かしらのアイディアを絞り出すように出してくる。


 なんで諦めていないんだよ、お前は。


 そんな丸わかりの舞に、


 苦しくもあり、


 でも、


 ダメな自分をそれでも好きでいてくれる事実が、


 こんな自分をまだ好きでいてくれる舞がいることが、



 何よりも嬉しくなってしまった。


お読み下さり、ありがとうございます。

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