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ルームメイトは乙女ゲームのヒロインらしいよ?  作者: Nakk
番外編 中編(一花Side)
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55話 後悔ばかりで

 

 一体何度、失敗を繰り返すんだ。

 何度も何度もそう思う。


 その度に後悔して、それでもと必死に気持ちを奮い立たせて、立ち上がって、でもやっぱり失敗して。


 嫌いだ。

 何も出来ない自分が嫌で嫌で仕方がない。


 今、葉月の病室の中で目の前で不安そうにしている花音を見て、やっぱり会わせなければ良かったと後悔で一杯になっていく。


 高等部に上がって、結局は全部花音任せだ。

 あたしは何もしなくなった。


 常に纏わりついてくる恐怖から、やっと逃れられたって思っていたのかもしれない。


 バカだ。本当に。

 何をそこまで過剰に期待してしまっていたんだ。


 花音は普通の女の子なのに。


 実際の暴力を目の前にして、怖がらないわけがない。

 身近の友人が血を流している姿が、どれだけ衝撃的なことだったか。


 自分は知っていたのに。

 それがどれだけ怖い光景なのか、知っていたのに。


 どこかで、これはゲーム通りだから大丈夫だって、思い込んでいた。


「一花」


 花音を病室の中で待たせて部屋から出て、つい蹲っている時に、上から声が降ってきた。


 安心する声。

 この世界で、一番安心できる声。


 ゆっくりと顔をあげると、母さんが心配そうに見下ろしていた。


「母さん……」

「あの子は?」

「今は、中で休んでいる……」

「そう」


 ふうと息を吐いて、母さんはその優しい手をあたしの頭の上に置いてくる。その手が温かくて、さっきまで張っていた気持ちが切れそうになった。


「とりあえず立ちなさい。ここでこうしていても何も始まらないわ。その格好もね」

「……分かってる」

「葉月ちゃんは優一たちに任せましょう」

「……分かってるっ」


 母さんの顔を見れなくて、また顔を下に俯かせる。まだ泣く訳にはいかないのに、涙声になっているのが自分でも分かる。


 あれだけフォローすると言ったのに、この様だ。

 情けない。

 情けなくて吐き気もしてくる。


 何がストッパーだ。

 よく舞にあれだけ言い切ったものだ。


 結局、あたしは何も変わっていない。

 結局、あたしは葉月を止められていない。


 怖くて怖くて、葉月を止めているメイド長や源一郎さんたちをただただ震えて見てたあの頃と変わらない。


 だから今回、花音に怖い思いをさせてしまった。


 嫌いだ。

 こんな情けない自分が大嫌いだ。

 何も出来ていない自分が嫌いだ。


 ふうと、母さんのまた息を吐いている音が聞こえてきて、ギュッと自分の腕を掴む。


 情けないと思っているのだろうか。あれだけ啖呵を切って、この様で。自分で決めたことなのに、くじけそうになっているあたしを見て、期待を裏切られたと失望しているのだろうか。


 母さんの顔を見れな――


「えっ?!」

「さっすがに……大きくなったから抱っこはもうできないわねぇ~」


 ふふっと笑う母さんの肩に呆気なくヒョイッと担がれた。


 え、え? なんだこれ? はあ!? なんだ、この状況!?


「ちょ、ちょぉっ!? お、降ろせ!?」

「あら、母親に向かって命令するだなんて。言っとくけど、私には鴻城の権限なんて効かないわよ。誰が娘の命令なんて聞くものですか」

「いやいやいや、そういうことじゃなくてだな!?」

「とにかく、その服を何とかしなさい。あとそのしょぼくれた顔もね。そんな顔で戻ったら、フォローも何も出来やしないわ」


 キッパリハッキリと言われて、思わず言葉を詰まらせる。


「それは……」

「それに、あなたのルームメイトの子だって心配してるんじゃないかしら?」


 ……舞。

 そうだ、舞もさっきの電話でかなり驚いていたし、心配そうな声だった。


『嘘でしょ? え、え? 葉月っちが?』

『ああ。ちょっと怪我してしまってな』

『……それってさ、あたしのせい?』

『は?』

『だだだだってさ! あたしがちゃんと葉月っちを見てなかったから――』

『違う。大丈夫だ、心配ない。手術ももうすぐ終わる。それが終わってから帰るから、お前は先に寝ていろ』

『で、でも……』

『……本当に大丈夫だから』


 自分のせいだと思っている。

 違うのに。

 あたしが間に合わなかったからなのに。


 きっと母さんの自室に向かっているであろうその歩みで揺られながら、また自分のことを不甲斐なく思ってしまう。ギュッと担がれたまま自分の拳を握りしめた。


「あたしのせいだ……」

「……」


 ボソッと呟いたあたしの声に、母さんは反応しない。その代わりに、着いたであろう母さんの自室のドアが開く音が聞こえてきた。ボスっとそのままソファに降ろされると、両頬を手で挟まれて、無理やり顔を上げさせられる。


 母さんは困ったように笑っていた。

 その顔を見て、心臓を掴まされたかのように苦しくなる。


「本当に、一花ちゃんは責任感が強すぎるわね」


 フワッと慣れ親しんだその温かい手をまた頭に置いて撫でてくる。


「何度も言っているでしょう。私たちをちゃんと頼りなさい。あなたが全部背負う必要はどこにもないの」


 ……全部背負っているつもりはない。

 でも、花音のことについては自分の我儘だ。あたしの我儘で、花音を巻き込んだ。


 舞だってそうだ。

 本当はさっさとルームメイトを解消して、関係を終わらせれば良かったのに。


 それでも、

 あの居心地がよくて、


 あいつの笑ってる姿が、あったかくて、



 だからあたしは、ずっとルームメイトをやめられずにいるんだ。



 葉月のことに巻き込むつもりはなかったのに。


 2人とも不安にさせて、怖がらせてしまって。


 その後悔の言葉が声に出ない代わりに、唇を引き結ぶと、母さんが今度は昔みたいに抱きしめてくれる。


「バカね。我慢することないのよ」

「……ッ……して、ない」


 泣きそうになっているのをすっかり見抜かれている。フフっと耳元で笑う母さんの声が、少し楽しそうにも感じた。


「我慢強くて、人一倍責任感強くて、誰よりも友達想いで。本当、あなたは自慢の娘よ」


 そんなことない。結局何も出来ていないんだ。

 そう答える暇もなく、母さんが「でもね」と言葉を続けてくる。


「一人で出来る事なんて、限られているのよ、一花」


 真面目な声に変わって、あたしの顔を覗き込んでくる。その顔はさっきと変わってなくて、やっぱり困ったように笑っていた。


「すべてを、あなた一人で解決するには無理なことなのよ」


 でも、決めた。

 あの時、決めた。


 あたしはあいつを止める事を、

 美鈴さんたちのお墓の前で決めたんだ。


 だから、



 それに関わる全てを、あたしは何とかしなきゃいけない。



「……あたしは、ストッパーだ」


 なんとか絞り出した声に、母さんは目元を緩めていた。


「そうね。あなたが自分で決めたこと。それを辞めさせるつもりは私たちもないわ」


 そうだ。母さんたちもそれは応援してくれている。


 でも次の言葉で、少しあたしも身を強張らせた。


「でもね、だからといって、それを一花が一人ですべてをやらなければいけない、と言った覚えはないわよ」


 少し強めな声で言ってくる。母さんは両頬にまた手を当てて、真っすぐにあたしの目を見つめてきた。


「かあさ……」

「あなたが大切に思っている葉月ちゃんも、レイラちゃんも、ルームメイトの子も、そして、あなた自身が選んだ子も、全てをあなた一人で守らなければいけないわけではないのよ」


 え?


「フォローをするのも、一人でやらなくていいの」


 母さんの手が、今度はあたしの両頬を引っ張ってくる。い、痛い!? って、いきなり何をするんだ!? 何で急に!? 訳が分からない!


 ふふっとそれでも母さんは楽しそうに笑っている。


「本当、頑固なところはお父さんに似たのかしらね~」

「ひょっ……は、はなへっ!?」

「何度でも、何回でも言ってあげるわ。私たち大人をちゃんと頼りなさい。東雲の娘なんだから、ちょっとは頭を柔らかくしなさい」

「はあ!?」

「一花ちゃん、あなたに出来ることは、私たち全員出来るわよ。私や源一郎さんを誰だと思っているの?」


 最後に言われた言葉にハッとする。思わず、母さんの手を剥がそうとしていた自分の手が止まってしまう。


 ……あたしは、本当に馬鹿野郎だ。


 ずっと、ずっと頼っているつもりだった。

 護衛や病院の手配も、全部母さんや兄さんたち、源一郎さんたちにやってもらって、頼ってるって。


 でも、ずっとあたししか出来ないとも思っていたんだ。


 葉月をこの現実の世界に戻せるのは、あたしの存在だけだから。


 だけど、違う。

 違うんだ。


 そうだ。

 母さんや源一郎さんがいる限り、葉月は死なない。死なせない。


 何をあたしは思いあがっていたんだ。



「一人で背負わなくていいの」



 しっかりと告げてくる母さんの声が、なんだかやっと脳に届いた気がする。


 頼っていいんだって、そう思えてくる。


 頼ればいい。

 ちゃんと頼ればいい。


 花音のことも、舞のことも、レイラのことも、



 葉月のことも。



 また嬉しそうに母さんが笑って、やっと両頬から手を離してくれた。その場所から立ち上がって、あたしのことを見下ろしてくる。


「分かったら、さっさとシャワー浴びてきなさい。あの子の所に戻ってあげないと」


 ……ああ、そうだな。

 花音のところに戻らないと。


 きっと今、不安で一杯だろうから。


 ふっと、自分でも知らない内に笑ってしまう。自分も立ち上がって、その部屋のバスルームに体を向けた。


「母さん」

「何かしら?」

「……ありがとう」

「どういたしまして」


 当然のように返してくる母さんにまた笑みが零れる。頼もしくて、さっきまでの自分の後悔が消えていく感覚がした。


 戻ろう。

 自分の出来ることをまずはするんだ。


 ああ、舞のところにも戻らないと。


 あいつもきっと自分を責めているだろうから。



 あいつには、いつもバカみたいに笑っていてほしいから。



 支えてくれる母さんたちの存在を確かに感じながら、バスルームの取っ手を回した。



お読み下さり、ありがとうございます。

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