52話 悩みが尽きない
「あー恋人ほしい!!」
ボフッと自分のベッドに寝転がりながら、舞が大きい声で叫んでいる。その姿を横目で見つつ、でもすぐに視線をテーブルに置いてある本に戻した。
「ねっ、一花もそう思うよね!?」
「いや、特には」
「なんで!? あたしら、華の女子高生だよ!? デートとかデートとかデートとかしたいじゃん!」
デートしか言ってないな。どんだけしたいんだよ。
「デートっていうより、お前はただ遊びたいだけだろ。この前海に行っただろうが」
「それはそれ、これはこれでしょ!」
スッパリとあたしの言葉を両断した舞がベッドの上であたしに指を突き付けてきた。人に対して指さすな。
この前、あたしと葉月、そして花音と舞、生徒会メンバーも一緒に海に行った。イベントを見る為だが。それとは別に葉月を無理やり兄さんに会わせる為でもあった。
『葉月ちゃんの中で、花音さんの存在が強くなっていると思う』
兄さんからの連絡で、あたしも強くそう思っている。花音への目のかけ方が違くなっている。花音が溺れている可能性にいち早く気づいたのも葉月だ。見つけたのは会長みたいだが。
でも、まさかなと思った。
前々から葉月は花音に対して異様に気を遣っている。あたしへの配慮もあるとは思うが、それとは別の何かを葉月は花音に感じている。
遊園地イベントの時もそうだ。あいつはジッと花音と会長とのイベントを見ていた。
何を感じているのか。
そこまであたしは読み取れない。
いや、読み取れなかった。
舞という存在がいなければ。
「ん? 何々? なんでいきなり見つめてきてんの?」
イベントの時の葉月を思い出して、ついベッドの上でだらけている舞に視線を運んでしまった。
「別に何でもない」
「何でもないわけないっしょ。何々~? やっぱり一花も恋人ほしいって思ってるって事!?」
「あーうるさいな、と思っただけだ」
「ちょっ!? 酷くない!? さすがに酷くない!?」
「ハア……もうさっさと風呂に先に入れ。あたしはまだこれを読みたいんだよ」
「くっ……一花のその読書愛が憎い! あたしのことも構ってよ!」
「構ってたら一日が終わるだろうが。さっさと風呂入れ」
「ちぇ~。いいよいいよ、わかったよ! こうなったら花音たちに構ってもらうもんね!」
「ハア、もう好きにしろ」
「本当にいくからね!」
部屋を出ていく前に未練がましく「本当だからね!」とかまた言ってる舞には視線を向けず、本の字列を辿っていく。どれだけ構ってほしいんだよ。まあ、すぐ戻ってきて、やっぱりお風呂入るとか言うに決まっている。
案の定、舞は五分と経たずに戻ってきて、「やっぱりお風呂入る」とバスルームに姿を消した。予想を超えない奴だ。
ふうと息を吐いてから、区切りのいいところまで読んだ本を閉じて眼鏡を外した。目元に指を置いてゆっくりほぐす。頭に思い浮かべるのは、葉月のことだ。
舞がいなかったら気付かなかった。あたし自身、その可能性を見落としていた。女性が女性に恋に落ちるなんて。
まさか、葉月が花音に惚れるなんて予想外すぎる。
ハアとまた自然と溜め息が出てきた。外した眼鏡を取り、クルクルと指で回しながら、ボーっと眺める。
葉月は自分の気持ちに気づいていないだろう。気づくはずがない。普段はどうやって死ぬかしか考えていないんだ。
でも、思い返してみると、あいつは花音のことにだけは行動していた。生徒会への勧誘の時も、レクリエーションも、そしてこの前の海も。
また自然と溜め息が出てくる。
どうすればいいっていうんだ。花音は今の所会長ルートに入ってると言ってもいいだろう。海のイベントでも相手は会長だった。会長も満更でもなさそうだしな。このままいけば、大きくルートを外れることはないだろう。
つまりは、花音と会長はこのままだとくっつくということで。
葉月は知っている。この先上手くいけば、会長と花音が恋人になることを。他でもないあたしが教えたから。
……待てよ。もしこのままあの二人が上手くいけば、葉月はどうする?
まさか、未練がなくなって、思い切った行動をするようになるんじゃ?
そう考えたところで、ピタッと眼鏡を回していた指を止めた。
最悪だ。そんなことになったら最悪じゃないか。本来の目的は、会長と花音のイベントを見せることで、葉月に影響を与えることだ。考えを改めさせることだ。決して、葉月に未練を失くさせることじゃない。
「なんでこんなことになるんだよ……」
眼鏡をテーブルの上に置いて、額に手の平を押し付けた。予想外のことが起きている事実に全く思考が働かない。
「一花ってば!」
「うおっ!?」
いきなりバシッと背中を叩かれて、声がした方に顔を上げる。そこには何故か風呂に入っているはずの舞が、髪を濡らした状態であたしを見下ろしていた。
「……早くないか?」
「何度も呼んでたのに、全然応えてくれないからじゃん!」
え、何度も? 全然聞こえていないが?
その現象に自分でも戸惑っていると、舞の手に予備のシャンプーが握られているのが視界に入ってくる。
「シャンプー切れてたから持ってきて~! って何度も叫んだよ、あたし!」
「そ、そうか……悪い」
「何をそんなに考え込んでるのさ?」
不思議そうに見下ろしてくる舞への返答が何も出てこない。葉月が花音に恋してるなんて、どうせ言ったって信じやしないだろうし。
「別に何も考えてな――」
「嘘だね。ほら、まだ眉間に皺が残ってる」
ツンツンとあたしの眉間に空いている手の方の指を押し付けてきた。そんなにか? というか、いつまでやっている。
「いい加減やめろ。目的の物は見つけたんだろ? さっさと風呂の続きに戻れ」
「一花も一緒に入る?」
「誰が入るか」
舞の手を押し返すと、「つまんないの」とか言って肩を竦めていた。風呂に戻ると思っていたら、何故かまたあたしを見下ろしてくる。
「あのさ、一花」
「なんだ?」
「今度の夏祭り、一緒にいこうよ」
夏祭り?
唐突にそんな提案をしてきた舞に、そういえばあったなと思い出した。夏祭りイベントだ。
「あ、もちろん葉月っちたちも一緒にだよ! 葉月っち、好きそうだよね!」
へへっと笑う舞に、どうしたものかとまた悩む。人の多いところに連れて行くのは気が引ける。いくらイベントを見せたいとは思っていても、今回のイベントはただ屋台のご飯を花音と攻略対象者の誰かが食べるだけだ。
それに……葉月、絡まれやすいんだよ。あの容姿のせいだとは思うが、これ幸いとあいつも相手を煽るし。
「それにさ! こういうイベントで出会いがあるかもしれないし!」
「は?」
「恋人だよ、恋人! 恋人ほしいっていってるじゃん!」
何故か取り繕うように、慌てた様子で舞は捲し立ててきた。
「だからさ、一緒に行ってよ! あたし一人は嫌だしさ!」
「おい……」
「葉月っち達には明日聞いてみよ! それまでに返事考えててよ!」
相変わらず人の話を聞かないまま、舞はバスルームに戻っていった。その後ろ姿を見て、ハアと息をつくしかない。
きっと、今のは精一杯の舞の誘いだろう。
恋人がほしい、ね。
チラッと舞のベッドの上に置かれた雑誌に視線を運ぶ。分かりやすく、夏祭りに関してのページが開かれたままだ。
その恋人に、あたしになってほしいんだろうな。出会いがあるとか何とか言い訳みたいなのもしているが、本音はきっとそうだろう。
でも、応えるわけにはいかない。
応えられない。
何度考えても、結局は同じ結論があたしの中に出てくる。
「バカだ……本当に……」
応えられない自分。
応えてほしい舞。
結論は変わらないのに、それでもまだこの生活に縋っている自分に嫌気がさしてくる。
ハッキリと、舞に伝えた方がいいのに。
そうすれば、舞は次に切り替えられるのに。
それでも、もう少しこのままで、と思ってしまう。
葉月のことだけじゃない。舞のことでも頭を悩まされっぱなしだ。高等部に進学した頃はここまで悩まされるとは思っていなかった。
悩みは尽きない。
ふうと息を吐いて、舞のベッドの上にある雑誌を手に取った。
……楽しみにしてるんだろうな。
これぐらいなら、付き合ってやってもいいかもしれない。
恋人にはなれないし、舞の気持ちに応えることができないけど、
「少しでも……それで満足してくれたらいいか……」
それで少しでも、舞が喜ぶなら。
最後に、
傷つけることが分かってるから、
これぐらいは。
複雑な気持ちになりつつ、雑誌をベッドに戻す。「ごめ~ん、一花! リンスもだった!」という舞のバスルームからの叫び声が耳に届き、テーブルに置いてあった眼鏡を掛け直してから、バスルームに足を運んだ。
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