50話 どうして?
「どうかな、円城さん?」
「ふ、ふふふふんっ!! まままあ? 食べられなくはないですわね!」
「いらないの~? じゃあ私が食べる~」
「ちょっと葉月っ!? 何故人の唐揚げを取っていますのよ!? 自分の分があるじゃありませんの!」
「かの~ん、ご飯おかわり~」
「無視しないでくださいなっ!?」
そんなバカげたやり取りをしているのは、レイラと葉月だ。レイラのおかずを取って、葉月はひょいひょいっと自分の口に入れ、モグモグと口を動かしている。
「いやいや葉月っち、それ全部は可哀そうだって」
「んー?」
「葉月、こっちにおかわりあるからね。こっちを食べようね」
おかずを取られて涙目になっているレイラを哀れな目で見ている舞と、困ったように笑いながら葉月を違うお皿に注目させている花音。そんなに哀れまなくても大丈夫だぞ。昔はこんなの日常茶飯事だったんだから。
でも……レイラも一緒にご飯を食べる事はもうありえないと思っていた。
関わることはないと思っていたんだ。葉月もそうだし、あたしももちろんそうだ。
だけどこの前、サブイベントが起きた。花音が学園の生徒にいじめられるというイベントだ。そのいじめ役が、まさかレイラだとは思っていなかった。
案の定、レイラはまだあの時の葉月のことを鮮明に覚えているようだ。震えながら葉月のことを見ていたから。だから、やっぱり関わらない方がいいとその時に思った――んだが、
まさか舞が興味を持つとは。
まあ、だから今レイラが、舞に引きずられるようにして、ここにいるわけなんだが。
「ぎゃあああ!! なんで唐揚げにソースかけるんですのぉ!? わたくしはレモン派ですわぁ!!」
「花音の作るおかずはなんでも合うんだよ~」
「ちょちょちょぉぉ、ソースとレモンとマヨネーズと醤油を一緒にしないでくださいなぁ!!」
あーとその現状の唐揚げを見て、舞と花音が何とも言えない表情になっているな。その見た目はどう見ても美味しくなさそうだ。
「いいから食べてみなよ~ほら~」
「ちょっ、まっ、んぐぅ!?……んぅ?」
無理やりソースやマヨネーズだらけの唐揚げを無理やり口に入れられたレイラが、途端に目を輝かせた。ああ、うん。これ、昔通りの反応だ。
「おいひい、でふわれ……」
「ほらね~」
「え、嘘、それ美味しいの?! 葉月っち、あたしにも一口ちょうだい!」
舞もソースやら何やらかかりまくっている唐揚げを一つ取って口に入れている。「ミラクルな組み合わせ……」と何故か感心していた。あたしはいらんからな……だから葉月、あたしのお皿にそれを乗せてくるな。
ハアと溜め息をつきながら自分の分を食べていると、花音が「一花ちゃん、おかわりどうぞ」と空になっていたコップにお茶を注いでくれた。
「いつも悪いな、花音」
「ううん。私は皆と一緒に食べるの嬉しいから。今日は円城さんもいるから、さらに賑やかで楽しいよ」
本当にそう思っているのかどうか分からないが、花音はレイラの唐揚げに色々とちょっかいだしている2人に視線を向けている。
「舞、舞。レイラ、辛いのも好きなんだよ~」
「へえ、じゃあこのタバスコも一緒にかけてあげよっか」
「ちょぉぉぉ!? 葉月っ! わたくしがいつ辛いのが好きだって言いましたの!? 昔も今も苦手ですわよ! ってだから勝手にかけないでくださいなぁ!?」
「葉月、舞、あまり食べ物で遊ばないようにね。円城さんもこっちの食べようね」
しっかり注意している様子を見ると、本当に楽しいと思っているのか? と疑問に思えてくる。
花音がニッコリ笑いながら三人に声を掛けると、葉月と舞は固まって恐る恐る花音を見ていた。それから静かになって、モグモグと「おおおいしいね、葉月っち!」「うん、舞!」としどろもどろになりながら食べだす。花音の笑顔の圧が怖かったんだな。こっちを見るな。お前らの自業自得だ。
レイラはレイラでレモンをかけている唐揚げを出されてパアっと目を輝かせていた。
あれ、なんだこれ? あいつらが大人しくなったぞ。めっちゃ楽なんだが。余計なツッコミを入れなくてよくて、ものすごく楽なんだが。前から思っていたが、花音、こいつらの扱い上手くないか?
「……あー、楽だな」
「一花ちゃん?」
「いや、何でもない」
これが主人公の影響か? あの葉月が言う事を聞いているだけで奇跡に近いな。レイラも単純だからご飯を与えられて一気に静かになったし、子供の時に欲しかった存在だ、本当に。
でも……
チラッと葉月同様に大人しくなった舞に視線を運んだ。2人とも花音が出してきたパセリと玉ねぎに視線が釘付けになっている。
レイラを無理やりここまで連れてこなかったら、こんな風にも思わなかったな。
こういう昔みたいにレイラをからかう葉月もいなかった。
レイラのバカみたいに単純に騙されている姿を見る事もなかった。
こんな昔みたいな時間を、過ごすとはもう思っていなかった。
そのきっかけは、
「あのさ、葉月っち……このパセリとその玉ねぎ交換しない?」
「舞~……何も交換しなくていいんだよ……レイラに食べさせればいいんだよ……」
「はっ! た、確かに……。さすが葉月っち……あくどいね……」
「2人とも、ちゃんと聞こえてるからね。ちゃんと食べなきゃだめだよ。円城さんを散々からかった罰だからね」
「「ひっ!! 聞こえてたぁっ!!」」
舞だ。
舞がいなかったら、きっとこの前のいじめの件があったからといって、レイラと関わることはなかったはずだ。
今度は視線をレイラに向けた。単純だから、今じゃ花音の唐揚げに夢中になっている。
変わらないな、こいつ。
昔と変わらないレイラの姿を見て、
自然と口元が緩む。
……少し舞に感謝、だな。
◆ ◆ ◆ ◆
「ハア、偉い目に遭いましたわね……」
「お前の残念加減は直っていないようだな」
「ちょっと、一花……聞き捨てなりませんわよ?」
「さっきのご飯粒が口の端についてるぞ」
「え? どこ!? どこですの!?」
自分の口に慌てて手を当てているレイラを放っておいて、寮の玄関口にさっさと足を運ぶ。あまりにもレイラの迎えの連絡が来ないから、あたしの方で車を手配した。
レイラだって、本当はまだ葉月の姿を見ると、あの時の事を思い出すに違いない。
怖いはずだ。
またあの葉月になるんじゃないかって。
「お前……大丈夫なのか?」
「大丈夫ですわ! もうどこにもご飯はついておりません!!」
「いや、そうじゃなくてだな……」
そういう意味じゃないんだよ、そういう意味じゃ。
まあ、気付かないのもこいつの特性か。
それならそれでい――
「大丈夫ですわよ……意外と、ね」
ハアと溜め息をつきそうになった時に、後ろから呟いた声が耳に届いてくる。
なんだ……ちゃんと意味は伝わっていたか。
顔だけレイラの方に振り向くと、自嘲するように笑っていた。
「あれから、何年経ってると思っているんですの……心配しすぎですのよ、一花は」
「……それもそうだな」
もう、レイラが鴻城家に最後に来た日から、6年だ。
そんなに経ったか。早いものだな。あいつが正気に戻ってからは、特に時間の流れが早く感じる……とか思っていると、「一花」と呼ばれた。
「なんだ?」
「葉月は……あれから本当に変わっておりませんの?」
「……」
つい黙ってしまった。
変わった、とも言える。
花音と会ってから、それは感じている。
言うことを聞くんだ。
時々、優しい顔をするんだ。
葉月本人は気づいていないが、その時は子供の時と同じ笑い方をするんだ。
……だが、変わっていない、とも言える。
我慢をしているのが分かる。中等部の時より、悪戯の度合いが薄い。相当、ストレスを溜め込んでいる。
今も、あいつは死にたいんだろう。その行為をしたくてしたくて堪らないんだろう。
ちょっとの悪戯の時でも、あいつの目の奥は濁っているから。
だから、答えはこうだ。レイラ。
「そうだ……」
根っこの部分は変わっていないんだ。
レイラは悲しそうに目を伏せて、小さい声で呟いた。
「…………まだ、葉月は美鈴さんたちに会いたいんでしょうか」
「……」
会いたいんだろうさ。
いない現実に耐えられないんだろうさ。
あんなに大好きな二人だったんだから。
でも、
「心配するな、レイラ」
「え?」
そんな、心配そうな顔をするな。
「大丈夫だ。何のために、あたしがあいつのそばにいると思ってるんだ」
止めるためだ。
ちゃんとあいつを止めるためだ。
あいつに、こっちが現実だと、分からせる為だ。
「ちゃんとあいつを止めるから、だからそんな心配するな」
お前は、そんなことを考えなくていい。
もう恐怖に囚われなくていい。
「やっと、普通の生活を送れるようになったんだろ? だから考えるな」
「……そう言う割に、先程は責めていたではありませんの」
「それはそれだろ。あいつのバカな行動を止めるのを手伝ってほしいとは思っていたんだよ。だがな」
きょとんとした間抜けなレイラの顔を見つめると、少しだけおかしくなる。
「あのバカが正気じゃない時は、逃げていいんだ」
あたしのその言葉に、レイラは一瞬驚いたような顔をして、でもすぐに泣きそうな顔になった。
本当にそう思う。
逃げていい。
忘れていい。
「自分を責めるなよ、レイラ」
「……」
「あの時、逃げたこと、離れたこと、後悔することでも何でもない」
「っ……」
ボロッとレイラの目から涙が零れた。
知ってる。
ちゃんと知ってる。
お前が、離れたことを、ずっと後悔してること。
お前が、実はずっと、あたしらのことを学園長から聞いてること。
お前が、ずっとあたしに謝ろうとしていたこと。
「あの時のお前の選択は、間違ってない」
「っ……ふぐっ……ですが……あなた一人に押し付けた……」
「あたしは押し付けられてない。自分で決めたんだ」
「葉月の……あなたの……力になれなかった……」
「なったさ。ちゃんと、お前がまた普通の生活に戻ってくれたんだから」
ボロボロと涙を流して、鼻も真っ赤にさせて残念な顔になっているレイラに笑ってやる。
葉月は、この前謝っていたな。
あたしは……そういえば謝っていなかった。
「あの時……お前に気を遣ってやれなくて、すまなかった」
「っ……!」
あの時、今は葉月に会いに来るなと、もっと強く言っておけばよかったと、そう思っていた。今でも思っている。
そうすれば、レイラの中の恐怖は拭えただろうから。
「っ……あなたのせいじゃ、ありませんわよ」
ズビズビと鼻を啜りながら、くしゃくしゃになった顔をして、レイラはそう言ってくる。そんなレイラに少しまた笑ってしまった。
「ああ、そうだな……お前が学園長の言うことを聞かないで、勝手に来たせいだな」
これ以上言っても、きっとこいつはあたしの謝罪を受け入れない。
本当にバカで単純で残念で、人一倍思いやりがある、根が優しいこいつだから。
クルッとレイラに背を向けて足を動かす。
そんなあたしの背中に、レイラがスリッパの音をさせながらついてきた。
「ああ、もう……あなたが、らしくないこと言うから、止まらないではありませんの」
「ああ、そうかそうか。あたしが悪かったな」
「ちょっと、なんですのよ、それは。さっきとは違って、ちっとも悪いと感じてなさそうですわ」
「思ってないからな」
「んなあっ!? ちょっとは思いなさいな!?」
どっちだよ、という心の呟きを口に出さずに、さっさと階段を降りて寮の入り口に向かっていく。
「……まだ来てないみたいだな」
外を見ると、迎えの車が見当たらない。連絡してからまだ時間は経っていないから、仕方ないか。
「そういえば、一花」
「なんだ?」
いきなりまた名前を呼んできたから、レイラの方を見ると、ハンカチで目元を抑えている姿が目に映った。というより、そのハンカチを見て、一気に疲れた。なんだ、そのハンカチ。変なキャラクターの絵が描いてあるぞ。相変わらずセンスないな。ツッコむとまた泣きだすだろうから、ツッコまないが。
そのレイラは何故か大事そうにそのハンカチをポケットにしまって、あたしを見下ろしてくる。
「なんで葉月のルームメイトが、あなたじゃありませんの?」
……なんでそこに食いつくんだよ。普段は明後日な思考回路で、勝手に答えをだして納得するくせに。
「……葉月にとってもいいって思ったんだよ。あたし以外の誰かで、違う変化が起きないかって思ってな」
まあ、嘘をつくわけでもないから、ちゃんと言っておく。乙女ゲームのシナリオの影響を受けないかっていう淡い期待は、誰にどう伝えたところで信じるわけないしな。前世のこともこいつは信じてるわけじゃなさそうだし。
「なんですのよ、それ……おかげでわたくしは、彼女の事を勝手に誤解してしまったではありませんの……」
「そんなこと知るわけないだろ。っていうか、誤解ってなんだ、誤解って」
「そそ、それは内緒ですわっ!!」
慌てたように顔をあたしから背けるレイラに、心底呆れてしまう。
どうせ、周りの連中から言いくるめられただけだろ。この前レイラの周りにいた生徒が、自分たちの手を汚さずに、レイラにいじめをさせたんだろうさ。学園の品位がどうのこうのって言えば、こいつは乗ってくるだろうしな。それに見事におだてられたわけだ。
相も変わらず騙されやすい、そこは成長しろよ――とか考えていると、またレイラが何にも考えてなさそうに疑問を口にだした。
「じゃあ、なんであの二人だったんですの?」
「二人?」
一人は分かる。花音のことだ。
もう一人は……
「ああ……舞のことか?」
「ええ。あのすごくごうい――ううう動きが活発な方ですわ!」
いや、うん。強引でいいんだがな。なんでそこに今頃気を遣う必要があるんだよ。舞は今この場にいないっていうのに。気を遣う所が、本当、突拍子もなくズレてるんだよな。
「桜沢花音の方は……まあ、その、先程の料理の腕前は確かでしたから納得ですが……」
「納得するところがそこか」
「なっ、重要ではありませんの!? 大方、源一郎おじい様たちが葉月の栄養のことを考えて選んだのでしょう!?」
全く違う。栄養のことを考えるなら、ここには食堂もある。何故わざわざ同い年の子を料理人待遇で選ぶと思える――と言いたいが、言わないでおこう。花音が乙女ゲームのヒロインだから、なんて信じる欠片もないだろうし、ツッコまれるのも面倒だ。
心底呆れてモノが言えない状態のあたしに向かって、首を傾げながらレイラはまた見下ろしてくる。
「でも、神楽坂さんの方は、分かりませんわ。あの子の何が、葉月に影響を与えるんですの??」
いきなりのまともな質問に、ついあたしも言葉が出てこない。
あいつの、何が……?
「確かに強引で、葉月とは気が合ってそうでしたけど」
……そうだ、気が合ってる。
「でも、さっき見た限りでは、何か特別なことをしてそうな訳でもなさそうでしたわ」
そう……だな……特別、舞が何かをしているわけではない。
「どうして、神楽坂さんが一花のルームメイトなんですの?」
それは、母さんたちが選んで……選んで?
疑問が頭を過る。
確かに最初は母さんたちが選んだ。あたしのルームメイトにって。
でも、すぐ解消しようと思っていた。
だけど、
だけど、今でもルームメイトなのは、
あたしが、
あたしが、そう選んだんだ。
どうして?
「一花?」
レイラの呼びかけに、ハッとする。
「どうしたんですのよ、いきなり黙り込んで? わたくし、何か変なこと聞きました?」
「あ、いや……そういうわけじゃない……」
「?」
煮え切らない答えになってしまった。レイラも不思議そうだ。
どうして……どうして、か……。
――ああ、そうだ。
「思い……だしたから」
「え?」
「美鈴さんたちと過ごしていた時を」
あの人たちと、笑いあっていたあの時を。
幸せそうだった葉月を。
楽しかったあの時を。
バカみたいに明るくて、
楽しそうで、
笑っている舞を見ると、
「……思い出すんだ、あの頃を」
だから、今でもルームメイトを続けている。
あたしが、そう選んだ。
舞とのルームメイト生活を、選んだ。
「……一花」
つい昔の記憶を思い出していたら、レイラの声が届いたから改めてレイラの顔を見上げると、ものすごく驚いている表情をしている。……そんな変なこと、言ったか?
そんなレイラが不思議になって、目をパチパチと瞬かせると、何故かレイラが嬉しそうに笑った。
「よかったですわ……あなたが、そんな顔をまたするとは思ってませんでしたもの」
「は?」
どんな顔だ?
疑問だらけになったあたしをよそに、レイラは満足気にまた笑った。
「そうですの。彼女をルームメイトにしたのは、一花の意思ですのね」
「は?」
「わたくしから見ると、彼女が美鈴さんたちと同じようには思えませんが、まあ、一花がそう言うならそうなのでしょうね」
「はあ?」
何をそんな納得しているんだ? いや、まあ、確かに今の状況を選んだとはいえるよなって思ったが。
少し呆けながら笑っているレイラを見ていると、ちょうど寮の入り口に車が到着する。ドアからあたしの部下が降りてくるのが見えた。あたしとレイラに気づいて、傘を差しながら待ってくれているようだ。
「じゃあ、帰りますわ」
「あ、ああ……」
「一花」
「?」
帰りかけたレイラが足を止めて、あたしの方に振り返ってくる。
「あなたは背負いすぎですわよ」
……確か、前に学園長にも言われたな。
「でも……」
でも?
また嬉しそうに、レイラは笑った。
「美鈴さんたちを、まだ大切にしているのが分かって、嬉しかったですわ」
……当たり前だろ?
「葉月の……また昔みたいに笑っている姿が見れて……嬉しかった」
そうだな。
それは、あたしもそう思っている。
「一花」
「……なんだ?」
今度は少し怯えているように微笑んだ。
「わたくしは……まだあなたたちの幼馴染ですの……?」
……バカだな。
本当に、バカだ。
そんなこと、確認するまでもないだろう。
だから、あたしは笑って答える。
「当たり前だろ」
昔の記憶が蘇る。
葉月が突拍子もないこと言い出して、
レイラがそれに騙されて、
あたしがそれを止めさせて、
バカみたいに楽しかった子供の頃を思い出す。
「お前は、あたしと葉月の、大切な幼馴染だよ」
唯一の。
またレイラはくしゃりと表情を歪めて泣きそうになっている。
でもすぐに顔を前に向かせた。
「……神楽坂さんにお礼を言っといてくださいな」
「舞にか?」
「ええ」
絶対泣いているだろう擦れた声で、レイラがそんなことを言ってきた。
「ここに、今日連れてきてくれて、ありがとうって……」
……ああ、そうだな。
今日、お前とこうやって話せたのは、良かったかもな。
「伝えておこう」
あたしからも、ちゃんとお礼を言わないとな。
その前に。
「レイラ、お前にまだ伝えたいことがあるんだが……」
「……なんですのよ?」
「背中に、張り紙つけられてるぞ……」
「はあ!?」
慌ててまだ目尻に涙を残しているレイラが、首をグイっと動かして背中を見ようとしている。いや、あたしもずっとお前の前を歩いていたから気付かなかったんだよ。葉月がつけたんだな。書かれてる内容は『カレンダー令嬢、ここに見参』。まったく葉月らしい言葉だ。
張り紙を無理やりびりっと破ったレイラがそれを見て、顔を真っ赤にさせている。
「だっから! なんで葉月はこういうとこも変わっておりませんのよ!?」
「あいつに言え」
「一花! あなた、ストッパーになったのでしょう!? こういうのも止めなさいな!」
「あのな……なんでこんなどうでもいいことまで止めなきゃいけないんだよ……それより、とっとと帰れ。学園長が心配するぞ」
「ちょおおお!? なんで押してくるんですのよ!? 一花、あなたからも葉月に注意しなさ――!?」
やかましいレイラを車の後ろの座席に押し込んで、部下にさっさと発進させろと合図した。車のガラスをドンドンと叩きながら、何かを抗議しているレイラを見て、懐かしいような、でも疲れるような感覚に襲われる。
車が見えなくなったのを確認して、あたしもまた今来た廊下を歩き出す。
「本当に……残念なところまで変わらないな……」
でも、ちゃんと伝わっていればいいと思う。
あの張り紙に書かれた、見えない文字に気づけばいいと思う。
『レイラは、大切な幼馴染』
葉月もちゃんとそう思ってるぞ、レイラ。
お読み下さり、ありがとうございます。




