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ルームメイトは乙女ゲームのヒロインらしいよ?  作者: Nakk
番外編 中編(一花Side)
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47話 予想外

 

「いっちゃん、いっちゃん! 見て見て! 今度はタコさんウインナーだよ! こっちはカニさんだよ!」

「あーそうかそうか、良かったな。さっさと食べろ」

「タコさんや、君は私の胃袋に収められることが運命だったんだよ。いただきます! ん~!! んまし~!!」


 そう言って、満足そうに口をモグモグさせているのは、学園の中庭のベンチで隣に座っている葉月だ。ちなみに口の中に入っているのは、ルームメイトになった桜沢さんお手製のお弁当である。


「いっふぁん、いっふぁん! ほろはらほらひ、ひょうほあはい!」

「口に物を入れて喋るなと、この前から何度注意したか分からん」

「んんっ! この卵焼き、今日も甘いだよ、いっちゃん。いっちゃんも食べる? ほら、あーん」

「あたしが甘いのを苦手だって知ってるだろうが」

「じゃあ、このエビフライは?」

「いただこう」


 葉月の弁当からそのエビフライだけ摘まみ上げて、口の中に入れる。朝から時間が経っているというのに、衣はサクサク、中身はプリプリしていて、美味い。ゲームでの主人公の料理スキルは、現実でも健在らしい。


 チラッと横目で葉月を見ると、目をキラキラさせつつ口をモグモグさせながら、ここからよく見える時計塔を見ている。


 これは予想外だ。


 正直、葉月がこんなに桜沢さんに懐くとは思っていなかった。彼女に心配させないように、我慢しているのが丸分かりだ。悪戯の度合いが明らかに中等部より劣っている。無くなってはいないが、いや、実際無くなられると困るが。


 それに桜沢さんの方もだ。

 この前の葉月の屋上バンジーにはさすがに驚いていたが、葉月の奇行を気味悪がったりはしなかった。

 ゲームの彼女は優しいと知っていたが、まさか現実でもそうなるとは思っていなかったな。葉月のお世話も、呆れる訳でも嫌がる訳でもなく、楽しそうにやっているように見える。彼女には弟妹がいるから、その影響かもしれない。


 このまま、葉月が彼女の影響を受ければいいと思う。会長はこれから桜沢さんの影響を受けて、母親からの束縛から自由になるはずだ。

 そんな会長を見て、葉月の中で何かが変わればいいと願う。


「あ、ふぁいふぁ」


 また食べながら葉月が何かを喋った。こいつ、あたしの言う事全く聞く気がないな。元からだが。怒るのもバカらしくて、つい葉月の視線を辿ると、廊下を誰かと楽しそうに話ながら歩いている舞の姿が視界に入った。


「舞、いっつも違う人と歩いてるね」

「そうだな」


 初日からこっちが面食らう行動を起こしている舞は、学園生活を満喫しているみたいだ。今じゃ、寮でもかなりの顔見知りが出来ているみたいだからな。


 舞は舞で、これもまた予想外だ。

 葉月と気が合うとは思っていたが、まさか離れないとは思わなかった。


 葉月の悪戯を知れば、関わらないだろうと思っていたんだが、あいつはめげずに葉月に突っ込んでいる。それに楽しそうだ。葉月と桜沢さんの部屋でも、葉月と携帯のゲームとか一緒にやっているしな。


 自分たちの部屋にいる時も、今日はこんな授業をしたとか、クラスの子とこんな話をしたとか、息をする暇もないんじゃないかと思うくらい喋ってくる。そして隙あらば抱きつこうとしてくるから、あたしも蹴っ飛ばしている。もはや慣れてしまった。


 そんなあたしに対しても怒る訳でもなく、いつも軽い謝罪をしてきて、それでも嬉しそうに話しかけてくる。いつも思うが、舞はなんでそんなに嬉しそうなんだ? 不思議だ。そんなに舞が喜ぶような、面白い話題を提供してる訳ではないと思うんだが。


 だからこそ、ルームメイトの件を話せずにいるわけで。


「……どうしたものか」

「何が?」

「何でもない」


 つい口に出してしまったことに葉月が反応してくる。気にならなかったのか、葉月はまたご飯を口に入れて、時計塔を眺めだした。そういや、最近学園長の所に行ってないな、こいつ。そろそろガス抜きさせるべきか?


「いっひゃん」

「あのな、だから何かを食べながら喋る――」

「んん……いっちゃんがいいなら、いいよ」


 食べてるものを飲み込んで、唐突にそんなことを言ってきたから、頭の中で「は?」となった。


「いきなりどうした? 桜沢さんの弁当がおいしすぎておかしくなったか?」

「私は元からおかしいよ」

「そうじゃなくてだな……何がいいって?」

「分かんないの?」


 いきなりそんなことを言われても、さすがのあたしもさっぱりだ。「はー、いっちゃんもまだまだだな~」とかほざいたから、とりあえず弁当に入っているこいつお気に入りの甘々卵焼きを奪ってやった。甘いのは苦手だが、桜沢さんお手製の卵焼きは好きだ。


 してやったりと思ってモグモグさせながら葉月を見ると、案の定、ぷくっと頬を膨らませている。


「さっきいらないって言った!」

「苦手だって言ったんだ」

「むー!!」

「それで? 何がいいって?」

「……」


 あたしがそう聞くと、さっきまでの膨れっ面がいきなり鳴りを潜め、途端に無言になる。一体何を言いたいんだ? さすがに分からん。いつもはこいつの言動や前後の行動から、何を考えているかを予測しているが、今の話は本当にいきなりだ。


「いっちゃんがいいなら、いい」

「だから、何がだ?」

「舞のこと、無理にルームメイト解消しなくていい」


 思わず目を見開いた。予想外だ。本当に。

 その予想外の言葉を言った葉月が、箸をおいてムニッと唐突にあたしの頬をその手で挟んできた。条件反射でその手を払うと、どこか楽しそうに「えへへ」と笑ってくる。


「いきなり何をする?」

「いっちゃん、前より柔らかくなった」

「は?」

「楽しそう」


 楽しそう? 頭の中がはてなだらけだ。


 混乱しているあたしをよそに、満足そうにまた葉月はお弁当のおかずを口に放り込んでモグモグさせている。楽しそうってなんだ? 柔らかくなったっていうのは、あたしの肉がか?


「いっちゃんが楽しいと、私も楽しい」


 ……出てくる言葉が思いつかなかった。


 葉月は空から視線を外さない。


 だけど、



『いっちゃんが楽しいと、私も楽しいから~』



 あの時の子供の葉月の声が聞こえる。


 ああ、ちゃんといる。

 こいつ、まだちゃんとここにいる。


 それがどれだけ安心できるか。


「舞、良い子だね~」


 少しだけ見せた昔の葉月がいることに安堵してたら、今度はまた舞の事を話し出す。


「だから、いいよ。花音も可愛いし、ごはん美味しいし、舞も楽しいからいいよ」

「……無理してないか?」

「してないよ。我慢できるよ」


 ふふって笑いながら、今度は残りのエビフライを箸で持ち上げてあたしに差し出してきた。それを手でつまんであたしも口に入れる。


 ルームメイトを解消しなくていい、か。

 舞の事も、予想外に気に入っているのかもしれない。


 いや、


 それは……あたしもかもな。


 舞との時間は、あの楽しかった頃を思い出せるから。


 美鈴さんたちがいなくなってからの、



 あの地獄を、忘れることができるから。



「いよっ! いっちか! なーに食べてんの!?」

「ぶふっ! げほっ!」

「あ、ごめん」


 いきなり背中をバシッといきなり叩かれて、飲み込んだエビフライが戻ってきそうになる。いきなりなんだ!? いや、違う!


「舞、お前、いきなり叩いてくるな!?」

「あっはっはっ! ごめんごめん! 勢いありすぎたね! ってあれ? もしかして花音のお弁当貰ってたわけ!? ずるいんだけど! あたしも食べたい! 葉月っち、おかず一つちょうだいよ!」

「もうふぁいふぉ~」

「いやいやいや、なんで今一気に口に突っ込んだの!? 零れてる零れてる!!」

「葉月、あまり一気に食べると消化に悪いよ」


 舞の後ろから、困ったように笑っている桜沢さんが顔を出した。ハンカチを取り出して葉月の口を拭っている。なんかもう慣れてきているな。というか、さっきまで舞は違う子と歩いてなかったか? いつの間に桜沢さんと合流したんだ?


「それで? なんで二人がここに来たんだ? もうすぐ昼休みも終わるぞ」

「あ、そだった。今日みんなで一緒に夕飯食べよって話になってさ! 皆で食材買いながら一緒に帰ろうよ!」

「花音~、今日何~?」

「うーん、どうしようか。葉月は何食べたい?」

「オムライスがいい!」

「ちょっと待ったぁ! 葉月っち! たまにしか食べれないんだから、ここはあたしに譲ってよ! 花音、今日はコロッケでよろしく!」

「それもありだと思うけど、東雲さんは何がいいかな?」


 柔らかく笑みながら、桜沢さんはあたしにも意見を求めてくる。こういう気配りが本当に上手い。葉月と舞なんて自分達の欲望丸出しなのにな。


「いっちゃん! オムライスだよね、そうだよね!?」

「一花、たまには色々な具材のコロッケがいいでしょ、そうでしょ!?」

「だあああ!! うるさい!! お前ら二人とも、少しは自重することを覚えろ!?」

「「なんで??」」

「二人揃ってそんな不思議そうな顔をするな!?」


 本当に気が合うな!? そこまで気が合わなくてもいいんだよ!


 あたしの言葉にめげずに、それからもあーだこーだと言い続ける二人に心底疲れた。


 結局桜沢さんが「じゃあ、量は少なめにして、みんなの好きなもの作ろうか」と言ってくれて二人の言い合いは止まったが……おい、お前ら、たまには自分達の好きなものじゃなくて、桜沢さんが食べたいものを食べさせろよ。


 ハアと深い溜息をついたあたしに気遣って、桜沢さんはあたしにもエビチリを作ってくれた。この優しさをこいつらに分け与えたいと、心の底からそう思ったよ。


 ……って今度はおかずの取り合いか!? いい加減にしろ、この馬鹿野郎どもがぁっ!!


お読み下さり、ありがとうございます。

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