46話 少し、懐かしい
「あたし、神楽坂舞!! よろしく!!」
満面の笑みでそう自己紹介されて、少しあたしは怯んでしまった。
さっき待望のヒロインと会ったばかりで、まだ緊張が残っている。葉月のバカが初対面から彼女に嫌われることをしないために見張っていたんだ。
だけど、葉月と彼女は実はもう前日に会っていたらしい。
まさかそんな偶然が起こるとは全く思っていなかった。誰かに傘を貸していたのは監視の報告からも聞いていたが、彼女のことだとはさすがに思わなかった。
昨日は葉月が何やら買い物したいとか言い出したんだよな。ついでにコーヒーも飲みたいと。
今日からはもうあたしとは別の部屋になるから、あいつもそれなりに緊張しているのかもしれないと思って、あたしも許可した。コーヒーを飲むとあいつも落ち着くし、それで少しでもストレス発散になればいいと思った。過去みたいなバカな連中に絡まれないように、厳重に監視をつけたが。
そしてさっき見た感じ、彼女は葉月に悪い印象を持っていないみたいだ。
寮長が部屋替えを勧めてきたからどうしようかと思ったんだが、彼女はそれを断った。正直助かった。葉月自身も彼女には好印象を持ったみたいだし。あれはあいつの作り笑顔だったが、少しでもあいつに変化が起きればいい。
未来のことに少し期待を寄せつつ、自分の荷物を片付けに部屋に入ったら、この神楽坂舞が満面の笑顔で迎えてきたんだ。
写真で見るよりはるかに派手だ。髪は染めてるし、耳はピアスだらけ。メイクもバッチリだな。どう見てもあたしとは真逆の人間だ。これは、早々にルームメイト解消になりそうだな。
とりあえず自分も自己紹介しておくかと、握手で出された彼女の手を握り返した。
「あたしは東雲一花。こちらこそよろしくお願いしま――」
「一花ってば手小さーい! かっわい~!!」
「は? ってうわっ!!?」
「っていうか、やば!! マジで一花可愛すぎるんだけど!」
「はあ!? ちょっ!? いきなり何をする、この馬鹿野郎が!?」
「ぶへっ!!」
いきなり抱きつかれて、反射的に葉月にするように蹴り飛ばしてしまった。ハッ、しまった。この子、葉月とは違って一般人じゃないか。け、怪我してないよな?
動揺してしまっていると、その彼女は床からガバッと起きてキラキラした目を向けてくる。な、なんだ、この感じ……あのバカ姉を思い出すんだが。
「す、すまない……じゃない。すみません、大丈夫ですか?」
「全っ然平気! むしろ、こっちこそいきなり抱きついちゃったからね! ごめんごめん!」
平気そうだな。あのバカ姉と同じ性癖というわけでもなさそうだ。そこだけは救いかもしれない。
怪我してなさそうな彼女の様子に一安心していたら、その彼女は立ち上がって、またあたしに近づいてくる。
「ほんっとごめん! ついつい興奮しちゃってさ! パパにもよくすぐに調子に乗るって怒られてたんだけど、こんな可愛い子がルームメイトだってテンション上がっちゃったよ! それにしても、一花って蹴りが上手いんだね! 蹴られたところ、あんまり痛くないや!」
感心そうにさっきあたしに蹴られたところを手で擦っている。いやそこ、感心するところか? 普通怒るんじゃないだろうか?
それにしても、めちゃくちゃ明るいな、この子。見た目とは裏腹に、話しやすい雰囲気がある。
「いや、こっちこそいきなり暴力を振ってすみませんでした。初対面で抱きつかれるとは思わなかったもので」
「あ、敬語なしで! あたし、堅苦しいの苦手でさ! あたしのことも気軽に呼び捨てで呼んでよ! あたしももう一花って呼んでるし!」
しかもめちゃくちゃフレンドリーだな。あたしとはやっぱり真逆の人間だ。
何故かその彼女は、目をキラキラと輝かせながらジッとあたしを見つめてくる。え、なんだ、これ? もしかして、今名前で呼べってことか?
「あーその……舞?」
「やった! 一花が名前で呼んでくれた!」
そ、そんなに喜ぶことか!? ガッツポーズ決めるほど!?
「お、おい?」
「あ、ごめん! 嬉しすぎて、一花の存在忘れてた!」
な、何がそんなに嬉しいんだ、この子は? さっぱり分からない。
だけど舞は、本当に誰もが分かるくらいに嬉しそうにはにかんでいる。散らばっている荷物を避けて、ベッドにドサッと座ってから、立っているあたしを前のめりに見上げてきた。
「ね、ね! もっと色々話そうよ! 一花はずっと星ノ天だったんだよね?!」
「え? あ、ああ、まあ……」
いやいや、その前にこの荷物たちを片付けようという考えはないのか?
そんなことを口にする暇もなく、舞は続けざまに口を開いた。
「東雲って、あの東雲病院の東雲でしょ!? そこの娘とか、一花は頭もいいの!?」
「い、いや、あたしは普通……」
「そうだよね! ずっと星ノ天に通ってるんだもん、頭悪いわけないか!」
全くあたしの言葉を聞いていないな!?
「お、おい、神楽坂さん?」
「舞って呼んでって言ったじゃん!?」
「あ、ああ……舞、ちょっと落ちつ――」
「あ、そうだそうだ! ねね、一花の番号教えてよ! そうすればどっちかが鍵忘れたら連絡出来るよね!」
あたしの言葉を聞いているのか聞いていないのか、舞はベッドの奥に置いていた荷物を漁り出した。そんな様子を茫然と見るしかできない。
な、なんだ、この一方的にやられている感覚は……? 勢いに圧倒されている感が半端ないんだが? というか、なんでそんなにテンション高いんだよ、この子は!?
「ほらほら、一花も携帯出してってば! あ、もしかして持ってないとかある? 星ノ天ってそういう校則厳しくないよね?」
「え? あ、まあ、そういう所は緩いとは思うが……」
「あーよかった! 星ノ天って昔からある由緒ある学校だから、そういう昔ながらの校則とかもあるのかなってちょっと思っちゃってたよ!」
あっはっはって笑いながら、忙しなく今度は立ち上がってあたしの方にまた近づいてくる。全く落ち着かないな!?
「ほら、一花も出して!」
「あ、あのな、神楽――」
「ま・い!」
「あ、ああ……舞、その前にだな――」
「あ、そうだった! あたし、一花に地元のお土産買ってきたんだよ! 渡すの忘れてた! ちょうどいいや、それ食べながら交換しようよ! ちょっと待ってて」
「まずは人の話を聞こうか!?」
また後ろにある荷物にクルリと踵を返した舞にツッコんでしまった。いや、つい……ああ、でもやっとこっちの言葉が届いたみたいだな。きょとんとした顔を向けてくる。
「あのな、まずは片付けからだろ? 明日からもう学園生活も始まるんだから」
「あ、それもそだね」
やっとあたしの話が届いたか。うんうんと舞は頷いている。
それに、番号の交換か……舞には申し訳ないが、一週間もしない内に舞とのルームメイトは解消されるだろう。
葉月が駄々こねるか、もしくはやっぱり無理だと判断すれば、あたしもあいつとの部屋に戻らなければならない。彼女の方が葉月についていけない可能性もある訳だし……むしろそっちの方の可能性が高い。そうなったら舞との接点も消えるだろうから、番号の交換は無意味に――
カシャ
と、どう断ろうか考え込んでいたら、いきなり何かをカメラで撮ったような音が聞こえてきた。
え、ん? なんで今?
つい下を向いて考え込んでいた顔を上げると、そこには携帯のカメラをあたしに向けている舞の姿がある。いやいや、なんでそんな満足そうなんだ? え、今もしかして撮ったのか??
「ふっふっ! 記念写真一枚目! あ、そだ。一緒に撮ろ! ほら、一花もこっち来て来て!」
「いや、は? あ、おい、ちょっ!」
抵抗する間もなく、舞はあっという間にあたしの隣に来て携帯を自分達に向けたかと思えば、カシャっとまた一枚撮っている。なんであたし、今写真撮ってんだ? この状況に全くついていけてないんだが??
戸惑っているあたしをよそに、写真を満足気に見ている舞が「へへっ!」と嬉しそうに笑っている――かと思えば、何かを閃いたようにいきなり顔を上げた。
「そだそだ 寮の子たちとも撮ってこよ! パパにちゃんと送らなきゃ!」
「は?」
今!?
「あ、そだ。一花も一緒に行く?」
「え、あ、いや、あたしは――」
「あーそっか。一花にとっては顔見知りが多いから、挨拶する必要ないもんね! じゃ、あたしは行ってくる!」
「いやいや! お、おい!?」
「あ! 終わったら戻ってきて片付けるから!」
あたしが止める間もなく、舞は部屋からドタドタと出て行った。
いや、いやいや、は?
ぽっかーんと口を開けたまま、一人部屋に残される。シーンといきなり静まり返る部屋。
え、あれ? 今、携帯の番号交換しようって話じゃなかったか? その前に、部屋を片付けることに納得していなかったか??
まるで嵐のようだ。
茫然としたまま、段ボールだらけの部屋をゆっくりと見渡す。この現状のまま、挨拶優先って。
さっきまであいつの心配でそれどころじゃなかったのに、どっと疲れが出てきて、とりあえず近くのベッドに座り込む。
元気な子だな。というか、行動力ありすぎだろ。あんな感じだと、仲良く寮生たちと写真撮ってそうだな。
ボフっとそのまま背中からベッドに倒れ込む。あたしも片付けしなきゃいけないのに、どうしてか疲れた。さっきまでどう断ろうか考えていたってのに、あんな次々と行動が変わられては口を挟める隙間もあったもんじゃない。
「……なんか、葉月と気が合いそうだな」
人を振り回してくるような子だ。こっちの話も全っ然聞いてなかったな。
こんな気分は、久しぶりかもしれない。
今もあいつはあたしを振り回してくるが、でも子供の時とは違う。もしかしたらっていう恐怖が付きまとう。
だけどあの時は、それこそ純粋にその時を楽しんでいて、そしていつもあたしやレイラを巻き込んで、こっちがあたふたしていてもそんなのお構いなしで。
楽しくて仕方がないって、
さっきの神楽坂さんみたいに笑っていて。
ふっと、自然と口元が緩んだ。
懐かしい、と。
あの時、楽しかった、と、
美鈴さんたちが生きていた頃の葉月を思い出して、少し嬉しくて、胸の奥が温かくなる。
「葉月と、気が合うのだったら……」
もしかしたら、葉月にいい影響を与えてくれるのか?
それだったら、もう少しルームメイトを続けた方がいいかもしれない。
主人公以外にも、新しい変化を与えれば、葉月も変わるかもしれない。
そんな考えが過っていく。
彼女がまだどんな子なのかは分かっていないが、あの様子だと葉月に対しても振り回してくれるかもしれない。
もちろん、葉月の死にたがりを教えるわけじゃないし、葉月がすることに対して、神楽坂さんが傷つくことはあってはならないが……レイラの二の舞は御免だ。
けれど、
少しだけ、様子を見てみてもいいかもしれない。
ほんの少し、あの頃を思い出させてくれたから。
眼鏡をとってベッドの上に置き、自分の目の上に片腕を乗せた。ふうと、息を吐く。
……そういえば、前にもこんな風に子供の頃の葉月のことを思い出したような? それがいつかは思い出せないけど、そんなことがあったような気もしてくる。
思い出そうにも思い出せず、ハアとまた息を吐いて体を起こした。ギュッと手の中の眼鏡を握りしめ、散らかっている部屋を見渡す。
「とりあえず、片付けるか……」
眼鏡を掛け直してから、一番近くにあった段ボールに近づいて、ペリペリッとガムテープを剝いでいく。
とりあえず、明日葉月に会わせてみよう。様子を見るかどうか、それからでも遅くないだろ。もし無理なら、それで構わないしな。
それからしばらくして、舞がすごい勢いでドアを開けてきた。片付けているあたしを見てから、出ていく前と同じように嬉しそうな満面の笑顔をしている。なんでこんなに嬉しそうなんだ? と不思議そうに見ていたら、また抱きついてきたから、剥がすために蹴りを入れた。
「うおっふ……一花、ナイス蹴り……」
「……バカなのか?」
「ちょっ、それは酷くない!? 馬鹿だったら、あたし受かってないって!」
葉月とは違うバカさだ。というか、なんでまた抱きつこうとしてくるんだよ!? 訳がわからない! はあ? 小さくて可愛いから!? 喧嘩売ってるのか、この子は!
それからも、隙あらば抱きつこうとする舞を剥がすという作業を繰り返し、何とか片付けを終わらせた。おい、そんな恨みがましそうな目で見てくるな。そっちの片付けが終わらないのは、散々意味不明なちょっかいをあたしにかけてきたせいだろうが。
やっぱり、ルームメイトは解消した方がいいかもしれない。「手伝ってくれたら、お礼にあたしのチューを贈るよ!」とか全くありがたくないお礼を言ってくる舞を見ながら、そう思った。
でも、
「って、なんでそう顔を近づけてくる!? あたしはまだ手伝ってないんだが!?」
「いっや~一花、本当に可愛いんだもん! ほら、可愛いモノってチューしたくなるじゃん?」
「なんっだ、その理屈は!? ほぼ初対面にそれをするのは変態って言うんだよ!」
「失礼な! 可愛いものを愛でるのは普通だし! あ、じゃあ一花からチューしなよ! ほら、ほっぺにどうぞ!」
「しないわ!?」
「あれ? おっかしいな~。これでも中学の時は可愛いってよく褒められたんだけど」
「その見た目でか!?」
「ちっちっちっ! 甘いね、一花! 東のカワギャルとは、実はこのあたしのことさ!」
「そんな何の捻りもなくて果てしなくダサい通り名は聞いたことないわ!?」
「ってことで、ほらほら! ほっぺにチューしてきなよ! あ、そしたらあたしも一花にチューするから!」
「誰がするか!? というか、いい加減離れろ! この馬鹿野郎がぁ!!」
「ぶへっ!!」
その馬鹿みたいなやり取りが、
やっぱり少し懐かしかった。
お読み下さり、ありがとうございます。