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ルームメイトは乙女ゲームのヒロインらしいよ?  作者: Nakk
番外編 中編(一花Side)
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45話 期待

 

「いっちゃ~ん、これ何~?」


 もうすぐ高等部に上がる頃、葉月が不思議そうにテーブルの上に置いていた高等部の寮の案内の手紙を手に取って見ていた。


 それはあたしの希望だ。


「開けてみろ。きっと部屋割りの案内だ」

「んー?」


 ベリっと適当に破って中身の紙を広げている。読む為に動かしている葉月の視線がピタッと止まり、見る見る内に大きく目を開けていった。


 驚いてるな。そりゃそうだろ。お前の名前の隣には、きっと彼女の名前があるに違いない。いや、あるんだ。あたしが学園長や源一郎さんに頼んだんだからな。


 でも知らないフリをして葉月の傍に近寄り、横からその手紙を覗き込む。


「どうした? 変なことでも書いてあったか?」

「いっちゃんじゃない!」

「は? ぶふっ!」

「ほら、これ! 一緒の部屋じゃないよ、いっちゃん!」

「いきなり何をしてくれる、この馬鹿野郎がっ!!」

「げふっ! 理不尽っ!」


 その手紙をあたしの顔に押し付けてきた葉月を反射的に押しのけた。というより反射的に蹴り飛ばした。ゴロゴロと転がっている姿を見て、少しだけスッキリした。顔に押し付けられたら見れないだろうが。まあ、内容は分かっているが。


 眼鏡を掛け直しながら、ふうと息を吐いて葉月が落とした紙を拾った。


 驚くふりをしないとな。上手くやらないと。こいつがあたし以外は無理だとか言い出したら敵わん。


「ほらほらほら、ここ!! ここだよ、いっちゃん! いっちゃんじゃない子が私のルームメイトになってるよ!」

「だあああ!! 近くで喚くな、鬱陶しい!!」


 驚くふりも何も出来たもんじゃない!!

 鬱陶しく近づけてくる全く蹴りが堪えていない葉月の顔を片手でムギュっと押さえて、ハアと溜め息をつきながらもう片方の手に持っている紙に視線を運んだ。


 そこにはちゃんと、『桜沢花音』の名前があった。


 受かったのはちゃんと知っていたが、こうやってその名前を見ると実感してくる。ギュッと持っている紙の手に自然と力が入った。


「なんでいっちゃんじゃないの~? 学園長、間違ったのかな~?」

「おい、葉月……」

「ん?」


 意識して手に持っている紙を見ている目を大きく開かせた。驚いているように葉月に見えるように。隣からは「いっちゃん?」と不思議そうにあたしの名前を呼ぶ葉月の声が聞こえてくる。


「お、お前……これ、主人公だぞ?」

「主人公?」

「主人公だよ! お前、まさか忘れてんじゃないだろうな!? ここは乙女ゲームの世界だって言っただろうが!」

「そうだっけ?」


 きょとんとしている葉月に腹が立って、頬をぎゅーってつねってやった。「いっひゃん、ほひへふ~」とか何喋ってるか分からないが、こいつ、絶対子供の頃のあたしの話を覚えてないな。あれだけ懇切丁寧に語ってやったというのに。


 手を離してやると、自分で頬をコネコネしながらまたきょとんをした顔を向けてきた。


「お前、忘れてるな」

「そうとも言う。でも思い出したよ。そういえばそんなこと言ってたね」


 認めた。余計腹が立ってくる。こっちの気も知らないで。

 内心イラっとしていたら、葉月はあたしが持っていた紙をまた自分の手で取って読んでいた。


「ふーん。この子がそうなんだね~」

「今の今まで忘れてたくせに、分かってたみたいな口ぶりをするな」

「主人公ね~。ふーむ。ふむふむ」

「聞けよ!?」

「いっちゃんの好きだったゲームね~」


 尚もあたしの言うことはスルーする葉月は、ジッと何故かその紙を見つめだした。これは……どういう反応だ? やっぱり無理か? 一応こいつもそれなりに自分の危険性を考えて、あたし以外が自分の傍にいることを嫌っているしな。


 そんな葉月の様子を観察していたら、その紙からあたしの方に顔を動かしてきた。


「いっちゃん、この子が見たかったんだよね?」

「まあ、そうだな。あたしの唯一の楽しみだな」

「そう言ってたもんね……」


 その紙とあたしとを交互に見てくる。忙しないな。無理なら無理で仕方ないか? そうなった場合、どうにか主人公と接点を持ちたいと思うが……でもな、こいつの学園でのやらかしたことを他の生徒から聞いたら、主人公もきっと避けるだろうし――



「いいよ。この子がルームメイトで」



 とか考えてたら、あっさりと葉月が承諾した。

 え、いいのか? もっと渋ると思っていたんだが?


「いいのか?」

「いいよ。いっちゃん、見たかったんだもんね。この子が私のルームメイトだったら、いっちゃん、近くで見れるでしょ?」

「まあ、そうだが……」

「あ、でも部屋は隣にしてね。すぐ近くにいてくれないと、さすがに私も自信がないよ」

「それはまあ、もちろんだが……」


 あまりにもあっさりしているから、呆けたような返事になってしまった。

 いや、まあ……こっちとしては願ったり叶ったりだし、それらの対策はもう学園長や部下とも実は話し合ってはいるんだが。


 なんて考えて葉月を見ていると、


 その葉月が、目元を緩めてこっちを見下ろしてきて、


 思わず瞬きするのを忘れた。


 お前……


「いいよ。いっちゃんがしたいこと、そこまで我慢しなくていいよ」



 ふと微笑んだその表情は、昔の葉月で、


 あの頃によく見せていた笑顔で、


 正気に戻ってから、本当にたまに、こういう表情を一瞬だけする時もあって。



「大丈夫だよ、いっちゃん。私、我慢するよ」



 ふふって笑う葉月に、不覚にも泣きそうになる。


 こういう不意打ちをするな。

 だから、あたしは諦めきれないんだよ。


 まだちゃんと、昔のお前がここにいることを。



 まだ、昔みたいに戻れることを、諦められないんだ。



「いっちゃんが楽しみにしていること、ちゃんと私も手伝うよ」


 いつものからかってくるような感じじゃなく、ポンポンとあたしの頭に手を置いてくる。

 馬鹿野郎が。何が手伝うだ。自分を抑えるので一杯一杯のくせに。


 顔を俯かせて、パシッと頭に置いてきた葉月の手を払った。


「手伝うんじゃなくて、主人公に迷惑かけるようなことをするな」

「そだね。いっちゃんがそう言うなら、その子には迷惑をかけないようにしようじゃないか」

「いや違う。その子以外にも迷惑をかけるのはやめろ」

「やだなぁ、いっちゃん。それは不可抗力だよ? 迷惑をかけようと思ってやってないよ?」


 いきなりいつもの葉月の声の調子に戻ったな。ジトっとあいつの顔を見上げると、案の定さっきみたいな昔の顔じゃなくて、ヘラヘラと人をからかう時の顔になっている。


「お前な、中等部での学園生活をちょっと振り返れ。あれらのどこが周りの生徒に迷惑かけようとしていない行動だ?」

「やだなぁ、いっちゃん。仕方ないじゃないか。やりたいって思ったことは積極的にやらないと時間がもったいないでしょ?」

「お前がその時間を使うことで、周りに恐怖と迷惑の時間を与えていることにいい加減気づけ!?」

「だからそれが不可抗力なんだよ、いっちゃん! 仕方ないじゃないか!」

「仕方ないの言葉で済まされないこともあるんだよ!? そろそろ反省することを覚えろ、馬鹿野郎が!」


 全く反省していない葉月に蹴りを食らわせようとしたら、今度はヒョイッと横に飛んで逃げた。


「逃げるな!?」

「それは理不尽だよ、いっちゃん!」


 ピョンピョンと跳ねながら、部屋中を逃げ回り始める。ちょこまかちょこまかとぉお!! 腹が立ってくる! さっきまでの感動を返せ! あたしで遊ぼうとしているの、分かってるからな!?


「あ、いっちゃんのルームメイトの子の名前も書いてる~」


 逃げ回っている葉月がさっきの紙を見ながらそんなことを言ってきて、自然と追いかける足が止まった。そういえばそうだったな。母さんや学園長にも言われたんだった。


「いっちゃんの知ってる子~?」


 あたしが止まったのが分かったのか、葉月が近づいてきて、その紙をさっきみたいにあたしの顔に押し付けてきた。おい。だからな、そこまで近づけられると見えないんだよ。

 ハアと中等部で吐きまくった溜め息を一つ吐いてから、その紙を改めて自分の手に取った。


 あたしの名前の横には、『神楽坂舞』という名前が載っている。


 誰でもいいと思って、母さんたちに適当に選んで貰ったんだよな。母さんがこの子の父親と取引しているとか言っていたか。ヒロインと同じ外部組だ。


 まあ、どの道すぐこの子とのルームメイトも解消されるだろう。

 葉月に付き合わせるわけにはいかないしな。


 そんなことを考えていたら、ふふって葉月は少し楽しそうに笑った。


「どんな子なのかな~?」


 ちょっとは明日を望んでくれているのか?

 そうだといい。


 少しでも、

 ほんの僅かでも、

 お前が明日を楽しみにできればいい。


 そんな期待が込められる。


「お前より馬鹿ではないだろうな」

「それもそだね」

「納得するな!?」

「何言ってるの、いっちゃん? するに決まってるよ。だって私は頭がおかしいからね!」

「自分で言うな!?」

「事実だもん」


 そう言い切る葉月に少し言葉が詰まった。

 正気に戻って以来、こういう風に葉月は自分をおかしいと言う。

 自分に言い聞かせているみたいに言う。


 だけどな、それをあたしは肯定するわけにはいかない。


 ギューっと葉月の頬を引っ張ると、きょとんとした顔であたしを見てきた。


「馬鹿野郎が」

「ひっふぁん、ほひへふ~」

「何言ってるか分からん」

「ひふひん!!」


 尚も喋り続ける葉月の頬を今度はギュムっとつまむ。


 変えてやる。

 そんなことを言い聞かせなくていいように。


 その為のヒロインだ。

 その為のルームメイト交代だ。


 葉月、お前はどこもおかしくなんてない。


 ちゃんと、明日を望めるようになる。


 昔みたいに、



 ちゃんと、毎日笑えるようになる。



 その後も葉月の伸びやすい頬を引っ張ったり萎ませたりしていると、「ほへえ! いっふぁん!! ひふひんぅ!!」とかやっぱり聞き取れない言葉で葉月は喋り続けていた。


やっとここで中等部編までが終わりです。……長かったと作者も思っています。すいません。

次話から本編の裏側的な形で進んでいきます。

お読み下さり、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 二人の会話はとても面白かったです 葉月の口調が可愛いo>_<o [一言] 長いとは思いません、とても面白いです*^O^* 一花はずっとやりたいことを言ってなかったみたいです。ただ葉月のそば…
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